先輩とガイコツ
「……や、やばいぞクルーエル。なんか来た」
「ええ!? また小鬼ですか……?」
「いや、雰囲気からして、メチャクチャ強そうなんだが」
「ホントだ。小鬼じゃないですね。……っていうかなんですかあれ」
ハッキリと見えるわけではないのだが。そこらに埋まってる輝紅石が、ぼんやりと明かりをたたえているお陰で、松明が無くても多少は先が視える。
ボロボロのフード付きマントに、街の武器屋じゃ扱ってないような、曰くありげな剣を二本も腰にはいた、全身から『自分、メチャ強いッス』的なオーラを醸し出している人影が、向こうからスタスタとやってくるではないか。
「黒尽くめの二刀流で、なんか仰々しいマントまでしてて、……完全にこのダンジョンのボス的なヤツじゃないですか?」
今し方私と先輩が逃げ込んだこの場所は、袋小路になっていて他に逃げ場はないし、あの人影がもう数歩こっちに近づいてくれば、薄暗い坑道の中とて、流石に私達に気が付くだろう。どう考えても絶体絶命である。
「もしくは逆にたまたま通りかかった冒険者、……ってことはないですかね? 黒の剣士とか呼ばれてて旅の先々で女の子を助けて回ってる凄腕二刀流プレイヤー的な」
「だったら良いけど、……どう見ても堅気じゃ無いだろ、あれは」
よくよく見るとフードの中には、片目だけが描かれてある黒い悪趣味な仮面まで付けている。さ、流石に怪しすぎる……。
「実は暗殺者ギルドのアジトかなんかじゃねえのかここ? 多分、あいつ幹部かなんかだって。こりゃ死んだわ」
「何とか逃げるしか無いですね。先輩、腕は大丈夫です?」
「だいじょばない……」
ですよねー……。
――はてさて何故私と先輩が、こんな薄暗い意味分からん所で、あんな気味の悪い『怪しい人影』なんぞと鉢合わせる事になったかというと、話せば長いのだが……。
冬休みに入った途端、先輩に連れられて私と工藤君は、隣の県のアガレト山中にあるヴァロルズ……? ヴァロンズ? まぁ、とにかくなんたら遺跡の探索にやってきたのだ。
そこで遺跡の地下を探索中にでかいスライムを踏んづけ。
逃げる途中に工藤君とはぐれ。
そのまま床の崩落に巻き込まれ。
別の廃鉱に迷い込み。
そこを根城にしていた小鬼の群れに追いかけられ。
命からがら逃げ切ったかと思ったら、今度はあからさまに強そうな『怪しい人影』に今まさに対面しようとしている――というわけだ。
しかも、崩落した床から落ちる時に、先輩は頭と左腕を負傷してしまうという、相当まずい状況だった。
「とりあえず私の魔導人形をけしかけて、その間に逃げよう」
先輩が背負っている四角い鞄から取り出したのは、ジャガイモが人型に合わさったようなへちゃむくれの人形だった。
「粘土で作ったから強度も大したことないし、私の魔力じゃ、大きさも一メートルくらいが限度だけど……」
先輩はなにやらモジョモジョと詠唱し、何かをジャガイモの頭に埋め込んだ。すると人形がムクムクと大きくなっていく。
「おお」
私達の背丈の半分ほどだが、ここまで大きくなるとゴツゴツした見た目もあって、なんか強そうだぞ。
「コイツを囮にして逃げよう」
「あの人が、普通に善良な一般市民だった場合どうするんです? 魔導人形がうっかり撲殺しちゃったりしないですか?」
「万が一善良な一般市民だったとして、あんな格好でこんな所を彷徨いてるのが悪いと思うが……。うーむ、そんなに強い術式じゃないし、そこまで大怪我はしないだろ。ま、その時は謝ればきっと許してくれるって」
……果たして本当にそうだろうか?
「いけ、魔導人形!」
私のツッコミを待たずに先輩が叫ぶと、魔導人形はドスドスと脇目も振らずに『怪しい人影』に向かって突進していく。
「よし、今のうちに行くぞ!」
と先輩が私の手を取った瞬間、魔導人形が、パキンッと小気味よい音を立てて、真ん中から真っ二つになって倒れた。
「嘘ぉ……?」
「ちょ、瞬殺じゃないですか……!?」
一秒たりとも逃げる時間を稼いでくれない上に、『怪しい人影』が完全にこっちに気づいた。最悪である。
……私には『怪しい人影』がいつ剣を抜いたのかも分からなかったし、そもそも動いたかどうかすらよく見えなかった。これは決してこの坑道の中が暗いからとか、そういう問題じゃない。しかも真っ二つになった魔導人形と『怪しい人影』との距離が、手にしている剣の間合いよりも大分遠い様な気がするんだけど、どうやって斬ったんだよ……。
ヤバイ。コイツとんでもなく強いぞ。
『怪しい人影』は剣を鞘に納め、スタスタこちらに歩いてきた。
さらによく見ると腰に、二本どころか五本ぐらい剣をはいている。
何本腕があるんだよ……。
敵によって得物を使い分けるとかだろうか、強そうさというか達人っぽさがこれで更に倍くらい増した気がする。
ただただこちらに向かって歩いてくるようだが、素人目に見ても動きに全く隙が無い。
一か八か、私が使える数少ない魔術『目眩まし』で逃げられるか……?
ぶっちゃけ、こいつには効かないような気もする。力量の差がありすぎる。きっと逃げられない。でもやらなきゃ多分、私も先輩も……。
――ここで死ぬ。
そう思いながらポケットの魔晶石を握りしめた瞬間だった。
「お嬢ちゃん達、なんや、迷子か? どっから入ったんや」
『怪しい人影』は、どっかその辺の八百屋のおっさんのような、気安い西方訛りのしゃべり方で話しかけてきた。
――え?
「若い娘っこが二人でこんなトコで何しとんねん。ここ、小鬼もよう出るし危ないで」
『怪しい人影』が口調よく続ける。仮面のせいでくぐもってはいるが意外とダンディな声である。
「あ、あの、私達出口を探してて」
先輩が口を開いた。ここで間髪入れず口を挟めるのが先輩の凄いところだ。脂汗を流しながら頭真っ白で呆然としていた私とは偉い違いだよ。
「やっぱ迷子か。しゃーないやっちゃな。ま、ええわ。そしたらおっちゃんが外まで連れてったる」
おっちゃんが連れてったると来た。
まさかマジでただの冒険者かなんかなのか? こんな格好してて? 冗談みたいな格好で、冗談みたいな仮面つけて、中身まで冗談みたいなヤツである。
「向こうにちょいと開けたとこがあるから、とりあえずそこまで行って休憩しよか。お嬢ちゃん怪我しとるみたいやし」
そう言って『怪しい人影』は付いてこいと言わんばかりに踵を返し、スタスタと向こうへ行ってしまった。
ぜ、善良な一般市民だった……!?
***
黙っておっちゃんの後を付いて坑道を進むと、天井が二段ほど高くなっている広めの部屋に着いた。テーブルや椅子がそこいらに置いてあり、向こうにはひっくり返った大きなトロッコがある。
鉱山として機能していた頃は、休憩場所的な使われ方をしていたのだろうか。当たり前だがもう何年も使われた様子は無く、全て埃を被っている。
あ~よかった。暗殺者ギルドの本拠地とかに連れて行かれなくて。
実は若干、半信半疑だったよね……。
「とりあえず、怪我してるその子寝かせたげよか。お嬢ちゃん火起こせるか?」
「はい。燐寸持ってます」
私が背負っているザックには、先輩が用意してくれた探索用の道具が一通り入っている。その辺の椅子とかぶっ壊して適当に薪に使ってしまおう。ザックが少し水に浸かったが、防水なので燐寸は濡れてないみたいだ。部屋の真ん中で焚き火を起こす。
おっちゃんは大きな木製のテーブルの足を折って簡易的なベッドを作ると、負傷していた先輩をそこに寝かせてくれた。
「なんか、すいません」
「いや~、人として当然やろこんなん」
先輩が頭を下げると、仮面のおっちゃんは、革の手袋をしたまま人差し指でフードの上から頭をコリコリと掻いた。もしかして照れているんだろうか。
暗殺者のような見た目とは裏腹に、めっちゃいい人そうで本当に良かった。
とりあえず負傷していた先輩の腕と頭を手当てしないとまずい、小鬼共と追いかけっこしてたせいで、応急処置すらできていないのだ。
今度はザックから包帯を取り出して、肩掛けを作りその辺の椅子の足を添え木にして先輩の左手を固定する。
腫れ方からして多分ヒビくらいは余裕でイッてるだろう。崩落に巻き込まれて運良く落ちた場所が地下水溜まりだったおかげで、なんとか命拾いしたものの、普通に十メートル位は落下しただろうしなぁ、命があるだけ儲けものか……。ちなみに私は背中のザックがクッションになったおかげで全くの無傷だった。
頭の傷は消毒して絆創膏を貼るだけの、本当に簡単な応急処置だ。こっちも結構ぱっくり切れている。痕が残ったりしないだろうか。
もし私がちゃんとした治療魔術を使えていたら……。
仮面のおっちゃんは、腰に下げていた革袋から鉱石トカゲを数匹取りだしてナイフで捌いていた。
手のひらより少し大きいくらいのトカゲで、鱗がゴツゴツしていて岩みたいに硬いが、肉は軟らかく食用に出来るヤツだ。食べたことがある。
「なんかあった時の為にと思て、捕まえといたんや。ご馳走したろ」
そういや今何時頃なんだろう? 一息ついたらすごいお腹が空いてきた。朝からだいぶ歩いたからなぁ。
おっちゃんは慣れた手つきで鉱石トカゲの皮を剥がし串を打っていく。
「そんで、お嬢ちゃん達どっから来たん? ここの廃鉱は小鬼共が住みついとって、周りの人間はよう近づかんやろ」
串刺しにしたトカゲを焚き火にくべながら、おっちゃんが聞いてきた。
「私達、ヴァロルズ遺跡の地下を探索してたんですけど……」
遭難した経緯をおっちゃんに簡単に説明する。仮面のせいで表情は読めないが、おっちゃんは神妙な態度で話を聞いてくれた。
「ほ~、二人ともアカデミーの学生さんなんか」
「はい、一応……」
「そしたらさっきのジャガイモみたいなやつ、お嬢ちゃん達のやったんか?」
「そ、そうです」
ヤバイ、魔導人形をけしかけたのがバレた……。
先輩を見るとみるみる顔が青ざめていくのが分かる。怒られるだけで済むだろうか。
「あー、そりゃすまんかったなぁ。おっちゃんびっくりして斬ってもうたがな」
「あ、いえ。こ、こっちこそすみませんでした。モンスターかと思って……」
「確かにこんな場所でオレみたいなん来たら、そう思うわな」
いきなり魔導人形が襲いかかってきたというのに、おっちゃんはガハハと笑って済ませてくれた。
「な、謝れば許してくれただろ」
小声で先輩が私に耳打ちする。
これでもしおっちゃんがメチャクチャ弱くて、魔導人形がシバキ倒してたらどうするつもりだったんだろこの人。
「こんなとこで娘っこ二人じゃ怖かったろ。おっちゃんが責任持って、外連れてったるからな」
話している間に、こんがりと焼き上がっていたトカゲの串焼きを私に差し出しながら、おっちゃんが言う。
先輩は、穴に落ちた時に怪我をしてしまっていたし、そこいらにモンスターはいるし、正直心細かったので、こんな得体の知れない仮面のおっちゃんでも、本当に心強い味方に思えた。
って言うかこのトカゲめっちゃうまいな!?
単純に串焼きにしただけじゃ無くて、骨がましい手足や頭はきちんと取ってあるし、固い皮は丁寧に剥かれ、スパイスの粉が振ってある。塩加減も絶妙だ。
おっちゃんがちょちょっと捌いてるようにしか見えなかったのに、いつの間にこんな手の込んだ調理を施していたのだろう。
そういえばさっき先輩の魔導人形を真っ二つにしたときの動きも、見えないくらい速かった。マジで何者なんだろう。
そんな疑問はさておき、とりあえず今は目の前の食べ物にかぶり付く私。
「先輩、これすっごいおいしいですよ!」
私の後ろで寝ていた先輩の口にトカゲを突っ込む。
「あっつ! あっつい! はにふんだ! あ、ふまい。ふまいなほれ」
先輩は口をもぐもぐしながら起き上がると、焚き火にくべてあるトカゲを一本手に取った。どうやらお気に召したようだ。
「お、なんや、気にいったか?」
「めっちゃうまいですよこれ!」
「ホントおいしいです」
「おっちゃんな、こう見えても昔、板前やってた事あんねんで」
まぁ、確かにボロボロのフード付きマントにへんてこな仮面して剣五本もはいてたら、どう頑張っても元料理人には見えないが……。なるほど納得せざるを得ない料理の腕である。
「そしたらこれ全部二人で食べてええよ」
「おっちゃん食べないんですか?」
「おっちゃんはさっき食べてしもたから、大丈夫や」
え、これもしかして毒かなんかじゃ、と一瞬脳裏をかすめたのだが、もう食べちゃったし後の祭りだ。そもそも毒なんか使わなくても、怪我した先輩と私をふん縛って売っぱらうぐらい、このおっちゃんなら余裕だろうし、こんな状況じゃ疑うだけ無駄だ。
それどころか先輩は両手に串焼きを掴んで貪りはじめている。
……コイツ、腕の怪我はどうした!
むっしゃむっしゃと、怪我のことなんか忘れているかのように、もりもり串焼きを平らげていく先輩。
クソッ、このままじゃ全部先輩に食われる!!
私も負けじと夢中で串焼きを口に運ぶ。
二人の勢いを見て、仮面で表情がわからないはずのおっちゃんが、若干唖然としているように見えたのは、多分私の思い込みや気のせいではないはずだ。
気が付けばトカゲの串焼きは、五本ずつキッチリ私と先輩のお腹に納まっていた。
「ふー、おいしかった。ごちそうさまおっちゃん」
「ごちそうさまです」
「二人ともええ食いっぷりやな、板前冥利に尽きるわ。こっから外まで一時間位で出れると思うけど、もうちょっと休んでから行こか?」
おっちゃんが先輩の方をチラリと見る。大分心配してくれてるみたいだ。
「あ、お腹いっぱいになったら元気出たんで動けそうです」
先輩が立ち上がる。そりゃあ、あんだけがっつく気力があれば大丈夫だろう。
「じゃあ、出発しましょうか」
私もそれに習って立ち上がる。
なんだかんだでやっぱり先輩の怪我が心配だ。
なるべく早く、ちゃんとした医者に診せたい。
「よーし、ほんならいこか」
おっちゃんはボロボロのマントを翻して立ち上がると、スタスタと迷路のような坑道を歩き出した。
***
私と先輩は、たまたま坑道内の地下水が溜まっていたきったねー溜池に落ちたおかげで、なんとか命はあったのだが、やはり遺跡の地下から相当な高さを転げ落ちたらしい。
坑道が坂道になっているのだが、結構な長さをもう登って来ている。
「後、どれくらいで出れますかね?」
「疲れたか? もうすぐ外出られるで」
朝から歩きっぱなしで、疲れが出てきたせいか、やっぱり実は今までのが全ておっちゃんの演技で、暗殺者ギルドのアジトかなんかに連れて行かれて、埋められて殺されて犯されたりしないだろうか……? 等とよからぬ想像が頭をもたげはじめたところで、地上の光らしき明かりが漏れているのが見えた。
「おお、外だ!」
光の方へ出ると、そこはすり鉢状のかなり巨大な空洞になっていて、天井の一部分が崩れて空が見えていた。光はそこから差しているが、とてもじゃないが高すぎてあんな所登れそうに無い。すごい広さだ。駅前の聖堂がそのまますっぽり収まりそうである。
っていうか、まだ外じゃ無いのね。
「まだやで外は、……ここがメインの採掘場所だったんやろな。でもここまで来たらもうすぐやで」
確かに向こう側に、外に出られそうな、トロッコの線路が走っている道が見える。
……それと六匹ほど、スコップやらツルハシで武装した小鬼達も見える。
小鬼ってのは人型をした魔物――通称鬼族の一種で、小柄だが凶暴でかなり狡賢く、普段は割と臆病なくせに、獲物に対して数で勝っていたり、自分たちに有利な状況だと見ると勇んで襲ってくるやっかいなヤツだ。
かくいう私達も、先ほど散々追いかけ回されたのだ。
それが少なくとも見えてるだけで六匹となると、十中八九襲ってくるだろう。
小鬼達はこちらに気が付くと、ギャアギャア喚き散らして向かってきた。――ほらね。
「弱い物いじめはあんましたないんやけどなぁ」
おっちゃんは剣も抜かずに小鬼達に向かってスタスタと歩いて行く。
正直、一瞬で魔導人形を真っ二つにしてしまうおっちゃんぐらいの強さなら、あの程度の数の小鬼は楽勝なのだろう。
と思った瞬間。辺りがスウと暗くなった。
『ガンガギガ!』
『グゴォ』
『ゲッガイゴガゴゴゴ』
『ガ、ガギガ!』
ボルン語だろうか。何を言っているのかはさっぱり分からないが、皆何かを口々に喚き、散り散りに逃げ出した。
おっちゃんの強さに気が付いて恐れをなしたのだろうか? そんなに頭の良さそうな奴らでは無いと思うのだが。
「アカン。二人ともどっか隠れといた方がええ」
ん? どういうこと?
私が聞き返す前に、おっちゃんは剣を抜いていた。――直後に凄まじい風圧が上から吹き下ろされる。
反射的に上を見ると、風圧を放った主が、天井の大穴から舞い降りてくるところだった。
なんだありゃ? デカいな。
棘だらけの真っ赤な鱗に覆われた、筋骨たくましい胴体に長く太い首、角が生えた頭に、牙が剥き出した大きな口。蝙蝠のものに似た、しかし、大きさは段違いな翼が、羽ばたく度に驚異的な突風が吹き荒れる。
デカいって言うか、あれはもしかして……。
「おい、クルーエル、ヤバイぞ! 龍だ!」
「え?」
龍ってあの、翼持つ魔物の王、龍?
確かにどっからどう見ても龍以外の何者にも見えやしないが、一体全体なんでこんな所に龍が!?
――なるほど。さっきの小鬼共はあれを見て逃げていったらしい。
「さっきの坑道まで逃げとき! あの図体なら入ってこられへん!」
おっちゃんが叫ぶ。確かに頭から尻尾まで、ぱっと見でも一〇メートルはあるように見受けられる。
「ボケッとすんなクルーエル走れ!」
先輩が私の手を取って駆けだした。
「おっちゃんは!?」
「おっちゃんはなぁ、アイツにちょっと用事あんねん!」
そう言って諸刃の分厚い剣を構えた。
一人で戦う気らしい。
確かにおっちゃんが相当な腕前なのは間違いないだろうが、龍と言ったら小型の種が見つかっても専用の討伐隊なんかが編成されるようなモンスターだ。今回のヤツは大きさだけ見ても何十人とかの兵が必要なクラスじゃないんだろうか、それと一対一で戦うなんて正気かおっちゃん!?
先輩に半ば引きずられながら、狭い坑道の入り口まで逃げる。先輩、怪我してるのにすごい力だ。
『グゴオオオオォォン!』
龍のうなり声が響き渡る。完全に目の前のおっちゃんを敵として認識しているようだ。
「はよ降りてこんかい!」
あの龍を相手にして一歩も引かないなんて、どんだけ自信あるんだろうおっちゃん。実は仮面取ったら、伝説の勇者だったりするんだろうか? なんだか、あの龍を知っているような口ぶりだったが、……ああ見えて実は仲の良いお友達だったりしないだろうか。……しないだろうな、やっぱり。
そんな馬鹿げた想像も次の瞬間には露と消えた。
龍は滞空したまま、ゆっくりと息を吸い込むそぶりを見せたかと思うと、問答無用の灼熱の息を真下にいるおっちゃんにむかって吐きつけたのだ!
『火の球』の魔術を何十発も同時に爆発させたような、馬鹿馬鹿しい熱量が採掘場を埋め尽くす。
百メートル近く離れているはずの、私達のいる坑道の方にまで熱風が届く程の威力だ。
「うわわわわあああ」
「おおお、おっちゃん!?」
しかし、おっちゃんは既にブレスの範囲の外、地上から十メートル以上はある龍の頭上まで跳び上がり、その左目に向かって剣を突き出していた!
『グガアアアアアアアッ!』
目を抉られた龍の絶叫が空気を振るわせる。皮膚がビリビリと振動するような轟音だ。
「やかましわ。地べたで戦わんかい!」
おっちゃんは龍の角を引っ掴み頭を蹴りつけて更に上へ跳ぶと、そのまま返す剣で翼膜を斬り裂いた。滞空していられなくなった龍が前のめりに地面に落ちる。
ま、マジで強い……。人間業じゃない。
「何者なんだあのおっちゃん」
私の手を握っている先輩の手がさっきから震えっぱなしだ。無理もない、私だってさっきから何度もちびりそうなのだ。
『ガァアアアアアア!』
怒りのうめきと共に、龍がその巨体からは想像も出来ないようなスピードでおっちゃんに前脚を叩き付ける。
ガギンッと龍の鋭い爪を剣で受け止めるが、龍はそのままぐいぐいと前脚に体重を掛けていきおっちゃんの体がじりじりと沈んでいく。
まずい! ウェイトが違いすぎて、あのままじゃ押し潰される!
しかし、片膝を付くまで沈みこむかというところで、おっちゃんは左腕で腰から真っ黒い刀身の別の剣を抜くと、自身の体よりも太くてでかいその前脚を一閃、切り飛ばしていた。
『グギャアアアアア!』
「どや、お前よりも上等な古龍の牙で作った刀やぞ。良い切れ味やろ」
鉄より硬いと言われる龍の鱗をモノともしない剣捌きだ。
しかも左腕一本であのぶっとい脚を斬り飛ばすなんて、正直言って若干引く。
いやもうこれは間違いなくおっちゃんが勝つ……。
私も先輩もそう確信した瞬間だった。
『ゴッギゴゴゴガ!』
『ガゲガゴガゲ』
『ゴッガガガギギゴガギグ!』
『ゴゴガガギ』
さっき退散した奴らとは別の小鬼が大軍で私達の後ろの方から現れた。
「いいっ!?」
龍の咆哮で混乱して集団ヒステリーでも起こしたのだろうか。まっすぐ私と先輩の方に向かって突っ込んでくる。
「うわわわわ!」
「ちょ、こっちはまずいって!?」
そもそもこいつら私と先輩が目に入ってない。完全に恐慌状態で突っ込んできている。
そのまま小鬼共に押し出されるように、私達は思いっきり採掘場の方へと飛び出してしまった。
「あかんてこっち来たら!」
そうは言うがなおっちゃん……、こんな大軍どうすればいいんだよ!
一応、私と先輩は、採掘場の真ん中で戦っているおっちゃんとドラゴンを避けて、端っこに逃げはするが、小鬼共は龍にビビって混乱したまま採掘場内をメチャクチャに逃げ回っている。
『グオオオオオオオン!!!』
前脚を切り落とされ、逆上した龍は、わらわらと出てきた小鬼達に向かって尻尾を物凄いスピードで振り回した。坑道から出てきた私達に気を取られたおっちゃんは、小鬼共々尻尾の一撃をもろにくらい吹き飛ばされてしまった。
「おっちゃん!」
地面に叩きつけられた衝撃で、仮面が割れてしまう。
その中から出てきたモノの正体に私と先輩も声を失った。
――髑髏である。紛れもないそのまんまの人の髑髏。
しかし驚いている時間は無かった。吹っ飛ばしたおっちゃんと小鬼達の次に目に入った私達に向かって、龍が灼熱の息を吐きかけようと息を吸い込みはじめたのだ。
しまった! 完全に前に出すぎた。ここからじゃ、坑道の入り口まで辿り着く前に灼熱の息が飛んでくる!
ヤバイ、死ぬ。
そう思った瞬間、ドカッと足下に透き通るように美しい真紅の剣が突き刺さった。
「魔導器や! 使え!!」
――おっちゃんの叫びを聞いたか聞かずか、私は無我夢中で剣を引き抜いた!
龍の口から灼熱の息が放たれるのとそれは全く同時だった。
剣から黒い闇の吹雪が無数の氷の刃と共に吹きすさび、龍の灼熱の息とぶつかり合う! 冷気と熱の奔流が、衝撃が、凄まじい光となって辺りを覆う。
あまりにも眩しくて目の前で何が起きているのか全くわからない。つーかこれ……!
「腕が……」
剣を持つ腕に急激な脱力感が襲いかかってくる。なんだこれ!? 魔力が……メチャクチャな勢いで吸われてる! 使い手の魔力をここまで持っていくなんて普通じゃない。この魔導器半端じゃないぞ!? 呪いのアイテムかなんかかよ!!
ダメだ、このままじゃ押し切られる……!
灼熱の息は終わる気配も無いどころか勢いが段々増してきてる気すらする。アイツどういう肺活量してんだよ!!
やっぱこの世には、気合いとか根性じゃどうにもならない事ってあるよね……。
完全に痺れて、もうほとんど力の入らない手の平から剣を取り落としそうになった瞬間。
「諦めんなクルーエル!!」
剣を握る私の手を後ろから先輩がきゅっと掴んだ。
先輩の手の暖かさが伝わって、少しだけ私の手の平が感覚を取り戻す。
そうだった。
ここで諦めたら私だけじゃなくて先輩もやられちゃうんだ。
だったらせめて、落ちこぼれの私の魔力でも、全部ここで使い切ってやる!
「うがああああ!! こなくそおおおおお!!」
叫んで気合を入れなおした瞬間。
紅い刀身が不気味に輝き、そして得体の知れない何かが私に微笑みかけたような気がした。
――刹那、私と先輩、二人分の魔力が乗った闇の吹雪が、灼熱の息を完全に吹き飛ばし龍を完全に飲み込んだ。
***
「別に騙すつもりじゃなかったんよ?」
「はぁ」
「おっちゃん良い骸骨だからさ」
「まぁ確かに」
「仮面の下から髑髏が出てくるとかちょっとイケてへん?」
おっちゃんがカチカチと顎を鳴らしながら笑う。
う~ん、ベッタベタだと思う。
さっきはもう食事は済ませたみたいな事を言ってたけど、実際は食事なんて取らないんだろう。
――骸骨。いわゆるアンデッドと言われる魔導生物だ。といっても普通は魔術師によって造られて、簡単な命令どおりに動いたり、本能のままに生者を襲ったりとかが関の山のはずだ。
こんな風に、陽気で明るい自我を持った骸骨なんて聞いた事がない。マジで何者なんだおっちゃん。
「おっちゃんめっちゃ強いけど、もしかして伝説の勇者の骨が死後動き出したとかそういうのですか?」
「ちゃうちゃう、生きてた頃は板前やて。勇者っつったらおっちゃんなんかより全然強いで」
伝説の勇者と会った事とかあるのだろうか。
「あれは劣龍やから全然弱い方や。大して大きないし、龍言語魔術も使われへんしな」
簡単そうに言うけど、多分その辺の板前さんは、一〇〇人がかりでもあいつには敵わないと思います。
「おっちゃん、この辺でずーっとアイツの事探しとったんよ。お嬢ちゃん達のおかげで捜し物も見つかったし、ありがとな」
さっきの龍がおっちゃんの大事な剣を寝てる間に持って行ってしまったらしく、ずっと探していたらしい。つーか五本も持ってるのに、まだ他にも剣持ってんのかおっちゃん……。
闇の吹雪を浴びて、氷の彫刻みたいになった龍の首をおっちゃんがバッサリと落とした後、先輩が龍なら宝を隠しているとか言いだして、三人で採掘場を調べてまわったのだが、龍がねぐらにしていたと思わしき穴を見つけると、その中から先輩の言うとおり、ごちゃごちゃと剣やら指輪やらが、出てくる出てくる……。
龍ってのはお宝を貯め込む習性みたいなのがマジであるらしい。
おっちゃんが龍に盗まれてしまったという剣もそのお宝の中にあった。
なんだかいかにも聖剣! みたいなかっこいい鞘に収まった剣で、さぞかし大事な剣なんだろう。
私達もとりあえず、宝石の埋まった護符だの、金貨だの、高価そうなお宝を先輩のザックに突っ込めるだけ突っ込み、戦利品にしていた。
「しかしあの魔導器、初めてであんな使いこなすなんて、やっぱ流石アカデミーの学生さんやな」
「いやいやいや、私なんかホント落ちこぼれでして」
魔導器も起動できないとなると、普通の人間以下になってしまう……。
「そうなん? ふーむ……いうてもこの剣……、ま、別にええか」
おっちゃんは一瞬考え込むが、すぐに疑念を振り払ったようだ。別にもう少し褒めてくれても良かったのだが。
「……さてと、ここの道ずっと抜けていったら駅着くけど。おっちゃん仮面壊れてもうたから別のとこから帰るわ」
鉱山を出て、しばらく歩いたところでおっちゃんが切り出した。
確かに骸骨が切符買って汽車に乗ろうとしたら、駅員さんも裸足で逃げ出すだろう。
「どうもありがとうおっちゃん」
「おっちゃん、本当に助かりました。あの、名前まだ聞いてなかった、私クルーエル=ヴァンナです」
「シロナです」
「サカタや。周りからセクトって呼ばれとるけど、ホントはサカタっちゅうねん」
先輩とかわりばんこでおっちゃんと握手をする。もちろん手袋は取ってくれないが、理由が分かっているので気にはしない。
「そや、お近づきの印にこれやるわ」
おっちゃんが腰から剣を一本外してこっちに放る。さっき龍の腕を切り飛ばした黒い刀身の業物だ。
「いやいやいや、こんなの貰えないですよ」
「いらんかったら売ってええで。古龍の牙から研ぎ出した刀やし、多分良い値段が付くと思うで」
それって普通に国宝とかそういうレベルの剣なのでは……?
「これよりさっきの吹雪の魔導器がいいなー」
と先輩。
こういう時、普通にこんなおねだりできる神経はマジで見習いたいモノがある。正直か。
「アホ! これが一番大事な剣やねん。コイツは、流石に無理やで」
ですよねー。
まぁ、あの剣なんかヤバそうな匂いがプンプンするし、絶対もう使わないほうがいいと思うんだ。
「まぁまぁ、龍退治手伝ってくれたお礼と、斬ってもうたあのジャガイモの詫びだと思て、受け取ってくれや」
う~ん。龍退治はむしろ私らが足を引っ張った感じだし、魔導人形は私らが勘違いしてけしかけたのだが……。そこまで言われては遠慮するのも悪いだろうと、黒い刀は有り難く頂いておいた。
「ほな、またどっかでな」
おっちゃんは手を振って山を下っていった。
もしおっちゃんと会わずに坑道を彷徨っていたら、ヘタすりゃ今頃私と先輩は龍に丸焼きにされてたかもしれない。クッソ怪しい格好のせいで、疑っちゃってごめんよおっちゃん。
これからは、黒尽くめの怪しい人影を見ても友好的に接するようにするよ。
――ちなみに三〇〇年ほど前に、魔王と呼ばれるモノが世界を滅ぼしかけた事件があり。
当時魔王に仕えていた四魔神将と呼ばれる魔王軍の幹部に、魔剣士セクトという名前が並んでいるのだが、この時はもちろん私も先輩もそんな事、知る由も無かったのだった。
「よーし、そしたら遺跡の方まで戻るぞクルーエル。工藤達がきっと心配してる」
「そうだ、工藤君の事すっかり忘れてた。早く戻りましょう!」
あーあ、こっからまた山登りかぁ。魔力はすっからかんですっかりグロッキーだってのに……。
***
その後、遺跡発掘のキャンプに戻ったらかなりの大事になっていて、私と先輩のために救助隊まで要請されちゃったりしていて、その要請費用に、先輩の怪我の治療費(結構腕の良い治療術士に掛ったので割と良い金額取られたと言っていた)で、結局見つけたお宝は殆ど残らないというオチが私達を待っていたのだが……。
まぁ先輩に傷の痕とか残らないみたいだからよかったけど。
「……で先輩。もしやこないだの稼ぎ、全部スッてきたんじゃないでしょうね?」
「馬鹿言うんじゃねー! まだ宝石が全部無くなっただけだ!」
「ちょおお!! ううう、嘘でしょ!? 宝石全部って、あれ何ガルドになったんです!?」
「大体が贋品で、全部で八〇〇〇ガルドちょいにしかならんかった」
「ならんかったって、それでもカジノで八〇〇〇ガルド一晩で溶かすって、どういう神経してるんですか!?」
「チクショウ……。一体、誰がこんな事を」
膝から崩れ落ちる先輩。
いやいや、アンタだよ。
こうして、ちょっとばかり残っていたお宝も、寮に帰って三日で殆どが消えた。
でもあんなあぶく銭は、先輩のギャンブルで消える位がちょうど良い使い道かもね……。
私も流石にもう二度とあんな大冒険はしたくない。マジで懲り懲りだ。
「仕方ねえクルーエル、こないだ新しく見つかった塔で調査隊を募集してるんだけど、また稼ぎに行かねえか?」
「絶対行かんわ!!」