騒動の理由
「それで、敵の数はどれくらいだ?」
「こちらの三倍、およそ300です」
ハンニバル警備隊長の声にサビナが答える。
どちらも緊迫した様子でのやり取りだ。その後もいくつかの質問をし、他の部下たちに指示を出していくハンニバル。ただでさえ恐ろしい顔なのに余計に凄味が付いてて、部下のみなさんが委縮してしまわないか心配になる。
現在俺たちは馬に乗って夜の領内を移動中である。
先程の宰相とのやりとりからほどなくして、領地の境界線上に武装した集団が発見された。
発見したのはサビナ。
彼女の持つ警備の魔紋には領内に侵入した者を探知する能力があるらしい。
この報告を受けたハンニバルはすぐさまセヴェルス老に相談しようとしたが、セヴェルス老は先ほどの訪問の後心労から床にふせっており、俺とユリアスが事情を話すことになった。
ただし、話をしている時間が惜しいとの事で、警備隊と共に武装集団の対応へと同行。馬上の人となったわけだ。
ちなみに俺は馬になんか乗れないのでユリアスの後ろにしがみついている。情けないと笑ってくれるな。日本人で馬に乗れる奴なんて北海道民くらいだろう。
互いの事情を話したのち、武装集団は国王の差し向けた軍隊だろうと推測。
俺の魔紋でサビナの魔紋を活性化し、再び探知の能力を使った所、はっきりとその正体が国王軍であることが判明した。
ちなみにサビナは探知に集中するためにサッカスの後ろにしがみついている。俺は女の子と同列の扱いかと情けなくなる。
まあ今はその情けなく思う前に目の前の事に集中しよう。
「何が『差し向ける事になるかもしれない』だ、最初から交渉決裂した時のために軍を準備してたんじゃないか」
俺が毒づくとユリアスが首を振った。
「ううん、交渉決裂した時のためというより、むしろ最初から交渉を決裂させる気だったんじゃないかな?」
「どうしてそう思うんだ?」
「オサムは知らないかもしれないけど、実はセヴェルス様は国王から疎まれてるんだ」
それは初耳だ。年貢が厳しいだの、政策が極端だのと色々国王の悪い評判は聞いていたが、セヴェルス老と仲が悪かったとは。やっぱり人気のない王様と人望のある領主というのは上手くいかないものなんだろうか。
「セヴェルス様は国王の兄だからね」
「ええ!?」
その昔、セヴェルス老は王位争いを嫌って王位継承権を放棄。
その後、弟のエウゲニウスが王位に就くが、兄がまだ王位を狙っているのではないかと猜疑の目を向けた。
王位に未練がないことをアピールするために王都を離れこの地の領主となったセヴェルス老。
しかしながら人望厚いセヴェルス老の名声は王都まで届いており、国王は不満を抱いていたらしい。
「なるほど、あの宰相の態度はセヴェルス老に謀反の疑いをかけるためのものだったわけだ」
「まあ、多分そんな所だよ。だからそんなに気にしないで」
俺が今回の一件に責任を感じているのを気遣ってくれたのだろう。
時々思うのだがユリアスは本当に優秀だ。
こういう気遣いもさることながら状況から今回の裏に何があるのかを推測する政治的思考能力もある。
領地管理系の魔紋を持っていないだけでお世話係で終わるにはもったいないくらい。
「でも、そういう火種に火をつけたのはやっぱり俺の仕業なんだよ……」
「それは違うよ……本当は僕のせいなんだ……」
言葉を濁すユリアス。あまりにも小声だったため後半はよく聞き取れなかった。
「とにかく、その軍隊の目的がセヴェルス老を害する事なのは明白だな」
「そういう事ならおとなしくそいつらを通すわけにはいかないな」
俺たちの話を聞いていたハンニバルが好戦的な笑みを浮かべる。
まるで獰猛な獅子のように凶悪な笑み、この人が軍人であることを強く意識させられる。
「頼るようで悪いが、君の魔紋の力があれば国王軍にも対抗できる」
そう、確かに対抗はできるだろう。でもそれでいいのか?
対抗できるといっても敵は三倍近い数、しかも国王直属の精鋭部隊ということだ。
被害はどのくらいになるのか分からない、死傷者だって出るだろう。
そんなことになるくらいなら……
「いっそ僕が捕まれば」
「相手の目的はセヴェルス様だって今君も言ったじゃないか」
ふるふるとユリアスが首を横に振る。
それは分かっている。でも俺を差し出して、国王に謀反の意思はないと言えば、さすがにセヴェルス老に直接手を出す事はないんじゃないだろうか。
何しろ実の兄なんだから。
そう思ってハンニバルのほうを見ると、やっぱり首を横に振られた。
「ユリアスの言う通りだ。それに我々もセヴェルス様も領内に貢献してくれた君を差し出して良しとするような恩知らずではないよ」
俺のしたことを恩に感じると言ってくれるハンニバル。
セヴェルス老も床に伏せりながらも「何も気に病むことはない」と一言だけ言ってくれた。
何て優しい人たちなんだろう。
いきなり現れて「この領地を国一番の領地にしてやる」とか言い出した俺の好きにさせてくれて。
それで俺が調子に乗って国王に目を付けられて、あげくセヴェルス老を追い詰めている。
それでも俺を見捨てようとはしない。
それなら俺も出来るだけのことをしなければいけない。
『第一級国家建国士』を名乗るからには、自分の領土内で死傷者を出すわけにはいかない。
それに、相手が悪い国王であるのなら、以前セヴェルス老に言った「どごぞの悪王を倒して国を乗っ取る」という案が現実味を帯びてきた気がする。
ここは何としても味方はもちろん敵にも被害を与えないでおきたい。
何しろ国を乗っ取った後は味方になる兵士たちだ。
「さて、どうするか」
まずは情報が必要だ。それも俺のたった一つのそれでいて最強の武器を有効に活用するための情報が。そしてその情報を一番的確に俺に教えてくれるのは……
「ユリアス、頼みがある」
「いいよ、何でも言って」
俺はしがみついている腕にぎゅっと力を入れながらその背中に額を押し付けてお願いした。
そうして相棒は何を聞くでもなく俺の力になってくれるのだった。