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モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~  作者: たまり
◇二章 こんな日は屋上でお弁当を
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 2章の2 炸裂、無手勝流・裏表!

「大変! 天乃羽くん!」


 声の主はすぐ分った。クラス委員長の()花里(かり)さんだった。


 クラスのアイドル的存在は小走りでも様になる、なんといっても胸が揺れてる。


「は、はいっ?」


 凛とした声に名指しで呼ばれて、僕は脊髄反射で席から立ち上がった。


「教室の前で下級生と上級生がモメてるのです。他の女子達が先生を呼びに行ったのですが、とりあえず来てほしいのです!」


「な……、何で僕?」


 荒事(・・)専門スタッフは他に居るよね? クラスの元気印の井坂とか、スポーツ万能の田代とか、格闘技好きの藤原とか……いわゆるイケてるクラス序列(ヒエラルキー)上位の男子達。

 だけど教室を見まわすと、そいつらは元々元気が有り余ってるわけで、とっくに買出しに飛び出してしまっていた。


 他にも男子は何人か居るけれど、机を並べてTCGのカード交換に興じている佐々木達、エネルギー節約中を決め込んで寝混んでいる森田、本の世界に浸かっている様子の影村。

 確かに頼りになりそうな男子が居ない。


「消去法ですか……」

「だね」


 僕のつぶやきに、優菜も納得したように頷く。

 教室に飛び込んでくると同時に、戦闘力ランク(?)で判断を下すという状況分析能力は流石クラス委員長というべきか。


「天乃羽くん、おねがいなのです!」

「上級生とのモメ事なんて関わりたくないけど、弥花里さんの頼みとあれば」


 僕は立ちあがった。隣では優菜が腕まくりをして『アップ始めました』状態だ。


「いや!? 優菜はそこ動くなよ?」

「アキラが()られたら次、まかせてっ!」

「僕がやられる前提かよ!?」


 ビッ! と親指を立てる優菜。幼馴染の笑顔が今はとっても腹立たしい。


 血の気の多い筋肉質な幼馴染をなんとか制して、僕は弥花里さんの後に続いた。


「優菜ちゃんを危険な目に合わせたくないっていう、愛なのですね?」

「違います!」


 弥花里さんも絡みにくい人だなぁ。

 そして教室のドアか廊下に飛び出すと、その光景が目に飛び込んできた。


 明らかにガラと頭の悪そうな、身の丈六尺を越える三年生が、小柄な一年生に絡んで何やら叫んでいる。

 見上げるように大きい筋肉の塊のような体躯、そして鋭い目付き。平和な21世紀の学校では、今や「絶滅危惧種」と陰口を叩かれる昭和的「番長」の鬼首(おにこうべ)先輩だ。


「ナントカ言えや、クラァ! シャアア!」


 知性と無縁の叫び声が廊下に響く。僕は先行した弥花里さんの手を掴んで止める。


「や・ば・いですよ! 相手が悪いですって」

「でも、ほっとけないのです!」


 弥花里さんが真っ直ぐで曇りのない瞳で僕を見つめる。とはいえ、あの凶悪な先輩に関わったら無事じゃすまないだろう。


「ア? クラテメ、どうすんだっぺァア!?」


 人外の言語を叫びながら、二回りも小柄な一年生を壁際に追い詰め威圧している。床には落ちて潰れたやきそばパンが転がっている。

 鬼首先輩が買ったものに、不運な一年生がぶつかって落ちてしまった、といったところだろうか?


「…………っ、すみません」


 一年生は涙目で必死に謝りながら、恐怖に怯え俯いている。そして手に持った包みを守るようにぎゅっと抱きしめて、


 ――って、あの一年生!


「美波!?」


 思わず叫び、僕は飛び出していた。


 美少女のように整った顔立ちと大きな瞳がはっとこちらを向く。間違いない。昨日僕に告白をしてきた――美波だった。


「あ、天乃羽せんぱい!?」


 まるでヒーローのようなタイミングで登場した僕に、美波は驚きと喜びの入り混じった表情を向ける。


「あ? なんじゃゴルァ? 二年がぁ?」

「え、えぇ!?」


 僕は勢い飛び出す形で、悪漢に絡まれている美少女(?)の間に割って入ってしまった格好だ。


 間近でみる鬼頭先輩は圧倒的な巨大さだ。人間じゃない。ツンツンに立った髪と悪鬼羅刹のようなギラついた三白眼の視線が僕をブズブズと突き刺す。


 ――無理だ、無理っ!


 既にギブの僕は、教室の入り口にチラリと視線を向けた。そこでは、僕に加勢せんとピコピコ飛び跳ねる優菜を、花里さんが必死で抑えていた。


……幾らなんでも優菜に助けを求めるわけにもいかない、か。


僕は意を決し後ろで怯える美波に、ゆっくりと静かな口調で声をかけた。


「美波、大丈夫?」

「は、はい。でも、ボクが悪いんです……うっかりして」


 華奢な身体が小刻みに震えていた。美波の瞳には涙が滲んでいる。


 その涙を目にした時、身体の奥で熱いものが滾った。


 ……泣かせたのか? こんな大人しくて可愛い子を。


 僕を好きだと慕ってくれた子を目の前にして、知らんぷりなんて出来ない。ぎりっと奥歯をかみしめ、真正面の巨漢の鬼を睨みつける。


「……一年相手に、何やってんですか? 話なら僕が聞きますが」


 ざわ、ざわ……と周囲が色めきたった。

 普段大人しい僕でも、言う時は言いますよ?


「ぁあ? 俺っちのパン、オメーが弁償スンのカッテヨォア?」


 怒気を孕んだ威圧感が僕に向けられる。耳障りな人外言語が不快感を増大させる。

 ビニールに包まれたパンが床に落ちたとしても、食えないわけじゃないだろう。こういう言いがかりの場合、浅ましい別の目的が有るのは明らかだ。


「食べれないわけじゃないですよね?」

「黙れゴルァ! そっちの一年ボウズに話がアンダ、どけやァ」


 太い血管の浮き出た腕が、僕の後ろの美波を掴もうと伸ばされた。


 その瞬間――僕の中で何かが切れた。


「触るな!」


 美波に向けてのばされた腕を反射的に右手で掴み、捻じり上げた。そのまま横に引き倒すように勢いをつけ、時計回りの回転を加える。


「イデ痛ァア!?」


 人間の身体は外側への捻りに意外と脆い。僅かそれだけの動作で赤鬼の巨躯がガクンと崩れて床に片膝をついた。

 僕は捻り上げた手を離さず、鬼頭の肩をギュッと押さえつけ、次の行動を抑止する。


「いッテェエエ!?」


 これぞ親父から学んだ古武術。無手(むて)勝流(かつりゅう)裏表(うらおもて)


 倍近い体格差のある三年生が腕を伸ばした瞬間、僕の僅かな動作で体勢を崩し、片膝をついたのだ。

 その光景に、集まっていたギャラリーや、教室からのぞいている連中から「えっ!?」「何したの!?」「すごい!」という驚きと、どよめきが同時に湧き起こった。


 普段ほとんど空気な僕でもここまでは出来ます。……でもこれ、やっちまったかも。


「うがぁああ! テッメ、離せゴルァ!」

 怒号を孕んだ叫びに、僕はつい掴んでいた手を緩めた。


「は、はは」


「アキラ! 放しちゃだめ!」


 優菜が叫んだ。同じ親父の道場で学んだ『仲間』の叫びが意味することは一つ。


 この技は相手の出鼻、気勢を削ぐだけで後に続く打撃や決め技なんて無い。「我が流派に打撃なし!」という親父の高笑いが頭を過る。


 凶悪な顔が烈火の色を帯びる。人間を越えた第二形態、赤鬼モードだ。


 僕はとっさに美波を庇ったまま後ずさる。こうなったら一発二発食らうのは仕方ない。一発目で倒れれば相手は満足するだろうし時間も稼げる。


 美波はその間に優菜達がなんとかしてくれるはず。とんでもない状況の中、意外に冷静な考えが頭をめぐる。


 ――その時


「天乃羽くん、これ!」


 僕の脳天に響く叫び。そして宙を舞って飛翔する金属体が視界に映る。


 ⅡのBと書かれた掃除用のバケツ!?


 それは弥花里さんが放り投げたものだった。


 ――何故にっ!?


 反射的に受け取ったバケツの『水』を僕は、赤鬼めがけてぶっかけた。もう、思いっきり顔面に。


 鬼首先輩が悲鳴を上げた。周囲からも悲鳴が上がる。けど一番悲鳴を上げたのは僕だ。


「ぎゃ――――――っ!?」

「だばっ! 冷テェエエ!」


 僕は自らの行為に恐怖した。引き倒した揚句、水まで被せたのだ。


 こ、こ、こ、殺される!


 ガラン、という金属音がリノリウムの床に反響する。

 バケツを取り落した僕は、油の切れた機械みたいな動きで、バケツを投げてよこした張本人、弥花里さんに助けを請うような目線を送る。

 弥花里さんと優菜は「グッジョブ!」と会心の笑顔でサムズアップしていた。


 どうすんのこの状況!?


 周囲がしんと静まり返った。ギャラリーたちが、蒼い顔で一歩後退する。


「ぐ……うぐぉおお……」


 地の底から聞こえてくるような呻き声が、廊下に響く。鬼首先輩は、自分に起こったことが信じられない、という表情で、水浸しの廊下からら立ち上がる。噴火前の火山がそのまま立ち上がったような迫力。


 だけど、その顔は意外にも仏様のように穏やかだった。


 先輩が静かにはるか遠くを見透かすような瞳を向ける。それ、怒りが限界を越えて涅槃(ねはん)の彼方に到達した時の顔ですよね? 死んだら僕もそこに行くんですね?


「……冷たいんじゃ」


 拍子抜けするほど静かな声が漏れた。

なんだか様子がおかしい。怒りで気がふれた……のではなく、まるで毒気が抜けたように、脱力感を伴った空気が漂う。


 鬼首先輩が、じいっと僕の瞳を覗きこむ。


「え……何?」


 敵意や殺意とは無縁の、ネットリと熱を帯びた視線。その熱っぽい視線が僕の顔を嘗め回すように這い回る。徐々に背景が赤いバラの絵に切り替わる幻視が見える。


 それはまるで、恋する乙女のような瞳だった。


「ウホッ……ええ男じゃ」


 にじり寄ってくる鬼の距腿と上気した顔。


「おんめぇ(お前)……たまんねーじゃぁ……」


 はぁはぁと息が荒い。僕を見る目線がトロンとしている。


 次の瞬間、ガッシリと猛烈な勢いで手が握られ、ぶんぶんと握手される。

 続いてばんばんっと両肩を叩かれ、ぐりぐりと愛情のこもった抱擁に僕は目を白黒させた。

「な、な、な、なんっ!?」

「ホッ! ホッ! ホゥウーッ! ホウウウッ! アッー! アッー!」


 鬼頭先輩の歓喜と興奮の混じる、野生のオス猿のような奇声が廊下にこだまする。


「うわぁあああわぁあああッ!? や、やめぇえええええ!」


 ま、ま、ま、まさかこれって、鬼頭先輩の愛情表現!?


 突然の愛の抱擁に、身悶える僕の悲惨な叫びが廊下の向こうまで響きわたった。


<つづく>


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