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20160823公開
第9章-第1話
『意識を・・・無くした・・・人間って、こんなに重いんだ・・・』
酩酊状態になった邑井さんを、一番近い久美の家に運ぶ間、私が思った事は『だから酔っ払いは嫌いなんだ』だった。
まあ、正確にはアルコールで酔ったのではなく、私の神気とやらに中てられたんだけどね(^^;)
久美の家族は事情も訊かずに、客間の用意をしてくれた。
さすがと言うべきなのか、さばけ過ぎと言うべきなのか、判断に困るような(^^;)
「ええ、はい、すぐに良くなると思うのですが、目が覚めたら本人から電話してもらいます。ええ、そうですね、伝えておきます」
花子の指示で、私が邑井さんの家に電話したけど、自分のところの若い娘がいきなり他人の家で意識を無くしているっていうのに、いいのか(^^;)
何がって?
だって、私が自分の名前を言った途端、「キャー」だよ?
色が付いていそうな歓声だよ? しかも黄色だよ?
念の為に、いつでも代われるように後ろで待機していた多美さん(あ、久美のお母さんね^^)に受話器を返しながら、思わずぼやいてしまっちゃった(^^)
「電話で初めて、耳が痛くなっちゃった(^^;)。
本当に黄色い歓声ってあるんだね」
久美が上品に歳を取ると、こんな『素敵な女性』になるんだと実感するような多美さんが口元に手を当てながら、コロコロと笑った。
「あらあら。万紀ちゃんは苦手のようね? 後ろから見ていたら、面白いくらいに感情が出ていたわよ(^^)」
「だって、次から次へと電話の相手が代わったうえに、何か言う度にキャーですよ? 誰も邑井さんの心配をしていないって、どうかと思いません?」
「それだけ、万紀ちゃんが信頼されている証拠よ」
「はあ、そうなんでしょうか? とりあえず、最後に出てくれたお父さんが、『ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします』と言っていましたよ」
「あらー、全然迷惑じゃないのだけど?」
そうだろう(^^;)
久美の家は、『来る者拒まず』を地で行く家族だもの(^^)
第9章-第2話
客間に戻ると、久美と花子が真剣な表情で話していた。
ふすまを開けた私を、二人の視線が射抜いた・・・
「どうだった? 迎えに来るって?」
「任せるってさ(^^;) 意外と邑井さんって家では居場所が無いのかな?」
花子が首を振りながら答えた。
「そんな筈無いじゃない。この子は山系の神さまなのよ。そこに居るだけで周囲の人間の精神を安定させるのが山系なんだから、今頃、この子の家はお通夜のようになっていてもおかしく無いわ」
そんなこと言われても、本当に心配していなさそうだったんだけど?
「もしかすれば、あなたに関する摺りこみをしているかも?って考えが正しかったんでしょ」
「 ? 」
「簡単に言うと、あなたの名前を聞けば、不安が吹き飛ぶように仕向けておいたってこと」
「・・・・・? 」
何を言っているの?
「そうですよ、佐藤先輩。
本当に、あなたは深読みをする神さまですね」
声の主は布団に寝かされている邑井さんだった。
「散々、三上部長の名前を使って、刷り込みをしましたから、きっと数日なら、耐えられると思います」
「やはりね」
「ふう、佐藤先輩を出し抜こうって考えが甘過ぎたんでしょうね。
人間関係に関しては、全く歯が立ちませんね・・・」
えーと、何をしゃべっているの?
第9章-第3話
「そういう訳で、私はもう一眠りさせて頂きます」
え?
「さすが、山系の神。この状態で、よくしゃべれる」
え?
「さて、万紀、色々訊きたそうなので、いい機会だから教えるわよ」
そう言われてもなぁ(^^;)
事態の進展に付いていけてないんですけど(^^;)
しばらく考えたけど、とりあえず、本日一番の驚きの事実!ってやつから確認しようかな(--;)
「久美って、なんの神さま?」
「今までの付き合いで分らない?」
しばらく考えた結果は・・・
「家庭教師?」
「そう来るか・・・(^^;)。万紀はさすがに一味違うわ。『勉学の神』よ」
そう言えば、そうかも(^^)
「私って、ついてる? ご利益はばっちりだったものね」
「まあ、そう言ってくれると、嬉しいわ」
「花子は『縁結びの神』なのよね?」
花子は生真面目な表情で答えた。
「違う。正確には『縁の神』よ。結ぶのも、切るのも、どちらも出来るから」
「と言う事は、切った事あるの?」
花子はあっさりと言った。
「勿論」
そうですか(^^;)
思わず訊いてしまった。
「私の縁も?」
「まさか。あなたの縁を切れるほど、力が強くないわ」
ふーん、そうなの?
第9章-第4話
「他には何か訊きたい事がない?」
えーと・・・・・
「『やまけい』とか『ひとけい』って何?」
久美が花子に目配せをした。ちょっと仲間外れな気分を感じたのは、私のわがままなのだろう。
「『山系』というのは、ただ居るだけで周囲に影響を及ぼす神さまよ。特に能力がある訳では無いけど、神気は大きい部類に入るわね」
ふーん(^^)
「『人系』は久美や私が属している神の系統。人間社会に影響を与える能力が高く、ご利益はこちらの方が大きいわ」
なるほど(^^;)
「その他にも、『モノ系』、『気象系』、『植物系』、『動物系』が多いわね」
「『ものけい』?」
「魂を持ってしまったモノって事。古いものには魂が宿るっていうでしょ?」
「髪の毛が伸びる日本人形?」
「ちょっと違うわね。で、『モノ系』の神様って理系に強くなるの。まあ、天才とまでは行かないけど相性が良いからそれなりの実績を出すみたい。『気象系』は大層な名前だけど実際は力は弱いから、むしろ『植物系』や『動物系』の方が御利益は有るわね。どうでもいいけど、万紀はオカルトの見過ぎかもしれないわね」
いや、あんたらの存在が十分にオカルトなんですよー(><)
第9章-第5話
「そう言えば、私って、あなた達とどう違うの?」
「長い間私と花子が観察した成果として、神気と認識しているけど、私たちとは微妙に違う様な神気を溢れさせながらも、核が無いの」
「核?」
「神を宿してしまった人に特有なものよ。宿したことに気付かされるものを核と呼んでいるの。自分とは異質なものが自分の体内に存在している感触が有るの・・・。ざっとこんな感じかな? あ、それと、さっき言ったあなた独特の神気だけど、どんどん濃くなっているわ。だから小さい頃からあなたに接している久遠が離れたがらなくなっているのかも?」
「以前言っていた『大人になったらもっと凄い』って言っていたやつ?」
「そう。私の予想では、大人になる頃には普通の人間さえもあなたを特別視する筈よ」
うーん、よく分からん(^^;)
それにこれ以上の属性は要らないよ。
ただでさえ、有名人なのにこれ以上目立ってどうするよ?
「神懸り? みたいな?」
「ちょっと違うと思うわ」
「見えるの?」
「分るの。というか、感じるの」
「そう・・・。あ、そうだ。神気ってなに?」
「上手く表現するのは難しいけど、その人が放つ空気感みたいなもの。普通の人では全く出ていないから、すぐに同類って分かるわ」
「ねえ、花子、前に会った人も神さまみたいな人だよね。もしかして、いっぱい居るの?」
「まさか。あなたの周りが特別なのよ。
知っていた? 邑井って、中学時代は短距離走のホープだったのよ。あなたのファンの友達に連れ出された試合で、たまたま近くを通ったあなたの神気に気付いて、受験勉強の傍らでソフトボールの練習を始めたの。
まるで昔の私を見るようだわ」
あ、忘れてた。花子も私に吸い寄せられてソフトボールを始めたんだった(^^;)
第9章-第6話
「そうだ・・・ 私がここに居たら、邑井さんに影響すんじゃない?」
「それは大丈夫。寝ながらも、ちゃんと影響を受けないようにしているわ。ある意味、器用なのか、それとも不器用なのか、判断に苦しむけどね」
私達3人の間に、束の間の沈黙が漂った。
重い・・・ 重いぞ、この沈黙は(^^;)
私にとっては、自覚が無いだけに他人事のようで、実感が全く湧かない話だった。
その沈黙を破ったのは、変声期前の男の子特有のちょっと高めの声だった。
「もう、入っていい?」
久遠だった。
ゆっくりとふすまを開けて、中の様子を伺う仕種が可愛い。
なんとなく救われた気がして、思わず声を掛けていた(^^)
「いいよ。入っても」
久遠は嬉しそうな顔で、私の横に座った。
ちょっとだけ、邑井さんの顔を見た後で、私の目を見て言った。
「このお姉さんも多いね」
お前もか、久遠(><;)
第9章-第7話
「もしかして、久桜も?」
「うん、そうだよ。知らなかったの?」
なんだか、悲しくなってきた(;;)
だって、私一人が知らなかったなんて・・・・・
「どういうこと、久美?」
「どういう事って言われても、答えようが無いんだけど(^^)」
「本当に、今日は驚きの連発だわ・・・。神さまみたいな人って、本当に珍しいの? わんさか居そうな気がしてきたんだけど?」
花子が出来の悪い生徒を見る目で私を見た。
「言ったでしょ? あなたの周りが特殊なの。町を歩いても、同類には滅多に出会わないわよ」
「滅多にって事は、たまには居るって事でしょ? どれ位の割合なの?」
「小学生の頃に、休みの度に梅田や難波に出掛けた事が有るの。本当に居なかったわ。5年近く掛けて、私が出会った同類は5人よ。」
それほど貴重な存在なの?
「万紀お姉ちゃん、今日は泊まっていくんでしょ?」
「いいえ、もうしばらくしたら帰るわ。お義母さんが晩ご飯を用意しているもの」
「そうね、そうした方がいいわね。邑井さんは私達で面倒見るから。あなたたち親子の儀式を犠牲にする事ないわ」
「ぎしきって?」
久遠が久美に訊いた。
「一緒に仲良くお食事をする事」
久遠の表情には疑問符は張り付いていた。
第10章-第1話
「ただいまー。ゴメンね、遅くなって」
私の帰宅を待っていたお義母さんが笑顔で出迎えてくれた。
「いいのよ、田中さんところのお母さんから電話が有ったから。事情は聞いたわ」
私と母親は血が繋がっていない。俗に言う継母だ。
でも、下手をすれば世の実母以上に私に良くしてくれている。
うん、少なくとも私は母親に関しては恵まれていると断言できる。
「さすが、多美さん(^^) そういうところは娘譲りだね」
私の冗談に破願した後、お義母さんは笑いの合間に声を掛けた。
「今月はエビフライよ。お母さまも万紀ちゃんも好きでしょ」
うん、私は恵まれている。亡くなった実の母親の好物を月命日に用意してくれる継母なんて、貴重だというくらいは分る。
ましてや、クラブ活動でバイトもせず、家事もしない血が繋がらない私を働きながら女手一つでここまで育ててくれた。
台所から聞こえてくる皿の音を聞きながら、洗面台で手を洗っていると、不意に感情が高ぶってきた。
「どうしたの? 何か悲しい事があったの?」
お義母さんはダイニングに入った私を見て、驚いたように声を掛けてくれた。
「ううん、なんでもない・・・
私は・・・ 私は幸せなんだと思ったら、どうしようもなくて」
お義母さんが抱締めてくれる。
かすかな消毒液や薬品の匂いを感じながら、私の涙は更に溢れた。
私は知っていた。
血が繋がっていないとはいえ、娘の余命が1ヶ月と知ってから、あの日を迎えるまで、気丈に振舞いつつ、どれほど悲しんでいたかを・・・・・
看護士という立場を放り出して、どれほど私の世話をしたがっていたかを・・・・・
そう、私は知っていた。
こんなに善い人に、私達父娘は無用な苦労を強いたのだ。
第10話-第2話
「ごめんなさい、もう大丈夫・・・ うん、大丈夫」
「珍しいわね、万紀が涙を見せるなんて。あの時もあっさりと自分の運命を受け入れて見せた強い子なのに」
私の返事は噛み合っていなかった。
「ごめんなさい」
お義母さんは、敢えて話題を変えた。
「さあ、早く食べないと、せっかくのご馳走が冷めるわ」
「本当に、美味しそう(^^) いただきまーす」
『美味しそう』ではなかった。
本当に美味しかった。
今日も忙しかったのだろう。
慌てて帰ってきて、シャワーを浴びる間もなく料理をしたであろうエビフライは本当に美味しかった。
私は『母親に恵まれた娘なんだ』と実感した。
もし、実在するならば、神さま、お願いです。
お義母さんが『娘に恵まれた』と思ってくれんことを・・・
第10章-第3話
「それで、どうだったの、その邑井さんだったっけ、その子の様子は?」
「うん、すぐに良くなると思うよ。ちょっと寝たら治るから」
「貧血? それとも何か持病があるの?」
「うーん、持病じゃないし、貧血でもないけど、一番近いのは熱中症かな?」
「頻発するなら、一度お医者さんに見てもらいなさいよ」
お義母さん、多分、診断は無理ッす(^^;)
症状の元がここに居るなんて、現代医学でも解明出来ません(^^;)
「もしもの事があるから・・・・・」
お義母さんは今も気にしていた。
私の発病にすぐに気が付かなかった事を・・・・・
でも、あれ以上早く発見する事は不可能だっただろう。
自分で言うのも変だが、私は相当我慢強い。少々の体調の悪さは我慢できる。だから、お母さんよりも一緒に過ごす時間が長い久美さえも気付かなかったくらいだもの。
唯一気付いていたのは、私を異能な力で観察していた花子だけだった。
むしろ、普通の人間なのに私の体調の変化に気付いて、無理やりに検査を受けさせたお義母さんを褒めるべきだろう。
「今度の試合はいつなの?」
「明後日の日曜。すぐ近くの学校だから、家から直接行くわ」
運命の日の2日前の会話だった。
貴重なお時間をこの様な粗作に割いて頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m