【第14話】隷属魔法と奴隷の証(その2)
「じゃあ、次はこれの説明だね。」
そういいながら僕は、首輪に嵌っている南京錠のような形状の白いプレートを指でつまんで、ブラブラと揺らす。大きさ的には、僕が持っている身分証と同じ大きさである。ちょうどカードの上部の真ん中あたりに1㎝×1㎝くらいの溝が1㎝幅で彫られ、その溝に首輪につけられているU字型の金具が通されている。ちなみに首輪の形は、どんな金属でできているのかは知らないが、幅4㎝ほどの黒い金属プレートで、U字型の金具で首の前側で重ねられてプレートによって外れないようになっている。さらに、プレートから出っ張っている部分に、半透明の鎖の端が通されている感じだ。
これは、魔道具のほうにもあったものだ。
「まずこのプレートは、魔法の要であり、マイカちゃんにとっては、この世界で唯一の身分証でもある。」
「身分証?・・・・そういえば私、私自身の身分証を見た事もなければ、持ったこともない。」
「たぶん、奴隷に落とされる前は持っていたと思うよ。もう100年以上も前の話だし、その当時は小さかったから覚えていないんだと思う。
そして、その身分証なんだけど、奴隷に落とされた時に取り上げられてしまったんだと思う。取り上げられたときに、その場で破棄されるから、すでにマイカちゃんが平民だったという事実は、この世にはないだろうね。
『奴隷には人権はない』
つまり、誰かの所有物である奴隷は、人である象徴の身分証を持つ事が禁止されているんだ。
その代わり、誰の所有物なのかを示すために、首輪に所有者の名前を刻んだプレートを嵌めて誰にでもわかるようにするんだよ。あの村で奴隷をしていた時でも、マイカちゃんの首輪には同じ物が嵌っていたはずだよ。」
「そうなんだ。・・・・という事は、あの村の村人たちは?」
「もちろんそれぞれの身分証は、盗賊団に取り上げられてないと思うよ。
僕はただ首輪を外しただけだからね。彼らの身分証までは、僕の与り知らぬ事だ。外した時にも、聴かれなかったし。
お金さえあれば、奴隷じゃなければ再発行してくれるらしいから、別に僕には関係ない事だと思うよ。」
「確かにそうだね。お金さえあれば再発行可能なら、もともと奴隷だった私にも関係のない話だね。
そういえば、あの村には、今お金はあるのかな?」
「たぶん、盗賊団に根こそぎ奪われているからないと思うよ。あの村どころか、盗賊団に襲われた村々は、すべて焼け野原になっていたからね。
なんとか都合付けて再発行してもらうんじゃない?
村の再建も含めて、僕には関係ないけどね。
だって、依頼されていないから。」
「それはそうと、このプレートに刻まれている文字?なんて書いてあるの?」
マイカちゃんも、この話はここまでと言わんがばかりに、プレートについて質問をしてくる。僕もこの流れにのって、この話は記憶から消去した。
「これね。これは上から
《奴隷名》マイカ
《所有者》トモエ=アスカ
《奴隷区分》戦闘奴隷
《奴隷期間》無期限
と刻まれている。
一応マイカちゃんには、『キリサキ』っていう家名が存在しているけど、『奴隷には家名は必要ない』がこの世界の常識だから、誰にでも見ることができるこのプレートには、あえて家名を彫り込んでいない。せっかくの家名を名乗ることができないから、それだけは申し訳ないと思っている。」
「別にいいよ。私も今更家名をもらっても、どうしていいか解らないから。
どうせ名乗ることのない家名なんだから、トモエ君の権限で、今すぐ剥奪してほしいな。名乗ることができないものは、あっても邪魔なだけだからね。」
「マイカちゃんがそういうのならば、今すぐ剥奪するけど、・・・本当にいいの?この処理が終われば、二度と家名を与えられることはなくなるけど?」
「いいよ。どうせ私は、生涯トモエ君の奴隷として生きていかないといけないんだから。」
「じゃあ、マイカちゃんの家名を剥奪するよ。
奴隷名『マイカ=キリサキ』の所有者がであるトモエ=アスカが命ずる。
どれの名乗っている家名『キリサキ』を、この場で剥奪し二度と家名を名乗ることを禁ずる。」
僕がこう言った瞬間、マイカちゃんの体を何かが駆け抜けていった。その後、開きっぱなしにしていたマイカちゃんのステータスから、家名の部分がすべて削除された。
家名剥奪の手続きをした後、僕は、残りの鎖と手枷・足枷について話をする。
「まず初めに言っておくけれど、今の状態で鎖や枷が半透明に見えているのは、僕とマイカちゃんの2人だけだからね。」
「そうなの?てっきり他の人たちも見えているんだと思った。」
「首輪の時も話したけれど、今マイカちゃんに嵌っている首輪と付随しているモノすべてが、僕の魔力でできていて具現化したモノだ。その中で、首輪とプレートについては、常時誰にでも見れるように具現化しているが、ほかは必要な時以外は見えなくてもいいよね?魔道具の時でもそうだったと思うけど?」
「・・・・私には常時手枷と足枷を嵌められて、首輪からは鎖が伸びていたけれど、ほかの奴隷は首輪だけだったね。
でも『必要な時以外は』ってことは、必要な場面があるんだよね?」
「必要な時は、具現化させる。こうやって。」
そういいながら僕は、鎖や枷を具現化させる。具現化した鎖や枷は、首輪と同様真っ黒な色をしていた。
「具現化した状態だと、それ以上鎖は長くなることはないけれど。」
そういいながら、手枷に嵌っている鎖を引っ張ってみる僕。ちなみに、具現化した時の鎖の長さは、手枷・足枷に嵌っている鎖が約20㎝くらい、首輪に嵌っている鎖が約3mくらいの長さだ。それ以上は伸びたり縮んだりしない。
「半透明にすると・・・・・。」
そのまま具現化を解除して半透明にすると、不思議なことに鎖は何処までもとは言い過ぎだが、装着者であるマイカちゃんの行動が邪魔にならない長さに調節される。普通に大の字で寝転がっても余裕があるほどの長さまで伸びたり、縮んだりするのだ。
「おおお~~~~~!!!!んん!!トモエちゃん。これ見て!!」
不可思議な現象に、マイカちゃんは面白い反応をする。
マイカちゃんは気づいたみたいだね。
そう、鎖が机の天板を通過しているのだ。
「半透明の状態の時は、今見えているようにどんなものでも通過してしまう。それがたとえ生命体でも。」
そういいながら僕は、鎖を腕の中に通していく。
そして、もう1つの能力?を話していく。
「この状態の鎖だとね。首輪の鎖は、僕の意思で自由に伸び縮みをする。普段はフリーにしているから、その時に状況に合わせて長さが変化しているけれど・・・・。」
そういいながら、マイカちゃんを玄関付近まで歩かせていく。そして。
(マイカちゃん。戻っておいで)
心の中でそう命令を出すと、鎖が縮んでいき、そのままマイカちゃんを引きずってくる。
鎖に曳かれながらマイカちゃんが元の位置に戻ると、話の続きをする。
「僕の意思で、こうやってマイカちゃんを戻すことも可能だが、めったな事ではしないから警戒しなくてもいいよ。普段は鎖を通して僕とマイカちゃんは、心の中で会話できるからね。マイカちゃんが無視したら使う可能性はあるけど。
「トモエちゃんの命令は、無視なんかしないよ!!だって私、トモエちゃんの奴隷だから。それよりも、(なんで、心の中でお話が出来るの?)」
器用なことに、途中から念話で話してくるマイカちゃん。僕も念話で答える。
「(それはね。鎖が僕の魔力でできているから。鎖・・・実際は、首輪と鎖、後僕の腕に嵌っているるこのブレスレットを介して、専用の電話回線みたいなモノが引かれていると思って。僕にも詳しいり理屈は、理解していないから。そう考えておくのが一番簡単だと思う。)」
「(わかった。)」
「じゃあ、次は、手枷・足枷の鎖の説明ね。そっちは、半透明の状態の時は、僕の制御下から外れていて、マイカちゃんの意思で簡易的な命令を受け入れるようになっている。硬質化させた状態でも、鎖が相手には見える事はないからいろいろと使う事ができる。
例えば、瞬間的に硬質化させて相手の首を絞めるとかね。
あとは・・・、部分的に硬質化もできるから、戦闘中に何処かの木や岩などに鎖の一部を引っかけておいて、相手が鎖を跨いだ瞬間に全体を硬質化させれば、簡単なトラップを造ることも可能になる。
その際硬質化させるエネルギーは、マイカちゃんの魔力を使用するからね。魔力管理をしっかりと行って枯渇しないように気を付けてね。枯渇したら動けなくなるから。
マイカちゃんの所有者である僕には、悪戯目的で使うことは可能だけど、鎖を使って殺すことはできないから。もっとも、制御下から外れているだけであって、鎖がどんな状態になっているのかは、僕にはまる解りだけどね。」
しばらく鎖で遊んでいたマイカちゃんが、不意に僕に尋ねてくる。
「そういえば、鎖を具現化する『必要な時』の回答を得られていないけど、いつなの?」
「ああ、その回答ね。
『必要な時』っていうのは、城壁で囲まれている町や村に入る時だね。」
そういって、町や村に入る際の手続きを話していく。
『奴隷は、町の門を潜る際は、手枷・足枷を嵌め、所有者に首輪に繋がれた鎖で引かれていなければ門を通過することはできない』
国によっては、こんな決まりが奴隷に対してはある。
特に厳しいのは、南大陸の『チャイコリアス大陸』にある国家で、北部4大陸と島嶼群にある国家はそこまで厳しくはないが、門と潜る際の身分証の確認も兼ねて義務付けられている。
そのため、門から前後100Mくらいは、奴隷はこの規則にのっとって、手枷・足枷を嵌め、鎖で曳かれている状態になる。たいていの所有者は、門の前後のみこのように扱い、その後は取り外す処置をとっているみたいだ。
ただし、南大陸は、町の中などの安全が確保できている場所では、奴隷は手枷・足枷を嵌め、鎖で曳かれている状態を維持していないといけない。
閑話休題。
~マイカ視線~
手足に嵌る半透明の枷と、首輪から伸びる半透明の鎖。
手枷・足枷についている鎖も、首輪から伸びる鎖も、不思議なことに色々なものを透過?していく鎖だ。そのおかげで、私は、枷を嵌められた状態でも、普通に服を着る事が出来る。
今日も、トモエ君が用意してくれた服を着ているのだが、昨日とは違う服を着ている。この服は、昨日の朝にトモエ君から渡された服の一着で、その際、色々なデザインの服を10着ほど貰うことができた。
あの村では、服を1着貰うだけでも、誰かの慶事の時しかなかった。もらう服も、誰かのお古であり、洗濯すらされていなかった。その服を着たら、数年間は着たきり雀だったのだ。
その時のことを思えば、天と地との差である。
さらに、これから先増えていく私物の保管場所として、トモエ君が持っている天恵技能『万能異空庫』の中のフォルダーの一つを私に貸し出してくれたのだ。その貸し出されたフォルダーは、トモエ君は中に何が入っているのかを知る事ができないという。
後は・・・・、そうだった。
トモエ君は、文字の読み書きができない私に、文字の勉強をさせてくれている。その教材として、どこから持ってきたのかは知らないが、絵本を数冊くれた。今私は、その絵本を予期ながら、文字の勉強を行っている。
トモエ君の奴隷になって、本当に良かったと心から思えてくる。
さっき、トモエ君から説明のあったモノ。
私の首に嵌っているこの首輪と、半透明の不思議な手枷と足枷。あと、首輪から伸びている鎖。
なんでも、私に嵌っているものすべてが、トモエちゃんの魔力でできており、今は半透明で非物質化している鎖だが、トモエちゃんの意思一つで物質化でき、尚且つ長さも自由自在だ。
町の門を潜る際は、奴隷は主人に首輪に繋いだ鎖を曳かれていないと通れないらしいので、その時は物質化をすると言っていた。鎖に曳かれないといけないのは、門の出入りだけの話なので、その後は半透明化するらしい。
もっとも私にとっては、四六時中トモエちゃんに、首輪に繋いだ鎖を曳かれている状態なのだが。
簡単に奴隷の待遇に関する法律を教えてもらったが、確かに、村人たちの私に対する待遇は違法である。
そもそも、奴隷になってから110年間、私は一度も給金をもらっていないし、法律が定める『必要最低限の生活』ですら私はしたことがない。
私は、トモエ君の奴隷になってから毎日、といってもまだ3日目だが。百数十年ぶりとなるお風呂を堪能している。
そして、脱衣場にある姿見で、私の”今”を確認する。
私の首には、幅3㎝ほどの真っ黒な首輪が嵌っている。その首輪には、カードサイズの白いプレートが嵌っており、プレートにはこう書かれている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《奴隷名》マイカ
《所有者》トモエ=アスカ
《奴隷区分》戦闘奴隷
《奴隷期間》無期限
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この3日間の勉強のおかげか、1部の文字だけは、書かれている内容を読むことができるようになった。まだほとんど読めないが、書かれている内容だけは理解している。
『トモエ君の所有物』と書かれているこのプレートが、私の唯一の身分証でもある。私には、この世界における身分証は二度と発行されない。
もっとも、生まれてこの方私専用の身分証は見た記憶はないのだが。
後でトモエちゃんに見せてもらった身分証は、カードサイズの大きさで、何が書かれているのかは知らないが、色々な情報が書かれていた。
そして、もう1つ。
私はついさっきまで、『マイカ=キリサキ』だった。
今は、トモエ君にお願いして『マイカ』とだけにしてもらった。
私はこれで二度と、家名を名乗ることができなくなった。
奴隷である私には、家名など邪魔の長物なので、これでいいのだ。




