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突然泣き出し、さらには、怯えるようになったクイに、オレリアスも、まずいと思ったのだろう。オレリアスは、クイの腕をつかんで、出口の先へ連れて行くと、
「あそこに、アムイリア領軍が見えるだろう? 必ず、そこまで無事に連れて行く。だから、そんなに怖がらなくていい。」
と、眼下の景色を指差した。
外の明るさに目が慣れてくると、木々の合間にアムイリア領軍がいる詰め所が見えてくる。思ったより、ふもとの方に出てきたようだ。
振り返ると、さっきの出口は、もともと人が出入りできないように塞がれていたのを、オレリアスが壊して通れるようにしたらしい。
本来は、上部に鉄格子を入れ、通風孔としての機能を残し、あとは、木の板で塞いであったのだ。しかし、その板のほとんどが、腐ってしまっていた。たぶん、長い年月、放置されていたのだろう。
(これって、シャルルの職務怠慢なんじゃ?)
そういった場所がリリビア山にいくつもあるのなら、盗賊がどこから侵入したのか、調べるのは難しい。
「俺はオレリアスだ。クイの婚約者なんだが、クイから俺の事を聞いていないか?」
クイが頷くと、オレリアスは、ホッと胸をなでおろした。
「そうか。なら、今から言う事をアムイリア軍将に伝えてほしい。いいかい? ここに盗賊を引き入れたのは、リリビア領主だ。」
「!?」
「だから、アムイリア領軍と合流したら、すぐにリリビア領を出て、国王直轄地を目指すんだ。」
「どういうことですか?」
声を出した瞬間、オレリアスの顔色が変わった。
「お前、クイか?」
(うおおおお。)
心臓が止まるかと思うほど、クイは驚いた。
まさか、一瞬で気づかれるなんて。
クイは焦った。
「ち、違います。クイ姉さまとは、声が似……。」
「顔を見せろ。」
ますます怪しいとでも思ったのか、オレリアスが、結界士のローブを掴む。
クイは、バッとローブの裾を押さえた。
「や、やめてください。」
クイは、ローブの裾ごと、顔を隠すように伏せた。
(どうしよう、どうしよう。)
このまま正体がバレたら、最悪の結果が待っている。
(どうしよう、どうしよう。)
焦りに焦って、クイは、苦し紛れの嘘をついた。
「しょ、瘴気で、肌がただれてしまいます!」
瞬間、オレリアスは、パッと手を離した。
「すまん、悪かった。」
結界士が瘴気に弱いのは、周知の事だ。クイが特別、異質であるだけだ。
「すまん、本当に悪かった。」
オレリアスは、何度も謝りながら、震えるクイの背をさすった。
「もう、ローブを取ったりしないから、許してくれ。」
「……。」
そっと、顔を上げると、オレリアスが困った顔で微笑んでいる。
「立てるか?」
クイは、黙って頷いた。
危機は去ったのに、嘘をついた罪悪感が、クイの心に、ずしりと重く残っている。
「まだ走れるな?」
「はい。」
「では、お前は、俺の前を走れ。追手が来ても、俺が片付けるから、アムイリア領軍のところまで、振り返らずに一気に走れ。」
オレリアスの提案に、クイは首を振った。
「……でも。」
オレリアスの前を走ったら、後ろ姿でバレそうだ。
「あ、あの、厚かましいお願いなのですが、私はもう大丈夫です。私一人で、アムイリア領軍のところまで行けます。だから……。」
オレリアスとは、ここで別行動をしておきたい。
「お願いです、シャルル様を助けてください。」
途端、オレリアスの表情が険しくなった。
「俺は言ったよな?」
リリビア領主は、盗賊と通じている。
「でも! あの方は、体を張って、私を助けようとしてくださいました! あの方は……。」
「言うな!!」
大声をぶつけられて、クイは息をのんだ。
オレリアスが怒っている。
その怒りが、じわじわと、クイの中に染み込んできた。
「……ご、ごめんなさい。」
クイが震えながら謝ると、オレリアスは、大きく長く、息を吐いた。
「……すまん。……大声を出して、悪かった。」
そして、もう一度、大きく息を吐くと、
「……分かった。分かったから、怯えないでくれ。俺も、あの男に訊きたいことがあるから、あの男の事は引き受けてやる。」
と、クイの申し出を受けてくれた。
「ありがとうございます。」
「だが……。」
オレリアスは、辛そうな顔でこちらを見ていた。
「もう二度と、その声で、あの領主の肩を持たないでくれ。」
「……?」
「お前の声は、クイに似すぎている。」
オレリアスの大声に反応したのか、坑道の奥から人の気配が聞こえ始める。
オレリアスは、腰の大剣に手をかけた。
「さあ、行け!」
クイは頷くと、アムイリア領軍のいる詰め所に視線を向けた。
「はい。」




