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名家の令嬢が嫁ぎに来ました。3  作者: 木っ端ミジンコ
第一章 ナティとの再会
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1-2

 そこに、

「……クイ姉さま?」

とクイを呼ぶ声がした。

「ん? ナティ?!」

 声のする方を探すと、テントの一つが、ほんの少しひらいている。

「あ! ちょっと待って!」

 クイは、カーラにもらったペンダントを引っ張り出して、その結界石の力で自分の体を浄化した。テント内に少しでも瘴気を持ち込んだら、ナティが瘴気にあてられてしまう。クイは、自分の持ち物にも瘴気が付いていないかを確認して、ようやくナティのテントに近づいた。

「ナティ、入っても大丈夫?」

「ええ、クイ姉さま!」

 テントの中には、ナティだけがいた。

 ここは、ナティがローブなしで過ごせるよう、何重にも結界が張ってある。

 ただ、ここの空気は、清浄すぎて息がしにくかった。深呼吸すれば、徐々に慣れていくのだが、その境目の行き来が体にこたえるため、大抵の人は入りたがらない。

「は~、ふぅ~。」

 呼吸を整えて顔を上げると、ナティが、目を潤ませて待っていた。

「こんなところで、クイ姉さまに、お会いできるなんて。」

 真っ白な肌に、ふわふわの細い髪。

「ああ、会えて嬉しいよ、ナティ。元気にしてた?」

 クイが笑うと、ナティは、ぽろぽろと涙をこぼした。

「ううぅ、クイ姉さま。」


(我が妹ながら、なんてはかなげに泣くのだろう。)

 母や姉たちの話によれば、幼少期のクイとナティは、双子のようにソックリだったらしい。年子なので、一年分の成長差はあるのだが、その違いは、並んでいないと分からない程度のものだったらしい。

 それが、母が亡くなった辺りから、二人の違いは顕著になる。

 クイは、結界士としての限界を感じて、外界で遊ぶようになり、一方で、ナティは、その体質のせいで部屋から出られず、結界術の研究に没頭していった。そして、十年の月日が流れてみると、二人は、血縁かどうかも疑わしいほど、似ていない姉妹になっていた。

 騎士のようなたくましいクイと、お姫様のように可愛いナティ。

 今ではもう、似ているところはほとんどなかった。

 あえて探すなら、その声ぐらいか……。


「私、クイ姉さまがいなくなって、ずっと寂しかったの……。」

「うん、ナティ。私も寂しかったよ。」

 外見が変わっても、二人の仲の良さは変わらない。

 クイは、優秀な結界士である妹が自慢だったし、ナティも、優れた剣士である姉に憧れを抱いていた。もしかしたら、二人は、自分にできなかった夢を、互いに託し合っていたのかもしれない。

「……もう泣かないで、ナティ。」

 後ろで、

「ふ~、は~。」

と、軍将ユーリが入ってきた声がした。が、そんなことは後回しだ。

「さあ! ナティ! 私に、リリビア領主との馴れ初めを聞かせて! 素敵な恋をしたんでしょ? 私、ここにくるまで、ずっと楽しみにしていたんだから!!」

 クイは、ワクワクしながら、ナティが泣き止むのを待った。


   ★


(一体、リリビア領主とは、どんな人物なのだろう。)

 半年前、クイがアムイリア領にいた頃には、そんな人物はいなかった。

 つまり、ナティは、クイがルルト家を追い出されたあとに、リリビア領主に出会い、そして、結婚を決めたのだ。ナティはまだ十五歳で、結婚を急ぐような年でもないのに、じっくりと選びたい放題のナティが、なぜ、こんなにも早く結婚を決めたのだろう。

 そう考えると、理由は、ひとつしか浮かばなかった。

 つまり、ナティは、ひと時も離れがたいほどの、燃えるような恋をしたのだ。

(うわぁぁ~~お。)

 妄想するだけで、心トキメク。


 ちなみに、ナティが大勢の領主から求婚されるようになったのは、最近の事だ。それまで、ナティは、王族に嫁ぐことになっていたため、ナティに近づく領主はいなかった。それが、王族の都合で縁談が白紙になると、ナティをとりまく環境は一変した。領主たちが一斉に名乗りを上げ、いきなり壮絶な求婚合戦が始まったのだ。


 山のように届く恋文こいぶみと、ひっきりなしにやってくる領主たち。

 当時のルルト家は、ほとんどパニック状態だった。

 しかも、困ったことに、このときの父は、自慢だった王族との婚約が解消され、ポッキリと心が折れてしまっていた。そんな、ルルト家当主の父ががら状態のところに、領主たちが、ウザいぐらい毎日やってくる。

 父の代わりに対応にすることになった兄や姉たちは、領主らをないがしろにすることもできず、すでに嫁いでいた一番上の姉の手を借りて、なんとか急場をしのごうとした。

 けれども、やってくる領主の数は、日増しに増えていく。ナティの体調を考えて遠慮してほしいとお願いしているのに、多くの領主が「今日は大丈夫か、午後なら会えるのか。」と、その日に何度も押しかけてきた。


 ほどなく、兄や姉たちの本業である結界士学校が、危機的状況におちいっていった。兄たちが忙しくて、授業に手が回らなくなったこともあるが、それとは別に、生徒側にも大きな問題が発生していたのだ。

 というのも、ルルト家の敷地内には、結界士学校とその生徒たちの寄宿舎がある。その立地のせいで、生徒たちは、連日たくさんの領主たちが、校舎の横を通り過ぎるのを目にしていた。そして、ある時、これが千載一遇のチャンスだと気がついたのだ。

 結婚適齢期の女生徒にとっては、あわよくば玉の輿を狙える婚活チャンスであり、修了間近の生徒にとっては、あわよくば結界士長を狙える就活チャンスだったのだ。

 つまり、勉強などしている場合ではない。

 結界士学校は、ガツガツとした戦場へと姿を変えていった。


 そんな中。

 ある夜、領主の一人が、ナティに夜這いをはかる事件が起きた。

 これは、クイが仕掛けたトラップによって阻止されたのだが、ナティの無事を喜んでいる暇はなかった。恐ろしいことに、この事件は、カーラの逆鱗に触れたのだ。

 カーラの全身から凄まじいほどの殺気が放たれ、クイは、戦々恐々とした。

 もしかしたら、今度は暗殺を命じられるかもしれない、と。

 しかし、それは現実にはならなかった。

 カーラがクイに命じたのは、ナティの護衛だけだった。


 そして、それ以外の命令がないまま、数日が過ぎると、夜這いを謀った領主は、国王軍に引き渡されることになっていた。どうやら、あの領主は、中央の司法で裁かれることになったらしい。アムイリア領の法律なら、領外追放程度で済む事件だっただけに、領主職の剥奪はくだつ権を持つ中央が関わってくれるのは、他の領主に対して、けん制になる。

 そして、夜這いの件が落ち着いて、護衛の任が解かれると、ルルト家は、なぜか、時間を巻き戻したかのような平穏を取り戻していた。

 毎日やって来ていた領主たちは、まるで神隠しにあったかのように忽然といなくなり、あれほど騒いでいた生徒たちも、なぜか領主の話をしなくなっていた。

 さらには、父が、いつの間にか、気力を取り戻していた。

 父は、王族との縁談をスッパリ諦め、娘たちの婚活のために、ルルト家当主としての行動を開始していた。まず、アムイリア領軍に掛け合って、ルルト家の警備を強化し、自由に訪問していた領主たちを排除することにした。また、恋文に父の検閲が入ることを公言し、さらに、娘たちと会える機会を、こちらで主催するお茶会のみに限らせることにした。

 そして、もう一つ、婚活に障害となる要因にも、向き合い始めていた。

 それは、「出来損ないのクイを、早急に、かつ、円満にルルト家から追い出さねばならない。」という難題だった。


   ★


 ナティの呼吸が落ち着いてくると、クイは、ナティのそばに体を寄せた。

「ね、リリビア領主って、どんな人?」

 顔を上げたナティは、涙を拭きつつ、しばらく、ぼぅっとしていたが、クイが、

「教えて、ナティ。」

と急かすと、なぜか、すっと目をそらした。

「ん?」

 恥じらっている訳でもない。

 もしかして、話せない事情があるのか。

「……え? 何? どういうこと?」

 思いつく仮定は、それほどない。

「まさか、言えないようなことでもされた?」

 すると、さっきまでイケメン紳士だと思っていたリリビア領主が、途端に、狡猾なスケベ親父に思えてくる。その想像だけで、自動的に怒りがこみ上げてきた。

「一発殴ってこようか?」

 すると、ナティは、慌てて首を振った。

「や、ややや、やめて、クイ姉さま。」

「え? すぐ帰って来るよ。」

「……違うの。……そうじゃないの。」

「???」

「……あのね、……私、リリビア領主様に会ったことがないの。」

「は?」

「だから、クイ姉さまが期待しているような、大恋愛はしていないの。」

「え?」

 何を言っているのか分からない。

「どういうこと?」

 クイが詳しい説明を求めると、ナティは、言いにくそうに目を泳がせた。

「……あのね。……私、クイ姉さまのいない領地なんて、どこも同じだと思って、……つい勢いで、リリビア領に決めたの。」

「は?!」

 クイが振り返ると、ユーリは、迷惑そうな顔で黙っている。

「ねえ、ユーリ。何があったか教えて!」

 代わりに説明してほしかったが、ユーリは、腕を組んだまま喋らない。ユーリの態度が冷たいのはいつもの事だが、つまるところ、「本人に聞け。」ということらしい。

「むむ。」

 何も言わないが、ユーリは、ナティの説明が足りなかった時のために、この場に立ち会ってくれている。

 クイは、仕方なく、ナティに向き直って、その手を取った。

「ナティ、お願い! 私にも分かるように、ちゃんと説明して!」

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