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前編

魔王が勇者を育てる話 前編


 「どうじゃ、今回の勇者は。すでに魔界入りしたものがいたじゃろ。」

 大げさな椅子に座った、巨乳で双角の女性が、隣の男に尋ねる。

 「は、魔王様。六一代勇者は四天王が一人、炎のロトルの片腕を落とすも、灰と消えました。」

 男の声は、しかしながらその見た目にしてはやや高い声で、よくよく見ると体つきも女性のそれである。

 報告を聞いた魔王は、大きくため息をつき、身を椅子に預ける。

 「ロトル程度でそれか。つまらん。つまらんぞ、コア。」

 「それは私に言われましても。」

 魔王は眉間に皺を寄せる。

 「他の勇者は?」

 「六三代勇者は現在メスティアにて修行中、六四代はコリウ率いる氷軍勢と人間界で小競り合いを行っているようです。」

 「ほう……。」

 コアの報告を聞きながら、手の中に鏡を作り、そこに六四代の姿を映す。

 「いかんいかん。それではあと三年はかかるぞ。そこは西に二部隊を置くのだ。」

 しばらく鏡を見ていたが、やがて手の内で握りつぶした。

 「ええい、つまらんつまらん。これではワシの所どころか、魔界に来るのすら数年はないではないか。」

 「これもひとえに魔王様の教育のたまものかと。」

 「つまり自業自得と言いたいのか。」

 目の色を赤から金に変え、コアをにらみつけるが、コアは魔王の方を見ず、先の割れた舌で唇を舐める。

 「我が声が魔王様を貶めるべくもないことでございます。」

 「ふん、まあよい。……いや待てよ。」

 魔王は赤に戻った目を閉じ、額に手を当てて何かを考える風である。コアは微動だにせず、ただ魔王の思考が固まるのを待つ。

 「……なるほど。よかろう。褒めて使わすぞ、コア。」

 「お褒めにあずかり光栄でございます。」

 「……何のことかは聞かんのか。」

 「如何様なことであれど、魔王様からの賜杯とあれば授かるより他はありますまい。」

 「そういう問題でもないと思うのだが……まあよい。では行くぞ。」

 魔王はおもむろにその座から立ち上がり、ゆっくりと階段を降りていく。コアは数歩後から着いていく。

 「して、どちらへ。」

 「我が今更魔界を散歩すると思うのか。」

 魔王は広間まで降りると、右手を何もない所に広げる。やがて身の程の大きさの鏡ができたかと思うと、その鏡にはどこか牧歌的な、草原と湖の風景が映った。

 「人間界だ。着いてこい、コア。」

 そうして魔王はその風景の中へと入っていった。

 魔王が入っていった後、

 「やれやれ、また何か悪いことを思いついたようですね。」

 そうつぶやいた後、口角を緩めたコアもその風景の中に入っていき、そして鏡は消え去った。


 *****


 コアが鏡から抜けると、先ほどの風景の中に出た。

 そしてそこには一人の幼女。

 「遅い!」

 ズビシッとその幼女はコアを指さす。

 「ずいぶんとかわいらしくなられましたね、魔王様。」

 無表情で幼女の頭をなでるコアの手をバシンと払いのける。

 「私が本気を出せば目立ちすぎるからな。お前もその舌をどうにかせぬか。」

 おっと、という感じでコアは自分の口に手を当て、舌を普通のものに変える。

 「それで、このような辺境でいったい何をされようとしているのですか?」

 コアの話に耳を傾けず、代わりにその姿をじっくりと観察する。

 「違うな。」

 「何がでしょうか。」

 「お前の格好だ。それでは魔族であることがすぐに知れてしまう。……そうだな。」

 コアに向けて指を鳴らす。と、コアの服装が一瞬で替わった。胸は潰され、衣服もまるで男の従者のようなものとなっている。

 「あとは……そうだな。」

 もう一つ鳴らすと、コアの髪が白髪交じりとなり、その上ひげまで生えてくる。

 「こちらは。」

 「うむ、これでお前は私の執事と言っても通るだろう。魔力は出すでないぞ。」

 「ははあ、なるほど。だんだん分かってきました。魔王様は人間界に紛れ込むおつもりですね。」

 「その『魔王様』というのもまずいな。よし、名前で呼ぶことを許そう。」

 「それではテスカ様。人の世で何をされるおつもりですか。」

 恭しくお辞儀をしながら尋ねるコアに、テスカが答える。

 「ワシは勇者になろうと思う!!!」

 腰に手を当て、堂々とした仁王立ちであった。現在の背丈はコアの半分とったところであるが、知る者が見れば王者の風格こそここにあれ、と言った風であった。


 *****


 御者となったコアのひく馬車に乗り、テスカは城下町を行く。

 「しかし本気なのですか、テスカ様。勇者になるなど、あまりにも。」

 「偉くなったものだな。私に意見するとは。」

 テスカは適当にあしらいながら、人をやって道中の屋台から買った野菜をかじる。

 「いえ、そのような。ただ、その。危険と言いますか。」

 勇者は魔王を倒すもの、という言葉を飲み込んだ。

 「ワシに危険があると申すか。」

 「いえ、そうですね。あなたは道理を跪かせるのがお得意でした。」

 「分かればよい。ほれ、汁がのってうまいぞ。」

 投げられた一つを受け取り、ひとかじりにする。

 「なるほど、これはなかなか。」

 「よし、このまま王城を目指すのだ!」

 テスカの声に鞭をひとつ打ち、馬の歩みを少し速めさせるのであった。


 馬車を宿屋に泊め、チェックインを済ませると二人は王城へと向かった。

 王城のエントランスは人が多く、まっすぐ歩けないほどであった。

 「どうも人が多いようですね。」

 「それはそうじゃ。今日は新たな勇者を選定する日。古今東西の猛者がこの魔界から最も遠いエクシア王国に集まって――。」

 テスカがコアに説明しながら歩いていると、大男にぶつかってしまった。

 「おっと、すまん。」

 「ああん?」

 大男が乱暴に振り返ると、振られた腕に押されてテスカはこけた。

 つまり、地面に手をつけた。

 「テスカ様。」

 「分かっておる!」

 肩をふるわせながらも俯いているうちに平静を取り戻す。

 と、乱暴に襟元を掴んで大男がテスカを引っ張り上げた。

 「悪いなぁ、嬢ちゃん。だが突っ立ってるそっちも悪いんだぜ。」

 立ち姿勢にさせると、そのままどさりと地面に下ろす。

 テスカはよろけつつも立って、膝のあたりのほこりを払った。

 「ああ、分かっておる。おあいこ、というやつじゃ。ところで、ついでに道を聞きたいのじゃが。」

 「あん?ああ、観覧席はあっちの方だぜ。へっ、俺様の活躍を見てろよ。」

 大男が自慢の筋肉を披露しているうちに、コアがテスカに耳打ちをする。

 「観覧席というのは。」

 「選定の儀の一つ、武術大会の観覧席のことじゃろう。勇者の選定から漏れた者を用心棒として雇うことがあるそうじゃからな。どうもワシらをそのへんのぼんぼんと同じに見ておるようじゃ。」

 テスカは自分の筋肉に酔っている大男をつついて現実に戻した。

 「のう、そうじゃないのじゃ。ワシは勇者になりに来たんじゃが、受付はどこかと思ってな。」

 正気に戻った大男。テスカの姿をひとにらみする。

 「……ああん、なんつった?」

 「ワシは勇者になるんじゃ。」

 もう一度テスカの姿を上から下まで見る。

 「嬢ちゃんが?」

 「そうじゃ。……のう、知らんのなら――」

 テスカの言葉を遮るように大男は大笑いを始めた。

 「じょ、じょうちゃんが、は、はは、ゆ、ゆーしゃ、ひひ、はーっはっは。」

 大男の大笑いに周囲の人たちも注目しだした。

 「な、なあ聞いてくれよ。こ、こ、この嬢ちゃん、勇者様になるそうだ。」

 横隔膜を引きつらせながらギリギリそう言って、そのまま大男は声にならないほど笑った。

 「お嬢ちゃん、正気か?」

 「いやー、恐ろしい恐ろしい。」

 「そんな姿じゃきっと魔王もちびって逃げ帰るだろうさ。」

 ヤジと好奇の目と笑いを浴びせられたテスカは、しかしどこか新鮮なものをみるような目をしていた。

 「どうされましたか、テスカ様。」

 「いやなに、このような不遜な態度をとられたのはいつぶりのことかと思ってな。」

 そんな感じで楽しんでいるテスカの視界に影が落ちる。

 テスカをかばうように、女の子が両手を広げて立っている。

 「小さな女の子に何をしてるんですか!?嫌がってるじゃないですか!」

 そうして笑っていた人たちを一喝すると、振り返って笑顔でテスカの頭をなでた。

 その笑顔は、まるでどんな暗闇も明るくする太陽のようであった。

 「もう大丈夫だからね?」

 テスカは自分の頭をなでるその少女の全身を一瞬で検分する。

 年は十五ほど、胸や肩などの局所のみを守るような防具、無駄な筋肉のない締まった体。下げている二本の剣からみても、速剣術の使い手であることが見て取れた。

 それも、なかなかの使い手じゃな。

 そう思ったところで、誰にも見えないように強烈に邪悪な笑みを浮かべた。

 かと思ったら、邪悪など知らぬといったように、無邪気な幼女のように目の前の女に抱きついて嘘泣きをした。

 「こ、怖かったのじゃ~~。」

 「よしよし、怖くない、怖くなーい。」

 そのまま手を引いて受付まで連れて行ってもらうことにした。

 「私はバラ。あなたは?」

 「テスカじゃ。気軽にテスカと呼んでよい。そっちの着いてきてるのがコア。」

 「そっか。よろしくね、テスカちゃん。」

 受付に着くと、バラは目線を合わせるようにしゃがみ込んで、テスカの両肩に手を乗せた。

 「それで、ここまで連れて来てなんなんだけど、やっぱり勇者なんてテスカちゃんには危ないんじゃないかなって思うんだけど。」

 やはり来たか。

 テスカは、受付まで案内してもらっている間に用意しておいた身の上話(うそっぱち)をコアに話すことにした。

 「実はじゃな、ワシの村は魔物に占領されてしまって……ワシとコアはそこから命からがら逃げてきたのじゃ。親もいなくなり、もはやワシに残されておるのはコアと逃げるときに使った馬車、そしてこの身に流れる魔力だけ……。」

 間を作り、ぎゅっと握りこぶしを作る。

 「じゃから、じゃからワシはこの力を持ってワシの村を取り戻すのじゃ!そのためには、勇者となって味方を――」

 と話しているところで、バラがぎゅっとテスカを抱きしめた。

 「な、な。」

 泣いておるのか、この娘……。

 ちょろそうな娘だと思っておったが、ここまでとは思っておらんかったわ。

 「ゴメン。そんな辛いこと思い出させちゃって。」

 「い、いや。いいのじゃ。不思議に思うのも無理はないじゃろうて。」

 バラは涙を拭いて、またテスカに笑いかけた。

 「そういうことなら、お姉ちゃん応援する!でも、無理はしちゃダメだよ?」

 「お姉ちゃん」という言葉に、思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、テスカは頷いた。

 そして受付を済ませ、「一緒に勇者になろうね~。」などと手を振っているバラに答えながらもその場から離れることにした。


 人でごった返している広場中央を離れ、テスカは壁により掛かってひとつ息をついた。

 「この体は体力が無いのう。動き方も考える必要がありそうじゃ。」

  コアは老練の執事そのものの動きで、テスカの衣服に皺が寄らないようにテスカの休息のポーズに手を入れている。

 「しかし、あのような娘に何のご用ですか?」

 「ん?ああ、バラのことか。お前はどう思う?」

 「そうですねぇ。性格はまさに『勇者』といった方かと。それに、腕もそれなりに立つように見受けられます。しかし。」

 そこまで言ったところでテスカは頷いた。

 「あの娘、魔力がほとんど無い。勇者には、知力、武力、そして魔力が必要とされる。あの娘は、このままでは勇者にはなれず、どこぞの貴族に護衛なりで買われるだけじゃろうな。」

 「でしたらなぜあのような作り話までされたのですか。」

 テスカは面白そうに小さな手で顎をさする。

 「のう、コアよ。ワシは勇者となって、人間軍を強化してより強い勇者を生み出す基盤を作るつもりじゃった。」

 「はあ、それはまた深遠にして遠大な。」

 「そう、そこじゃ!ワシのやることじゃからそれは完璧な計画なんじゃが、どうにも気の長い話になってしもうた。そこであの娘をみて思いついたのじゃ。」

 「御自らの手で勇者を育てるべきと?」

 「そう、そう、そうじゃ。魔力などどうとでもなる。それよりもあの娘、磨けば光る。そう見えたのじゃ。」

 指を鳴らしながら陽気そうにしているテスカだが、コアはまだ腑に落ちない様子である。

 「まあ確かに可愛い顔をしていたとは思いますし、締まるところが締まっている分胸や腰は強調されていましたが。」

 「容姿の話では無い!貴様、ボケておるのか?」

 「いえ、失敬しました。しかしながら、武術の話であれば、例えばあそこの重装の男なんぞもなかなかの手練れのように見えますが。」

 コアの目線の先には、着込んだ鎧の兜だけを脱いだ短髪の男がいた。

 「あんなむさいのはゴメンじゃ。」

 チラリと見たテスカは、ぷいと顔を背けてしまった。

 なんだ、やっぱり容姿の問題なんじゃないか。

 そう思ったが、口には出さないコアなのであった。


 *****


 所変わって闘技場、の準備室。

 勇者に求められるはやはりなんといっても武力ということで、勇者選定の予選として武術大会が行われるのであった。

 「戦闘不能となるか、棄権されるまで、試合は続きます。棄権している相手を攻撃しなければ、魔法の使用など、個人で行うあらゆることが認められます。――いいですか、勝敗によって選定するわけではありませんから、無理を感じた場合はすぐに棄権してください。」

 コアに戦装束を着せてもらっている間に、審判からルールを聞く。とはいっても負ける気のしていないテスカ、話半分にしか聞いていなかった。

 「分かった分かった。」

 「棄権の仕方は武器を捨てて両手を挙げ、『まいった』と言えばいいんですよ。」

 「詠唱に『まいった』が入っていた場合はどうするのじゃ?」

 「え?ええと、その場合はですね……。」

 「テスカ様。」

 「冗談じゃ。そう怖い声を出すな。」

 慌てている審判を尻目に、コアは剣のベルトを締め、テスカの準備を終えた。

 「うむ、完璧じゃな。」

 満足そうに自分の姿を見た後、コアのおでこにキスをした。

 キスされたところをなでるコア。

 「テスカ様。」

 「なんじゃ、老執事にも褒美は必要じゃろう?で、話は終わりか、審判。」

 「あ、えと、はい。お気をつけて。」

 うむ。と大きく頷いて、闘技場へと向かっていくテスカなのであった。


 *****


 一回戦。

 円状の客席に囲まれたコロシアムに、不似合いな少女が立つ。

 風に舞う砂の向こうに待ち構えるは対戦者。

 「こういうのは、お約束、というやつ、なのかのう。」

 栄えある初戦の相手は、王城広間でぶつかった、例の大男であった。

 「おう嬢ちゃん、運が悪いねぇ。いや、運がいいのかな?俺様は心優しいから、戦う前に降参するか聞いてやるぜ?」

 ポージングを決めて筋肉を見せつける大男に観衆が沸く。

 中には、テスカへの同情のような声も含まれていようだった。

 「おお優しいことじゃ。じゃがその優しさは故郷の家族に残しておくんじゃな。」

 「ほう、言うねぇ。それじゃ、遠慮なく!」

 大男はその身にあった大剣を引き抜いて、容赦なくテスカへと襲いかかる。

 パチン!

 テスカは剣も抜かず大男に向かって指を鳴らす。

 大男はひるまず、テスカよりも大きな剣をテスカに向かって振り下ろす。

 舞い上がる砂煙。客席から小さな悲鳴が上がる。

 すぐに砂煙が晴れ、テスカのすぐ横に下ろされた剣の姿が現れる。

 「ふん、避けたか。すばしっこいやつめ。」

 テスカはにっこりと笑う。

 「なら、これならどうだ?」

 大男は反動をつけて大剣を蹴り上げ、その足でテスカとの間合いを詰めて再度振り下ろす。

 しかし、剣はまたもテスカのそば。

 同様に何度も何度も振り下ろすが、すべてテスカに避けられる。

 「ほう、その肉は飾りというわけではないのじゃな。」

 いや、違う。

 テスカは、ただ後ろに下がっているだけだった。

 指を鳴らした際に頭上の空間をねじ曲げ、直接テスカに触れないようにしたのだ。

 「じゃが、その頭は飾りのようじゃ。」

 激しい攻撃を受け流しつつも、テスカは大男に余裕の表情を向ける。

 「くそ、なんで当たんねぇ!」

 しかし、円形のコロシアムであるがゆえ、いつまでも下がってはいられない。

 ついに壁のところまで下がってしまう。

 「おお、もう終わりか。」

 「へっへっへ。逃げ場はねぇぜ。んでもって、これなら、どうだぁ!」

 壁まで追い詰めた大男は、それまでのように大剣を振り上げるのではなく、腰にためもって、水平に持ち変える。

 「なるほど。確かにそれなら当てられるやもしれん。じゃが、」

 砂嵐を起こしそうなほどの剣圧。しかし、剣の通ったところには、テスカの上半身はおろか、下半身すらない。

 「ぐがっ。」

 剣を振り終わるとほぼ同時に響く大男のうめき声。

 振り回された剣先を掴んだテスカが、その勢いをそのままに大男の顎に蹴りを食らわせたのだ。

 「ま、相手が悪かったというやつじゃな。」

 そのまま大男は倒れ、起き上がることはなかった。

 そして砂埃も落ち着いた頃、ようやく事情の飲み込めた観客達が、一斉に歓声を上げた。

 「すげぇじゃねぇか!」

 「今何が起こったんだ?」

 「あんな大男をあんなちっちゃい子が?」

 「かわいいー!」

 テスカは恭しく礼をした後、控え室に戻っていくのであった。

 「ま、たまにはこういうのも悪くないのう。」


 *****


 その後もテスカは危なげなくーー少なくとも彼女にとっては危なげなく勝利していく。

 そして準決勝の相手は、コアが「なかなかの手練れ」と評した全身鎧を着込んだ男。

 「我が名はマッツ!ここまで上がられるとは見た目に合わぬ実力の持ち主と見受けられる。初めから全力で行かせてもらうぞ!」

 その男、マッツは右手で剣を抜くと、左手を剣身に当てた。

 「いざ巻き上がれ炎風!ブレイズブレイド!」

 すると左手を当てたところから炎の手が舞い起こる。その炎はやがて左手より先の剣身を包み、安定する。

 「ほう、魔法剣とはなかなか面白い。では。」

 コアも自分の直剣を抜いて、まるでマッツのまねをするかのように手を当てる。

 「来たれよ鉄の力。惹かれよマグネカ。」

 しかし、見た目に変化は起こらない。

 「ふっ、形だけ真似ても意味はないんだよ、お嬢さん。」

 テスカは左手をグリップに直し、ぎこちないながらも剣を構え直した。

 「ふむ、剣を扱うのは久しぶりじゃが、さて。」

 その構えを見てマッツは困惑した。どう見てもその構えは素人のもの。

 「さあ来るがよい!」

 「そっちがその気なら、行くぞ!」

 この少女はまがりなりにもここまで勝ち上がってきている。マッツは気合いを入れ直し、一気に踏み込んで剣身の中頃、右手と左手の間の部分でテスカの弾き上げる。その途端。

 「ぐぅ!」

 マッツの持っていた剣が急に重くなった。下を見ると、テスカが剣にぶら下がっているように見える。

 「な、何が起きて。」

 よく見れば、マッツの剣身にテスカの直剣がくっついており、そこにテスカがしがみついている形になっていた。

 「磁力、というやつじゃ。それっ!」

 そのまま勢いづけてマッツの股下をくぐる。その勢いでテスカの剣をマッツの鎧に付け、磁力が伝わりさらにマッツの右手まで鎧にくっついてしまった。

 結果、マッツの両腕は鎧にくっつき、身動きが取れなくなった。

 「さて、どうする?」

 何かをしようとすればするほど、マッツのフルプレートは変にくっついていく。どんどんマッツは丸まっていき、ついに身動きひとつ取れなくなった。

 観衆が異変に気付いて、ざわざわしだす。

 と、

 「わーっはっはっはっは。」

 コロシアム中にマッツの笑い声が響き、観衆を黙らせた。

 「まいった!」

 その声と同時に、テスカはマッツに向かって指を鳴らし、魔法を解く。絡まった糸が切れたみたいに脱力して、鎧の音が鳴る。

 テスカは自分の剣を取って鞘に戻す。

 「手を貸そうかの?」

 「いや、大丈夫だ。これでも慣れているんでね。」

 「ほーか。」

 のっそりと立ち上がるマッツを背中に、テスカはまた控え室へと戻っていった。


 控え室には、次の試合の選手が控えている。

 つまり、もし勝つなら次のテスカの相手である。

 そして、そこにいるのはバラだった。

 「あ、テスカちゃん。どうだった?」

 「なんぞ腕を絡ませて自滅しおったわ。」

 自分の掛けた魔法のことは一言も触れず、かっかっかと笑うが、バラは硬い笑顔しか返せない。

 「そっか、すごいね、テスカちゃん。」

 「なんじゃ、緊張しとるのか。」

 よく見れば細剣を握る右手が震えている。

 決勝まで勝ち上がれぬようであればそこまでの器。とはいえ、衆人監視による緊張で戦えない、というのはつまらない。

 そう思い、

 ふっ。

 「っっっっっっっっっっっっっっっっっ!」

 声にならない声を上げ、息を吹きかけられた右耳を押さえて控え室の端で赤くなるバラ。

 「なっなななっっっななになにななにをっ!」

 「なんじゃ、耳が弱点か。」

 「何するんですか!」

 年下をあやすお姉ちゃんのような態度を取ってきたバラが、崩れた瞬間だった。

 「何をするか、か。教えて欲しくば……そうじゃなぁ、ワシを倒したら教えてやろう。」

 「なにそれ!訳分かんない!」

 息を整えたところで、もう一度深呼吸。

 「うん、ありがとう。」

 「何のことじゃ?」

 とぼけるテスカに、今度は柔らかい笑みを浮かべた。

 「まずは、準決勝。頑張ってくるね!」

 走って入場するバラを、ひらひらと手を振って見送っていった。


 *****


 ほぼ他力を利用して敵を倒しているテスカと対照的に、バラの戦闘スタイルは積極的に攻撃を仕掛け、相手に反撃の間を与えないものである。

 「でぇやあああああああああ!」

 細剣による連続刺突。

 しかし、敵もさるもの。準決勝まで勝ち上がるというだけあって、単純な刺突を盾で防ぎ、そのまま懐にまで入り込む。

 「ふんっ!」

 細剣を弾き上げ、短剣をもってバラに斬りかかる。

 ガギィン!

 もう一方の剣で敵の短剣を受け、そのまま敵の甲に反撃を仕掛ける。相手もそれを避け間合いができた。そうしてまた細剣によるけん制攻撃。細部に違いはあるが、試合が始まってから四度ほどこれを繰り返している。

 「娘の体力が尽きるが先か、男が隙を見せるが先か、といったところじゃな。」

 控え室から冷静に分析しながら見守るテスカ。しかしながらだんだんと退屈してきている様子だ。

 「しかしあの娘、無駄な動きがないからこそ攻められてはおらんが、どうにも単調じゃのう。」

 実際、バラの攻撃は両腕の関節部に集中している。攻められる場所が分かっているからこそ、守るのも難しくはない。

 「単純化することで無駄をなくしている……というより、それしか知らんというような感じじゃな。と、お。」

 対戦者による五度目の突撃は少し様子が違った。

 盾で細剣を振り上げるのではなく、いなす形で退け、そのまま自分の身を隠すようにしながら再度懐に入り、剣でバラの肩口を刺しにかかる。

しかしそれを読んでいたかのように、バラは身をよじりながらさらに強く踏み込み、盾の方へ避けながら後ろをとった。

 相手が振り返った頃には、すでに首元に鋭い刺突を通らせたところだった。

 「……まいった。」

 相手が剣と盾を落とし、降参を宣言する。

 その声を聞いて、肩の力を抜いて剣を鞘に戻す。

 「ま、鍛えがいがある、といったところじゃろ。」

 テスカは腕を組んで、満足そうに頷いた。


 *****


 しばしの休憩の後に決勝戦。

 テスカと相対するはもちろんバラ。

 「ねえテスカちゃん。」

 「戦わずに『降参しろ』というでないぞ。そもそも、そこまで見くびられては困るというものだ。」

 「そ、そうだよね。」

 そうしてバラがテスカに握手を求める。テスカも鷹揚とそれに応じ、

 「っ。」

 「どうかしたか。」

 「ううん、なんでもない。」

 (なんだろう、体がぽかぽかする。)

 テスカはバラに握られた手をじっと見るが、体が妙に温かいこと以外、特に変化は見られない。実際のところ、テスカはバラに魔力を流し入れただけである。

 これで魔力試験の方も問題なかろう。

 仮にここでテスカに勝利を譲られたとしても、魔力がほぼ皆無ともいえるバラはこのままでは勇者として認められない。それを防ぐ為、テスカは自分の魔力をバラに流し込んだのだ。

 テスカが剣を抜いたところで、バラも気を取り直して自分の剣を抜く。

 「さて、始めよう。」

 テスカは構えも取らず、ただ振り上げて振り下ろす、といったように剣を振った。その、無様という表現が最も似合いそうな剣の振りを見て、観客はテスカがこれまで剣を振っていないことを思い出した。

 あまりにも見え見えな剣筋をあっさりと避けるバラ。追いかけるようにやってきた横振りの剣を短剣で受け、そして困惑した。

 (なに、この素人同然の剣は。)

 その一瞬の隙を突くように、剣を持つ手を軸に一回転してバラの懐に入り込み、もう一度剣を振る。

 「くっ。」

 バラは虚を突かれたのもあり、回転の勢いも乗った攻撃をギリギリで受けると、バックステップを踏んで体制を整える。

 「どうした?かかってこんと勝利は得られんぞ?」

 「言われなくても!」

 テスカの声に導かれるように、バラはテスカに攻撃を仕掛ける。テスカはなんということもないかのように、自分の剣で軽くあしらっていく。

 (攻撃はあんなにでたらめなのに、どうしてこんな。)

 攻撃を防ぐというより、バラの攻撃を予知して、そこに剣を置くようにされている。人相手に戦っているのでなく、壁を相手にしているような感覚にとらわれる。

 それでも、外から見れば、攻撃を受けるたびに一歩ずつ引いているテスカが押されているように見える。先ほどの素人同然の振りもあって、余計にそう見える。

 その上、

 「おおっとぉ!」

 細剣を防いだ刹那、テスカはその細剣にはじかれるように剣を後ろに投げ捨てた。

 「え、な、なに?」

 一番困惑していたのはバラである。決して渾身の一撃でなかった。感触もそこまでではない。なのになぜ?

 「どうしたー!」

 「攻め切れー!」

 歓声に自分を取り戻し、テスカに声を掛ける。

 「こ、降参するなら今だよ……?」

 「降参……すると思うか?」

 思わない。まだ、目の前の少女は何かをしようとしている。

 それなら。

 バラは剣を構え直し、徒手空拳の構えを取ったテスカに再度斬りかかる。

 細剣による連続刺突を、今度は受けるのでなく躱すテスカは、その間に指をパチパチと三度ならす。

 刺突をうちながらもバラは違和感を覚える。脇腹を狙っているはずが肩を、肘を狙ったはずが頭に、肩を狙えば的外れな攻撃となっている。

 (なに……これ。)

 落ち着いて構え直すとテスカの身長が縮んでいるように見える。テスカの身長は、バラの鳩尾ほどにはあったはずである。それが今では、構えで腰を落としているとはいえ、まるで腰ほどの高さしかないように思える。

 実際には背が縮んだ訳ではなく、テスカの魔法でそのように見えるだけである。ただし、幻影でなく空間湾曲によるもののため、見えたとおりに攻撃は通る。それでも、

 「やりに、くい!」

 そのような身長のものとはやり合ったことがないのだろう。バラの攻撃はあからさまに速度を失っている。

 「地面を気にしておるのか?ならば。」

 ぬるりと剣戟を避けた後、また指を、今度は五度鳴らし、

 「見えざるものを見よ、ファントムレイズ。」

 テスカの詠唱が終わると、しかし変化は見られない。一瞬あっけにとられたバラだが、詠唱を不発とみてもう一度攻撃を続ける。

 そして、

 「あっ!」

 つい力を入れすぎ、先ほどよりも深く剣を突き出してしまう。地面に突き刺さるかとも思ったが、その感触はなかった。

 (もうちょっと力を込めていいってこと?)

 そう思ったところに、テスカがまた懐に入り込み、掌底を打ち込んでくる。

 「ぐぅっ。」

 すんでの所で短剣の柄で受け止め、衝撃を利用してもう一度間合いを取る。

 そして踏み込んでもう一度刺突。刺突。刺突。

 先ほどまでのおっかなびっくりといったような攻撃ではなく、身の入った攻撃を避けながらテスカはにやりと笑った。

 ま、今日のところはこれくらいかの。

 攻撃のリズムを読み、間ができたところでテスカは指を鳴らした後また踏み込んで、今度は回転して足払いを仕掛ける。バラはこれを軽く飛んで躱し、回転して戻ってきたテスカの眼前に短剣を突きつける。

 目の前に剣とあっては、さすがのテスカも冷や汗を流すようだ。

 「……降参じゃ。」

 両手を挙げてそう宣言すると、会場は歓声にまみれた。


 *****


 準備室まで戻って、テスカはコアに自分の着替えをさせる。

 「また回りくどいことをなされていましたね。」

 「なんじゃ、文句でもあるのか。」

 「もちろんございませんとも。しかし、わざわざ自らの周囲に穴を開け、しかも幻術でそれを塞いでみせるなど。」

 テスカの腰のベルトを取り、服をはだけさせながら嘆息する。

 実際の所、後半のバラの攻撃は地面に刺さるほどに突き出されていた。しかし、テスカが穴を開けていたために、本来刺さるはずの地面がなく、バラは気持ちよく刺突が打てていたのである。

 「そのようなことをされずとも、御自らの手で教えて差し上げればよろしかったのではないでしょうか。」

 「ならん。もしそうすれば、仮にワシが降参していたところで、真に強いのがワシであることがばれてしまう。そうであれば、あの娘の魔力を考えれば、ともすれば勇者にならんかもしれんではないか。」

 実際の所、バラの元来の魔力は一般人よりも少ない。

 「しかし魔力であればテスカ様が賜ったのではないでしょうか?」

 「もちろん、もちろん。だがそれでやっと勇者として最低ラインといった所じゃ。一度に多量の魔力を与えて倒れられてもかなわんからの。」

 そんな話をするうちにテスカはあれよあれよと一糸まとわぬ姿となり、水をよく絞った布で拭かれた。

 「この程度では、やはり汗はかかれませんか。」

 「ま、準備運動程度じゃな。」

 前も後ろも丁寧に拭き取った後、もとの服を今度は着せられていく。

 「で、これで外から見れば武力では一位となり、魔力も問題ない水準にあるあの娘が勇者となるのは決定的、というわけじゃ。」

 「そしてテスカ様はその魔力を持って勇者の座を勝ち取る、と。」

 ローブをまとめる帯を締め、手袋を付けて着替えは完成となった。

 「ま、そういうわけじゃ。駒遊びなどは、勇者をどのように働かせるかを決めるためのものだというしな。」

 むしろあの娘ができん方が好都合、といった所じゃ、と、高笑いをしながら、コアを後ろにつれて準備室を出て行くのであった。


 *****


 案の定、というべきなのか、バラは駒遊び――つまりはある種の将棋が苦手であった。テスカも手を抜いており、二人は即座に敗北となった。

 優勝したのは、例の鎧姿の男、マッツであった。


 *****


 魔力検査を終えて開かれた、次代の勇者を決める会議は紛糾していた。

 「相応しきは三名。しかしながら三名の勇者を一度に出すなど前例がないぞ。」

 「その上二人は女、しかも一人は童女ときた。」

 会議室には年のいった男達が円卓についている。

 「まあしかし、女が勇者となったことはあるし、武闘大会に優勝し、その上魔力も十全となれば勇者にせねば民衆も納得せまい。」

 「ではあの童女を外すか。」

 「うーむ、しかしあの魔力量、尋常のものとは思えん。」。

 「その上まがりなりにも武闘大会にも準優勝したという。」

 うーむ。

 合わせるでもなく男達から声が漏れる。

 「じゃが、やはり成長を待つべきでは。」

 「しかし腕を見込まれて別な貴族に雇われぬともいえぬ。それであれば、まず勇者の号を与え、それから成長を待つでもよいではないか?」

 うーむ。

 「ではあの男を外すか。」

 「それはならぬ!あの者の智力、決して野に放つべきでない。あのものこそ、連合軍に必要な人材ぞ。」

 「まあ、実際他の二人に関して、そのあたりは全く期待できそうにないしな。」

 うーむ。

 「まあ、よいのではないかの。」

 参加者の内、最も年の言っている男が立ち上がった。」

 「確かに三名の勇者を一度に出したことはない。しかし、二名、いや、複数名の勇者を出したことはあるのじゃ。」

 「なるほど……。」

 「確かに、前例がないわけではない……。」

 「童女に関しても、まあ早くに危険な地に出すのはようないかもしれんが、勇者と共に、ということであれば問題なかろう。」

 各々考え込んだり頷いたりしている。

 その様子を見、会議で初めに発言した男がまた口を開く。

 「では他に意見がないようでしたら決を採りましょうぞ。バラ、テスカ、およびマッツを勇者とすることに反対の者は挙手を。」

 誰の手も上がらない。それを確認して、手を打つ。その音を合図に補佐官が会議場に現れる。

 「今回の勇者選定の儀は、三名を選出にて終了とする。」


 *****


 謁見の間に呼ばれたテスカは、堂々とした面持ちで王の前に立った。

 ここで名乗れば、人界もわしのものじゃな。

 それも面白いと思ったものの、横で膝をついているバラを見て、初志貫徹、思うだけに何とか留めた。

 「て、テスカちゃん、失礼だよ。」

 「なに、これからワシらは頼まれる立場にあるのじゃ。なぜに我らがへりくだらねばならんというか。」

 一瞬、なるほど。と思ってしまったバラだが、

 「いやいや、そういう問題じゃなくて。」

 「ほっほっほ。よいよい。」

 なだめるバラを王が笑ってさえぎる。

 「それ、そこの男も頭を上げい。」

 二人を横目にずっと頭を下げていたマッツもその声に顔を上げる。

 「さて、そなたらも知っての通り、我らは今、人類総出で手を取り合い魔界と戦争を行っておる。この戦いは一進一退、しかしながら、魔物の中には魔力による攻撃でなければ効果がないものもおる。」

 「そこで、ワシらの出番というわけじゃな。」

 「テスカちゃん!」

 王はまた笑ってテスカを許した。

 「その通りじゃ。知恵、武力、そして魔力に優れた者を勇者とし、我々人類を勝利へと導く者と皆に知らしめておる。……さて。」

 王が目線をやると、側に控えていた白いローブの男達が前に出てくる。

 「ここにおる者達を新たな勇者として迎え入れる。人類の希望として、よい働きを期待しておるぞ。」

 「勇者バラ。」

 「はい!」

 「左手を。」

 ローブの男に呼ばれるがまま、一歩前に出て左手を出す。

 「今ここに第六五代勇者の証として、聖痕を授ける。」

 そしてバラの左手に印章が押しつけられる。痛みはなく、ただ角度によっては模様が光って見える。

 「勇者テスカ。」

 「おう。」

 同じように左手を求められ、手の甲をごしごしと服にこすりつけてから出した。

 「今ここに第六六代勇者の証として、聖痕を授ける。」

 そして同じように印章が押しつけられる。押しつけられる間、テスカはにやりと笑った。

 そして、何事もなかったかのようにもとの位置へと戻っていった。

 「勇者マッツ。」

 「は。」

 「今ここに、第六七代勇者の証として、聖痕を授ける。」

 マッツも聖痕を受け、そして最後にまた王が口を開いた。

 「これにて勇者選定の儀を終える。新たな勇者達の行く先に栄光あれ!」

 礼を促されて、テスカは仕方なくお辞儀をした。


 *****


 来たときの賑やかさが嘘のように、人のいなくなったエントランス。

 「しかし、ここまでうまくいきますとは。さすがと言いますか。」

 「何の話じゃ?」

 謁見の間から戻り、コアと合流したテスカは出口へと向かっていた。

 「あなた様の扱いのことでございますよ。勇者に選定されたのは当然といったところでしょうが、その後のことに関しても。」

 「んー?」

 瞬間、コアを見るテスカの目の色が変わった。コアは魅入られたように動きを止め、しばらくの後に我を取り戻した。

 「なるほど。その目で魅了したと。」

 「簡単な話よ。ちょーっとすれ違ったところで目を見てやって、少し口添えしてやればこんなもんよ。」

 かーっかっかと笑い、そうして大きな扉を開く。

 扉から西日が漏れいる。その西日をさえぎるように、人影がひとつ。

 「待たせたの。」

 テスカが手を上げて挨拶をする。

 影の向こう、バラが首を振って手を差し出す。

 「ううん。これからよろしくね。」

 その手を取って、テスカは無邪気に笑った。



 「そういえば……。」

 王城からの帰り道、テスカがバラと並んで帰るところ。

 「どうしたんじゃ?」

 「テスカちゃんに勝ったら教えてくれるって、なんだったの?」

 そう言われてテスカは、武術大会でバラとした約束を思い出した。

 しかし、約束はしたもののテスカは特に話す内容を考えていなかったのだった。

 「ま、次に勝ったときかの。」

 「えー、なんで?」

 「なんでもじゃ。」

 バラはあまり納得いっていなかったが、まあ子供の冗談ととって気にしないことにした。

 「それじゃあまた明日。」

 「うむ。明日からまたよろしくな。」

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