第1話 邂逅
どんよりとした曇天の下、平日にもかかわらずその会場が多くの人で賑わっていた。デパートのセールでも有名人の撮影現場でもない。集まっているのは老若男女、性別も年齢も様々な人々が並べられたパイプ椅子に座り講演が始まるのを今か今かと待ち焦がれている。元々今回の講演は勧誘の目的もある為、我々のような信者でない一般人、初めての参加者も多く参加している。だがここにいる人々の中には既に入会を決めてここに来ている者もいるだろう。他に来るのは興味本位の暇人や取材目的の記者くらいだ。もっともそれらの多くは門前払いを受けているが。そして俺はそういった暇人の仲間でも、ましてや入会希望者でもない。
こういった会場は学生時代に参加した就職説明会を思い出させる。当時既に就職先を一つに絞っていたがこれも経験だと両親に勧められ入る気のない会社の説明会に参加した。真夏にすら上下真っ黒のスーツを着る羽目になり夏になど参加するんじゃなかったと激しく後悔したのを覚えている。さらに言えば新興宗教の講演会など一生縁のないものであると思っていた。講演会には自分と同じぐらいの若者から杖をついた老人まで、本当に多種多様だ。信仰は人を選ばないということなのだろうか。信仰というものが薄れてきていると感じる現代日本にまだこれほど信仰を求める人々がいるのかと真面目に悩んでしまう。それだけ人々は悩みを抱えて生きてきているのだろうか。
もっとも俺は神と言われればうさんくさいと言い切ってしまうほど不信心者であるが。そんな俺がこのような場所にいるのは場違いでしかないが、好きでいるわけがないし、今更信仰に目覚めたはずもない。当然仕事だ。ただし入り口で追い返されている記者たちのようなゴシップ関係ではない。
会場の入り口ではスタッフによる受付が終了している。入りきらない参加希望者は夕方からの講演に回される。それほど多くの人々が集まっているのだ。受付で入念な持ち物検査も行われた。取材目的で入り込もうとする記者をスタッフが閉め出しているのも見られた。実は自分の正体がばれないか心配していたが、先輩のアドバイスが効いたのか、幸いにも追い出されることなく潜入することができた。とは言え、ここはまだ入り口にすら至らない。ここからが本番だ。
無事講演会への参加を成功させた俺は他の参加者と同様、まず自分が座れる席を探す。会場の正面には演説を行うであろう舞台があり、その前にパイプ椅子が並べられている。会場のスタッフが前から優先して座るよう誘導している中、俺はなるべく目立たない場所を求めて会場をうろついた。あまりうろうろしても目立ってしまうのですぐに席を見つけたいところだが、あいにくめぼしい席はほとんど埋まってしまっている。俺が入場した時点で既に席の大半は埋まっていた。もう少し早く来るべきだったと後悔した。
選り好みできるほど席は残っておらず、とにかくどこか空いている席に座ろうとしていたところ、ざわつく会場の音に紛れて聞こえにくかったが確かに俺を呼んだ声がした。
「あの…そちらの方、こちらへどうぞ」
声がした方を振り返ると、一人の少女が俺に席を勧めていた。見れば彼女の二つ隣、内側の席は確かに空いていた。
「あ、では失礼します」
少女にお礼を言って彼女の前を通らせてもらう。彼女は優しく微笑み俺を通してくれたが、その隣に座る少年の姿に思わず立ち止まってしまう。というより進めなかったが正しいが。少年は前の椅子との狭い間に足をだらしなく伸ばし、進行方向をふさいでいた。少年は俺の存在に気づいていないのだろうか。俺には一切目を向けず、ウォークマンで音楽を聴きながらつまらなさそうに正面の舞台を眺めていた。
「すみません、東さん、前通られますよ」
少女が少年の肩を叩き声をかける。どうやら連れのようだ。少年は少女に言われて気づいたのか、ようやく俺に視線を向ける。しかし謝罪などは一切なく、仕方がないと言わんばかりの態度で足をどけた。むしろ少女の方が申し訳なさそうに謝ってきた。少女に大丈夫だと言い返し、少年には前を通る際、少しばかりにらみつけてやったのだが少年は全く意に介さない様子だ。ふてぶてしい。
ようやく席に着き、改めて隣二人の様子を伺う。少女は俺と目が合えばにっこりと微笑んだ。長い黒髪がつややかで美しく、レースで飾られた紺色のワンピースと共に少女の雰囲気によく合っていた。控えめな態度とひっそりと咲き誇る花のような微笑み、志摩とは真逆のタイプの美人だ。清楚という言葉がよく似合う。
それに対し少年の方の第一印象は最悪だ。二人とも高校生くらいだろうか。やや小柄な体型で百七十もないだろう。長身の部類に入る俺に比べれば頭一つは小さい。黒のフード付きパーカーに黒のパンツ、カジュアルな服装の至る所にアクセサリーがじゃらじゃらと飾られているというファッションは若者らしいが、ここではあまりに悪目立ちしすぎていた。隣の少女と比較すればまったく逆のイメージを持つ。参加者の中にはカジュアルな服装をしている者も少なくないが、あれはそれらと比べても異質だ。何より彼の醸し出す雰囲気がこの会場にまるで似合わなさすぎる。まるでゲームセンターにでも遊びに行った帰りといった様子だ。派手なアクセサリーが目立つ中、唯一髪を染めてはいないのが意外ではあるが。またその態度も「今時の若者は…」と若者を一括りで批判する頭の固い連中が喜んで非難しそうな「悪い若者」の例そのものだ。だらしなく両足を伸ばし、周囲に気を遣う様子もなく音楽に聴き入っている。つまらない演説などさっさと終われと退屈そうに校長の話を聞く高校生のようだ。ここには望んで来ている者ばかりのはずなのに、少年の態度は仕方が無く来ているという様子で、それを隠そうともしない。
少年は少女に先ほどのことを注意されているようだが馬の耳に念仏といった様子だ。そもそも二人の関係も不思議だ。今時珍しい良家のお嬢様といった雰囲気の少女と、かたや今時の若者といった雰囲気の少年。少年の方が一つか二つ少女より年下に見えるが、少女の態度は年長者としてのものではなく、むしろ少年に気を遣っているかのように見える。恋人という甘い雰囲気ではないし、姉弟というには似てなさ過ぎる。
二人に注目しているのは俺だけではないようだ。スタッフは注意して来なかったがそれでも彼の態度に警戒している。周囲の大人たちも何だこいつはと視線が物語っているが少年はそれらすべてが眼中にない。ついでに少女に見とれる者もいるようだが少女の方はじろじろ見られていることに不安がっている。目立たぬよう気をつけるつもりであったが、こんな目立つ二人が隣にいて目立たぬわけもないだろう。せめて二人の関係者と思われぬよう、これ以上関わらぬよう努めるしかなかった。
そうこうしている内に開演の時間がやってきた。
「皆様、お待たせしました。これより教主・風間封神による『常世教団』講演会を始めさせていただきます」
ようやく講演会が始まった。司会の言葉と共にざわついていた声が止んでいき、客は各々着席した。会場の入り口がスタッフによって閉ざされ、全員が着席したことを確認すると、司会は演説中の説明を始める。撮影の禁止や携帯電話の電源を切るようにだとか、それほどおかしな禁止項目や必要項目はなかった。
「では、教主・風間封神の入場です」
そう司会が言うと同時に脇の段幕から一人の男が現れる。会場全体が拍手で男の登場を迎える。教主と呼ばれるには少し若く見える、長身の男。俺より背が高いのではないだろうか。いかにも教主といった感じの凝った衣装、ローブとでもいうのだろうか、白い衣装に身を包んだ男はマイクの前に立つと予想以上にはっきりと力強い声で会場を包み込んだ。
「初めて参加いただいた方も、日頃ご愛顧いただいている方々も、ようこそおいでくださいました。私が常世教団教主・風間封神でございます」
風間の挨拶と共に会場中から拍手がわき上がる。一応それに合わせて手を叩いておく。だが一人だけ、拍手をしなければ歓声を上げるわけでもない人物がいた。先ほどの少年だ。主役が登場しても姿勢を正すことなく舞台上につまらなさそうな視線を向けている。本当にこの少年は何の為にここにいるのだろうか。任務とは別にこの少年のことが気になって仕方がない。だが今は目の前の仕事に集中しなければならない。少年の態度は周囲からも目立っているはずだ。だが風間は構わず演説を続ける。
「皆さんはここにいらっしゃる以上、日常に何らかの不満、もしくは不安を感じていらっしゃる方がほとんどでしょう。それは当然のことです。なぜなら我々の今の姿は間違った姿なのです。常に死の恐怖がつきまとう生活。それは目に見える病などの死の宣告に限らず、事故や突然の殺意に晒される危険性。今この世の中にはいつだって死の危険がつきまとっています。それは我々の日頃の行いに限らず、理不尽に襲いかかってきます。生きている限り死はすぐ傍にあるのです。それは長年自然の摂理として諦められてきました。死から逃れることも、死から蘇ることもすべて不可能とされてきました。故に人は死を恐れるのです。
しかし一方で生に執着する自分自身を浅ましく思うのです。窮地に立たされた時、身近な人物、愛する者を犠牲にしてでも生き残ろうとしてしまう意地汚さ。それは精神の問題ではありません。責められるべき問題ではないのです。人とはそういう風にできているのです。他者を犠牲にしてでも生き残ろうとする本能が生まれた時から備わっているのです。ですが心はそんな自分の生存本能を卑しく、汚く思えてしまう。我々は死に追い立てられていると同時に、生に縛られているのです。それは不幸です。生きている限り逃れることのできない宿命であると唱えられてきました。
しかしそれはすべて間違った宿命なのです。我々がこのような理不尽に立たされるのはすべて我々が正しい形にないからです。我々を苦しめる生と死、それらから解放されるただ一つの術、そしてそれこそが我々の正しき形、我々は皆『アハト』となるべきなのです」
そう、常世教団の理念、掲げる教示、それが「アハトになること」だ。アハトこそが人間の正しき姿であるというこの教義は何も常世教団が発祥ではない。今までにもアハトがらみの宗教はいくつも生まれている。それは肯定であったり否定であったり考え方も様々であるが、常世教団のようにアハトになることを目指す信仰はかつて一つ存在した。もっともその宗教団体は既に存在しないが。
もちろん俺はそんな教義認めるつもりはない。そもそもアハトに対しあまり良い印象がない。
そう、「生と死の狭間にある存在」など。
アハトが世に出たのは何もここ最近の話ではない。記録に残っているだけでも数百年、もしかしたらそれより前から存在したかもしれない。様々な名で呼ばれ、その時代によって扱いも変わっていったアハトは現在、国の管理下に置かれるという条件付きで存在を許されている。今では誰もがアハトという存在を知っている。ただしそれに対する感情は人それぞれだ。
アハトはそもそも生物ではない。しかし死者でもない。その狭間にぶら下がっている中途半端な存在だ。病として扱われたこともある。もしくは体質とも言われた。しかしそのすべてを説明するのが不可能な程、自然の摂理から隔絶した存在である。アハトの多くは一見すると普通の人間にしか見えない。しかし死に近い彼らは人にはない力を持っていた。それはまるでファンタジーやSFに描かれるような人智を超えた力。時にそれは人としての姿さえ失い、理性のない化け物と化する者までいる。そんな危険分子を放置するわけにもいかず、国はすべてのアハトを管理することを決定した。時に兵器として利用される彼らを守る意味でもこの法律は必要だった。危険性の高いアハトは隔離施設に収容され、そうでない者はある専門職の人間たちの監視下に置かれることで限られた自由を得ている。
彼らに同情しないわけではない。アハトとは生まれつきではない。突然、何の前触れもなくなるものだ。アハトになる者の条件は未だわからず、それを防止する方法も見つかっていない。そしてアハトによる犯罪も後を絶たない。人にはない力を遠慮なく振るう者、また力を制御できず他者を傷つけてしまう者、そして理性を失った化け物と化する者、そういった者がいる以上それに対し対抗策を用意しなければならないのは必然だ。俺が所属する警察、そのさらにアハト専門の部署はそのために存在する。
帝国アハト刑:神聖ローマ帝国で行われた法益剥奪刑。この刑に処せられた者は死人として扱われ、すべての権利・財産を没収された。