2-3
そのころ、クイは、ナティと一緒にテントにいた。
なかなか寝付けないナティの隣で、とりとめのない事を話していたのだが、だんだん外がうるさくなって、クイは、ゆっくり顔を上げた。
(……?)
耳を傾けると、北東の方角が騒がしい。
「……ふふ。」
思わず笑ってしまったクイに、ナティが、
「クイ姉さま?」
と、心配げに声をかけた。
「ああ、ごめん、気にしないで。」
「……でも。」
「心配ないよ。騒いでいるのは、盗賊たちだから。」
「盗賊?」
「うん、もうそろそろ仕掛けてくると思っていたんだよね……。まったく。ユーリが仕切っている時間でよかったよ。どうも、あの兵長は頼りなくて……。」
そのとき、こちらに近づいてくる足音が一つ。
(?)
クイは、さっと音もなく跳び起きると、入り口脇に身をよせた。同時に、ナティには、そのままでいるように、手で合図をする。
クイは、念のため、剣に手をかけた。
ざっ。
足音は、入り口手前で止まった。
気配は一人。
足音の重さからして、男。
程なく、小さな声で呼びかけがあった。
「クイ、大変だ。」
「!」
知った声。
アムイリア領軍兵長の声だ。
「……?」
外を覗くと、そこに、青ざめた兵長がいた。
「……どしたの?」
「……やべえ。」
兵長は、クイを押しのけてテントに入ってきた。
「クイ、大変……ふ~、は~、ふ~。」
空気の違いに深呼吸するも、慌てているためか、思い通りに息ができない。
「……ユーリ軍将が……ふ~、……捕まった。……は~。」
「?」
ユーリがいるのは、本部テントだ。
「まさか、本部に盗賊が入り込んだの?」
「いや、本部は無事だ。」
「どういうこと?」
問うと、兵長は、なぜか気まずそうに目を伏せた。
「……ユーリ軍将は、一人で外に出て行って、そのまま盗賊に捕まったんだ。」
「は?」
「……その、……何だ。……俺は止めたんだが。……ユーリ軍将が「クソ女のトラップは信用ならん。」って言いだして。……それで、……「俺は今から最終チェックに行ってくるから、俺がいなくても警備を怠るなよ。」って言って、外へ出て行ったんだ。……その~、外の警備兵の話によると、しばらく、ユーリ軍将の明かりが見えていたらしいんだが、突然、それが消えて、その辺りから、大量の盗賊どもが、とび出してきたんだ……。」
「……は?」
その状況を想像して、クイは呆れた。
(……何やってんだ、ユーリ。)
ユーリも分かっているだろうが、こちらに、助けに行く余力などない。
(ま、一人でどうにかできるよね……。)
すると、兵長が、
「どうしたらいい?」
と、真顔でクイに問いかけてきた。
「……。」
もちろん、兵長が軍将を代行すればいいだけの話だが、この兵長が頼りないことは、もう知っている。
クイは、少し考えてから、
「う~ん、そうだね~。じゃあ、しばらく領軍の指揮は、私が執るよ。」
と、代行の代行を申し出た。
「そうか、そうしてくれ。」
「まずは、全員に落ち着くように伝えてくれる?」
「おぅ、分かった。」
クイは内心、誰がこいつを兵長に推したんだろう、と思いながら、兵長を明るく元気づけた。
「じゃ、予定通り、盗賊たちを蹴散らすよ! ユーリがいなくても、十分こちらに勝機はあるからね!」
「おう!」
「ああ、そうだ、私がいない間の、ナティの警備を……。」
誰かに頼みたい、と言いかけて、クイは、目を見開いた。
「あれ?」
そこにいるはずのナティがいない!
「ナティ?」
「クイ姉さま! これを!」
ナティは、高く積まれた荷物の陰にいた。
ナティは、その中から、まだ使うことはないと思っていた、ナティ専用のローブの替えを取り出している。
「ナティは、ここにいてよ!」
ナティを前線には連れていけない。
しかし、ナティは、
「違うわ! これは、クイ姉さまが着るのよ!」
と、ローブをまるめて、クイに手渡した。
「へ?」
「あれよ、あれ!」
「あれ?」
ナティが、何かを指さしている。
テントの端の、つなぎ目のあたり。
「ん??」
すると、ナティは、ローブを抱えて、
「違う!!」
と、クイの手をつかんだ。
「見て!」
「!?」
途端、クイは、
「わ!」
と、バランスを失ってよろめいた。
キツい耳鳴りが、脳天を貫く。
「……つ。」
視界が暗転して、めまいがする。
クイは咄嗟に、ナティの肩をつかんで目をつむった。
視界と平衡感覚を失っても、他者との感触だけは失われない。
「……痛。……何? どうしたの?」
「この方が早いと思って。」
「早いって……。私、ナティのようには見えないよ。」
「大丈夫。私に任せて。」
足りない術力を補ってまで、クイに見せたいものがあるようだ。
結界の世界にある、何か。
クイが目を開けようとすると、強い光が目に飛び込んできた。
「……う。……眩しい。」
「うん、この辺りの地脈は、とても力が強いみたい。」
油断すると、地脈の光に飲み込まれそうになる。
「ナティ、……もっと明度を下げて。」
「ダメなの。これ以上下げると、見えなくなってしまう光なの。」
「……?」
そんなにわずかな光?
なら、見せたいのはもっと遠くか。
クイは、幻惑されそうになるのをこらえて、顔を上げた。
薄目で遠くに光を探す。
淡い、わずかな。
地脈とは違う、独立した光。
すると、探し始めた場所より、ずっと遠く。
自分の能力では決して見ることができない場所に、何か異質な光が見えた。
「?」
地脈に沿うような。
細く、長い、おぼろげな光。
「もしかして、あれ?」
「そう、それ!」
それ!と言われても、それが何かは分からない。
見つめている間にも、少し形が変化したような……。
もしかして、動いている?
「何、あれ?」
「あれは、人よ。」
「人?」
なら、結界紋の光?
そこまで考えて、クイはハッとした。
「!」
あの動いている白い光は、人の結界紋の集合体だ。
クイは、考えながら、ナティの肩から、手を離した。
ナティがクイの手を離すと、クイの視界は、元の夜の闇に戻る。
「……いたた。」
急激な変化に頭が痛い。
クイは、それを我慢しながら、光が見えていた方角を頭の中で想像した。
「ああ、そうか。」
それだけで、ナティが頷く。
「ええ、そうよ。」
けれど、そのやりとりを横で見ていた、兵長には、何が何だか分からない。
「クイ、何が分かったんだ?」
説明を求める兵長に、クイは、難しい顔で頷いた。
「うん、あのね、リリビア領軍が来ているみたい。」
「え?!」
援軍の知らせに、兵長の顔は、パッと明るくなった。
「やった、これで盗賊どもを蹴散らせる!」
しかし、クイの表情は、曇ったままだ。
「うん、そうなんだけど、私はもう、出れないよ。」
「あ!」
リリビア領軍にとって、クイは、いないはずの人間だから、アムイリア領軍の指揮を執る事はできない。
「……。」
はたして、リリビア領軍が到着するまでの間、クイとユーリなしで、盗賊たちの襲撃を持ちこたえることができるのか。
「……クイ、どうしよう。」
どうしようも何も、やることは決まっている。
クイは、兵長の背中をバンと叩いた。
「さあ、男の見せ所だよ。」