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20160906公開


第11章-第1話



 初めて会った時から、私、佐藤花子は三上万紀に夢中だった。

 

 核が無いにもかかわらず圧倒的な神気。

 この人と友達になれるならば、自分の我侭などいかほどの価値も無いと思える性格。

 自分でやってみて判った、ソフトボールという球技の奥深さと、彼女の溢れんばかりの才能。


 私が生きて来た年月は、彼女と出会うために有ったと思った時の高揚。


 そして・・・・・

 彼女が死に向かっていると知った時の喪失感は、未だに忘れられない。


 はっきりと言おう。

 私は、彼女の為ならば、自分の命を捨てる事に何の恐怖を感じない。

 

 だから、彼女が消えた時には、ほとんど思考が働かなかった。

 

 彼女と濃密な時間を過ごした病室の記憶に耽りそうなほど、私の思考は乱れていた。 

 

 

 「あの」三上万紀を失う恐怖は、自分を失う恐怖を凌駕していた。  



「あなたが居てくれて助かったわ。ありがとう」


 クミが小さく呟いた。

 辛うじて聞こえた声にはまぎれも無い本音が含まれていた。

 

「それは、こっちのセリフよ。もし私一人なら、取り乱していたわ」


 そう、私だけで、この事態に遭遇していたら、今のように冷静でいられた自信は無い。





第11章-第2話




「これから、何が起こるか想像できる?」


 クミの問い掛けに、深く考えずに言葉が出ていた。


「万紀は戻って来るわ。あなたも薄々は気付いていたでしょ? 彼女は特別だと・・・・・ この異常な事態は最初から仕込まれていたって・・・・・」


 そう・・・ この事態は確実に仕込まれていた。

 数少ない知り合いの年上の同類がふと漏らした一言が真相への手掛かりだった。

 彼は自分達の核は或る時に突如現れたと言っていた。

 断定は出来ないが、何かの出来事がきっかけとなった筈と考えた私は調べ出した。

 私はその瞬間を覚えていない。

 何故なら、まだ生まれていなかったからだ。

 クミも覚えていない。生まれて数カ月の赤ちゃんだったからだ。

 邑井も久遠も覚えていない。生まれた時から核を持っていたからだ。

 そして、久桜の証言が決め手だった。

 久桜はその日の事を明確に覚えていた。


 そう・・・ 彼自身ももしかすれば関係が有ると考えていた事実・・・・・

 核が現れたのは三上万紀が生まれた日だった・・・

 その事実を知った時に、私は全てのピースが嵌まった気がした。 


 何故、我々「神さまみたいな者」がここまで万紀に執着する?


 何故、万紀には核が無い?


 何故、万紀は死ななかった?


 全ては1点に集約される。


『依り代として、万紀は存在している』


 

 ならば、彼女は帰って来る。


 例え、人間としての万紀で無いとしても・・・・・・・・




第11章-第3話



 大地が揺れだした。

 ゆっくりとした周期で、正確な周期で揺れていた。

 それは知覚出来るかどうか微妙な揺れだった。


「もしかして、地震?」


 自信なさげな、クミの言葉が聞こえた。


「そのようね。天変地異が起こる前触れなのかもしれない」


 私は遥か上空を見ながら答えた。

 もう、何が起こっても、おかしくは無い気がしていた。


 目の前で、膨大な神気が上空に吹き上がる様を見せられると、人間の常識では理解出来ない事が起こる事さえも「当たり前」と思わされてしまう。


 普通の人には見る事も、感じる事も出来ないスペクタルは5分ほどで終了した。

 地震も止んでいた。


 目の前に、人の形をした凝縮した神気が存在する事に気付いたのは、しばらく経ってからだった。


「やはり。予想通り過ぎるけど」


 私の言葉はクミに向けたものだったが、反応したのは後輩たちだった。


「佐藤先輩? 何を言っているんですか?」

「悪い。今はまだ言えない。だけど、何が起こってても、覚悟だけは固めておいて」


 再び、大地が揺れだした。

 さっきよりも揺れが大きい。


 同時に、私の知覚がダウンした。

 そう、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」の5感だけしか機能しなくなった。

 身体が恐怖に震えた。


 

 私は、普通の人間が感じる世界の狭さに、恐怖を感じた。





第11章-第4話




「クミ、あなたは大丈夫?」

「花子も?」


 どうやらクミも神気を感じなくなったようだった。

 

「こんな時に、と言うべきか、こんな時だから、と言うべきか・・・」

「本当ね」


 初めて普通の人間の感覚だけになった私は、残された知覚能力で一番情報量が多い視覚で周りを見渡した。


 酔っ払いを抑えつつも、本部に報告している警官が左手の方に見える。

 さっきまで彼にまとわり付いていた『縁』はもう見えない。

 

 万紀が消えた辺りには何も異常なものが見えなかった。


 ぐるりと、全方位を見渡した時に、ふと気付いた。


「クミ、スマホでテレビを見て。おかしい。絶対におかしい」


 『神さまみたいな者』の力を失ったショックで、注意力が薄くなっていたので気付かなかったが、地震は続いていた。


 携帯電話の画面を覗いたクミが思わず声を上げた。


「まさか!」

「どうしたの?」


 クミが私にスマホを手渡した。


 そこに映された画面を見た私はゾッとした。



 そこには、日本地図の全域に、『3』という文字が貼り付けられていた。


「今夜は伝説の夜になるわね」


 私の予想は甘かった。


 



第11章-第5話



 バイクのエンジン音が背後で消えた。

 二人の警官がバイクを押しながら、私達の方へ向かって歩いて来た。


「吉田巡査、どういうことだ?」


 どうやら、先ほどの報告で、近くを巡回していた交番の警官が差し向けられたようだ。


「信じてもらえないかも知れませんが、少女が一人、忽然と姿を消したんです」

「まさか、酔っ払っていないだろうな?」

「本当のことです。なんなら、彼女達に聞いて下さい。自分よりも詳しく見ていたはずです」


 30歳代の警官が、私達を振り向いた。

 

「君達が目撃者か? で、その少女とは知り合いかね?」


 クミが代表して答えた。


「消えたのは私達の主将です。多分、名前ぐらいは知っているはずですが、三上万紀です」


 警官が息を飲んだ。


「“あの”三上万紀か? ソフトボール日本代表の?」

「ええ。『あの』三上万紀です」


「なんてこった・・・ 今夜はとんでもない夜になりそうだ」





第11章-第6話




 私は警官の対応をクミに任せて、万紀が消えた辺りをじっと見ていた。

 微かな変化の兆しも見逃すまいと思い詰めていた。


 その瞬間は突如訪れた。


 何の効果音も無く、何の映像エフェクトも無く、気付いたら、そこに万紀が立っていた。


 安心のあまり、腰がとろけそうになった。もし、一人だけでこの場に居たら、確実に座り込んでいただろう。

 それほどの安堵感を抱いた事は、正直に認める。

 

「クミ、万紀が還って来たわよ」


 その言葉は、クミに電流を流したかの様な反応をもたらした。

 

「マキ、マキ・・・・・ 本当に還って来てくれた・・・・・」


 クミにそのような反応を至らせた当人は、悠然と立っていた。




第11章-第7話




 万紀は消えた時と同じ、ソフトボール部のユニフォーム姿だった。

 消えた時と同じ服装は当然と言えば当然だが、私は心のどこかで、もっと違った恰好で戻って来ると予想していただけに、却って驚いていた。

 万紀は自分の身だしなみを確認していた。


「ふむふむ、ちゃんと服も再現出来た様ね。へー、汚れまで再現しているぞ(^^)

 我ながら上出来、上出来(^^)」


 そして、彼女はこちらを見た。




第11章-第8話




「心配掛けてゴメンね(^^) やっと戻って来られたよ」


 後輩達がワッと万紀に駆け寄った。


 涙ぐんでいる彼女達の頭を撫でながら、笑顔で一人一人に声を掛けている万紀を、私はじっと見ていた。


 初めて肉眼だけで見る万紀は、背の高いスレンダーな女子高生にしか見えなかった。

 顔立ちはハンサム?!とも言える。

 あの顔で、目の前ではにかまれたら、思わずこちらもはにかんでしまいそうだ。

 

 今も、そうだった。

 微妙な笑顔になっていることを自覚しながら尋ねた。


「何か変わって戻ってきたの? 私もクミも、今は何も感じないの」





第11章-第9話




「うん、かなり変っちゃった(^^)

 借りていた核を返すね。って言っても、コピーだけど」


 その言葉が終わると同時に、再び懐かしい感覚が甦った。


「まさか・・・・・」


 思わず、クミも私も声を上げた。


 目の前に居る筈の万紀の姿は人間ではなかった。

 力を失う前に感じていた神気の凝縮体と、無数の核の集合体だった。


「ね? かなり変っちゃったでしょ? もうソフトボールは出来ないと思うよ」


 私達3人の会話を怪訝な表情で聞いていた後輩や、警官も最後の言葉に反応した。


「主将、どういう事ですか?」

「ソフトボールを出来ないって・・・」

「どこか怪我したのかね?」


 万紀は寂しそうに笑うと、みんなに告げた。


「すぐに分かります。その前に、地震を止めさせます。要らないって言ったのに、デモンストレーションとお祝いの為だとかで、聞かないんだから。困った子だ(^^)」


 その言葉が終わると同時に、一瞬だが、揺れが大きくなった。

 みんなが踏ん張った直後に地震が止まった。


「もう、いたずらっ子なんだから(^^)」


 万紀がくすと笑いながら、呟く。 


 周囲の驚愕に構わずに、万紀はもう一度、くすっと笑った。





第11章-第10話



 数分間も同じ周期で揺られた後だったので、私の平衡感覚はおかしくなっていた。

 まだ揺れている気もする。みんなも視線をあちらこちらに動かして、もう揺れていない事を確かめていた。

 そんな私達の様子を見て、万紀が話しかけてきた。


「本当にゴメンねm(_ _)m 悪気は無いのよ、あの子は。

 まだ、『感覚』を理解しきれていないところが有るので、ちょっと加減が出来ないの。

 まあ、おいおい、教えていく事にするわ」


 私には万紀が言う事の半分も分からなかった。


 『あの子』? 

 この騒動を引き起こしている張本人だと思うが、危険な匂いだけは感じた。

 こんな騒動を引き起こしている人物が子供ならば、危険だ。

 子供故に、道徳とは無縁な残酷な事を平気でしてしまいかねない。


「万紀、『あの子』って、誰なの? 今夜の出来事は全て、その子が起こした事なの?」


 万紀の答えは、私の想像を超えていた。


「人間風に言えば、ちゃんと意識が芽生えたのが誕生とすれば私たちと同い年だけど、簡単に言って人間じゃないわ」


 万紀はそう言うと、クミと私に視線を合わせた(ように感じた)。


「次は挨拶しなくちゃ。後でちゃんと話すから、今は私を信じて」




第11章-第11話




『この星で生きている全ての皆様、私は三上万紀と言います。自我を持ってしまった地球とつい先ほど、友達になる約束をしたので、お知らせします。

 行政機関並びに詳しく知りたい方は、ホームページを立ち上げましたので、そちらを参照して下さい。

 また、日本時間の明日午前7時ちょうどに映像付きのメッセージを発信します。今回の挨拶よりも影響が大きい為、事前の対策を講じる事を希望します』


 多分、文章として読んだ場合は、間の抜けた挨拶だろう。

 だけど、直接『聞こえた』場合、その衝撃は並大抵ではなかった。

 

 聴覚では目の前(手で触れれそうな距離)から聞こえたのに、実際の万紀は全く違う所で立っていた。

 ぞっとする違和感だった。


 周囲を探ってみたが、ほとんどの人間が呆然としていた。

 

 一定の周期で揺れる地震で不安を掻き立てられていたところに、いきなりの声だ。

 天変地異の出来事としか感じようが無い。


「クミ・・・・・」


 我ながら情けない事に、喉から出た声はかすれて力が無かった。

 もう一度、今度は力を込めて、声を掛けた。


「クミ、テレビは何と言ってるの?」


「う、うん、ちょっと待って・・・・・」


 慌ててクミが携帯電話をいじった。


「スタジオがパニックになっている」




第11章-第12話




「もう支離滅裂な状態よ。さっきまでとメンバーが代わっているし、怒鳴り声も聞こえるわね」


 その混乱を産み出した少女は冷静な声で、警官に声を掛けた。


「伊藤巡査長、傷害事件に関しては実害が無かったので告訴しません。ただ、他に聞きたい事が有ると思いますので、交番まで出向きますけど?」


 万紀が何故、警官の名前と階級を知っているかは、私なら分る。


 私の力だ。彼女は私の力を使いこなしていた。


「ああ、そうだな。交番で話を聞こうか・・・・・」





第11章-第13話




「伊藤巡査長、交番に行く前に何点か用事を済ましておきたいので、しばらくの時間だけ下さい」


 万紀は警官の返事も聞かずに、クミの方を向いた。


「久美、お義母かあさんが来たら、『今まで本当にありがとう。お義母さんの娘だった事で私がどれほど助けられたか分らない。後はちゃんと引き継ぐから、心配しないでね』と伝えて。お願い」


 続いて、私の方を向いた。


「花子は邑井さんを宥めてね。きっと、心配のあまり、交番に行こうとするはずだから。彼女を止めないと、話しがややこしくなるわ」

「どうして? あ、そうか・・・ 分かったわ」


 万紀はあえて、行政機関の手の中に入ろうとしていた。

 そうする事で、ソフトボール部のみんなに及ぶ影響を少しでも少なくする為だ。

 邑井が本気を出せば、警官を失神させる事など造作も無い。

 だが、それは万紀の思惑とは正反対の結果を及ぼす。


 万紀は最後に1年生の方を向いた。口調は柔らかで、一種の催眠効果を持たせていた。


「1年生のみんなは自宅に帰って、今日は早くに寝ておいて。明日はちゃんと学校に行く事。いい?」


 1年生たちが素直にうなずいた。


「多分、しばらくは部に顔を出せないと思うけど、久美と花子の言う事を守って。久美、花子、苦労を掛けるけど、みんなをよろしくね」


 ええ、あなたの言う事なら、どれほどの事でも、やり遂げるよ、万紀。


 万紀は警官に向かって、声を掛けた。その声色は少し面白がっているようだった。


「さ、行きましょうか?」


 警官3人を引き連れて、万紀がさっさと歩き出した。

 その後姿を全員で、見えなくなるまで私達は見送った。



 1年生全員を帰した後で、私とクミは二人で立ち尽くしていた。

 二人とも無言だった。

 万紀の母親も、邑井もまだ着いていない。

 それまでの時間で、これから起こる事を二人とも心の中で想像していたのだ。


「花子、どうなると思う?」


 ついに、クミが口を開いた。


「あなたと同じ結論よ。他の人たちと違って、私達には一つの行動方針が有るだけマシね」

「そうね」


 クミも同じ結論になる事は分かりきっていた。

 

 自我を持った地球と、神に近い力を引き出せる少女という2つの絶対的存在と、どう付き合うべきかという命題に、人類は簡単には答を引き出せないだろう。

 下手すれば、現在各地で起こっている緊張関係を悪い方に促進するかもしれない。


 ただ一つ言える事は、私は万紀の為ならば、どんな事にも耐えられるし、どんな事もする。

 クミも同じだろう。


 もしかすれば、今の万紀を構成する核の持ち主達も同じかもしれない。

 そう、表舞台に現れないかもしれない、何千何万の「力」を持った人々が同じ思いを抱いたら、世界は変わる。

 いや、変わらざるを得ない。

 

 これら全てを、地球が意図して自らの意志でしでかしたとは思えなかった。

 だが、もしかすれば、意識が芽生えてすぐに無意識の内に自分と同じ様な存在を欲したのではないだろうか?

 

 その時に、万紀の義母が辿り着いた。

 その様子に違和感を感じた。


『何故、冷静なの?』


 万紀の義母は私達の前に来ると、ニコリと笑った。

 その笑顔は娘の無事を喜ぶ義母というよりも、一つの大仕事をやり遂げた充足感から出たような感じを抱いた。


「あの子は無事に還って来たようね。二人ともご苦労様でした」


「え、どういう事ですか? 何故、それを知っているの? いや、それ以前にあなたは誰?」


 クミが動転しながらも、的確な質問をした。私も知りたい事だった。


「私はあの子が背負わされた役になれなかった者。地球が自我を持つ前に放たれた無邪気な感情に耐え切れず、芽生えた力全てを失ったの。辛うじて命だけは残ったけどね。もし私が耐えられれば、あの子は普通の人生を歩めたでしょうね」


 そう説明する万紀の義母は、年よりも若く見えた。

 そう言えば、化粧気が無い。スッピンだった。

 万紀が入院している頃は顔色を隠す為に厚化粧をしていたので、尚更に若く見えた。


「堪えきれなかった私の時と違って、あの子はじっくりと時間を掛けて変質への耐久度を上げられたから、成功したのでしょう。本当に良かった。でも病気になった時はどうして? と悔やんだり恨んだりしたけど貴女のおかげで助かったわ。改めてお礼を言います。有難う」


 そう言って、万紀の義母は私に頭を下げた。


「いえ、私は結局何も出来なかったから・・・ 万紀が自分で治したんです」

「いいえ、違うわ。貴女が試した方法を基に地球が治したの。もし貴女が万紀を治そうとしてなければ、あの子はあのまま死んでいたわ。今なら分かるの」


 もしかして、この目の前の女性は核を持たずに力を発揮しているのか?

 代償は? 只人がその様な真似をするのは不可能だ。

 もし、今浮かんだ考えが正しいとすれば、彼女は・・・・・・


「ええ、地球が私にお詫びと感謝の意味で最後に疑似的に力を使わせてくれているの」


 私の考えを読んだのだろう。

 今ではどう見ても、二十歳前後にしか見えない万紀の義母が教えてくれた。

 彼女の時計は、全ての力を失った時から止まっていたのかもしれない。

 いきなり私は悟った。

 だから、次に発した言葉は涙声になっていた。


「本当に今まで、ありがとうございます」


 私の力が、私に分らせてしまった。

 目の前の女性の生命力が急速に衰えていく事に。

 クミが事態の進展に付いて行けないながら、万紀に託された伝言を伝えた。


「よく分からないのですけど、マキから伝言を預かっているので、言いますね。

 『今まで本当にありがとう。お義母かあさんの娘だった事で私がどれほど助けられたか分らない。後はちゃんと引き継ぐから、心配しないでね』と言っていました」


 その言葉を聞いた彼女の笑顔を忘れる事は出来ないだろう。

 私は次の事態に備えて、彼女を支える準備をした。


「本当に、良い子だこと。私は最高の娘の母親をやれて、幸せだっ・・た・わ。久美ちゃ・・ん、花・子・・ちゃん・・・ 後は・・お願い・・・ね・・・・・」


 ゆっくりと前に倒れて来た彼女を受け止めながら、私は泣き出した。

 彼女の生命力が急速に失われていた。

 

 彼女の脳が活動を停止する寸前のシナプスが見せた記憶は、万紀の幼い頃の映像だった。


 エビフライを美味しそうに頬張る姿だった。




【2年後】


 世界は2つの存在に負けた。

 あらゆる妨害に妨げられずに、即時に更新される「三上万紀」のツイッターは世界中の政府の思惑を超えて、世論を左右した。

 ましてや、地球相手に有効な対抗手段がある訳もなかった。

 毎日更新されて、無償で公開されていた「1ヶ月先の地殻活動(要するに地震の予定が分かる)」の情報が止められるだけで、地球からの情報がどれ程の価値が有るかを思い知らされると、手の平を返したように態度を豹変させる国が発生した。

 



【5年後】


 世界の降水量は増加していた。

 徹底的なシミュレーションを行なった上で、希望する国に可能な限りの降雨が行なわれていた。

 それまで不毛だった大地に緑がやって来た事は、劇的な変化をもたらした。

 また、世界地図には新しい島が載っていた。

 大気中の二酸化炭素の炭素だけを集めた直径5キロに及ぶ円柱が太平洋上に出現していた。 




【10年後】


 世界地図は、更に新たな島を日本の東側の太平洋上に加えていた。

 面積は日本列島の主島4島の合計と等しかった。 

 その島の正式な名は未だに付いていない。

 通常はただ単に『THE ISLAND』と呼ばれていた。

 人口は現在のところ、121万3271人だった。

 その内、登録された正式な島民は2万3586人で、その他の人口は世界各地から集まって研究機関で働く職員だった。

 島民は全て「核」を持つ者で、研究機関で働く者とは明確に区分されていた。

 彼らは異常なほどの能力を持っていた。

 そして、研究者のうち、希望者には、とんでもなく厳しい審査の後に、「標準核」を分けられて、島民となる事を許される事が出来た。




 その島の俗称は空想上の大陸から取られていた。



 



エピローグ



「さあて、なんとか間に合ったわね」

 

 その部屋は南向きの大きな窓から太陽光を取り入れていた。

 おかげで、照明の必要も無いくらいに室内は明るかった。


「どこまで来てるんだったっけ?」


 私は答を知りながら、隣に座っている歳を重ねた花子に尋ねた。


「冥王星軌道に入ったところ。土星で重力ターンした後で、太陽に向かい、最後の重力ターンをするらしい。到着まであと2年くらい」 


 私はおどけた口調でぼやいた。


「それまでにあちらの言葉や慣習のお勉強が大変ね」


 わたしの愚痴に久美が答えてくれた。

 うん、歳を重ねても上品さと可憐さが損なわれていない。かわいいぞ、久美(^^)


「その為に私が居るのよ。忘れた? 『家庭教師の神さま』って言ったのはあなたよ、マキ(^^)」


「ははは、よく覚えていたわね」


 高校生の頃の外観のままの私は思わず笑った。

 私が公の席に出る事は稀だ。

 歳を取らない化け物に対する恐れは人類に無用なプレッシャーを掛ける。

 だから、私は元々の身体を再構成して2人になった。


 〝人間の”三上万紀が心配そうな表情で、私に尋ねた。


「本当にいいの? 自分で行かなくても、ロボットで良いと思うけど?」


 この子は私と違って、歳を取るし人間として成長もする。だから久美や花子と同じ時間を生きていける。

 私と違って・・・・・

 


「ダメよ。こういうのは最初が肝心なの。だからこの17年間で出迎え用の宇宙船も造ったんだから」


 17年前に世間を賑わせた謎の電波発信源は太陽系内に入って来ていた。

 電波でのやり取りは今も続いている。

 これまでのやり取りから友好的な相手だと思うけど、実際の所は会って見なければ分からない。

 

「それに、あちらの状況に合わせて対応を変える事も考えると私たちが行くしか無いもの。まあ、ある程度の道筋を付けたら、後は任せるけど」


「それはそうだけど・・・」


 私は笑顔を見せながら言った。


「実際に大変なのは世界を相手にするあなた達よ。私には一生掛かっても無理」


 3人がつられた様に笑顔を浮かべた。

 うん、相変わらず仲が良い(^^)

 それとガイア、一緒に無邪気に笑っているんじゃない(^^;)

 あんたは私と一緒に出迎えに行く事を忘れてないか?

 大体、身動き取れないから何とかして! と駄々を捏ね、5年前に私の身体をコピーした挙句に外見を幼くして勝手に使いやがって・・・

 おかげで、幼女・少女・女性盛おんなざかりの万紀3世代が揃い踏みだぞ(^^;)

 ついでに言うと、自分の事をボクと言うのは止めてくれ・・・ 地味にダメージが来るから(><)


 

 全世界に、新大陸に設けられた研究機関から異星人来訪と、たった2人だけの公式訪問団の派遣が発表されたのは、それから1週間後だった。




 異星人来訪の目的が、自我を持った地球への表敬訪問だと発表されたのは2年後の事だった。

 その後、人類は一気に太陽系開発に舵を切った。

 理由は、地下資源の採掘が、地球への虐待行為と判定されて、このままでは人類にペナルティーが科せられる事が告げられたからだった・・・・・・・



 後年、佐藤花子、田中久美が残した回想録に、地球に帰還した際に非公式に神様の方の三上万紀とガイアがこぼした言葉が残っている。



「神も仏も宇宙には居ないみたい。こうなったら太陽系を開発しまくったるんだから」

「別にボクはあちこちで穴を掘られても構わないんだけどね。むしろ刺激が有って好きなんだけど」




 人類の1000年に亘る黄金期の幕開けの一コマだった・・・・・・・・・



 

 






 






 これにて完結です。

 お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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