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魔術学院に通うルナリアの日常  作者: 天木小太郎
3/6

先輩と風邪

「先輩~、起きて下さいよ。先輩も今日一限からでしょう? 早く起きないと遅刻しちゃいますよ」

 歯を磨きながら先輩の布団をウリウリと足で揺すってやる。

 先輩はいつも寝起きはいい方で、どちらかというと何時までも布団にしがみついてるのは私の方なのに、今日はどういうわけか起こすのが逆になった。

「うーん、……ちょっと風邪引いたみたいだから、今日休むわ」

 いかにも具合悪そうな声で先輩が答える。

 はて、昨日は元気に一人でカジノに行き、薄いサイフをさらに薄くしていたというのに。

「もー、そんなこと言って、ズル休みしようったってそうは問屋が卸しませんよ」

 いつも先輩にされているように、頭まで被った先輩の布団をがばりと足下まで勢いよく捲ってやる。顔に朝日を浴びれば、眠気も多少は飛ぶってモンだ。

 しかし、中から出てきたのは、朝日を浴びたら灰になりそうなほど青白い顔をした先輩だった。

「寒いよー……」

「うわ、本当に調子悪そう」

 あの先輩が涙目で子鹿みたいに震えている、こりゃあ本当にお風邪を召しているご様子だ。

「え、ちょっと大丈夫ですか先輩」

「だいじょばない……」

 ですよね……。

「風邪薬かなにか買ってきましょうか?」

「うー、授業終わってからで良いよ。……お前も今日一限からだろ?」

「授業終わってからって、私今日四限まであるんですけど……。じゃあ二限まで終わったら一度帰ってきますからそれまで一人で大丈夫ですか?」

「がんばる……」

 目をぎゅっとつぶって弱々しく答える。元々小柄な先輩だけど、今日は何時にも増して小さく見えた。


   ***


 あんな風に弱ってる先輩を見てしまったもんで、なんだか気が気じゃなくて全然授業内容が頭に入ってこない。

 まぁ、たとえ先輩が弱って無くても、頭には入ってこないんですけどもね。

 なんてったって魔術史の授業は、退屈さが他の授業とは段違いだ。

 魔術の成り立ちなんか知ったところで何がどうなるってんだ……。

 もっと隕石落としたり、周囲の時間を止めたりするような、実用性のある魔術を教えて欲しいもんだよ。


 そんなこんなで、私が先輩の風邪から今日の夕飯まで一通り案じ終わった頃に、二限目の心身療法術の授業が始まった。

 これまた体内の魔力の巡りがどうとか、大気中の魔素が精神に与える影響がどうとか、クソけったいな話ばっかりで、飽き飽きする内容だ。

 そもそもこの授業、身体に作用する魔術は危険を伴うとかなんとかで、全く新しい魔術を教えてくれない。

 ……と思い聞き流していたのだが、ふと気づくと何やら新しい精霊魔術を教えてるみたいだ。

 ヤバイ、これは聞いておかないと試験に響きそうだ。そう思って慌てて授業に耳を傾けてみると『癒やし』というまさに今の状況にうってつけな精霊魔術を教えてくれるようだ。

「……これなら先輩を元気にして上げられるかも!」

 かつて無い集中力で私は授業に臨むのだった。


   ***


「先輩! 大丈夫ですか!!」

 二限目の授業が終った瞬間、私は大急ぎで先輩の元に駆けつけた。

「うー、頭に響くから大きい声出さないで……」

「っと、すいません」

 症状が朝よりも目に見えて酷くなっている。先輩は顔面蒼白で弱りきっていた。

 眉毛をハの字にしてうっすらと涙を浮かべ、見るからに辛そうな顔をしている。

 つり目がちでいつも強気な先輩が、こんな顔しているのを見るのは、こっちだって辛い。

「でももう安心ですよ先輩、『癒やし』の魔術をたった今習ってきましたから!」

 私は張り切って早速先輩に水の精霊術である『癒やし』の魔術を唱えた。

 触媒(ツール)になる小瓶に魔力を集中させて術式を展開する。

 小瓶には魔力の籠もった花の蜜が溶かしてある。水の精霊術にはもちろん水を使った触媒(ツール)が相性が良い。……これはさっきの授業で余ってた奴を一本失敬して来た奴だ。これに先輩から貰った魔晶石の欠片を入れてっと。

「清らかなる命の水よ!」

 ゆっくりと私の魔力が握った小瓶へと伝わり光があふれ出す。えっと、魔力を水に溶かすようなイメージ……だったっけな。そのまま小瓶を先輩の胸元にかざして唱える。

癒やし(ヒーリング)!」

 光が先輩の胸元から全身へと流れ込むように移動し、ふわふわと先輩を淡く包み込む。

「あー、気持ちいいかも」

 そのまま光が消えていくと確かに先輩の頬に若干赤みが差した気がする。効いたかな?

「ちょっと楽になった気がするな」

 おお、やった! 成功したぞ!! 初めてなのに出来ちゃった! もしかして私ってば回復系の魔術のが得意なのかも! よし、医療術師を目指そう!

 キッチリ私の魔力を浸透させてくれた証拠に、握りしめていた小瓶は中身がスッカラカンになっていた。

 これも買おうとすると意外と高いんだよね。隙を見てもう何本か余計にパチっておいても良かったかもしれん。

「珍しく成功したな。……クルーエルのくせに」

「何でそういうこと言うかな。素直にありがとって言えば良いじゃないですか」

「へいへい、ありがとさん」

「もう」

 ……しかしこの『癒やし』には欠点があるのだ。体力なんかが多少戻るだけで、怪我も治らなければ病気も治らない(多少は良くなるみたいだが)という、本当に回復術の初歩中の初歩なのである。そりゃ初めてでも成功するわな……。

 つまり、結局のところ風邪を治すには風邪薬に頼ることになるのだが、それでも体力のない病人よりは治りも早まるハズだ。

「ふー。ちょっと元気出たらなんかお腹空いたな」

「なにか消化のいい物作りますよ。購買でお薬も買ってきたし、食べたらこれも飲んで下さいね」

「まだ授業あるんじゃ無いのか? 昼休み終わっちゃうぞ」

「今日はもう諦めました」

「なんだよ悪いな」

 先輩は唇をとんがらせて上目遣いで私を見た。多分本当に悪いと思っているのだろう。先輩にしては殊勝な態度だ。

「いいんですよ、先輩が心配でどっちみち授業なんて耳に入らないんですから」

「あっそ……、まぁ、悪いついでに、お前のサボりの口実くらいにはなってやるかぁ」

 結局図星を突かれた。可愛くねぇ~……。


 体力が若干戻っただけで病人には変わりないので、病人食の定番中の定番、おかゆを作って上げると、物凄い勢いでかっ込んでいく先輩。

 何でこの人はいつも、お腹を空かせた野犬みたいな食べ方なのか。

「ハグッハグハグハグッ、ングング」

「ちょ、喉に詰まりますよそんなに急いで食べたら。誰も取りゃしませんて」

「おいしい、おかわり」

「え! おいしかったですか? いやぁー、実は鶏ガラで薄く出汁取ってあるんですよこのおかゆ。生姜とニンニクにちょーっとだけお酒も入ってるからすっごく暖まるでしょう」

「うん、うまい。おかわり」

「はいはい、分かりましたよぉ」

 先輩の茶碗におかゆをよそう。

 自分の顔がニヤけているのが分かる。

 いつも自炊するときは私にだけ料理をさせるくせに、こんなに真っ正面からおいしいなんて言ってくれることが無かったから、とても気分が良い。

「これ食べたら、薬飲んで横になって下さいよ」

「うん、分かった」

 それになんだか今日は、先輩が心なしか可愛らしく見える気がする。風邪で弱っているせいか、潤んだ目元と赤いほっぺたがぷりちーだし、何より今まで見たことがないくらい素直だ。

 いつもある意味頼もしい先輩が、甘えんぼに見えるなぁ。

「ほら、これ薬呪術科のバイア先生お手製の風邪薬だから。飲んだ次の日には、ゾンビもスキップして出かけるっつー例のヤツ。ちゃんと飲んで下さいね」

「例のヤツって。え、なにそれ聞いた事ないんだけど。何かヤバイもん入ってんじゃねえのか……?」

「普通に購買で販売されてて、みんな飲んでるヤツなんだから大丈夫ですよ~」

 多分ね。

「これ高かったんだから、ちゃんと飲んで下さいよ」

「あい」

 先輩はあきらめて青い瓶をキューっと一息で飲み干した。これで明日には良くなってるだろう。……この薬のキャッチフレーズを信じて良いものなら。

「うっげー、まずぅ! ってゆーかクッサ!! お前これ本当に飲み薬だろうな? 口に入れて良い奴だよな!? ネズミの死体みたいな味すんぞ!? しかも、なん、か……」

 あんたネズミの死体食った事あんのか。とツッコむ間も無く先輩が力なく私にもたれかかってきた。先輩の口から激臭が鼻を衝く。……これがネズミの死体の臭いか!? うぇぇマジで臭い。……何入ってんだこの薬。

「……ダメだ、……めちゃ、くちゃ眠く……ぐぅ」

 ガクンと頭を垂れてしなだれかかってくる先輩。この重さ……、完全に意識がないやつだ。

 あぁ、そういえば買ったときに、病人の体力を使わせないように、強力な睡眠薬も入ってるとか説明されたような気もする。っていうか今の今までガツガツ飯食ってた人の意識をこうも容易く断ち切るような超強力な眠剤って、本当に病人に使っていい物なのか? なんか悪用されるレベルじゃないかこれ? まぁでもこれで明日の朝には熱も下がると思うんだけど。

 ……もう三限間に合わないし私もちょっと昼寝すっかな。

 先輩を敷きっぱなしだった布団の中に突っ込んで、私もその隣にこれまた敷きっぱなしだった布団に入る。

 目覚ましは……いいか。今日バイトないし四限始まるまでに起きられんかったらそのまま休もうっと。


   ***


 目が覚めると窓の外はとっくに真っ暗だった。四限どころか五限ももう終わった頃だろう。

 頬に付いた涎を拭いながら、先輩の様子を見てみると額に玉の汗を浮かべて苦しそうな顔をしている。

「あれ!? 具合悪くなってる……?」

 慌てて先輩の額に手を当てると、それでも朝よりは熱は下がっているようで、薬はちゃんと効いているみたいだ。

「頭とか冷やして上げればよかったのかな……」

 脱水症状が怖いので、とりあえず水を飲ませてあげた方がいいかもしれない。水道水の入ったグラスを持って先輩の上半身を抱き上げる。汗でパジャマがびしょびしょになっていた。

「先輩、お水持ってきましたから、飲んで下さい」

 軽く揺すって声を掛けると、口元に当てたグラスから少しずつ水を飲んでくれた。なんか赤ちゃんにミルクをあげてるみたいで、軽く母性本能をくすぐられてしまうな……。

 母性本能ついでに、体も拭いて着替えさせてあげよう。これじゃあ体が冷えてしまう。

 シーツもぐっしょりと濡れていたので、さっきまで私が寝ていた方の布団に先輩を転がして、パジャマを脱がせる。

 先輩小さいけど脚長いなぁ!

 めっちゃお肌すべすべやでぇ……。

 ふおぉ、つーか先輩のおっぱい初めて見たけどホント膨らみかけって感じだな。乳首ちっさ! 子供みたいな乳首してんな先輩。……いやでもなんかキレイだわ。

  薄くなだらかな褐色の胸に、ミルクココアみたいな色をした可愛らしい乳首が汗で濡れ光っていて、物凄く色っぽい。

 なんだかドキドキしてきた。

 そういえば先輩って小柄で子供みたいな体つきだけど、こうして見ると、あどけない顔つきも相まって実はかなりの美少女だよ。……って、いやいや見とれてる場合じゃない、汗を拭いてあげないと。

 背中や脇の下にタオルを当てて汗を拭き取る。

「も、もちろんここも拭いておかないとね」

 タオルの先で、ちょんちょんと小さなおっぱいをつついて汗を拭き取ると、むずがゆそうに先輩が体をくねらせた。

「んん……」

 これは、ヤバイな……マジで変な気分になってきたぞ。……もうちょっと刺激してみよう……じゃなかった、もうちょっと拭いてあげよう。

 タオルの先が先端に触れる度に、ピクンッと体を震わせる先輩。か、可愛い!

 ハッ! そうだ、そうだった! パンツも脱がして股間も拭いてあげなくてはいけないのでは……!? 汗で濡れたままにしておいて、風邪が悪化してしまったら大変だ……!!

「先輩下半身も拭きますから、下も……脱いで下さいね……」

 先輩から反応はない。

 よし。

 先輩の銀色のしっぽを潰さないように避けて、軽いお尻を持ち上げてやる。

 そのまま下着ごとパジャマの下を脱がせようとするが、汗で張り付いて脱がしづらい。

 クソッ焦るな、焦っちゃダメよクルーエル! クッ、今度はしっぽがパンツに引っかかった。ここをこうしてこうやって、よいしょっと……。

 ずるりと先輩の下半身を剥き出すと、その光景に私は感動すら覚えた。

 ふ、ふぉぉぉ! まさかとは思ったけど……やっぱり生えてない! 先輩つるつるや!! つるつるのすべすべや!!

 とりあえず全部脱がせて、太ももの付け根やお尻を軽く拭きながら縦スジをガン見する。うわ、なんかめっちゃキレイっていうか、カワイイっていうか。ぷ……、ぷにぷにしてる……!

 ど、どうしようやっぱ内側も拭いてあげた方がいいのかな? ……いや拭いてあげた方がいいに決まってる! ちょろ~んと広げて、こうクリクリッと……。

「クルーエル……」

「はっはひ!」

 はうぁああ!? おおおお、起きた!? ややや、ヤバイヤバイヤバイ、なんて言えばいいんだよこの状況!!

「寒いよ……」

 ……はっ! その一言で我に返った。

 風邪っぴきの先輩を素っ裸に剥いて、私は一体何をしているんだ……。危うく百合色の世界に旅立って、クレイジーサイコレズの称号を得てしまうところだった。

 先輩の言葉で私は何とか正気を取り戻す事が出来たぜ……。

「すぐに新しいパジャマ持ってきますから!」

 慌てて先輩を着替えさせる。

 汗で濡れたシーツは後で取り替えるとして、とりあえず先輩を私の布団に寝かせ、頭に冷やしたタオルを置いてあげた。

「熱は下がってきてるから、これでよくなるといいんだけど……」


  ***


「クルーエル、クルーエル」

 先輩に揺さぶられて目が覚めた。またいつの間に眠っちゃったんだろう。時計を見たら朝の五時だ。ずいぶん早起きしちゃったな。

「腹減ったよ、なんか作ってくれー」

「先輩、熱下がりました? もう大丈夫なんですか?」

 先輩の額に手をやると、もうすっかり熱は下がってるみたいだ。よかった薬が効いたんだ。

「うん、あー、これお前がわざわざ着替えさせてくれたんだろ。ありがとうな」

 先輩は自分のパジャマの襟もとをクイッと引っ張って、私の方を上目遣いに見る。

「あ、いや。こちらこそ良い物を見せて頂いて……」

「はい?」

「ななな、なんでもないです。どうしますか、朝ご飯おかゆにします?」

 慌てて話をそらす。

「普通のご飯と味噌汁がいい」

「分かりました。じゃあちょっと待ってて下さいね。すぐ作りますから」


   ***


 朝ご飯を食べた後、口の中のネズミの死体臭を消そうと、がんばって歯を磨きまくってる先輩の髪を思いつきでいじってみた。

 寝汗のせいでせっかくキレイなロングヘアーがくちゃくちゃだ。馬毛のブラシで、桃色がかった銀髪を梳いていく。毛先の縺れや絡みを解して丹念にブラシを通す。

 先輩は気持ちよさそうにされるがままにしている。

 ある程度整えたら、わざとらしくないように左右に髪をざっくりと分けて、あまり子供っぽくならないように耳の若干上で緩く結ぶ。

「なんで人の頭を勝手にツインテールにする……?」

 先輩を無視して黙々とツインテール化を進め、出来上がった先輩の頭を見て私はむふーっと満足げに鼻を鳴らした。

 うむ。ツインテールの先輩……思った通りアリだわ。

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