魔紋なき王
第一印象はネズミだった。
顔が似ているというわけではない。ただ落ち着きなくあっちを見、こっちを見とする様がそう思わせたのだ。
そんな不躾なことを考えていると、当のネズミ……じゃなかった、エウゲニウス王はネポスに向かって問いかけた。
「こやつが巷を騒がせている詐欺師であるか?ただの子供にしか見えんがのう」
「そう思われるのも無理はありません。私も最初は騙されました」
いや、俺は騙してないよ。騙したのはそっちでしょ?
俺の目線での抗議を無視してネポスは言葉を続ける。
「やはり、王の目にも普通の子供に見えますか?」
「むむむ、まあ見た目は普通の子供であるが、儂の目はごまかせんぞ。この生意気そうな目は確かに小狡い事を考えていそうじゃ」
「はい、見た目は普通です」
「うむ」
「髪もどこにでもいるような黒髪ですし」
「うむ」
おい、この王様綺麗に誘導尋問にひっかかりやがったぞ。
これでこいつに王たる資格がないという確証がもてた。
後はそれをどうやって証明するかが問題だ。
「俺の髪が銀色に見えないのが証拠だ」と言っても、実際に銀色に見えるのはセヴェルス老とユリアスだけだからな。ちゃんと他の人にもはっきり分かる形で証明しなくてはいけない。
ここは闘技場が一望できる貴賓室。
下からの騒々しさが伝わってくるが、どこかそれは遠くのものに聞こえる。
ネポスの手引きで、俺とユリアスはここに連れて来られた。どうやら王様の趣味は闘技観戦らしい。
この場にいるのは俺とユリウス、それにネポスとエウゲニウス王の4人だけだ。
王様にしては不用心すぎる気もするが、相手が子供二人、しかも婿養子である宰相が一緒だから安心しているのだろう。
ちなみに宰相は、あのネロの父親だけあって『第二級戦士』の魔紋持ちだしな。
「それで、セヴェルスではなく儂のために働くつもりはあるか?」
王様が質問というよりは確認をとるように聞いてくる。
まあ、こうして捕まったら普通は従わざるを得ないよなぁ。
でも残念、実は捕まったふりをしているだけだし、あんたじゃ俺を従えるには役者不足だよ。
だから言ってやる。
「僕は真実の王のみに仕えます」
「真実の王だと、……それは儂以外におらんぞ」
今、一瞬つかえただろう。気にしている事がばればれだよ偽王様。
王様の横に立っているネポス宰相が口角をつり上げながらお好きにどうぞと身振りでしめしてくる。
どうやら王様が黒だとこの人も確信したらしい。
「それでは、その魔紋。鑑定させていただきます」
俺は隣のユリアスの魔紋をぎゅっと握りしめた。
俺の力は他の誰かが協力してくれなくては何の役にも立たない力だが、こうして力を貸してくれるパートナーがいる。
彼の魔紋を最大限に活性化してやる。どんな嘘も誤魔化しも通用しない鑑定を行えるように。
「お願いします鑑定士様」
「了解しました。『国家建国士』様」
入れ替わって王の眼前に立つユリアス。
その勢いに目に見えてうろたえる王。
「ぶ、無礼であるぞ。ネポス、この者たちを取り押さえろっ」
しかし、何の反応も示さないネポス。
ユリアスはがっしと王様の手首を捕まえると、その魔紋に自らの魔紋を押し付ける。
その瞬間、貴賓室の中に大きな光が広がった。
それはエウゲニウスの持つ魔紋の鑑定結果を視覚化したもの。以前俺の魔紋をセルヴィス老が鑑定し視覚化してくれたものと同じ原理だ。
王の持つ魔紋を一切の誤魔化し無く、誰にでも分かる形で映し出す。
これこそが、王の正体を誰の目にも明らかな形で暴露する方法。
そして、しかしというか、やはりというか、そこに王の魔紋は存在しなかった。
「これは、どういう事ですかな?お義父上」
問い詰めるネポス宰相に己の命運が尽きたのを感じ取ったのだろう。
エウゲニウスは、自らに『王の魔紋』が無かった事、それでも王になりたかった彼は眼晦ましの魔紋でもってその手に王の魔紋があるかのように皆を騙し続けてきた事を白状した。