銀髪と魔紋
こうして異世界に転生したからには、厳密には他の身体に移り替わったのだが、何かしらの能力が与えれているはずだ。
身体能力の向上か、天才的魔法の才能か。
あの少年は国を作ってみないかと言っていた。国を作れるほどの能力ともなれば凄まじいものに違いない。
まずはステータス画面を開いてっと。
「あれっ?」
ステータス画面ってどうやって開くんだ?
頭の中で思い浮かべようとしても何も浮かんでこない。
目を凝らしてみても何も見えないし。
俺がうんうん唸っていると男が呆れたように溜息をついた。
「ああ分かった分かった。そんな困った顔しなくていいからな。俺と来い、お家ちゃんと探してやるからな」
男はそう言うと俺の手をつかんで歩き出した。
俺はどうにかして自分の能力を確認しようと夢中で、されるがままについて行く。
しばらくのち、俺はもうステータス画面を開くのを諦めていた。
異世界といっても、どうやらゲームの様な仕様にはなっていないらしい、という考えに至ったからだ。
こうなるとどうやって能力を確認するかが問題だ。
まさか何の能力も無しに転生させられたというわけではないだろう。
能力が分かるまで、とりあえずこの親切な男の世話になるしかない。
そう言えば名前を知らないな。
「あの小父さん、僕、国木修と言います。小父さんの名前を教えてもらってもいいですか?」
名前を聞くときはまず自分から、礼儀正しく、できるだけ好印象を与えるように尋ねる。
すると男は変身ヒーローのポーズのように左手の甲を見せつけてきた。
そこには男の顔と同じ様に複雑な刺青が彫られている。
「俺の名前はハンニバル。この街の警備隊長をしている」
警備隊長か、どうりで親切なわけだ。
迷子のお家を探すのも職務の一環なのだろう。
「オサムかぁ、名前からして他所から来た迷子かな。この辺じゃ見ない風貌だし」
「そんなに珍しいですか?」
まあ確かに可愛らしい顔をした少年だったとは思うが、今は自分の顔だ。
鏡でもないと確認できない。
「黒髪っていうのはこの辺じゃまず見かけん、魔族だとか東方人に多いがこの辺には少ないからな。
オサムは東方人かな、それにしてはやけに肌の色が白いが」
黒髪?確か少年の髪は銀色だったはずだ。
ちょっと引っ張って確認してみるが、ほらやっぱり銀髪じゃないか。
どういう事だ?このおっさんには黒髪に見えてるのか?
「東方人の旅商人の息子ってとこか、ちょっと魔紋を見せてもらえるか」
ハンニバルのおっさんはまた先ほどの変身ポーズをとって、手の甲の刺青を見せてきた。
どうやらこの刺青は魔紋というらしい。
何かしら証明書のような役割があるのかもしれない。
俺もおっさんと同じ様にして手の甲の魔紋を見せる。
「うーん、商人系ではなさそうだなぁ。どちらかというと職人系に見えるが、こんな複雑で大きいのは見たことが無い。位も高そうだし、どこかの貴族の坊ちゃんなのか……」
「へえ、そういうのが分かるものなんですね」
「まあ、仕事柄いろんな奴の魔紋を見てるからな。しかし君みたいな珍しい魔紋となると詳しくわからないし、本職の魔紋鑑定士に見せたほうがいいかもしれん」
能力が確認できない問題は何とかなりそうな気がしてきた。
おそらくこの魔紋がステータス確認画面の代わりなんだろう。
それなりの知識がないと判別できないのは不便だが、少なくとも手探りで能力確認をしなくて済みそうなので良しとする。
「詰所には鑑定のできる人がいるんですか?」
俺の問いかけにハンニバルはちょっとばつが悪そうな顔をした。
「さすがに魔紋の鑑定ができるやつはいないな。それと、あー、今向かってるのは詰所じゃない。」
「詰所じゃない?」
「ちょっとお迎えしなきゃならん方がいてな。街門のほうに先に行かせてくれ。その後できちんと坊主の家族は探してやるから。すまんな」
どうやら仕事の途中で困ってる俺を見つけて放って置けなかったらしい。
しかしそうなると、この親切な小父さんの仕事の邪魔になるんじゃないかな。
そろそろ門らしきものが見えてきたし。
お迎えの仕事の間だけでも離れていたほうがいいかも知れない。
俺は困り顔でハンニバルの顔を見上げる。
「あの、それなら僕一人で詰所まで行きますから。
偉い人のお迎えに子供連れだとまずいですよね」
「それなら問題はない。相手は何と言っても……」
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ、この変態がぁぁぁぁっ!」
「どぶしっ!」
「ええっ!?」
俺の目の前で飛び蹴りをくらったハンニバルは、身体をくの字に曲げて吹っ飛んでいった。
代わりに俺の前に立ったのは美人な女性。
年の頃は転生前の俺と同じくらいだろうか、ちょっと赤味がかった茶髪と釣り上った目が気の強そうな印象を与える。
「こんなかわいい子を困らせるなんて、警備隊長の名が泣くわよハンニバルっ」
倒れて苦悶にうめく彼にそう言い捨てて、女性はこちらに顔を向ける。
すとんと腰を下ろして目線を俺と合わせると、先ほどまでの剣幕が嘘のような笑顔を向けてきた。
「ごめんね僕。小父さん怖かったでしょう。でも顔が怖いだけで悪い人じゃないから許してあげてね」
「う、うん」
「悪い人じゃないと分かってて俺を蹴り飛ばしたんですか姫様」
俺は素直に頷く。
ハンニバルが何か恨み言を言っているが、目の前の女性も無視しているので俺も聞かなかったことにしておく。
「それよりこの子どうしたの。とうとうキピアを口説き落とすのに成功したのかしら」
「いや、その、それはまだですが」
「その顔で頬染めても可愛くも何ともないわよ。こっちにきてから5年もたつのに、まだプロポーズもしてないなんて呆れるわ。もうこの位のかわいい子供がいてもおかしくない年なのに」
彼女がぎゅっと俺を抱きしめてくる。
何だかとても柔らかいし、いい香りがする。
いやこれそうとう恥ずかしいぞ。
子供の身体といっても女性に抱きつかれるのは恥ずかしい。
「ああ、可愛いわねこの子。頬なんか染めて、照れてるのね」
「すまんなオサム。姫様は大が付くほど小さな子供好きなのだ」
なるほど。だから迷子の俺を連れてきても何の問題も無いと。
むしろ、迷子の子供を放ってお迎えにきたりしたら、この姫様の怒りを買いかねないな。
結局飛び蹴りをくらったけど。
「そうよ。子供は可愛いわ。まさに天使。私の癒し。
だから貴方もさっさとキピアを口説き落として、子供の十人や二十人作りなさい」
「そんな言い方されたら姫様の為に彼女を口説くみたいじゃないですかっ!」
びしっとハンニバルを指さして命令する姫様。
ハンニバルも言い返してはいるが、口説き落とす事と子供の数には反対じゃないのか?
そんな事を考えていると、門のほうから鎧を着た兵士が数人やってきた。
そうして街の人を誘導して道を空けると、門に止まっていた馬車から一人の老人を降ろす。
老人はゆっくりと俺たちの前まで歩いてきた。
「これこれ、何をそんなに騒いでおる。街の人が見ているではないか」
「ごめんなさい伯父様」
騒がしかった姫様がしおらしくお辞儀をする。
ハンニバル警備隊長も膝を突いて頭を垂れている。
どうやら相当偉い人らしい。
どうしよう、俺もとりあえず頭を下げてたほうがいいのかな。
なんだかじっと老人が俺を見つめているし。
「なあミネアや、この子の髪は何色に見えるかのう」
唐突に老人は姫様に向かって尋ねた。
「何色?普通の黒髪に見えますけど」
「そうか、お前には黒く見えるか」
もう一度俺をじっと見つめる老人。
すっと左手を挙げて魔紋を見せてくる。
そうしてゆっくりと俺の左手を取ると、ちらっと俺の魔紋に目を向ける。
そうして納得したかのようにうなずくと、俺の目をみて言った。
「ようこそ貴き御方」