魔紋の力
飛び込んできたのは少年だった。
大きな麦わら帽子に軽作業用の仕事着。
今の今まで野良仕事をしていたようで泥だらけだ。
「って、さっきの庭師さん」
どこかで見覚えがあると思ったら、さきほど屋敷の庭で見た庭師さんではないか。
小柄なのもそのはず、少年だったとは。
「おおユリアス。そんなに慌ててどうしたのじゃ」
「いえ、庭の手入れをしていたら、窓越しに凄い光が見えたものですから、心配になって」
「なに、年甲斐もなく魔紋の力を使い過ぎただけじゃ、心配には及ばぬ」
鑑定結果の映像を消して、にこやかに笑うセヴェルス。
孫を見るおじいちゃんみたいだ。
「さて、長旅の後でしてな、少々疲れてしまいました。
後のお世話はこのユリアスに任せたいと思いますが、最後に一つだけお聞かせ願いたい」
「はい、何でしょうか」
「貴方様は国を作るためにこの世界にいらした。それでは、どこに国を作るおつもりですかな」
「それはもちろん……」
一瞬、未開の大地に旗を立てて「国をつくるぞー」と雄たけびを上げる自分を想像した。
いや、何だか違うな。
「どこか悪逆非道な国家を懲らしめて、そこに新しい国を作ろうかと思います」
するとセヴェルスは悲しそうな顔をした。
「どのような酷い国でも、そこに住まう者にとっては唯一無二の故郷です。
どうかそれを覚えておいて下さい」
そう言って一礼すると、傍らのユリアス少年に何事か言い含めて部屋を出ていった。
代わりとばかりにユリアスが軽く魔紋を見せて挨拶してきた。
「初めまして、セヴェルス様のお世話係のユリアスと言います」
「どうも、国木修と言います」
「しばらくお泊りになるとの事なので、屋敷の中を案内させてもらおうかと思いますが」
そう言って促してくるユリアスに連れられて部屋を出る。
俺が泊まる部屋だとか、食堂とかを案内されてるうちに広い中庭に出た。
そこでは数人の兵士たちが訓練をしていた。
その中に見知った顔を見つけて俺は声を掛ける。
「ハンニバルさん」
「おお、坊主。話は終わったのか」
「はい。しばらくここに厄介になることになりました」
「そうかそうか、まあ家族も直に見つかるだろう」
そう言って安心したかのように笑うハンニバル。
うん、やっぱり顔は怖い。けどいい人だ。
そう言えば戦闘系の魔紋の力ってどんななんだろうか。
「ハンニバルさんの魔紋の力ってどんななのか見せてもらってもいいですか」
俺のお願いにニヤリと笑うハンニバル。
「いいぞ。おいお前らちょっと揉んでやるからかかってこい」
ハンニバルが声を掛けると、若い兵士たちが「ゲー」という声を出しながら半円状に彼を取り囲む。
そうして一番若い兵士が切りかかるのを合図に全員がハンニバルに襲い掛かる。
しかし、そこからのハンニバルの動きは尋常ではなかった。
最初に切り掛かった兵士と二合ばかり打ち合った後、彼を突き飛ばし襲い掛かる兵士たちにぶつけて包囲の輪を乱れさせると、そこから次々と兵士を叩き伏せていく。
しばらく後には全員が地面に伸びていた。
「俺の魔紋の力は身体能力の強化だ。まあ、ありふれた能力だから見てもつまらなかったかもしれないな」
「ありふれたって、隊長の魔紋第一級じゃないですか、俺たちせいぜい三級なのに敵うわけないですよー」
最初に切りかかって突き飛ばされた兵士がブーたれる。
ハンニバルは厳つい顔をしてそれに何か言おうとしたが、横合いからの言葉に遮られた。
「何言ってるの!サッカスの鍛錬が足りないからすぐにやられたんでしょ。今の隊長、二級相当の力しか使ってなかったわよ」
他の兵士と同様の鎧を着た女の子が仁王立ちしていた。
髪はショートカットの栗毛で、ちょっと男の子っぽい雰囲気だが、大きな瞳や僅かに膨らんだ胸元が女の子であることを証明している。
「今ごろ来て何言うんだよサビナ。お前が居れば俺の魔紋の力も使えたのによぉ」
「うるさいっ!私だって訓練に参加したかったけど、誰かさんがお腹すかして飯の催促してくるから、キピアさんの手伝いにいってたんでしょう」
そういう彼女の後ろには二人の女性がいた。
一人は街中で俺に抱きついてきた女性だ。いつの間にかユリアス少年が捕まってハグされている。
もう一人は知らない女性だ。
ひどく小柄で、童顔だが、長い三つ編みを頭の後ろで束ねて動きやすくしているため、キビキビした印象だ。
メイド服を着ているというのもその印象に拍車をかけている。
「こ、これはキピアさん、すみません屋敷付きの貴女に我々のお昼をお願いしてしまって」
「いえ、いいんですよ。それよりハンニバルさんはオリーブ漬けのサーモンがお好きでしたでしょ、今日はパンにはさんでサンドイッチにしましたから、たくさん召し上がって下さいね」
「こ、光栄です。私の好物を覚えていて下さったとは」
何というしまりのない顔だろうか。
ハンニバルはさきほどの厳つい顔が嘘のようにデレデレしている。
キピアさんと呼ばれた女性もニコニコしながらサンドイッチの入ったバスケットを差し出しているので、満更でもないのかもしれないが。
「よしっ、全員訓練はここまでにして昼飯をいただこう」
その声に兵士たちは嬉しそうな声を上げた。
そのまま地面に座り込んで、配られたサンドイッチをほおばり始める。
女性陣はシートのようなものを敷いてそこに座って一緒に食事を始めた。
ユリアス少年を捕まえていた女性が、こっちに来いと手招きしたので少し身の危険を感じながらも応じることにした。
「どうだった伯父様の兵士たちは、なかなかのものだろう」
「ええ、特にハンニバルさんの魔紋の力は凄いですね。あんな風に人間が動けるなんて信じられません」
「第一級戦士の魔紋の持ち主は国中を探しても五人といないからな。
あのレベルになると三級以下の魔紋持ちでは百人は連れて来ないと相手にならない」
「魔紋の位が違うだけでそんなに違うものなんですか?」
「あたり前だ。級が一つ違えばその差は歴然だ。警備隊長という役職で終わらせるのはもったいないくらいの魔紋だぞ」
「そんな級になるまでは相当訓練したんでしょうね」
「何を言ってるんだ。魔紋は生まれついてのものだぞ。訓練でどうにかなるわけないだろう」
「え―――」
生まれつき?訓練で変わることはない?
「それじゃあ彼らは何の為に訓練してるんですか?」
「どんなに優れた魔紋を持っていても、使いこなせるかどうかは別だからな」
「でも魔紋の力自体は変わらない。だったらその差が覆ることはないんでしょう」
「魔紋によって決められた差を覆そうとしてどうする。
定められた能力の中で精一杯努力すればいいんだ」
その時俺はセヴェルス老が言っていた言葉の意味を悟った。
「魔紋はその人の地位と能力そのもの」確かにその通りだ。
この世界では魔紋の力は絶大だ。しかもそれが生まれた時から死ぬまで不可変なのだとしたら、与えられた魔紋に定められた地位につくしかない。もし自分が持つ魔紋以上の地位に就いても能力がなくて何も出来ない。
そして俺はもう一つ重大な事に気が付いた。
俺の「第一級国家建国士」の魔紋の力は他者の魔紋の活性と育成だ。
この力の影響を受けたセヴェルス老の魔紋は通常では有り得ない能力を発揮した。
不可変なはずの魔紋の力を活性化して上げたのだ。
しかも、育成の力もあるという。
育成ということは魔紋の力を活性化してなおかつ恒常的にその状態を維持できるという事ではないか。
それは魔紋を書き換えてるのと変わらない。
魔紋が人の全てを決めるこの世界で、この能力は反則以外の何物でもない。