表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第8話  墜落



 奥へ進むごとに照明は数を減らし薄暗くなっていく。コンクリートで固められた無機質な廊下は途中から趣を変えていった。壁には意味の分からない凝った文様が描かれ、それが花などであればホテルの廊下などを思い浮かべるかもしれないが、どちらかというと意味の分からない俺からすればすべてが怪しげに感じられる。実際それを意図しているのかもしれない。コンクリートはやがて石となり、さらにはむき出しの岩へと変わっていった。洞窟にでも入り込んだかのようだ。獅童はここが地下であるとは言わなかった。ならばどこかの山にでも入り込んだのだろうか。いかにもという雰囲気の通路は小さなろうそくが照らすわずかな明かりだけがあり、かろうじて互いの姿と足下が見える程度だ。闇の奥に続く道がどこまで続いているのかすらうかがえない。そんな暗い道を獅童は迷いなく進んでいく。一本道なのだから迷う心配はないのだが、躊躇も遠慮もなく進んでいく彼に頼もしさよりも不安だけが得られた。

「なあ、本当にこの道で良いのか?」

 思わず尋ねるのもこれで何度目だろうか。監禁されていた倉庫から出て既に三十分ほど経過している。他の信者に会うどころか人の姿すら見られない。あったのは洞窟の手前に用意されていた洗い場のような場所だけだった。

 こちらの不安など気にもせず、前を進む獅童は振り返りすらしない。

「他に道なんてなかっただろ。さっきお前を見つけるまでにざっと調べてみたが他に道は存在していなかった。方角からして施設の背後にあった山の中だろうな」

「一体何の為に…?」

「そんなこと俺が知るわけないだろ」

 考えるくらいしろよ。あっさりと思考を投げ出す獅童に文句も言えないまま、黙ってついて行くしかない俺にどうこう言う資格はないだろう。

 山の中を歩いていると仮定して、なぜこんなものが用意されているのだろうか。元々あった洞穴とつなげるだけでも資金と労力が必要となる。金の出所も気になるが、それよりもそんな苦労をしてまで一体何がしたいのだろうか。

 自分の問いに答えるのも頼りない自分の仮定だけ。不毛な自問自答が実を結ぶはずもなく、結局は黙って歩く以外道はない。獅童のすぐ後ろを歩く綾小路は疲れた様子もない。女性が文句一つ言わず歩いているのに男の自分が弱音を吐けるはずがない。

 黙々と歩き続ける俺たちの視界が開けたのはそれから間もなくのことだった。まず暗さに慣れていた目が久方ぶりの光に思わずくらむ。真っ赤な夕日の光の下には鍾乳洞を思わせるような広大な空間がそこには広がっていた。学校の運動場くらいの広さはあるだろう。天井に開けられた巨大な穴から夕日が降り注ぎ、その穴のちょうど真下には天井の穴に負けないくらい巨大な穴が今度は地へと向かってぽっかりと空いている。

「ここは…?」

「おそらく教団の聖地か神殿だろう」

 返事が来ることを期待していなかったつぶやきに、獅童は意外にも具体的な答えを示してきた。

「聖地? ここが?」

「ここに来る途中、洗い場のようなものがあっただろう。あれはおそらく身を清めるためのものだ。ここへ入るためにな」

 聖地という言葉はあまりなじみがない。宗教が関わればそれはおかしくもないことだしそういった場所が存在することも不思議ではない。だが信者からすればどんなに神々しく尊い場所も、そうでない人間からすればただの山や建物でしかないものだ。ここもそうだ。俺には鍾乳洞のような場所にしか見えないが、獅童は何をもってこの場所を聖地と推測したのだろうか。

 その空間には何もなかった。人もいなければ何もない。信仰に関わるようなものすら何一つなく、祭壇すら用意されていない。交流会に使用されたあの建物には祭壇や祈りの場が存在したというのに。ここにはただ巨大な穴が空いているだけだ。

 先に進んでいた獅童は地面に空いた巨大な穴をのぞき込んでいる。穴の中に何があるのだろうか。自分もそれを見ようと近づこうとしたその時だった。

「ここは聖なる地。信仰なき者は入ることを許されない場所ですよ」

 その声は背後からひっそりとかけられた。

「!?」

 慌てて振り返った俺の後ろにいたのは間戸彩香だった。間戸だけではない。間戸も含め、白いローブを羽織った集団が俺たちの背後に騒然と並んでいた。いつの間にこれだけの人数が気づかれないまま俺たちのあとを付けていたのだというのだ。それとも最初からこの場所に隠れていたのか。どちらにせよ、この状況は最悪と言って良い状況だ。

「間戸さん…」

「残念ですよ、五木さん。貴方はもっと賢明な方だと思っていたのに」

 そう言う間戸の眼はもはや後戻りが出来ないことを物語っていた。すべて気づいているのだ。気づかないうちに泳がされていたのかもしれない。だからこちらももはやごまかすつもりはない。まっすぐと相手の目と合わせる。

「間戸さん、貴方たちは一体何をしようとしているのですか」

 間戸の背後に立つ信者たち。白い衣に身を包む集団は顔をフードで隠し表情はうかがい知れない。だが彼らが持つそれは純粋な信仰とは言いがたい、物騒なものであふれている。騒然と並ぶ白い集団、彼らが持つ黒く光る鉄の塊。あの倉庫に置かれていたものだけではないだろう。これだけの数の凶器をどうやって集めたのか。

 どこにでもいる女性だったはずだ。ただ信じるものが違うだけで人はこうも違う道を歩んでしまうのか。間戸の眼に迷いはない。まるで不思議なものでも見るような目をしている。

「何を、とはおかしなことを言うのですね。私たちはただ信じる道を進んでいるだけですよ。その為の障害となるものを排除しようとすることがそんなにおかしいことですか?」

 平穏な人生を送る一般人は銃など持つどころか実物を見ないまま一生を終えるだろう。それを平然と持つ彼女はもはや一般人とは言えない。それを当然とするのはもはや犯罪者でしかない。そしてこれが決して初めてではないことが彼女たちの態度からうかがえた。

「ですがこうしてこの場所にたどり付けたのも運命でしょう。いっそのこと、貴方たちも聖なる儀式を受けられてはどうですか?」

「聖なる儀式?」

「ええ、この地で行われるのは戒め多く不自由な身体を捨て、神聖な肉体へと生まれ変わる為の儀式です。誰でも受けられるものでもない儀式を、貴方たちは受ける機会を与えられているのですよ」

 優しい言葉とは裏腹に突きつけられる銃に後退を余儀なくされる。これ以上下がれば穴に落ちてしまう。そんな所まで追い詰められていた。

「聖地? はっ、くだらない」

 それまで穴をのぞき込んだまま動こうともしなかった獅童が憮然とした声を出した。視線を背後の信者たちに向けないまま穴の底をにらみつけていた。その表情はいかにも不機嫌だということを隠さず眉間には濃い皺が刻み込まれている。そばに控える綾小路も不安げな表情を浮かべ穴の奥を見ている。

「こんなものがお前らの聖地か。予想はしていたがくだらなさすぎて吐き気がするな」

 敵に背後をとられるという最悪の状況にも関わらず、獅童は侮蔑の言葉を投げ捨てる。当然信者たちの怒りが広まる。今にも向けられた銃口から火が出そうな雰囲気だ。

「おい獅童! 今そんなことを言ったら」

「これを見て、まだ悠長に話し合いが出来ると思っているのならその頭、猿と取り替えた方が良い」

 そう言いながら獅童は視線で穴を見るよう促してくる。獅童の暴言に言い返したいのをこらえ、前に立つ間戸たちを警戒しながら後ろを振り返る。そしてそこにあった光景に眼を奪われ、次に眼を疑い、押し寄せる吐き気を手で押さえ込んだ。

 最初は暗くてよく分からなかった。天井から降り注ぐ光すら届かないほど穴は深かった。だが暗闇に慣れ、次第に見えてきたそれは聖地という名には決して当てはまらない、おぞましく残酷な光景だった。

 人はどれだけ切り刻まれれば死ぬのか。人はどれだけ燃えれば死ぬのか。どれだけ飢えれば死ぬのか。彼らは一体どれだけの時間苦しみ続けているのか。風の音かと思われていた僅かな音。それの正体に気づきさらに吐き気が襲ってくる。深い穴の底がどこまであるのか、底にはどれだけの人間がいて、そのうち何人が生き残っているのか。

 広がる穴の壁、人一人が何とか立てるようなスペースがいくつもある。きっと見えない範囲にもあるのだろう。そこにはそれぞれ一人の人間がいた。彼らは生きていた。いや、かろうじて生きていた。音の正体は彼らのうめき声。生きて救われることも死んで楽になることも出来ず、動くことすら出来ずただ僅かなうめき声だけが彼らの命がまだ消えきっていないことを物語っていた。あと少しで消えてしまいそうな風前の灯火を、何故放置しているのか。そして彼らの抱えた傷の数々。治療もせず放置されている傷は化膿し想像を超える痛みが彼らに襲いかかっているのだろう。だがそれを訴える力すら彼らには残されていない。ウジ虫がわこうとも、それを取り払う気力すらない。ただ生きている、それだけの存在と成りはてている。

「何なんだ、これは…」

 思わず口に出てしまう程、それは現実味のない光景だった。生き地獄というものがあるのならそれはこの深い穴の中で完成している。困惑と恐怖を隠せない俺の問いに、間戸は平然として答えた。

「アハトになる為の儀式です。これを乗り越えた者がアハトとなることが出来るのです」

「儀式? アハトになる為? 本気で言っているのか?」

 こんなことでアハトになれると彼らは本気で信じているというのか。そんなことの為にこんな残酷なことをしているというのか。だが間戸はまるで不思議なものを見るかのような目で返してくる。

「もちろん本気に決まってるではありませんか。アハトという高みに昇る為には試練を乗り越えなければなりません。俗物に染まりすぎた自らを清め、生の限界、死の間際まで追いつめられ尚、己を保ち続けた者だけがアハトとなれるのです」

 切り刻まれた身体、全身に張り巡らされた火傷、肋骨が浮き出るほどの餓鬼。それらはすべて死に近づくための行為だと彼女は言う。死なないよう調整された傷。放っておけばいずれ死んでしまうという極限状態を彼らは求めているのだと言う。

「こんなの殺人と変わらない。貴女たちは人殺しですよ」

 死ぬギリギリまで追いつめ放置することは殺人と変わらない。止めを指すか指さないかという違いでしかない。それが罪でないはずがない。だが責める俺に対し間戸が返してきた言葉は意外なものだった。

「勘違いしてほしくないのですが、そこにいる彼らは常世教団の信者たちであり、皆自らこの儀式に臨んでいるのですよ」

 これを、進んで行っていると? それは殺人ではなく自殺ではないか。アハトという幻想に逃げ込んだ人間の末路がこれだというのか。

 だが、

「貴女たちは間違っている。こんなことしたってアハトになれるわけじゃない」

 アハトは病とも生理現象とも言われるが結局、正確なところは分かっていない。何故彼らはアハトになるのか。アハトとはそもそも何なのか。生と死の狭間にある存在とは言われているが、実際その正体について確証は得られていない。アハトの存在が公式に認められ管理されるようになってから百数十年。存在が認められて数百年、科学・医学・オカルト分野まで幅広い研究が行われ、現代だけでなく歴史を遡り研究が繰り返されてきた。だがどんな学者も、世界の権威と言われる程の者であっても、アハトの正体に辿り着くことは出来なかった。それが分からないのならどうやってアハトになるのかも分からない。そもそもアハトを人間に戻す研究は率先して行われてきたが、逆にアハトになるための研究というものに対し政府は否定的な立場をとっている。アハトを兵器として運用している国・組織ならばともかく、民主国家であるこの国に於いてアハトは決して良いイメージを持たない。ならばアハトになる為の方法など誰も探そうとはしないはずだ。それ自体を禁じる法律があるわけではないが、推奨もされていない。

 常世教団の理念はアハトになること。ならばアハトになる為の探求が行われていても不思議ではないが、それはあくまで思想の範囲でなら許されるものだ。ましてやこのような殺人行為が許されるわけもない。これではただの自殺志願者の集まりでしかない。

「アハトは生と死の狭間にある存在。だからこそこんなふざけた真似をしているのでしょうが、こんなことに意味はありませんよ」

 今世界各地で人は生まれ死んでいく。こうして会話をしているほんの数分の間でさえ、命は芽生え、それ以上に死んでいく。生まれ育つことは難しく、死ぬことは安易だ。こんな死にかけの人間が集まる場など戦場に行けばいくらでも見れる。だが戦場に倒れる彼らのすべてがアハトになるなどあり得ない。そんな簡単なものではないのだ。

「意味がないと、何故言い切れるのです?」

 俺の説得など彼女たちには通じない。

「これが間違っていると、どうして貴方には言い切れるのですか? 貴方だってアハトになる方法を知っているわけじゃない。ならこの方法に可能性がないとどうして断言できるのですか。我々には力がありません。だからこそ試せる方法は限られている。そこに僅かな可能性があるというのなら試す以外に道はないでしょう」

 彼女はそれまでと違い少し憤慨したようなきつい言い方になっている。自分たちのしてきたことを全否定されれば温厚な人間であっても怒るかもしれない。だが事実だ。しかし誤った信念を真実とし、それを糧に生きてきた人間に真実を突きつけたところで聞く耳など持つはずがない。それに彼女の言うとおり、俺はアハトに関して一般人より少し詳しい程度で、そのすべてを説明できる程この世界に染まりきってはいないし、それを仕事としていても必要以上に踏み入れたくはない。でなければ飲み込まれてしまう。風間教主がそうであったように、あの暗くも美しい闇に、閉じられたままの狭い箱の中に。

「もういいでしょう。時間です」

 俺たちを囲む円陣が少しずつ迫ってくる。黒光りする銃口をこちらにつきつけて。既に俺たちの背後には一歩の余裕すら残されていない。落ちればそのまま視界の届かない穴底へまっすぐ落ちるか、どこかに引っかかったとしてもそのまま飢え死にするまで放置されるか、どちらにせよろくな運命は待っていない。そしてそのどちらもご免被りたい。だがそれを回避する術が思いつかない。今ある武器は倉庫からくすねてきた一丁の拳銃のみ。これ一つで十以上の銃を相手に出来るはずがないし、こちらは一人ではない。戦えるかすら怪しい二人、しかも未成年の子供であり一人は女性。こちらに勝ち目などあるはずがなかった。

 やはりあのまま引き返すのが正しかったのだろうか。だが今更後悔したところで後戻りは出来ない。武力でどうにも出来ないのなら口でどうにかするしかないのだが、説得が出来るような相手だろうか。目の前の危機に突破口がないか頭を悩ませる俺を尻目に、獅堂はさらに状況を悪化させる油を注いだ。

「本当に頭を取り替える必要があるのはお前らの方のようだな」

 そう言った獅堂の顔には迫り来る死への恐怖も絶望もなかった。あるのはそう、侮蔑だ。その言葉が一番しっくりくるし、それ以外に適した言葉は見つからない。その表情は銃口を向けられた人間がするべきそれではない。まるで立場が逆であるかのようだ。相手を心底軽蔑し、見下している。言葉にせずとも顔が隠すつもりもなくすべてを表している。お前達は愚か者だと。

 当然信者たちがそれを聞き流すはずもなかった。

「…どういう意味ですか?」

 そう尋ねる間戸は平静を装っていたが、声色からも決して穏やかな様子ではない。隠しきれない怒りがにじみ出ている。それに気づいているであろう獅堂は尚態度を崩さない。優位なのは己であると言わんばかりに間戸たちの信仰を真っ向から否定する。

「自分が馬鹿であると気づかない人間ほど見苦しい奴はいないな。さっきそいつが言っただろう、お前らのしていることは無意味だと。そいつと意見が合うのはあまりいい気がしないがまったくその通りだ。お前らがやっていることに意味なんてない。お前らも下の連中も、みんな死に損の殺し損だ。そもそもアハトになることが幸福だと考えているなら、それは自殺志願者よりも愚かだ。お前らは逃げてるだけだろ」

 自殺する人間は不幸な境遇、理不尽な現実から逃げ出す為に死を選ぶ。死ぬことより生きることの方が辛いと判断してしまって。だが、アハトは違う。生とも死とも違う世界への逃避。

「生き続ける気力も死ぬ覚悟もない。そのどちらからも逃げているだけだ。それはどちらも選ぶことの出来ない弱者の道だ。世の中生きることや死ぬことが幸せと断じることは出来ない。望まずしてアハトになる人間はいる。だが、お前らはどれとも違う」

 獅童は容赦なく彼らの信仰を切り裂く。

「お前らはただの弱者で愚か者だ。お前らがやることに何の救いも意味すらもない。存在するだけ無駄な存在に成り下がってるんだよ」

 最後の言葉は銃声にかき消された。撃ったのが信者の誰なのかは分からないし、探すだけ意味がない。こちらに向けられていた銃口の一つから火が噴いた。そしてそれは当然獅童の方へと向けられていた。広がる火薬の臭いと、銃口から漂う煙が間違いなく本物であったことを物語っている。

 だが撃たれたはずの獅童は無傷だった。彼はそれまでと変わらずそこに立ち続けていた。ただ一つ、違っていたのは一人の少女だった。獅童に届くはずだった銃弾は彼を抱きしめるように立ちはだかった綾小路の背中へと吸い込まれ、華奢な肉体に一つの小さな穴を穿った。

 悲鳴すら上がらなかった。何の躊躇もなく獅童を庇った綾小路の行為を愚行とは呼べない。それは純粋な好意と自己犠牲の精神から考える暇もなく動いた結果だろう。

 ぐらりと、綾小路の身体が獅童もろとも傾く。獅童の背後にある穴へ二つの身体は支えるものもなく落ちていく。次に身体が動いてしまったのは俺の方だった。向けられていた銃の存在を忘れ、穴へ吸い込まれようとしている二人に手を伸ばす。手はぎりぎりで届いた。だが二人の身体を同時に支えられるはずもなく、俺の身体もまた穴へと落ちていく。後のことなど考えてはいなかった。ただ目の前で死に向かっていく者を黙って見送ることなど出来なかった。

 重力に従い、三つの身体が落ちていく。死の臭いしかしない暗く深い闇へ。俺は間違いなく自身の死を予感した。視界を黒く染める闇を前に、もはや自分が眼を開けているかすら分からない。死を前に走馬燈でも見えるのならきっとあの日を思い出すだろう。人生で最低な日、自身の愚かさを痛感した罪。だがいくら待てども走馬燈はやってこず、風音に紛れて届いた言葉は人生最期にしてはつまらなさすぎる言葉だった。

「お前、やっぱり馬鹿だろう」

 それは俺に言ったのか、それとも自分を庇った綾小路に向けた言葉だったのか、それとも俺の走馬燈の一部だったのか。少なくとも最後の可能性はさらに続く言葉によって否定された。それは過去のものではなく、間違いなく今現実で発せられた言葉だった。


「もういいだろう。来い、御影」



 真っ暗な視界の中、猫の鳴き声が聞こえた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ