王の魔紋
夜が明けようとしていた。
しかしまだ外の明かりは薄暗く、室内には小さなランプの明かりが灯されている。
国王軍を捕縛した後しばらくして、俺はセルヴィス老の寝室に居た。
「こんなに朝早くに申し訳ありません」
セルヴィス老に頭を下げる。
「しかし、ご老体の心労を急いで解決して差し上げたいと思いまして」
「ワシの心労なら気にせんでくだされ」
そう言って優しい笑みをくれる。
「今回の件ももとはと言えば儂が原因じゃしのう」
この老人はいつも誰かの為に自分を殺す優しい人だ。
だから弟に王位を譲って争いを避けるような事をしたのだろう。
でもそれは間違った選択だ。
「酷な言い方ですが、その通りだと思います」
「そんな言い方!」
「だから、責任をとってもらえませんか?」
俺の言葉に普段温厚なユリアスが眦を決するが、俺はそれを気にせず言葉を続ける。
「責任とは?」
「新しい王になってください」
「それはできんよ、そんなこと弟が、エウゲニウス王がお許しになるはずもない。内戦になる」
「普通ならそうだと思います」
怪訝な顔でこちらを見るセルヴェス老。俺はちょっと得意げに話を続ける。
「エウゲニウス王が王たる魔紋を持っていないとしたらどうですか?」
この世界では魔紋が全ての人の人生を決める。それは王様だって例外ではない。
だから王たる魔紋を持っていない者が王座に座り続ける事など誰も認めはしない。
「何を馬鹿な事をおっしゃっるのですか、そんな事あるはずがありませぬ」
「先ほど捕虜にしたネロ王子には王たる魔紋がありませんでした」
「孫が王の魔紋を持っていないからと言ってエウゲニウスもそうであるとするのはあまりに早計、王の子といえども必ずしも王の魔紋があるわけでは御座いません。王の魔紋はそれを持つにふさわしい者に現れます。」
「そうです王の魔紋を持つにふさわしい跡継ぎが他にいるからです。ね、ユリアス」
突然話を振られたユリアスは別段驚いた様子を見せることはなかった。
なかなかどうしてポーカーフェイスが上手い。
「僕の髪は何色に見えるかな?」
「とても綺麗な……銀髪です」
ポーカーフェイスは上手いが嘘をつくのは苦手、というよりここで嘘をついてもしょうがないと考えたのだろう。
「君はセヴェルス老の実子で王の魔紋を持っている。間違いないね?」
俺の言葉に頷くユリアス。
「それじゃあ君が次の王様だ」
その言葉をユリアスは黙って聞いていた。
そんな態度にはお構いなしに俺は言葉を続ける。
「良かったですねセルヴェス老、安心して後は任せてください」
寝台に横たわる老人は、かけられた言葉に一瞬呆きれ顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「こうなっては仕方ありませんの。すべては魔紋の導きのままに」
そう言って再び眠りにつく老人を残して俺はユリアスと部屋を出た。
「ところで、エウゲニウス王が『王の魔紋』を持っていないというのは、状況的には確率が高いけど。証拠は何もないよね。どうやって確かめるの?」
「君に聞いたのと同じ事を聞くさ『僕の髪は何色に見えますか』ってね」
「そこまで無事に辿り着くのがむずかしいよ。もし上手くいって確かめられたとしても口封じに殺されかねないし」
「それについて一人頼りになりそうな人を知ってるんだ。お願いしてみるよ」