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クイがアムイリア領軍を見つけた時、彼らは、テントの設営作業を行っていた。
すぐ隣には、国王軍軍将の東部基地があって、その敷地内に野営をさせてもらえることになっているらしい。ここなら、国王軍軍将の常駐兵がいるため、盗賊がやってくる心配もない。
「やっほ~。みんな、元気~?! クイだよ~!!」
大声で呼びかけて手を振ると、アムイリア領軍の兵たちが、クイに気付いて集まってきた。
「もしかして、クイか?」
「本当だ、クイだ。」
「お~い、みんな~。クイが帰ってきたぞ~!」
残念ながら、帰ってきたわけではないけれど。
クイは、懐かしい顔に出迎えられて、早速、防具に刻んでもらった国王軍の紋章を見せびらかした。
「見て見て、かっこいいでしょ? 私ね、いろいろあって、国王軍に入れてもらったんだ~。」
「国王軍?!」
「おお、すごいじゃないか~。お前、領主夫人ってガラじゃないもんな~。よく似合ってるぜ~。」
「やっぱ、ウテリア領を追い出されたか。国王軍に拾ってもらえて、よかったな~。」
ところどころ散々な言われ方をしているが、何一つ間違っていないから、言い返せない。
すると、人ごみをかき分けて、アムイリア軍将ユーリが顔を出した。
「クイ?! クイが来てるのか?」
ユーリは、クイと共に、先代軍将から剣を学んだ、兄弟弟子だ。
クイより一つ年上の十七歳、あ、いや、もう十八歳か。
ユーリは、アムイリア領の物流を一手に引き受ける豪商の息子で、幼い時から何でもできる神童だった。剣術も、習い事のひとつとして始めたらしいが、病床の先代軍将に泣きつかれ、若干十七歳でアムイリア領史上、最年少軍将になった天才剣士でもある。
「ユーリだ! 久しぶり~!」
ユーリは、クイの数少ない友達の一人だ。
「……本当に、クイなのか?」
まさか、こんなところでクイに会うと思わなかったのだろう。
ユーリは、まじまじとクイを見つめて本人だと確信すると、急に眉をひそめて、あからさまに嫌そうな顔をした。
「……ああ、見たくもないものを見た。」
ちなみに、ユーリは、クイを毛嫌いしている。
友達だと思っているのは、クイの方だけだ。
「あはは~、この冷たい感じ~。なんか懐かしいよ~。」
ユーリは、パンと手を叩いて気持ちを入れ替えると、
「さあ、みんな! 国王軍の方々を出迎えるぞ!」
と、兵たちに声をかけた。
しかし、
「え?」
と、クイが言った。
「私しかいないよ。」
「?」
ユーリは、それを理解し損ねたまま、
「お前、見習いのくせに、国王軍の方々を振り切ってきたのだろう? どこまで一緒にいたんだ? 何日後に合流できる?」
と、クイを質問攻めにした。
「だから、違うって。ナティの護衛を任されたのは、私だけだって。」
「は? 五十人は寄こしてほしいと、依頼したはずだぞ。」
「だから~、マーティン隊に五十人もいないって。マーティン隊は、少数精鋭がモットーだもん。私一人で、百人力だよ!」
「は?! マイナス百人力だろう?」
「が!」
ユーリは、クイの戯言を振り払って、クイが来た方角に目を凝らした。もしかしたら、一人ぐらい、クイの暴走を止めに、追いかけて来ているかもしれない。しかし、いくら見つめても、誰の姿も見つからない。
「だ~か~ら~、私一人って、言ってるじゃん!」
ユーリは、クイを無視して、その方角を見つめ続けた。が、当然のことながら、景色に何の変化もない。すると、ユーリの顔色は、次第に青ざめていった。
「ユーリ? 大丈夫?」
いつもなら、近づくだけで食って掛かるのに、今のユーリは、肩をゆすっても反応しない。そんなに国王軍からの援軍を当てにしていたのか。諦めきれずに、遠くを見つめるユーリに、
「心配いらないって! 私がいれば大丈夫だって! 盗賊なんて、私一人で蹴散らしてやるからさ~。」
と、クイは、ユーリの背中をパンと叩いた。
すると、その衝撃からか、ユーリの口から、気の抜けた声がポロリとこぼれた。
「……ぼったくられた。」
いきなりのお金の話に、クイは、瞬時に身構えた。
「あ、ごめん、その辺は、知らない。わかんない。……なんか、ごめんね。」