【第6話】奴隷契約とマイカの事情
「なぜ、そうまでして僕の奴隷なんかになりたいの?奴隷になれば、自由がなくなるんだよ?」
今、私の目の前にいる男の子か女の子か解らない子からの質問に、床に正座をしながら答えていく。
「実は、私。あの村の奴隷だったんです。」
こうして私は、『トモエ=アスカ』と名乗った新たなご主人様となる子に、私の生い立ちを語った。
そういえば、この名前。何処かで聞いたことがある名前なんですが・・・・・。
私の名前は、マイカ。120歳の混血族だ。ちなみに、父親がエルフ族で、母親が人間族だ。父親は、私が物心がつくくらいに、仕事先で亡くなってしまい、その父親が残した莫大な借金のかたで、私と母親だった女性が奴隷に落とされた。
私を購入したのは、当時村長の息子で、今の村長の曾祖父にあたる人物だ。家名はあった気がするが、すでに失くして100年以上の時間が経っている。奴隷に落とされた時に、家名を剥奪されてしまったためだ。
私が奴隷に落とされた時の年齢は、確か10歳くらいだったと思う。
まだ物心がつくくらいの歳で、色々な勉強もこれからという時に奴隷に落とされた。それ以来、私は、勉強する暇も与えられずに働かされたため、文字の読み書きはおろか、一般教養すらほとんどない状態で歳を重ねることになる。
なので私は、文字の読み書きはほとんどできない。さらに言えば、ここ数十年の間、文字と呼ばれているモノを見た記憶はない。もともと、私の暮らす村の中で、文字の読み書きがまともに出来る人物は、村長一家くらいなもので、村人ですら読み書きできないのだから、奴隷である私にそんなものを教えてくれる奇特な人物などはいない。
外見は、父親の血を色濃く引いているのか、長い耳に白磁の肌、透き通るような金髪と言った完全にエルフそのままである。今は、長年入浴どころか、行水すらしていないため、全身が煤汚れっており、顔つきが醜悪だったらゴブリンと言われても差し支えないほどだ。最後に体を洗ったのは、たしか数か月前だったはず。あれは洗ったというよりも、雨に打たれていただけだが。
今の服装も、数年前に誰かの慶事でもらった服で、それも誰かのお古ですでにあちこち破れていた。それも、何かを拭いたように、泥だらけの膝丈くらいのワンピースだ。下着?そんなものはここ数十年拝んだことはない。もちろん靴もだ。
私の服装といえば、長い鎖がついた奴隷隷属の首輪に、泥だらけの破れたワンピース。後は、鎖のついた手枷と足枷。首輪についた鎖の先は、常に誰かの手に握られているか、壁に付けられている留め具に繋がれているかのどちらかだ。
私は、自分が奴隷として暮らしていたあの村の正式名称を知らない。いや、知っていたかもしれないが、どうでもいい情報なため、長い年月の間に忘れてしまったのかもしれない。村の名称など知らなくても、私には関係がなかったことだから、村人たちに聞くなんてことはしなかった。
私の母親は、この村に連れてこられた時に引き離され、それ以来会っていない。いや、村の中ですれ違う事はあったかもしれないが、村人たちとほかにいた奴隷たちと一緒に、私を甚振る側に回っていたため、『こんな人物は母ではない』と自分の書かで折り合いをつけて他人にしてしまった。たとえ主人の命令でも、機器として自分の娘をいじめる者は、私の身内ではあってはならないと思ったのだ。
だから、私は、この母親だった人物の名前や体形は、記憶の片隅にすら残っていない。
それ以来、私は天涯孤独の身となった。
私には、帰るべき故郷もなければ、心を許しあえる家族や親友などはいないのだ。
そして、私の母親だった人物は、80年くらい前に心労でこの世を去った。しかし、それを知ったのは、この女性がこの世を去ってから数年後だったと思う。
それを知った時の私は、何も思わなかった。ただ、私を苛めていた1人が死んだだけだと。
そうそう、私の寝床だが、村の広場に作られた檻だ。鉄格子の中は踏み固められた土間になっていて、木の角材でできた枕と布団代わりの襤褸布があるだけの2m四方ほどの檻だ。私がこの檻で暮らし始めた当初は立派?な屋根があった。
しかし、百年以上の長い年月の間、一度も補修されなかったため今では穴だらけで雨漏りがひどい。
雨の日などは、土間が泥の池と化してしまい、着ている服は泥だらけになってしまう。しかし、村人たちは、そんな私をただあざけ笑うだけで、檻から出してはくれないのだ。そんな泥だらけの私を、自分たちの家に入れるのは嫌なのか、雨の日は私は仕事をしずに檻の中で1日を過ごすことになる。
私の食事は、村から出た残飯を食べている。
そのため、この村に来てからこの方、食事がおいしいなんて記憶は皆無だ。そんな食事でも、間食しなければ折檻が待っており、折檻の後に無理やり食べさせられるのだ。
そんな生活をしているのは、私だけだ。
私の母をはじめ、この村には10人近くの奴隷がいたが、ほかの奴隷たちは、もう少しまともな生活をしていた。食事については、私と同様に残飯だったみたいだが。
そうそう、今思えば、私が来ている服は、その奴隷たちが着ていた服に似ている気がする。
まあ、どうでもいいことだが。
それから110年の月日が流れた。
その日は、村の収穫祭の日だった。
収穫と言っても、ほとんど奴隷が行い、村人たちは、奴隷の仕事ぶりを談笑しながら眺めているだけだが。もちろん私は、収穫の仕事の中で、最も過酷なことをやらされている。
そうして夜になり、私が入れられている檻の前で、村人たちと私を除いた奴隷たちが薪を囲んで宴会が始まった。この日だけは、私を除いた奴隷も、残飯ではない食事を摂る事が出来る。私は、何時ものように残飯だが。
まあ、いい。
かれこれ110年間、同じことが繰り返されてきたのだ。今更普通の食事が私の前に配られても、何かあるんだろうかと勘ぐってしまう。
そうして、程よくお酒も入ったころ、例の盗賊団に村が襲われたのだ。
盗賊団たちは、私の目の前で村人たちを奴隷化していった。
盗賊団は、村人すべてを奴隷にした後、各家の中の家財道具一式を強奪し、それぞれの家に火を放った。
その後、燃え盛る村を背景に、私たちは盗賊団に連れていかれた。
そうして、トモエ様に助けられて、今に至る。
今のご主人様であるトモエ君に聞いたことだが、私の奴隷としての境遇は、この世界の法律では違法だという事だ。ほとんど村人しか出入りしかない辺境にある村だからこそできた事で、冒険者なり旅人なりが頻繁に出入りするような村だったら、私はこの村から保護されて別の人物の奴隷になっていたそうだ。その後は、村長一家は処刑され、残りの村人は奴隷落ちという話だ。
簡単に奴隷の待遇に関する法律を教えてもらったが、確かに、村人たちの私に対する待遇は違法である。
そもそも、奴隷になってから110年間、私は一度も給金をもらっていないし、『必要最低限の生活』ですら私はしたことがない。
「なので、私には、身内と呼べる人は1人もなく天涯孤独のみです。
あの人たちと元の村に帰っても、また奴隷として暮らしていかなくてはいけません。そして、私には、故郷と呼べる土地はなく、奴隷から解放されても、生きていく当てもなければ手に職を持っているわけでもありません。
そのため、奴隷として暮らしていくしか私には残されていないのです。
同じ奴隷ならば、あの村には戻りたくもありませんし、再び奴隷市で見ず知らずの男の慰めモノになるのも嫌です。
トモエ様ならば、たとえ奴隷でもまっとうな暮らしができると、出遭った数時間で確信しました。
だからお願いします。
これと言って特技となるようなモノはありませんが、どうか、私をトモエ様の奴隷にしてください。」
「・・・・わかった。そこまで言うのならば、君を僕の奴隷にしてしまおう。」
私の生い立ちを聞いて、トモエ様は、そう宣言してくれました。
「ありがとうございます。」
私は、トモエ様の宣言にこう答えます。
「では、君の名前を聞こうか。」
魔眼でステータスのすべてを知っているのだが、ここはあえて聞くことにする。
「はい。私はマイカといいます。」
「隷属契約」
有無も言わさず、トモエ様はそんな言葉を唱えました。
そうすると、私の体をはさむように、2つの魔方陣が頭の上と足元に現れ、首のあたりに収束していく。
そして、今まで嵌めていた首輪が外れ、足元に転がる。その後、新しい首輪が嵌まり、『カチャリ』と何かが嵌る音が聞こえてくる。
そして、手足にも、何かが嵌る感覚がする。よく見て見ると、半透明の手枷と足枷が嵌っていた。そして、首輪からも半透明の鎖が伸びており、その先は、トモエ様の左腕に嵌った黒いブレスレットに繋がっている。
そして私は、急速に何かを思い出していく。
しばらく記憶が混乱するが、ほどなく記憶混乱は収束していき、私は生前?の記憶を思い出した。
私は、首に嵌っている首輪と、首輪から伸びている半透明の鎖を両手で確認しながら、トモエ様、・・・いや、・・・私の幼馴染で、・・・男の娘で、・・・大好きだった子に向かって言った。
「トモエ君?それともトモエちゃん?久しぶりだね、元気してた?私だよ!!幼馴染のマイカだよ!!」
そう言ってから、トモエ君に抱き着く私。トモエ君?トモエちゃん?今の感じならば、トモエちゃんの方がいいのかな?
(本人に聞いたら『どっちでもいい』と言っていたので、私は、昔から慣れ親しんでいる呼び方で、『トモエ君』とこれからは呼ぶことにする)
「おかえり。マイカちゃん。」
トモエ君は、胸に飛び込んで抱き付いている私に、やさしく抱きしめてこう言ってくれた。
それに対し私は、こう返事を返した。
「ただいま。トモエ君。」
そして、もう1つ。
私の名前が、『マイカ=キリサキ』となっていることだ。
普通の奴隷は、家名はないのだが、私はしっかりと家名がついている。
これは、トモエ君曰く、『魔法による奴隷化』か、『魔道具による奴隷化』かの違いみたいだ。魔道具だと無理をして奴隷にしているらしく、その影響で家名を剥奪しておかないと、うまく隷属化できないらしい。魔法だと、そういう事がないので、家名があるのだ。
もっとも私は、自ら選んでトモエ君の『生涯奴隷』になったので、せっかくトモエ君からもらった家名だが、これから先はたぶん名乗る事はないと思っている。
この世界の奴隷は、家名があってはならない。なので、私が特殊なだけだ。
私はただの奴隷の『マイカ』という名前さえあればそれでいい。