宰相の真意
「それで、私に王の秘密を探る手引きをしろと言うのかね」
前に会った時と変わらない……と言っても一昨日会ったばかりなんだが、微笑みを湛えながら男は、ユリアス、俺という順番で視線を向けてきた。
「まあ、貴方が一番適任かと思うんです」
今回の計画を考えたのが、ユリアスではなく俺だという事を「分かっている」と視線だけで語っていやがる。
でも話が早いのは助かるので、ユリアスは下がらせておいて、1対1で対峙する。
「確かに私なら能力的には問題無いが、立場的に問題が有りすぎるね」
「的確にご自分の立場を理解していらっしゃるようですね。ただこの際、貴方の能力うんぬんではなく、貴方の持つ立場だけが重要なんですよ」
この前みたいに向こうのペースで話を進められては敵わない、という思いがあるので、どうしても言葉に棘が出てしまう。
「なるほど、私の肩書きだけが目当てとは、悲しいな」
「本当に悲しいなら、そのつり上った口角を少しは下げてみせてほしいものです。宰相閣下」
その、俺に王都まで出頭するように命じ、結局、国王軍を派遣する口実をねじ込んでいった男、ネポス宰相閣下は唇の端をつり上げて、一見、邪気がないように見える笑みを浮かべた。
いや、前回その笑みにだまされてペースを握られたんだから。気をつけろ俺。
まあ、余裕だけは負けないように、こちらも笑みを湛えて見返しておく。
「すまないね、どうも私は人から誤解を受けやすい性質のようでね」
「あなたがわざと誤解させているんじゃないかと思うんですが」
思うというか確信している。この男は誰でも彼でも人を欺いて今の地位に就いているに違いない。
「しかし君は、私が王を裏切るような計画に手を貸すと思ったのかね」
まあ、普通は思わないだろうな、何せこの人は今回の事件での王様の代理人みたいなものだ。
「誤解をさせてしまって申し訳ないが、君の計画に手を貸すわけにはいかないな。私はこの国の宰相だよ?」
だけど代理人が王様と同じ考えで動いているとは限らない。大体、普通は王様と宰相なんてものは仲が悪いものだと相場が決まっている。
まあ、この国ではちょっと違うかもしれない。
こいつはエウゲニウス王の娘と結婚しており、婿養子という立場にある。宰相という地位は王の婿養子という立場で得たものなのだ。彼の後ろ盾はエウゲニウス王であり、何らかの理由で王が失脚でもしようものならば自分の立場が危うくなる。
だから、普通に考えればこの人が俺たちの計画に手を貸すことは有り得ない。
ただし……
「あなたが宰相という立場よりももっと大事にしているものがあれば、そういう事もあるんじゃないかと」
「息子を人質にとるつもりかい?無駄だよ、私はあれを一軍の将として扱っている」
「……?」
「……」
それまでの緊迫した雰囲気のなかをちょっと天使が横切っていった。
「知らなかったのかね、ネロは私の息子だよ」
そういう事か、俺は納得すると同時に腹立たしく思った。俺が人質をとって脅すような三流の悪党だとでも?
悪態をつきたい気分に駆られながらも、ここからが交渉の正念場だとぐっと呑み込む。
「そういうのは好みじゃないんで、脅迫材料としてはもっと大きなものです」
「私自身の事だから良く分かるが、王を裏切るほどに大切なものは私にはないよ」
「……たとえば、この国自体だとしても?」
「……」
「……」
またしても緊迫した雰囲気が凍りつく。しかし今度のこれは先ほどのような間の抜けた空気を孕んではいない。より緊迫したお互いの心理の読み合いだ。
数瞬のうちに互いの心理を読み合った後、先に口を開いたのは宰相のほうだった。
「嬉しいよ。そういう国を想う会話を若者と出来るのはね」
「僕も嬉しいです。宰相閣下が真に国を想う方であって」
この人は国王の腰巾着だと周囲から思われている。そりゃそうだ、立場的にいってそうであるのが自然だし、本人もそうと誤解されるように動いているのだから。
でも実際はそうではない。ユリアスに調べてもらってわかった事だが、この人は王の命令を忠実に実行しているわけではなかった。
エウゲニウス王はあまり有能な王とは言い難く、その政策も失策が多い。しかし、この国がなんとか立ち行きできているのは、宰相がことごとくそのフォローをしているからだ。
「貴方が宰相という地位を守るのは、その地位にいなければ国を守ることが出来ないから。逆に言えば、国を守ることが出来るのなら、貴方は喜んでその地位を捨てると踏んだのですが」
「なるほど、確かに王がその資格たる魔紋を持っておられなければ、内戦が起きる間もなくその王位は資格ある者、セヴェルス殿かそこのユリアス君に譲られる」
ここまで来ても宰相は王を裏切るとはっきり明言しない。
言質をとられてしまうことを警戒しているのだろう、気持ちは分からなくはない。
なにしろこの人は一人でこの国を守っているつもりなのだろうし、実際にそうであることは否定できない。もし、この人が宰相という地位を追われたら、この国は滅亡してしまうかもしれない。
王を疑って、もしそうでなかったとなったら、いくらなんでも罪に問われるだろう。そんな危険を冒す人ではないのだ。
「その賭けは危険すぎる。伸るわけにはいかない。何しろ賭けの対象はこの国の未来だからね」
そう、この人は安易に動くわけにはいかない立場だ。
だから、そんな彼の後押しをするべく……
「残念だが、不幸な誤解から相談に来た君たちを、私は王に突きださなくてはいけないわけだ」
「不幸な誤解ですか……」
告げようとした言葉を先に言われてしまい、俺は苦笑するしかなかった。
彼は王の忠臣らしく、俺たちを王の眼前に突き出す。
そこで俺たちは王の秘密を探り、王たる魔紋を持っていなければ、王を追放し新たな王を建てる。
もし、王がその魔紋を持っていれば彼は俺たちを処刑して、そのまま宰相としてこの国を支えていく。
最も安全でリスクの少ない計画だ。
この人にとっては。
俺たちにとっては首を刎ねられるリスクをおっているわけだが。この賭けに負ける可能性は考えていない。
「それでは縄で縛って連行して頂けますか。宰相閣下」
自分の計画に絶対の自信がある俺は、その自信を態度に表してみせる。
この計画は彼を口説き落としたこの時点で勝ちが決まったようなものなのだ。