1-3
ナティは、ためらいながら、ぽつぽつと話し始めた。
「……あのね、私、テーブルクロスの下で……ずっと、隠れて聞いていたの。」
「?」
「だって、……領主様たちが皆、似通った事ばかり仰るから、……もしかしたら、この中の誰かは、嘘つきなんじゃないかって思ったの。……だから、誰が本当の事を言っているのか知りたくて、……領主様たちの会話を盗み聞きしてみたの。」
領主らの話を盗み聞き?
つまり……。
「まさか、お茶会の席で隠れていたの?」
すると、ナティは、こくりと頷いた。
(うわぁ~。)
まったく、お茶会の主役が何やってるんだろう。
主役がいないお茶会を想像して、
「ねえ、父さんたちは、このことを知っていたの?」
と訊いてみた。
すると案の定、ナティは、目を泳がせ、体をこわばらせた。
「ううん。後で知ったんだけど、ユーリとイト兄さまが、血相変えて、捜索してくれていたんですって……。」
クイもつられて、身震いした。
兄イトは、笑って許してくれるだろうが、いちばん根に持ちそうな人物が、すぐ後ろに立っている。
(ひ~。)
クイは、慌てて、
「で、どんな話が聞けたの?」
と話題を戻した。
「うん。……あのね、領主様たちは、お互いの悪口を言い合っていたの。私、優しい方ばかりだと思っていたから、……あんな口調でお話になる方たちだなんて、思ってもみなくて……。」
うん、ま、そうだよね。
「それにね、私の事を「落とす」とか、何とか。……まるで戦利品扱いだったのよ。……私も一人の人間なのに。そう思ってくださる領主様って、本当に少ししかいないのね。」
うん、ま、それも想定内。
もともと、領主たちは、自領地のために、ナティが必要であって、ナティ個人に惚れている訳ではない。
「それにね、もっとひどい領主様もいたの。」
「うん、どんな?」
「あのね、私に「子どもをたくさん産ませて、何人か売れば財政も潤う。」って、そんな事を言った領主様がいたの。」
「うわ~。それはひどい。」
「ええ。私、それを聞いたとき、すごく怖くなって……。」
あれだけの領主が集まると、どうしても、ひどいのが混じってしまう。
「そうか、辛かったね。こんなことなら、先に、そういう領主を一掃しておくべきだったよ。」
しかし、ナティは、首を振った。
「違うの。一番つらかったのは、そういう領主様がいることじゃないの。……私ね、本当は、「何て事を言うんだ!」って、私のために怒ってくださる領主様がいるものだと信じていたの。でもね、「ひどいことを。」って呟いた領主様が一人いただけで、誰も怒ってくださらなかったの。ね、おかしいでしょ? 私のために怒ってくれたのは、ユーリだけだったのよ。」
「?」
思いがけずユーリの名前が出て、クイは、後ろを振り返った。
ユーリは、話しかけるな、とでも言わんばかりに、そっぽを向いている。
代わりに、武勇伝を語ったのは、ナティだった。
「あのね、ユーリったら、すごいのよ。ユーリはね、その領主様の前にやってきて、キッて睨みつけてね、その領主様がひるんだところに、バッと胸ぐらをつかんでね、テーブルの上にバーンって、投げ飛ばしてくれたの。ね、かっこいいでしょ?」
「お~! ユーリ、すごい!」
「他の領主様たちもね、まさか、そんなことをするとは、思っていなかったから、すごい騒ぎになったのよ。」
ついでに機嫌も直してくれないかな、と、クイは、大げさに手を叩いた。
「よっ! ユーリ、かっこいい!!」
ただ、妙に途中から詳細だな~と思っていたら、ユーリが、大きくため息をついた。
「はぁ~。」
ユーリは、疲れたように首を振った。
「あの時、ナティと目が合ったりしなければ、つまみ出すだけで済んだのに……。」
「……あ~。」
ということは、ナティをテーブルクロスの下から逃がすために、あえて騒ぎを起こしたのか。やりたくもない騒ぎを起こし、それを無駄に褒められて、ユーリがそっぽを向いていた理由が、今になって分かってくる。
「……なんか、ごめんね、ユーリ。」
「別に、お前が謝る事じゃない。お前の悪行に比べれば、大抵の事は些末な事だ。」
若くして悟りを開いたか。クイが思わず、
「ごめんね、迷惑ばかりかけて。」
と謝ると、そのやりとりが、なぜか、ナティの癇に障った。
「ユーリ、私の事は構いませんけど、クイ姉さまの事を、いつまでも悪く言うのはやめてくださらない? クイ姉さまは今や、国王軍に入られて、立派に頑張ってらっしゃるのよ。」
「は?! ウテリア領に追い出されたのを、国王軍に拾われただけだろう?」
「んが!」
まるで、見てきたかのような……。
「そうなの? クイ姉さま。」
「わ、私の事はいいから……。」
「やはりな。クソ女は、クソ女だな。」
「な、なんですって!」
「ナティ! やめて~!」
実は、こういう小さな衝突は、二人の間に頻繁に起きる。
二人とも、周囲の高い期待に応えてきた自負があるせいか、どうも、性格が合わないらしい。けれど、最近は、それだけではない、ということが分かってきた。たぶん、二人の不仲は、クイのせいだ。二人は、「クイの事をどう思うか。」という一点において、未来永劫、分かり合えない立ち位置にいる。
ちなみに、ユーリが、クイを嫌いになったのは、五、六年ほど前の事だ。
クイが「珍しいお花を見せてあげるよ。」と、自分だけの秘密の場所にユーリを誘ったのが始まりだ。ユーリは、それを、ルルト家にある温室か何かだと思って、よそ行きの格好でルルト家にやってきた。しかし、ユーリが連れて行かれたのは、なぜか、外界の奥地だった。
ユーリは、そこで、一生お目にかかることはないほどの珍しい魔草の花を見た。が、ユーリが、それに感謝することは、一度もなかった。その後、二人は、魔獣の群れに遭遇し、ユーリは、クイとはぐれてしまったのだ。
そして、二日後、ユーリは、クイが呼んできたアムイリア領軍によって、無事保護された。幸運にも、ユーリは、かすり傷程度の怪我で済んだが、かなり恐ろしい目に合ったのだろう。以降、ユーリは、クイのことを「クソ女」と呼び続けている。