【閑話その1】ある領主の苦悩
ここは、アパランチア辺境伯爵領領都パリダカにある領主の館。
”コンコン”
「誰だ?」
執務室のドアをノックする音で、私は軽い睡眠から覚醒する。
「執事のアレクシスでございます。豪雨被害のご報告に参りました。」
「・・・・入れ。」
入口のドアから、私と同じくらいの年齢の男が入ってくる。
「ワトソン様。こちらが、こたびの豪雨被害の詳細でございます。」
そう言って執務室の机の上に置かれた紙の束。私は、それを見てうんざりとした顔つきになる。私は、その紙の束をざっとななめ読みをしてこう答える。
「結構な被害だな。詳細は後で確認するとして、・・・・頭の痛い問題だ。」
「この被害はまだ、領都周辺部のみでございます。街道が川の氾濫で寸断されており、すべての被害を把握するのには時間がかかります。領内全土となると、この数十倍は最低でも広がります。」
執事のその言葉に、しばらく目を瞑り思考の闇に沈む私。
「みな大変だとは思うが、次のように行ってくれ。」
こういいながら私は、壁際で作業をしている秘書に目を配る。秘書が、机の上に白紙の指令書を置いたのを見計らって話を続ける。
「では、私の名で次の指令を出す。
一つ。
備蓄している食料を領民に放逐し、食糧支援とする。足りなければ、兵糧として蓄えている食糧も出して構わない。」
「いいのですか?」
「構うものか。今の状態で戦争を仕掛けられても、我々に対抗できる手段はない。それならば、民の糧にして方が、何倍もましだ。」
「わかりました。担当部署に通達しておきます。」
「では次だ。
一つ。
水が引いた場所から順次、街道の整備を行う事。
一つ。
伝染病等の発生を警戒し、町中の清掃を最優先で行う事。
すべての町にある冒険者ギルドに緊急依頼を出して、すべての冒険者をこの2つの仕事に従事させる。とにかく、町の清掃と、街道の建設を最優先に。家屋や田畑の再建は、後回しになっても構わない。」
「了解しました。では真っ先に、他領とを繋いでいる街道の整備を優先させます。」
私の考えを読んでくれている執事が、こう付け加える。とにかく、よその領とつながれば、物資はなんとでもなる。
「では、次だ。
一つ。
治安維持は各町の騎士団に任せる。
治安を悪化させた者は、身分を問わず全員捕縛しろ。特に貴族たちには目を見張っておけ。特権を乱用して、肥え太っている連中は、その地位と財を取り上げ民に分配しろ。
一つ。
商業ギルドと提携して、物資をかき集めてくれ。」
こうして、領の再建に向けて動き出す。
「しかし、領都パリダカにこれと言った被害がなかったのは僥倖でしたな。」
「そうだな。最低限の初動が出来るからな。
話は変わるが、騎士団の訓練所にいきなり現れた、盗賊団と被害者たちについては、何かわかったか?」
再建の道筋をつけたところで、豪雨の最中に発生した不可思議な事件についての報告を求める。
「は、実は、今回のこの暴風雨ですが、不可思議な現象なんです。」
「確かに、通常の嵐とは違っていたな。なんか、この町一帯で、急激に発達したようなかんじだったな。」
「はい、気象条件等で、そういう事もあり得るという報告もあるのですが、そのような場合は、たいてい1時間前後、長くても3時間ほどで終息するはずなんです。しかし、こたびの嵐は3日3晩続きました。そして、雨が降り始める前に、とてつもなく強大な魔力拡散を観測した者もいます。そして、一部の魔道具が、前触れもなく故障しました。
このことから、人為的にこの嵐は発生したものと推測します。」
「・・・・仮にだ。人為的に発生させたと仮定して、魔法でそんな事が可能なのか?私は、聴いたことはないのだが。」
「私も、聴いたことはありませんが、魔法学者でもある我が領の筆頭魔術師のエリナ様の見解はこうです。
『私では、保有魔力的に見てこの現象を起こす事はできないが、それさえクリアーできれば可能』
そして、このように付けくわえております。
『術式の構築は可能だが、百人単位で行われる儀式魔法の類だ。しかしこたびの魔法は、儀式魔法特有の波動がなかった。つまり、この魔法は術者1人が行ったモノだ。』」
「・・・・・。
魔法ならば、発動点があるはずだ。そこには、何かの痕跡があるはず。何としても探し出せ。
ただしゆっくりで構わん。
どうせ、そこまでたどり着くのには時間がかかる。今は、復興優先で動いてくれ。」
「いいのですか?時間が経てば、痕跡が消えていきますが?」
「その時はその時だ。痕跡がなくなった時に考えよう。
別にこたびの嵐。
確かに被害は甚大だが、今年の雨季は雨が少なく、干ばつ被害が領内から報告されている。誰がやったかは知らないが、これに関していえば、感謝している事だ。」
「そうでしたね。これで、干ばつ被害も幾分か和らぐでしょう。少なくとも乾季の水不足は解消されました。あと、こたびに氾濫をうまく利用すれば、農耕地の拡大も可能かもしれません。」
「それもそうだな。復旧がてら、農地開拓が出来るようならついでに行ってくれ。」
「わかりました。そのように予算等を組みなおします。」
秘書が退出した執務室で、領主はテラスまで足を運ぶ。雨上がりの澄み渡った空気を吸い込み、町の様子を眺める。遠く外壁の向こうは、徐々に水が引いていっており、パリダカを起点に街道の再建が始まっている。
問題は山積みだが、今回の氾濫を契機に、自然災害に強い土地造りをしようと心に決めたのだった。