森の中の少年
凄腕の暗殺者を助けたのは小柄な少年だった。純粋な彼に引かれていくのを自覚し出したのだが、、、
花びらがヒラヒラと舞い踊る。
こんな穏やかな日にはいつも君を思い出す。
不器用で、それでいて好奇心旺盛で。気になることは一杯あるのに何も出来ない自分に苛立っていたあの頃。
それでも幸せだった。
毎日が色をもって輝いて感じた。
俺には初めての感情だったんだ。
今はまた全てがモノクロに見えている。大切に思うものなんてない。
自分の命すら薄っぺらな花びらのようにどこかへ消えてしまえたらいいのに。
どんなに後悔してもしきれない。
あんな、別れが来るなんて思ってもみなかった。
あれからもう、一月になる。俺は変わらず今まで通りに頼まれた依頼をこなす毎日だ。
時に危険な届け物の配達や依頼人によっては暗殺なども請け負っている。
なのでどの街にいっても敵が多い。
付いたあだ名は『死神』。
ただ、黒いコートに黒いシャツ。黒いズボンに、黒い髪に黒い瞳。
何もかもが黒一色で統一されていることから付いたのか。
それとも、ターゲットも目撃者も全てを殺す事から来たのか。
別にどうでも良かった。
誰か、自分を殺せる人間はいないのだろうかと、考えるようになった。
だからといってわざと殺されてやる気にはなれなかった。
『絶対に命を粗末にするなよ。精一杯生きろよ。』
君との約束だから・・・
君と会ったのはそう、こんな春の穏やかな日だった。
陽射しを浴びて山奥の小さな村に依頼で訪れた時だった。
なんにもない村だった。
依頼は山から降りてくる親子の熊の退治だった。
人間と違って野生の動物は敏感で危険だと思うと出て来ない。
罠を色々と試してみたが、どれも引っ掛かりはしなかった。
仕方なく、直接仕留めようと森に潜んで1週間、やっと出てきたのを確認していつも通り仕留めるはずだった。何も問題はないはずだ。
しかし、その日に限って失敗したのだ。
手傷を負わせたとはいえ、獰猛な生き物である。
素手でなんとか出来る訳もなく接近戦は分が悪い。
時速が60キロで走る動物に人間では逃げきれない。
ここで死ぬのか、、、それも悪くはない。どうせ、惜しくもない人生だった。
親にも見放され、子供でも生き抜いていかなくてはならなかった。
汚いことも、数多くやってきた。罸が当たったと思えば仕方のないことだ。
ひとおもいに殺せよ。そう、観念するしかない状況だ。
追い詰められ、愛銃も逃げてる最中にどこかに落としてしまったらしい。
腕が振り上げられる。つい、反射で一振りめは避けたのだが次はかわせなかった。
肩から背中の辺りまで鋭い爪で引き裂かれる。
中途半端に体を捻って避けたせいで痛みに苛まれる事になった。
「俺って、こんなに往生際が悪かったっけ?」
それでも、体は悲鳴をあげ動かす事が出来ない。
万事休すとはこの事だと理解した。
次で確実に死んだな・・・目を瞑り静かにその時を待った。
しかし、一向にその時は来ない。
痛みも引かないし、死んでもいないようである。
自分に近づいて来ている気配はあるのに何も変わらない。
焦らしているのか?どうせ動けないからといって放置はやめて欲しいんだけどなぁ。
すると、次の瞬間持ち上げられた。
「!!」
何が起こったか確認したい衝動に駆られた。だが、もう体力も残っていなかったのかそのまま意識は暗闇の中へと落ちていった。
朝日が眩しくて目が覚めた。すぐ目に入ったのは古い木製の天井だった。
一応掃除はされているのか埃っぽくはなかった。
自分は今畳に寝かされているようだった。
一応布団もかけてある・・・
布団・・・どこだここは・・・
「死んでないのか?生きてる?」
慌てて起き上がろうとしたが背中に激痛が走って悶絶するはめになった。
「あッつっっっ」
これは紛れもない現実だ。なら、自分は一体どうなったのか・・・?
この家には人の気配も獣の気配もない。すると外から誰かが近づいて来ているのが分かった。
だからといって何が出来るわけでもなかった。それでも痛む体を起こすと息を潜めて様子を伺った。勢いよく障子が開いて入ってきた人物の首筋に腕を絡めた。先手必勝だ。
だが、それより早く腕を捕まれ投げ飛ばされた。
「あっ、わりぃ~」
上からまだ幼い少年の声が聞こえた。
そこで俺の意識は途切れていった。
次に目が覚めると、脇に胡座をかいて座ってる少年の姿があった。
目が覚めると俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だったか?」
「・・・」
はっきり言って拍子抜けだった。
言ってはなんだが俺は名の知れた男だ。多少老け顔ではあるがれっきとしたピチピチの18歳だ。
おじさんではない。しかも腕もなかなかにイケている。通り名だってある。
『死神』と聞けば誰しもが恐れる程には知れ渡っている。
負けなしの最強のはずだった。いくらか怪我をしていたとしても不意打ちを狙って返り討ちに合うなどあってはならないことだったのだ。
それがこんなに小さな、しかも細い少年なんかに、、、
「頭でも打ったか?」
心配になったのか覗き込んでは上目遣いに見上げてくる。
俺は起き上がってからずっと固まっていたが、警戒心のない彼を見ていると自分が馬鹿らしくなってきた。
「悪かったな。いきなり襲ったのは俺の方だ、気に病む必要はない」
「???」
きょとん目を丸くしたかと思うと、ニカッっと笑った。
「大丈夫そうだな!」
なんの疑いもない笑顔だった。こんな素直な表情を見たのは初めてだったかも知れない。
裏の世界で生きてきた自分にとって初めての感情に戸惑い覚えた。
言いようもないむず痒さというべきだろう。
「飯食えるか?」
「あぁ、ありがとう」
ぶっきらぼうな口調ではあるが好感がもてる少年だった。
それから暫く一緒に住まわせてもらうことになった。
まだ依頼も終わってないことだし、愛銃もまだ森の中なのだ。
コルト45、それが俺の愛銃だ。
1911年にアメリカで軍制式拳銃となって以来74年間もその座にあり続けたという。
ハンドガンの王様的存在だ。現在主流になっている9mm弾に比べガバメントの45ACP弾は反動も強く、撃つのが難しいとされていた。しかし、相手を一発で倒す破壊力は近接戦闘を主とするプロからするとどうしてももっておきたい逸品である。
パワフルでいて手に馴染む感覚。撃ったときの衝撃と破壊力はどれをとっても俺にとっては頼りになる"唯一の相棒"だった。
いろんな死線を掻い潜ってきた相棒だけあって今では的を外す事なんて殆ど無かった。
だが、それも相手が人間であったらの話だった。
「今日も、森に行くのか?」
「あぁ、探さなきゃいけない物があるんだ」
「ふ~ん。分かった、付いていってやるよ」
そう言うと、篭を取りに行った。
あれから色々と話をした。少年は拓実という。ここで母と住んでいたらしいのだが、最近亡くなったそうだ。丁度俺が来る少し前だったらしい。下にある村人には余りよく思われていないらしくずっとここに住んでいるらしかった。しかし、不便だろうと聞いたら、生活必需品は買いに行っているらしかった。森の中にある薬草を取っては薬を調合して村で売るのだという。
確かにあんなに酷い怪我だったのに痛みは数日のうちに引いて、今では動けるまでに回復した。
調合は決して見せてはくれなかった。確かに腕はいいようだ。それから森に入ってから分かったことなのだが、拓実はかなり強かった。小さいこともあり、すばしっこいというのも有るのだが、それ以上に驚いたのが人並み外れた腕力であった。確かにあんな小さな体で俺を担いで運んだのだから頷ける。俺は身長も多少平均より高く、190cmある。拓実の身長は140cmくらいであろうか。余り身長の事は触れないでおこう。気にしているようだったからだ。年は17歳だと言っていた。余り変わらないことに驚いた。余りにも幼く見えたのだ。それに穢れていない。まるで汚いものを見せないように育てられてきたかのような・・・。こんな世の中でここまで純粋に育てられるのすごいことだと関心する反面、このままで大丈夫だろうかと不安がよぎったのも事実だ。
大人たちは生き汚いのだ。自分の利益の為なら他人を平気で蹴落とすのだ。
都合が悪くなるとすぐに暗殺依頼を出すのだ。そんな者達に数多く合ってきた。
彼をこのままここに置いて行くのがどうしても不安になってきていた。
「行けるか?」
薬草を紡ぐ篭を背負うといつものように森の中を歩く。
「今の依頼が終わったらここを出て行こうと思う」
「そっかー。そうだよな、、、また遊びに来いよ」
拓実にとっては俺は邪魔者でしかないのだろうか?いや、そんな事はないはず。
ずっと一緒にいるようになって俺は初めて自分が笑っている事を知った。
そんな感情があったのかと。だからだろうか、少しは寂しがって欲しいと思うのは俺の我儘でしかないのだろうか。
「一緒にここをでないか?」
「なんで?」
「なんでって・・・俺と一緒にいるのは嫌か?」
拓実が首を横に振ったのを見て安心したが、
「行けない。母さんがこの森で眠ってるから・・・置いては行けない」
優しい子だ。そう、決して自分の事を一番に考えない優しい子なのだ。
「そうだな、また来るから」
「いつでも来いよ、ここに来るやつなんて寛貴が初めてだったからさ」
その日のうちにコルト45、俺の相棒は見つかった。
後は依頼をこなすだけだった。




