魔紋の戦士たち
「よぉ、ハンニバル、久しぶりだな元気にしてたか?」
小高い丘の上からその声は投げかけられた。
声の主は若い男だ。鋭い目でこちらを見降ろしている。
位置的に見降ろしているわけだが、その態度から見下しているといったほうがいいかもしれない。
彼の名はネロ。
国王が差し向けた一軍の将であり、国王の孫でもある、とユリアスから聞いた。
すっかり夜も更けた中、対峙する両軍。
国王軍は小高い丘の上に陣取り、ネロを先頭にいつでも突撃できる態勢を整えている。
その全員が騎馬に乗っており、丘の上という地の利もあって相当な迫力だ。
ちなみに夜だというのにそういった様子が見て取れるのは、上空に浮かぶ光の玉のおかげだったりする。
それはネロの軍の兵士が魔紋の力で浮かべた物で、かなりの明るさで戦場を煌々と照らしている。
奴らは暗闇の中で一気に突撃ということをせず、堂々と姿を見せているわけだ。
それは油断なのか、それとも威圧してこちらの戦意を挫こうという思惑なのか。
どちらにしろこの状況はこちらにとって好都合だ。
「お久しぶりですな殿下。私はこの通り元気にしておりました。もちろんキピアも元気にしておりますよ」
格好だけは臣下のようにふるまいながら返事をするハンニバル。何故かキピアさんの様子を最後に付け加える。
これはこの場に全く関係ない話のようだが、挑発という意味で必要な事だった。
その言葉にネロは一瞬で怒気を露わにした。
ユリアスの情報通り、ハンニバルとネロが彼女を巡って争っていたというのは本当の事らしい。
「どうやら潰されたいみたいだな。安い挑発だが買ってやるよ!」
そう言うや否やネロは騎馬を駆って一気にハンニバルへと襲い掛かった。
そのあまりの速さにこちらの兵士はもちろんの事、ネロの部下たちも反応できなかった。
しかし、一人だけ反応した男がいる。
ハンニバルだ。
彼はネロの猛攻を凌ぐと不敵に笑った。
馬鹿にされたと思ったのか、ネロの攻撃の手は激しさを増していく。
「お前が俺様と互角に打ち合うなど有りえねぇ!」
そう叫ぶのも無理はない。
ネロの持つ魔紋は『第一級戦士』。
ハンニバルの『第二級戦士』の魔紋では打ち合うどころか、最初の一撃で切り捨てられていないとおかしい力の差がある。
それがここまで戦えているのは魔紋を活性化させておいたからだ。
さすがに第一級の力には及ばないが、数合打ち合う分には何とかなる。
そうして打ち合った後にハンニバルは突然きびすを返して逃げ出した。
逃げ出した方角にはサッカスやサビナといった兵士たちが待機している。
いかにも見え透いた罠だ。
ネロが後を追えば包囲して倒してしまおうという罠。
しかし、ネロは躊躇することなくその罠に飛び込んだ。
「貴様らなんぞがっ、何人いようが蹴散らしてやるぜ!」
それは実力に裏打ちされた自信。
『第一級戦士』の力は並みの兵士では百人掛かりでも抑えきれるものではない。
だから、サッカスとサビナが魔紋から出した捕獲用の網を避ける事もしなかった。
ただ一刀のもとに切り捨ててて、ハンニバルの背に切り掛かろうとする。
しかし、それが命取りになる。
俺の魔紋で活性化しておいたのはハンニバルだけではない。サッカスとサビナの魔紋も活性化しておいたのだ。
切り捨てられるはずだった網はそのままネロの剣に絡まり、そのままネロ本人にも巻きついていく。
「な、何だとっ!こんな馬鹿なっ」
三流悪役のような悪態をつくネロに剣を突きつけるハンニバル。
そのままネロの部下達の方を向いて降伏を勧める。
将軍であり、王子でもあるネロを人質に取れれてなおも戦おうという者は一人もいなかった。
「お疲れ様です。ハンニバルさん」
戦場を一望できる林の中から出て、肩の荷が降りた警備隊長にねぎらいの言葉をかける。
彼は顔に似合わない笑顔を見せた後、手放しで俺たちを誉めた。
それを見たネロがいぶかしげな視線を投げかけてくる。
「今回の作戦はこの二人の立案でして」
「こんなものが作戦なもんかっ!俺の予想以上にお前たちが強かっただけじゃねぇか」
「その通りです。その油断を利用させてもらいました」
今回の作戦の肝はこのネロという将が事前にこちらの戦力を把握しているという点だった。
ネロとハンニバルはキピアを奪い合った仲というだけでなく、かつては部隊長と副官という間柄でもあったらしい。
当然お互いの実力も、部下たちの能力も知り尽くしている。
だからこそ彼はこちらの見え透いた罠にかかった。
たやすく破れるとこちらの実力を評価していたからだ。
しかし、その実力は俺の魔紋の力で大きく底上げさせていた。
彼が破る事ができないほどに。
「貴方がこちらの実力を正確に勘違いしてくれて助かりました」
俺の皮肉と賞賛が半分ずつこもった言葉にネロはそっぽを向いて答えた。
「さて、それじゃあ、一番の難問を解決しないとね」
後処理をハンニバルとその部下たちに任せて、俺はユリアスに頼んで馬の背に乗る。
もちろん手綱を取るのはユリアスで、俺はその腰にしがみつくだけだ。
「一番の難問って何だい?」
「平和的にこの国を乗っ取るにはどうしたらいいかと思ってね」
「・・・・・・」
ユリアスは押し黙ってしまったが、俺にはその答えが分かっていた。
後はその答えをこの国の人たちにどう納得させるかということだった。