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魔術学院に通うルナリアの日常  作者: 天木小太郎
4/6

先輩と飲み

 夕方にもなると、アカデミーの学生達でごった返す駅前通りから、一つ裏に入ると、その学生達のおかげでそこそこ繁盛している、ウイミル古書店という中々大きな古本屋がある。

 そこが私のパート先だ。


「えー! ヴァンナさんってアカデミーの術師なんスか?」

 今週から新しくシフトに入るようになった、ヒューマンの女の子が目をキラキラさせて聞いてくる。短髪でボーイッシュな感じの可愛らしい娘だ。見た目は私と同じくらいだけど、仕事を見ていると私よりしっかりしていそうだ。暗くなりがちなカビ臭い古書店にあまり似つかわしくない華やかさがある。

「いや、術師の卵だけどね」

「今度、何か魔術見せて下さいよー」

 うげげ……! アカデミーの生徒だなんて口を滑らせた事を激しく後悔した。

 爪の先ほどの優越感に浸ろうとして、自分がすっぽり埋まる大きさの墓穴を掘るのが私のアホなところだよ。

 一般の人たちが持っているであろう、優秀なアカデミーの生徒像からは、離れに離れている私が、アカデミーに通っているっつーだけで一体何を自慢出来るというのだ。

 この子が期待するような派手な魔術なんか一個も使えないよ……。

「あ、でも、私、落ちこぼれだから全然魔術出来ないよ? まともに使えるのって五、六種類くらいだし……、全部地味で役に立たない奴だし……」

 ちなみに私が今使える魔術は、『目眩まし』と『癒やし』と『灯火』につい最近使えるようになった『突風』の四種類だけである。五、六種類とかまた余計な見栄を張っちまった……。

 人は何故、嘘を吐かずには生きられないのだろうか……。しかも『突風』は『眠りの風』という全然違う魔術を習ったのに、風が吹くだけのクソしょぼい魔術が発動しちまったという、大変お粗末なモノだ。

「それでもすげースよ。何でも良いから見せて下さいよー」

「う、うん今度ね。触媒(ツール)とかも用意しなきゃいけないから」

「わーやったぁ。ウチの周りとかみんな魔術使える人なんていねーから、今までそういうの見た事ないんスよー」

 なるほどこのヒューマンちゃんの周りはみんな『閉じている人』ばかりだったか。

 ……生きとし生けるもの全てに存在する魔力だが、それでも魔術を使える人は珍しい。

 アカデミーでは便宜上魔術を使える人を『開いている人』。使えない人を『閉じている人』と呼んで区別している。体質的に魔力を外に解放できる魔脈(サーキット)の開いている人と、魔脈(サーキット)を解放することができない、閉じている人というのがいるのだ。

 魔術を使うには、体内の魔力を放出して精霊やらなんやらに干渉するのだが、魔力を解放できなければ精霊に干渉する事は無理だ。しかし、その代わりに『開いている人」よりも、『閉じている人』の方が身体能力が高かったり体が丈夫な傾向にある。『閉じている人』の方が、自分の体に流れている魔力を肉体の増強や代謝に、無駄なく使っているからなのではないかという説が、今もっとも有力らしい……というのをこの前授業で習った。

 魔脈(サーキット)を解放できるかどうかはもう体質的なモノで、中には『閉じている人』だったのが、後天的に魔脈(サーキット)を開く事が出来るようになる人もいるようである。その場合は筋力も高く魔術も使用可能というような超人も夢ではないらしい。逆は今まで例が無く一度開いた魔脈(サーキット)はもう閉じないというのが定説だ。

 ちなみに『開いている人』は年々減少傾向にあり、今ではその人数は国の人口の五〇〇分の一に満たないのではないかと言われている……と、これもこの前の授業で言っていた。

 まぁ『開いている人』でも私のような落ちこぼれがいるので、きちんと魔術が使える人はもっと少ないと言えるだろう。だからアカデミーでは劣等生の私なんかでも『閉じている人』相手には十分レアな見世物になれるのだ! ……言ってて悲しくなってきた。

「私じゃあ、いいとこぴかぴか光るくらいの魔術しか使えないけど、それでよかったら」

 ……まぁ大抵の魔術は光るんですけどね。

「わー全然凄いスよー。じゃあヴァンナさんが今度都合が良いときに見せて下さいね!」

「う、うん。あー、えっと、

ごめん何ちゃんだっけ? また忘れちゃった」

「アンジュですって。早く覚えて下さいね。ヴァンナさん」

「クルーエルでいいよ。アンジュちゃん」


   ***


「えー遺跡探索ですかー?」

 今日はパートが終わった後に、先輩と中央広場で待ち合わせして、二人で飲む約束をしていた。

「そーそー。魔導器とか見つけたら一攫千金だぞ」

 先輩は相変わらず夢見がちな事をおっしゃられる。

 魔導器というのは触媒(ツール)の超凄い版みたいな奴で、あらかじめ魔力が充填されており、使用者が開いてる人だろうが閉じてる人だろうが関係なく魔術を行使出来て、しかも使っても魔力は半永久的に無くならないという夢のスーパーマジックアイテムである。

 古代の魔導文明の遺跡なんかから極稀に出土する遺物で、半端無いお値段で取引されてる物が殆どだ。

 ちなみに以前大海蛇(シーサーペント)の解体に使った剣も魔導器である。剣やら、杖やら、札やら、指輪やらと、色んな形のものが出土している。

 あの剣も何らかの魔術が発動するのだろうが、アカデミーの一研究室に補完してあるような魔導器じゃ、まぁ大した価値は無いのだろう。

「それってこないだ言ってた所ですよね、バロンズ遺跡だかなんだか」

「ヴァロルズ遺跡だよ。私が専攻してる考古魔術の教授が、発掘チーム集めてるんだよ。ミセルトっつーじいちゃんなんだけど。知ってる?」

 私は首を横に振った。

「まぁ、そのじいちゃんが半分以上道楽でやってる遺跡発掘なんだけど、新しく地下の道が見つかったんだと、ほんでそこの発掘調査手伝ったら見つけた物は買い取ってくれるらしいぞ」

「場所どこにあるんですか? その遺跡」

「アガレトの山ん中」

 アガレトっつったら隣の県だ。汽車で三時間以上コースじゃないか。

「アガレトってめっちゃ遠いじゃないですかー。そんなの通えないですよ」

「だから冬休みに泊まりがけで行くんだよ」

「えー!? 冬休み実家帰らないんですか?」

「いつでも帰れるだろうそんなん」

 そういえば先輩ってあんまり実家の話しないなぁ、あんまりご両親と仲良くないのかな。

「二週間全部使うんですか?」

「そこまででかい遺跡じゃないだろ流石に。金目の物見つけたらすぐ帰ればいいんだよ。一日で見つけて残りで実家帰れ、な?」

「な? って、そんな簡単にいかないでしょう……」

 冬休みの予定を話しながら、夕暮れ時の商店街をブラブラしつつ踊る火トカゲ亭に向かう。

 踊る火トカゲ亭は近所で評判の食堂兼酒場だ。金欠学生にも優しい料金で割と腹一杯飲み食いできるので、先輩と週一ペースで通っている。……お金がある時は。

 ちなみに、よくある冒険者御用達的な一階が酒場で二階が宿みたいな作りではないし、この辺には冒険者達も滅多な事では訪れない平々凡々とした街なので、客は近所の学生さんとか職人さんとかばっかりでそういう面では特に面白味のある店ではない。

 店に着くと、食欲をそそる匂いが店内に充満している。ああ、お腹空いた。都合よく、いつも使っている二人用の席が空いていたので、店員さんに断りも無く着席すると、貫禄のある女将さんが直々に注文を取りに来てくれた。そろそろ顔を覚えられたかもしれない。

「えーっと、とりあえずジンハイとカエルのカラアゲ! ……お前は、ビールでいい?」

「あ、はい。あと鍋かなんか頼みません? 今日ちょっと冷えますし」

「鍋か、いいね。じゃビールと赤チーズ鍋も!」

 メニューに並ぶ何種類かの鍋とにらめっこしていた私に何の相談もせず、速攻で赤チーズ鍋とやらを勝手に注文してくれる先輩の思い切りの良さには脱帽だ。前に食べた事があるのだろうか。

「鍋はちょっと時間かかるけどいいかい?」

「大丈夫です~」

「あいよ」

 特に愛想が良くも悪くもない態度で、女将さんは注文を取って厨房へと去って行った。

 平日だというのに、日暮れ時の踊る火トカゲ亭はなかなかに盛況だ。席はほとんど埋まっていて、バイトっぽいカンダフの給仕さんが、大きな垂れ耳を揺らしながら忙しなく店内を駆け回っている。

 全身毛むくじゃらで力の強いカンダフは女の子でもパワフルだ。片腕に料理を三皿も載せて、もう片方の手にはジョッキを四つも握っているのに、しっぽを立ててにこやかに配膳していく。

 ここバイストリアでは、しっぽの無いヒューマンが一番多い種族で、続いて力持ちのカンダフ、小柄ではしっこい種族のコモン、私達耳の長いルナリア、そして工藤君のようなオルグ、と色んな種族が暮らしている。

 ヒューマンとその他の種族では、尻尾以外にも顕著な違いがある。――寿命だ。

 ヒューマンはおよそ六十年ほどで寿命を迎えるが、それ以外の種族は一五歳ぐらいから老化がゆっくりになっていき。おおよその差はあれど一〇〇年から一五〇年ほど生きる。

 それが理由でとある宗教じゃ、ヒューマンを呪われた種なんて呼んでるところがあるけど、そのへんの理由はまだ解明されていない。

「そういや最近バイト先にヒューマンの女の子入ったんですけど、なんだっけ、アンちゃんだかそんな名前の」

「ドクロの付いたギター持ってそうな名前だな」

「なんですそれ? ……で、その子に見栄張って、今度なんか魔術見せるって言っちゃったんですよー」

「見せてやればいいじゃん、適当にぴかぴかさせて」

 うっ、ぴかぴかさせるだけなら確かに得意だけれども。

「お前、何のバイトやってるんだっけ?」

「古本屋ですよ、商店街の入り口のちょい裏らへんにある」

「あー、あそこか。どーりでお前良く本持ってくるわけだ」

 まぁ本は結構好きなので、フィーリングで選んだ物を持って帰り、週に二冊くらいは読むのだ。従業員割りあるし。

「あのエロ本も中古なの?」

「違うわ!」

 自分の職場でエロ本買えるか! しかも誰かが使った中古を! ちゃんと別の知り合いがいなさそうなとこの本屋まで行って新品を買ったわ! いつまでこの話ほじくり返されるんだよチクショウ!

 鼻をスンスンしながら、にこやかにエールを運んできてくれたカンダフのお姉さん(実家で飼ってる犬にちょっと似ててカワイイ)から、ジョッキを直接受け取ると、乾杯もせずにそのまま呷る。

「ぶはー。私がエロ本買っちゃいけないんですかぁ~」

「いや、いいフィーリングしてると思ったよ。レディコミとかじゃ無くて普通に男性向けってところが。普通女が投稿系のエロ本とか買わないからな」

「やめろー!! 一番手前にあったんだよあれが! 別にフィーリングとかで選んではないわ!!」

「てっきりクルーエルが載ってんのかと思って探しちゃったよ」

「載ってないわ!!」

 こうして私はデリカシーの欠片も無い先輩のおかげで、赤チーズ鍋の味も思い出せないほどのかつて無い悪酔いをしたのだった。


   ***


「おいクルーエルまっすぐ歩け。危ないぞ」

「まっすぐあるいてまふ」

「全然まっすぐじゃねーよ」

 ううきぼちわるい。視界がぐるぐるぐる回っとるがな。先輩がいつもより赤く見える。

「お前飲み過ぎだよ。大丈夫か?」

「らいじょーぶれすよ」

「ポストに向かって話しかけんな、私はこっちだよ。全然大丈夫じゃねーよ。ホラ、もうすぐそこだから、肩つかまれ」

「あい」

「だからそれはポストだよ。そんな赤くねーよ私は、ホラ、こっちつかまれ」

 おおー先輩が増えとる。

「あいー」

「ばっか、重て~よお前、全体重掛けんな」

「あい、すみましぇん」

 赤くない方の先輩におぶされてどこかに連れて行かれる。もうきぼちわるくて動けないというのに、どうするつもりなんら。

「部屋戻ったら水飲んどけよ」

「もう飲めましぇん」

「酒じゃねーよ、水を飲んでくれよ」

「もうきぼぢわるくて、の、飲めま、うぅっうえ」

 ああでちゃう~。

「おわわ、ばば、ばっかもうそこだから我慢しろ! 吐くんじゃねえ!」

「えぼえぼえぼ~」

「……あああ~」


***


 気がつくと、部屋の風呂場で頭っからシャワーを浴びていた。はて、さっきまで私は先輩と鍋をつついていたような……? もしかして全部夢だったのか? 

夢にしちゃやけにリアルな……、いやそれにしちゃ食ったもんの味が思い出せないのは何なんだ。それにさっきから口ん中がなんか酸っぱいな。

 頭にハテナを浮かべながらシャワーで口をすすぐ。

 うーむ、浴槽にお湯も張ってあるし、とりあえず浸かるか。

 どうも今し方沸かされたらしい湯船にザブンと飛び込むと、熱で血行が良くなったのか、だんだん記憶が蘇ってきた。――めちゃくちゃ飲んでべろんべろんになって、先輩に引きずられてここまで帰ってきたような記憶が……!

 ついでに先ほどの口の中の酸っぱさが、何を物語っていたのかも思い出してきた。

 やべえ、私、先輩のコートに吐いちゃったよ。あああ、クリーニング代払わないと。

 うつむいて青ざめていると、風呂場の中折れ式ドアがグギグギっと建付けが悪そうな音を立てて開いた。

「クルーエルダイジョブかー? 少しは酔いが覚めたか」

 先輩が素っ裸で入ってきた。

「ご、ごめんなさい……あの、ご迷惑おかけして……こ、コートのクリーニング代……」

「いいよ別に安モンだし、こないだ風邪引いたとき看病して貰った貸しがあったしな」

 うう、申し訳ねぇ。

 私がヘコんでいる間、先輩はシャワーを浴びて首筋を重点的に流していた。

 ああ、私が吐いたところだ……。今まであんなになるまで飲んだ事無かったのに、今日は一体どうしたって言うんだ私は……。

 って先輩がエロ本の話をしたからじゃね? 先輩のせいだよ、そうだよ、先輩のせいでげー出ちゃったんだモン。ううう……。

「クルーエルもうちょっと詰めて」

「え?」

 頭の中で失態(げー)の言い訳をしていると、先輩が湯船に足を突っ込んできた。

「私が入れないだろ」

「あ、はい」

 ただでさえ古くて狭い浴槽に、二人で入るとなるとかなりきつい体勢を強いられる。

 そういえば先輩と一緒にお風呂に入るなんてはじめてだな。割と風呂嫌いだもんな先輩。マジで三日とか余裕で入らん時あるし。

 先輩は私の目の前で、ツルツルのあそこも子供乳首も隠さず、狭い浴槽にぎゅうぎゅうとお尻を突っ込んでくる。

 湯船から先輩の華奢な体と同じ体積のお湯がざぁっとこぼれた。

「……先輩って毛生えてないんですね」

「この前、風邪引いた時見たろ」

「え!?」

 あればれてたの!?

「えって、パンツも着替えさせてくれたじゃん」

 ああ、そういえばそうだ。着替えさせた事は先輩も知ってるんだった。

「生えて無くて悪いかよ」

「い、いえカワイイです、すごく」

「なんだよそりゃ……しかしクルーエルはおっぱいでかいな」

「そうですか?」

 そりゃ先輩の発展途上おっぱいからしたら大きいだろうけど、等と失礼な事を考える。

「何カップあるんこれ」

 人の乳を無遠慮に揉んでくる。

「八六のEカップですけど」

「それって普通に大きくない? 何こんな乳ぶら下げて謙遜してんだお前」

「だって工藤君の彼女、もっとあるじゃないですか」

「ありゃあ別だろう、種族差ってのがあるし。ルナリアにしたら大きいよこれ。めっちゃ柔らかいし」

 モミモミと自分のモノのように他人の乳を揉んでくれる先輩。ウチはお母さんが超巨乳だからいまいちピンと来ないのよな。

「何食ったらこんなになるんだよ、お前こんなおっぱいあったらエロ本いらないじゃん」

「そういう問題じゃ無いですから……」

 エロ本の話はもう勘弁してくれ……。

「ふーん」

「っていうか揉みすぎですよ。お金取りますよ先輩」

「いいじゃん、お前だって着替えさせるとき私のおっぱい触っただろ」

「え!?」

 やっぱ全部ばれてたの!?

「えって、お前本当に触ったの?」

 カマかけられた!? 先輩が両手で自分の胸を隠すような仕草をして身をよじる。まぁこの狭い浴槽じゃ逃げられないけど。

「い、いや触ってないですよ。何言ってるんですか! 触るわけないじゃないですか!」

「本当かー? まー別にいいけど」

 え、いいの?

「とりあえず、ゲロの詫びとして背中流してくれや、そんでチャラにしよう」

「……あい」


   ***


 風呂から出ると、台所に先輩のコートと私のコートがかけてあった。どちらも私のゲロがかかった所がバッチリ染みになっている。自分のコートを洗うついでに、私のコートに付いたゲロも拭き取ってくれたのだろう。

 クリーニング持っていかないともう着れないよこれ、うう、申し訳ない。しかも先輩は冬用のコートをこの一着しか持って無いのに、明日から何を着ればいいのだ……。

 私が洗面所で髪としっぽを乾かしている間、先輩が布団を敷いてくれていた。

「あの、先輩コート……あれじゃあ着れないですよね」

「あー別にいいって。他のジャケットあるし」

「ジャケットって黒い奴でしょう? あれ生地薄いじゃないですか。あんなんじゃまた風邪引いちゃいますよ」

「大丈夫だって、一回引いたらしばらく引かないよ。それに私寒いの平気だし。もー、しつこいぞクルーエル、早く寝ようぜ」

「……はい」

 先輩が明かりを消してしまったので、仕方なくヘコんだまま布団に入る。

 落ち込んで色々考えてしまって、なかなか眠れないでいると、隣の布団からなにやら動く気配がしたので、何かと思ってそっちを見ると、先輩が自分の布団から這い出て来て、私の目と鼻の先にいた。

「どうしたんです?」

「寒いから一緒に寝ていい?」

 やっぱ寒いの平気じゃないじゃないですかー。

「ダメ?」

「いいですよ」

 言う前に私は布団の端を持ち上げていた。先輩が目をぎゅーっと瞑って、嬉しそうにそこからもぞもぞと潜り込んでくる。なんか猫みたいだ。

「ふふ、あったけーなクルーエル」

 私の胸にむぎゅっと頭を突っ込んでくる。

 先輩の頭からふわりとシャンプーのいい匂いがした。

 私より小さな体を抱きすくめて、私より小さな手を握る。

 今この時だけでも、先輩を寒さから遠ざけてあげたいと、私は願うのだった。

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