魔紋発動
一晩立って、俺は決意していた。
俺の魔紋の力は判明した。
「第一級国家建国士」の魔紋。その力は他者の魔紋の活性と育成。
魔紋が地位と能力を決めるこの世界では反則級の力。
この力があればどんな事でも可能だ。
戦士の魔紋を持つ者を集め、その全員に俺の魔紋の力を使えばどうなるか。
あっという間に最強の軍隊の出来上がりだ。
他にも、職人の魔紋を持つ者に使って天才鍛冶師を生み出してもいいし、商人系の魔紋持ちを強化して金を稼がせる、なんてことも出来るだろう。
そんな反則級の魔紋だが問題がある。
まず、いきなり国を作るといっても、どこから手をつけていいのか分からない。
セヴェルス老に言った通り、どこか乗っ取って良さそうな国があればいいのだが、この世界に来たばかりの俺には見当もつかない。
例えそんな国があったとしても、まずは協力してくれる仲間が必要だ。
俺の魔紋の力は俺自身には効かないので、必ず他者の協力が必要となる。
さらにもう一つ問題がある。
魔紋の力は判明したが、具体的にはどのように発動させるか分かっていない。
昨日は触れ合わせただけでセヴェルス老の魔紋を活性化して見せたが、他の魔紋に対しても同じ様に使えるのか試してみなくてはいけない。
育成の能力に関してはまだ何も分かっていないし。
これらの問題をふまえた上で、俺がとるべき行動は一つ。
「この領地をこの国で一番の領地にしてやる!」
そう宣言する俺に「おーっ」と拍手を送るユリアス少年。
場所は屋敷の玄関前だ。
ちなみに、サッカスとサビナの若年警備士コンビも俺の宣言を聞いていたが反応はない。
「それで俺たちはどうしてここに呼び出されたんだ?」
「いつもなら街の見回りの時間なんだけど」
「今の僕の言葉聞いてました?」
「いや聞いてたけど」
「それと私たちが呼び出された関係が分からない」
「なー」「ねー」
二人仲良くはもって首を傾げる。
しかたがない説明しよう。
「僕はしばらくここにお世話になることになったのですが、子供だからといってただ飯を貰うわけにはいきません」
「まあ確かにユリアスも働いてるしな」
「ちょうど『第一級国家建国士』の魔紋もありますので、領地管理のお仕事で雇ってもらえるようセヴェルス様に頼みました」
「『第一級国家建国士』なんて魔紋聞いたことないけどアンタ知ってる?」
「俺に聞くなよ。ユリアスなら知ってるんじゃないか?」
「あの、ごめんなさい、僕も聞いたことないです」
「ああー、こほん」
話が脱線しそうなので、軽く三人の注意を引いて話を続ける。
「『第一級国家建国士』というのはちょっと変わった領主の魔紋だと考えて下さい。
でも僕は使い方に慣れていないので、領地管理のお仕事を通して慣れていこうかと思いまして」
「なるほど。セヴェルス様のお役にも立って、オサム様の経験にもなる、一石二鳥というわけですね」
ユリアス少年が感心したように頷く。
物分かりの良い素直な子のようだ。
でも同年代の子から様付で呼ばれるのはこそばゆいな。
「オサムでいいよ。僕もユリアスって呼ぶから」
「あ、うん、オサム」
「それで領地管理の仕事を手伝わせて貰えることになったのですが、僕はこの領地の事をよく知らないのでユリアスに案内してもらうといいとセヴェルス老から勧められました」
「おお、良かったじゃん」
「はい。それで今から領内を回ろうと思うのですが、子供二人では何かと危ないので、警備の方を頼んだんです」
「それでアタシらが呼ばれたわけね」
納得顔の三人。
俺は元気よく号令を出した。
「それでは、領地巡りへ出発!」
まず最初にやってきたのは郊外の畑だった。
そこで俺たち4人はそろって鍬をふるっている。
「さすが、ユリアスは上手だべなぁ」
農夫のおじさんがユリアスを褒める。
ユリアスは庭師の魔紋も持ってるそうで、こういった畑仕事もお手の物らしい。
「それに引き替え、オサムはだめだめだなぁ」
農夫のおじさんが俺を見て溜息をつく。
仕方ないじゃないか、地球では畑仕事なんてしたことなかったし、第一級国家建国士の魔紋は畑仕事には役に立たないんだから。
だからユリアスもどうフォローしようか悩んでオロオロしなくていいぞ。
これは仕方がないことなんだから。
あと、ゲラゲラ笑ってるサッカスとサビナ、後で覚えてろよ。
俺の「領内で一番困っている場所が見たい」という要望に応えてユリアスが連れてきてくれたのが、この耕作地帯だった。
何でも、国からの年貢の取り立てが年々増えて、農民たちの苦労が増えているというのが目下最大の困りごとらしい。
「でも、僕たち四人が手伝ったところで、あんまり助けにはならないね」
しょんぼりとうな垂れるユリアス。
彼はその身長に対して随分大きな鍬を持っているが、庭師の魔紋の力でそれを軽々とふるっている。
戦士の魔紋の力で身体能力を強化しているサッカス達よりも上手いぐらいだ。
「はっはっはっ、そう気にしなさんな。これはおいら達にしか出来ない仕事だ」
そう言いながら鍬をふるうおじさん。
その鍬を突きたてられた大地が明らかに鍬の刃が当たってない場所まで耕されていく。
そのままザックザックと掘り進めて、耕運機もかくやといわんばかりの効率を鍬一本でだしてみせる。
これが農家の魔紋の力だ。
「確かに俺たち四人が手伝ったところで何の手伝いにもならねぇ」
そう言って鍬を放り出すサッカス。
この世界において農家の魔紋を持つ者と持たない者の作業効率の差は歴然だ。
持たない者が持つ者の手伝いをしても何の役にも立たない。
収穫を増やすためには農家の魔紋を持つ農民が頑張るしかない。
そう考えれば鍬を握っての手伝いなど馬鹿馬鹿しい。
そしてその考えは正しい。
「セヴェルス様も少しでも農家の手伝いが出来たらって、服飾の魔紋持ちの人に農民用の動きやすい服を作らせたりしてるんだけどね」
そうやって農民が頑張りやすい環境を整えるのが領主としてできる限界だろう。
だがここにそんな限界など関係ない反則級の魔紋がある。
俺は湧きあがる興奮を抑えきれずにいた。
「おじさん、魔紋をちょっと触らせてもらえますか」
「ん、ああ、見てもたいして面白くもない農家の魔紋だど」
おじさんが差し出してきた左手の魔紋。
俺はそれを一瞥して自分の魔紋をそっと触れさせた。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。もういいです」
俺はにっこり笑っておじさんに仕事に戻るようすすめる。
おじさんは苦笑しながら再び鍬をふるいに戻る。
俺がちらっとしか魔紋を見なかったので、やっぱり面白くなかったんだなと考えたのだろう。
「よっこいせ」
おじさんが先程までと変わらぬ様子で鍬を地面に突きたてた瞬間それは起こった。
ドドドドというくぐもった音とともに一畳ほどの広さの土が盛り上がり、ひっくり返ってかき混ぜられる。
自分のやったことが信じられないかのように立ち尽くすおじさん。
「おじさんスゴーイ。そんなに強い農家の魔紋見たことないよ」
サビナが飛び跳ねながら手をたたく。
ユリアスとサッカスもおおーっと感心したように拍手を送る。
だがおじさんは困り顔だ。
「いや、おらもこんな魔紋の力は初めてだ」
首を捻って自分の魔紋をしげしげと見つめるおじさん。
俺はその姿がおかしくなって思わず笑い声をあげてしまった。
「アハハハハッ。ごめんなさい。それ実は僕の魔紋の力なんです」
驚いて俺を見つめてくるおじさんとユリアスたち。
これは説明しないわけにはいかないな。
俺は自分の魔紋の力が他者の魔紋の力を活性化させる事を話した。
「それが『第一級国家建国士』の魔紋……そんな力見たことも聞いたこともないです」
そりゃそうだろう、何しろ神様からもらった俺だけの魔紋だからな。
もちろんそんな事を言うわけにはいかない。
セヴェルス老は信じてくれたが、それは俺の髪が銀髪だったからだ。
俺の髪が黒く見える人たちには俺が神の御使いだなんて信じてもらえないだろう。
「さて、それではこの耕作地帯の農家の皆さんを集めてもらえますか」
俺の言葉にユリアスははっとする。
素直なだけじゃなく頭の回転も速いようだ。
「この力で農家の皆さんの魔紋を全て活性化すれば、作業効率は格段に上がるはずです。
これで農家の苦労もずっと減るでしょう」
そう、厳しい年貢の取り立てに対して、農家の魔紋を持つ人だけが苦労する必要は無いのだ。
それは農家の魔紋だとか領主の魔紋だとかに縛られた考え。
俺の魔紋の力はそんな括りに縛られない。どんな魔紋にも通用する力なのだから。