1章の2 モテ期な僕の微妙な修羅場
「アキラ、こんなところで何して…………るぁあアッ――――――――!?」
「げっ!? 優菜!」
溢れる寸前のリビドーに冷や水を浴びせたのは、幼馴染の優菜だった。
――ど、どうしてここが!? 腐れ縁もここまで来ると怖い。
「ななな、何やってんのよっ!?」
優菜は叫びながら僕らの手前でキーッと急制動をかけた。
いい感じに日焼けした健康的な脚が大地を踏みしめ、運動エネルギーを受け止めた靴底が土煙を上げる。制服のスカートと元気よく結ばれたツインテールがふわりと舞う。
そんなダイナミックな動きにもかかわらず、残念サイズの胸はやっぱり揺れない。
「あ、アキラ……その子……誰?」
優菜が目を丸くしながら、ぷるぷると震える指先で美波を指さす。
茜色を帯びた瞳には明らかな動揺と、好奇心が明け透けに浮かんでいる。
「え、あ、この子? 今日知り合った……美波、くん」
「今日知り合って、一体何がどうなってそんなBLな事になってんのよ!」
「な、何もしてないよ!?」
「抱き合いながら言うセリフ!?」
びしりと半ギレで指差す優菜の叫びはもっともだ。怯えたように胸元にしがみつく美波の両肩に手を添えて、ゆっくりと引きはがす。
「いやっ……」
いやって。
美波の顔には悲しい運命に引き裂かれる恋人みたいな表情が浮かんでいる。
優菜が冷たいジト目で僕を睨んでいる。足元でじりっと小石が擦れあう。
次の瞬間、優奈はくるりと軸足でターンしたかと思うと「アキラのば――――か!」という小学生みたいな台詞を残して猛然と駆け出した。
「ちょ!? ちょっとまて! 違ッ、誤解だっ」
「あ、天乃羽せんぱいっ?」
「あ……美波、ゴメン、……ま、またね!」
この場合、いくらなんでも男子とイチャつくという選択肢は無い。
美波をそこに置き去りにし、僕は優菜を追って駆け出した。
大切な幼馴染……だからではなく、逃がしちゃだめなんだ。記憶を消すか確実にヤツの口を封じなければ明日からの僕の学校生活が、確実に終わる!
「また――、逢ってくれますよね?」
背後から明るく弾んだ声が響いて、僕は走りながらくるりと振り返る。
ほんの一瞬、僕は戸惑って、だけど笑顔で、
「友達ってことでね!」
大きな桜の木の下でぽつん、と所在無げに立つ美波に大きく手を振ると、花の咲くような笑みがこぼれた。
僕はそれを見届けると、追撃の足を速めた。
◇
脱兎のごとく逃げた優菜の身柄を確保したのは、校門を出た所だった。
中学時代に女子サッカー部で鍛えていたその脚力は、帰宅部の今も伊達じゃない。
「はぁ……はぁ。 野ウサギかお前はっ」
息も絶え絶えな僕は両膝に手をついて荒い呼吸を整える。
反対に息一つ乱していない優菜が、小さな胸を突き出すように腰に手を当て、僕のほうに向きなおる。燃えるような双眸が僕を睨みつける。
「なによ? 続きはよかったの? ……BLアキラ」
「だっ誰がぼーいずらぶだよ!? 何もしてないってば」
「思いっきり男の子を抱きしめて何もしてないとか、どの口が言うの? これ!?」
ぎゅにっと、二本の指が僕の頬を摘み絞り上げる。
「痛い! いたいいい」
やめて頬が取れる! と飛び退いて、ひりひりする頬をさすると、少し涙が出た。
「あ、あの子に告られて……断ったら泣きだして、急に抱きつかれたんだよ」
「こっ……こ、告られた!?」
優菜の瞳と口がすぽーんと同時にはじけた。
「男同士だし、そういうの無理だって言ったけどさ。でも……友達ならまぁいいか、なんて思っちゃって」
そもそもあんまり友達居ないし、友達が増えるなら別にいいかな、なんて思ったのは正直なところだ。もちろんそれ以上の事を考えたわけじゃない。
「友達ねぇ? なんだか一線を越えた感じで抱き合って、頬に手を添えてたよね?」
「あ……! あれは涙を拭いてあげていただけというか……」
しどろもどろな僕。
「二人の距離感がおかしい! BL本の表紙絵みたいだったけど?」
じぃ、と湿った目つきで僕を見る優菜。
表紙絵とやらがどんなのかよく分からないけど、背中に冷たいものが走る。
「だからちょっと慰めてただけだってば!」
ゆらり、と優菜の瞳に何とも言えない暗闇が宿る。
「くっつき具合がまんざらじゃなかったよね?」
「きゅっっ、急に声のトーンを変えないで」
「質問に答えてよ、アキラ」
「いやその」
優菜が半眼で睨む。妙に迫力のある低い声が結界みたいに空間の位相を変える。
「……可愛い子だったよね。女の子みたいな顔してたし」
「ま、まぁね」
「彼女が出来ないと、そっち方面でもよくなるのかな? カナ?」
「だからそういうのじゃなくて」
「男の子相手にちょっとその気になっちゃった?」
優菜の立て続けの詰問と視線がすごく痛い。痛すぎる。手のひらに汗がじっとりと滲む。
「い、いや、その……」
まるで刑事の取り調べだ。針のむしろのような尋問にしどろもどろになる。
優菜の視線が鋭さを増して、思わず目を逸らす僕。チチチと近くの枝から小鳥が飛び去った。
「このままちゅーしてもいいかも、なんて思った?」
ギクリ。そんな瞬間が……僕にもありました。なんて言えるわけがない。
僕は視線を固定して、眉間に力を入れ力強く答える。
「そ、そ、そんなの、あるわけないだろ!」
「……あったんだ」
「な! な、ないってば!」
――こ、心を読まれた!?
優菜がやれやれと肩をすくめる。
「アキラはね、考えてること全部顔にでちゃうし、まる分かりなの!」
「嘘だッ!?」
思わず自分の顔をバシンと両手で隠す。
「……もういいよ。個人の性癖と趣味趣向はどうしようもないもんね」
優菜は深い溜息をついて、ぷくと膨れた。
驚いたり怒ったり拗ねたりと忙しい。くるくる変わる表情が優菜らしいのだけれど。
それよりも、僕の趣味趣向が『男子好き』で固定されてしまうのはとても心外だ。
意を決し、優菜の正面に真剣な顔で向き直る。
「あのさ誤解しないでよ、これだけは言っておけど……僕が好きなのは」
「えっ?」
優菜の茜色の瞳が大きく瞬いて、慌てた草食動物みたいな顔をする。
「ちゃんと心に決めた事だってある」
「え!? いや……あの、その、心の準備、といいますか……」
何故か照れたように、もじもじしている優菜には構わず、僕は心のうちを叫ぶ。
「おっぱいの大きい女の子が好きなんだ! 断じて男子じゃないッ!」
そう全力で宣言した瞬間、両の頬が物凄い勢いで左右に引っ張られた。肉ごと引きちぎられる勢いで。
「なに? きょにゅうってなに? 美味いの?」
優菜の瞳の光彩が無い。
「ぐひゅぁあ! いたひ、いたたやめて!」
なにこの仕打ち!? 正直に告白しただけなのに!
<つづく>
【さくしゃよりのお知らせ】
明日も夕方19:00ぐらい更新でがんばります!