【第44話】D-1ランク昇格試験(その3)
さて、いよいよボスに挑戦する順番がやってきた。
ボスの名前は、『スチールセンティピード』という体調5~10mの鋼鉄の装甲を全身に施した巨大ムカデだ。さらにこの鉄、魔力を帯びていたり、何らかの属性がかかっていたりと結構レアな存在であり売れば最低でも金貨数百枚という破格のお値段である。全身を回収すれば数千トン灰くだろうが、たいていの冒険者たちは、討伐をしてもあまりの重量で足の先っぽくらいしか回収できない。
だけどね・・・・。
「このムカデの装甲。できれば全身回収したいですね。」
「ユキヒデ君がいれば回収は可能でしょうが、討伐方法からかんがみるに、全身を回収するのは無理があるのでは?」
僕な何気ない呟きに、隣にたいていいるアイナさんが答える。
今回の討伐順序は、まず僕がすべての足を切り落とす。これで、足の回収はできるので、戦闘の際邪魔になる足を僕が万能虚空庫に回収。
その後、アイテムボックスにため込んでいるアシッドスライムの体液を、ムカデの全身に散布する。この際、たぶん甲殻のほとんどが酸で溶けてしまうため、回収が困難になると予想。なので、少し作戦を変更して、討伐時に危険がある頭部と尻尾のみにかける事にする。足を切り落とされた体は、先っぽ以外はそんなに危険がないと予測するからだ。
現にこの階層に出てきたムカデたちは、頭と尻尾以外は攻撃手段がほとんど存在していなかった。
僕が空間魔法で、頭を囲って切り落とすことも考えたが、それでは前衛陣の練習にならないということで却下された。
討伐開始である。
ボス部屋に入った瞬間、僕はすべての足の座標を指定し、足と胴体の付け根付近の空間をずらして一気に切断した。2mくらいの高さに腹があったムカデは、支えていた足がすべてなくなったことで自然落下し、轟音を轟かせ、少し脳震盪みたいな症状を起こす。足を回収後、僕は座標を指定して、万能虚空庫から直接アシッドスライムの体液をムカデの頭と尻尾にぶっかけた。乱獲して溜め込んでいた体液の半分近くを使用したので、数百リットルはぶっかけていると思う。
ジュージューと音をたてて溶けていく鉄の甲殻を見ながら突入のタイミングを計っている前衛陣。今突っ込んでいったら、自分たちも酸の餌食になってしまうからね。
「アイナさん。中和できそう?」
「ん~~~。何とかできそうだけど、アルカリ性水溶液っていうの?それのイメージが難しいね。」
僕は科学知識の酸性とアルカリ性の話を、待機中にアイナさんに話してある。酸性の液体の中に、同じ濃度のアルカリ性の液体を同じ量だけぶち込めば、中和されて無害な中世の液体になることを、懇切丁寧に教えたが、科学知識のない者に理解しろというのがそもそも難しい相談なのだ。
僕だって、初めてこの関係を教えてもらった時は、どうして?っていう疑問しか浮かばなかった。たぶん、その時の理科の先生(小学校なので担任だが)も、ほとんど理解していなかったんだろう。
何とか身近に存在している、アルカリ性のあれこれを例題に出しつつ、待機中に何とかアシッドスライムの体液を中和させることに成功。ほとんどぶっつけ本番でアイナさんは、アルカリ水溶液を酸性の水溜りに流し込んでいく。
「突入!!」
鉄の甲殻がはがれてグロテスクな感じになっているムカデに、ティリカさんが突撃の号令をかけて前衛陣がフルボッコにしていく。
「娑婆の空気は、やっぱりうまい!!」
何処かの刑務所から出所してきたようなことを言うケント。
ボス戦を終えた僕たちは、転移水晶を使って地上へと帰還した。外はすでにどっぷりと暮れ、きれいな星々が天空を瞬いている。
僕たちはそのまま、ダンジョン前にあるギルドの出張所で生還報告をした後、宿屋へと直行し一晩の寝床を確保する。
ダンジョン前には、数件の宿屋と冒険者ギルドの出張所があり、それぞれ”30時間営業”をしている。ちなみに、この世界の暦は、1年=420日(14ヶ月)。1ヶ月=30日。1日=30時間。1時間=60分となっている。これは、パリダカに来てから知ったことで、森の中で生活していたころは、別に知らなくても生きてこれたことだ。
それはいいとして。
宿屋の食堂で、ヒュレイムさんから今後の予定を聞く僕たち6人。
「今晩はゆっくりと疲れをとれ。明日の午前中にパリダカへと帰還する。武装の手入れだけはしっかりとしておくように・・・・と言いたいところだが、前衛陣の武器はボロボロだったな。」
「たしかに。俺の剣は使い物にならんだろうな。パリダカについたらすべて買い替えだ。」
カイトが、苦笑しながらそんなことを言う。
「まあ、武器を買い替える金はたっぷりとある。もちろん素材もあるから、オーダーメイドで造ってもらうのもありだ。
そして、今回回収してきた素材の分配だが、ユキヒデがいたおかげで、ありえない量の素材を回収できている。売却価格も期待してもいいぞ。素材の分配は、後で皆で相談しておけ。」
「はい!!!」
「では解散する。ユキヒデは少し残っておいてくれ。相談したいことがあるからな。」
皆が部屋に戻った後、僕は、ヒュレイムさんの部屋に案内された。
「ヒュレイムさん、相談って何ですか?」
僕は、適当に座れと言われて、部屋の中においてある椅子に腰掛ける。ヒュレイムさんは、対面のベッドに腰掛けた。
「相談というのは、俺がリーダーとしているパーティに関することだ。」
「ヒュレイムさんのパーティっていうと、『ドラゴンヘッド』の事ですか?」
「ああ、そうだ。ところで、ユキヒデは、もうどこのパーティに入るのか決めているんか?」
「いえ、まだ決めていません。」
「そうか!!まだ決めていないか。
それならば、ユキヒデさえよければ、俺のパーティみ入らないか?実を言うと、俺のパーティには魔法使いがいない。つまり、後衛のいない前衛オンリーのパーティンんだ。」
「それはまた・・・・。
と、いう事は、僕に声をかけてくれたのは、後衛戦力の補充と、僕の属性に関わってきます?」
「まあ、ぶっちゃけ、万能虚空庫はすごい魅力だ。今回同行しただけでも、そのすごさがよくわかった。
それとな。
明日ギルドで、今回回収した素材を出すために万能虚空庫を見せる事になる。」
「・・・まあ、そうなりますね。」
「それでだ。今回のメンバーは、間違いなくDランクに昇格することができる。
その後の事なんだが、たぶん、君を巡って争奪戦が起こる可能性がある。何処のパーティに入るのかは君の自由であり、俺が同行できる問題ではないんだが、できれば、俺のところに来てほしいと思っている。」
「わかりました。僕も知らない人のところに行きたくありませんし、ヒュレイムさんのところに入らせてもらいます。
今回は使いませんでしたけど、転移魔法も一応使うことができます。まだ1人しか転移させることはできませんがね。転移できるポイントをたくさん作るためには、ヒュレイムさんのところのように、あちこち移動するパーティのほうがいいですしね。」
「そうか。ありがとな。それじゃあ、ギルドランクが上がったら、さっそく俺のところに登録をしてくれ。」
「はい。わかりました。」
翌日、パリダカに戻った僕たちは、ギルドに赴いてD-1ランクに昇格すると、そのまま素材を買い取ってもらった。もちろん僕は、その場でヒュレイムさんのパーティにはいる旨を伝え、書類を書いていく。こういうことは、さっさとやってしまったほうが、後腐れなくていい。
スチールセンティピードの甲殻は、足を各自1本ずつ武器や防具の素材としてもらい受け、残りはすべて売り払う。ビッグセンティピードの皮も少しもらっておく。
鎧の素材にしたいからね。
アシッドスライムとポイズンスライム(毒液と解毒薬双方)の体液は、各自5本ずつ手元に残し、残りを売り払っていく。後の素材は、それほどほしいわけではないので、分配せずにすべて売り払った。
そして、売却金を5等分し、わり切れなかった分は打ち上げ会の資金にする。
ギルド内で一番驚かれたのは、その素材の量だ。
ギルドを出ると、ヒュレイムさんの紹介で鍛冶屋へと向かう。壊れた武器を、スチールセンティピードの甲殻を使って造ってもらうのだ。
オーダーメイドで造ってもらうものは、それぞれこうなっている。
ケントさんは、タワーシールドとバスターソード、全身鎧の一式。これだけ造っても、足1本も使わなかった。
ティリカさんは、全身鎧とロングソードを造ってもらうみたいだ。
カイトさんは、ロングソードと、2種類のムカデの素材を使った鎧を造ってもらう。
サティさんは、2種類のムカデの素材を使った鎧と、短剣を数本造ってもらう事になった。
僕とアイナさんは、護身用のショートソードを造ってもらう。前衛ではないため、2人とも体力はあまりないのだ。
残った素材については、そのまま鍛冶屋に寄付したら、造ってもらう武器や武具の製作費がタダになった。
「ヒュレイムさんのパーティに入った僕は、トモエちゃんに出会うまで各地を転々としていたわけだ。」
そう、ユキヒデ君は締めくくった。今の僕は、身も心?も『女の子』なため、ユキヒデ君にはちゃん付で呼んでもらっている。
ちなみに今は、チューヘルムを襲った暴走の元凶であるダンジョン前に造られた前線基地だ。そして現在は、僕とマイカちゃん、ユキヒデ君と嫁のティースさん、ドラゴンヘッドに新たに購入された奴隷のメディアとともに不寝番をしている。
ちなみに、メディアの出自は、先日町を守らないと逃げて行った貴族たちの1つが実家であり、本人は街を守るため残っていたが、責任を感じて自ら奴隷落ちをした。で、そのまま奴隷市に出品すると、いろいろと問題が起こるだろうと予測され、ヒュレイムさんが引き取ったということだ。
「ふ~~~~ん。ユキヒデ君も大変な1年を過ごしていたんだね。それにしても、ユキヒデ君。『男の娘』として異世界でも生活しているんだね?」
「だって、仕方ないだろう?先日ギルドカードを更新したとき、称号欄に『男の娘』と記されていたんだから!!そういうトモエちゃんはどうなのよ?」
「僕?そんな事、聞かなくてもわかるでしょ?」
「まあ、そうだね。トモエちゃんは、こっちに来てもトモエちゃんなわけだ。それじゃあ、今度はトモエちゃんとマイカちゃんの話を聞かせてくれるといいな。」
「別にいいけど・・・・。僕はともかく、マイカちゃんのほうは壮絶だよ。」
そういって、僕とマイカちゃんの事を話し始めるのだった。




