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モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~  作者: たまり
◇六章 君と僕と、世界の半分と
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 6章の5 最後の闇

 ◇


 親父は舞台中央で大の字に倒れたままだった。僕は胸に張りつけられていた護符をゆっくりと引き剥がした。

 これは僕の力を受信して駆動するというカウンター型の呪符。相手への憑依(あるいは遠隔操作なのか?)を行う恐るべき力を発揮する黒い紙切れは、摘み上げた途端ボロボロと崩れ去った。


「お、親父? い、生きてるか?」

「おぢさんっ!?」


 優菜のサッカーキックで首か骨が折れてる……なんて事を半ば覚悟して、恐々としながら身体を揺さぶった。


 途端にばちーんと目が開く。


「「ひゃっ!?」」


 僕と優菜が同時に後ろに跳びのいた。


「……く……首……」

「お、親父!? 痛いのか! 動くな、今救急車を」


「くっ……首と、肩の……コリが取れた!」


 明るい笑顔でスッキリだ! おぉ? と叫びながら上半身を起こし、ゴキゴキと首を左右に動かす。


「なんだか気分爽快だぞ? 何だかしらんが……重かった両肩のコリも取れたしな」


 僕らは口を半開きにして、真っ白な状態で固まっていた。


 いましがたの死闘は一体……。


「晶? 優ちゃんも、二人してここで何してんだ? ……そういや俺、ほかの四役(・・)の連中と社務所で酒盛りしてたんだよなー。そんなに呑んだ覚えは無いんだが……あれ? なんでこんな所で寝てるんだ」


 親父は頭の上にクエスチョンマークを多数浮かべながら考え込んでいた。祭りの四役って、豊糧守護四天のことだったのか。


 今はもう説明する気力も無い僕は、向こうで倒れてたまま動かない宮司の八尋に聞いてくれよ。と言うのが精いっぱいだった。


 僕はそこでハッと振り返った。背後の暗闇に隠された御神体の祭壇に視線を巡らしす。けれどそこには、拍子抜けするような、古木みたいに皺くちゃの干物があるだけだった。


「あれが、御神体……」


 伝説の通りならシロの()である蛇の亡骸なのだろう。人間への憎しみを抱えながら封じられてしまった蛇神に、僕は僅かばかりの間思いを馳せた。それは、シロがくれた力の源なのだから。


 さっきまで感じていた「闇」の気配はすっかり消えていた。


 八尋はフガーフガーという寝息を立てて起きる様子は無い。弥花里さんが駆け寄って必死で揺り動かしている。


 けれど、結局僕が発現した「男モテの力」はどうなったのだろう?


 あの聖剣の一撃と共に消てくれていないだろうか……? そんな事をふと考えけれど、確かめる術を僕は持ち合わせていなかった。


 ◇


「えっと、みなさんありがとうございました!」


 弥花里さんがペコリと頭を下げた。


 村の古老たちが石段を下ってゆく。老人たちは「最高じゃった!」「若いもんはええのう」「若返った気がする」「久々に血潮が滾ったわ」なんて口々に喋りながら満足げに去って行き、弥花里さんはしきりに頭を下げていた。


 親父は昏睡している八尋を下の社務所まで運んでいったけど、八尋は「みかり~まてよ~おにいちゃんを置いてくなよ~」なんてお花畑の中のような寝言を言っていた。


 僕は油性ペンで額に「肉」と落書きしてやった。本当はボコボコにブン殴りたいところだけど、弥花里さんに免じて許す事にしたからだ。


 優菜は僕の持ってきた浴衣を受け取ると、着替える! といって神楽舞台の裏手の控室みたいな小部屋に入っていった。

 けれどすぐに顔をひょっこりと出して、


「アキラ絶対そこに居てね! あ、ドア閉めないで! だけど覗いたら殺すから!」

 と、めんどくさいことをぎゃーぎゃー喚きながら着替えていた。


「あー、はいはい……」


 僕は優菜の着替えを待つ間、神楽舞台の袖に腰かけて夜の空気を吸った。


 湿り気を帯びた夜の香り。そして祭りの喧騒や屋台から立ち上る匂い。木立の向こうからはまだ続く祭りを楽しむ人々の声が聞こえてきた。


 懐かしい日常が、帰れる場所がそこにはある。そう考えると僕は少しほっとした気持ちになった。


 夜風が頬を通り過ぎて行き、火照った頬を冷ましてくれた。


 けれど……美波と鶯崎、そして鬼頭先輩は無事だろうか?


「でも、優菜母が行ってくれたし……」


 既に戦っているような声も喧嘩の怒号も聞こえない。優菜母の圧倒的戦闘力で全員の息の根を止めた、なんてことじゃないことを祈るだけだ。


 まだ燃えている篝火に照らされた本殿を、僕は眺めた。この場所は山の頂上に位置していて、赤い鳥居とご神木が見えた。

 この光景は、僕が夢の中でシロと名乗る不思議な女の子と出会った時に良く似ていた。

 

 今にもひょっこりと、シロが現れるんじゃないか……。と、そんな事をぼんやり考えていると、暗がりの向こうから、白い巫女装束姿の弥花里さんが姿を見せて、僕のところにやってきた。


 消えかけの篝火に照らされる黒髪綺麗さに思わず見とれてしまう。


「本当に……ごめんなさいなのです」


 弥花里さんは深々と頭を下げた。


「兄は……あんな人ではなかったのです。御神体を削って炭にしたもので書いた『黒い護符』を使っているうちに、まるで別人のように変わってしまったのです」

「あいつ自身も、蛇神の力の影響を受けていた、ってこと?」

「そうかもしれません。……わからないのです」


 弥花里さんは静かに首を降った。憶測を並べてもその答えは出なかった。


 だけど僕や優菜を利用して、自らの野望を成就しようとした悪、という僕の中の気持ちを覆す事はすぐには出来そうもない。


「二人には本当につらい思いをさせていしまいました。本当にごめんなさい」


 力なく再び頭を垂れる弥花里さんの瞳を見て、僕はもういいよ。と微笑んだ。


「弥花里さん、もういいんだ。優菜も親父も無事だったんだから」


 弥花里さんは少し安心したように目を細めると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あんなに必死な晶くん、初めて見たのです。なんだか、かっこ良かったのです」

「い、いや……その。自分でも、すこし驚いてるかも」


 僕は鼻の頭をかく。ここまで誰かの為に全力で走って……戦うことが出来るなんて。自分の掌を見つめると蛇神様の力を意味する「印」はまだ残っていた。


「神楽舞台から晶くんが見えた時、そして優菜ちゃんの名を叫んだとき、いいな……って思ったのです。優菜ちゃんが……羨ましかったです」


「い、いや……あはは」

「誰かがあんな風に助けに来てくれるなんて、女の子の夢なのですよ?」


 そう言われると今更ながら恥ずかしい。

 ここで気の利いた台詞でも言えればかっこいいのだろうけれど。


 弥花里さんは思いを巡らすような表情を浮かべ、僕に柔らかな視線を向ける。


「晶くん。……優菜ちゃんのこと好き、ですか?」


「ななっ!?」


 弥花里さんが少し上目遣いで柔らかく問う。

 突然の質問に、僕は目を白黒させる。


「いつも、晶くんは優菜ちゃんの事ばかり、見ているのです」

「そ……それは」


「教室でも、帰り道でも、いつも笑顔を向ける先は同じなのです――」


 僕は、はっとした。

 顔が熱く火照りはじめていた。

 それが意味する事、心の奥で輝いている源を見極めるように、僕はようやく真っ直ぐに自分と向き合っていた。恐る恐る手さぐりで、曖昧な想いと気持ちを整理する。


 優菜は小さい頃からいつも一緒だった。それは何でも自然に言い合える兄妹みたいな、ううん。友達以上の間柄だったのは間違いない。

 時にはライバルであったり、喧嘩をしたり、疎ましく思う時もあったけれど、結局は気の置けない一番の友達で、どんな事だって二人いれば何とかなるような……そんな風に思っていた。


 高校生になった僕は、気が付くと結局、いつも心のどこかで、優菜をいつも探していた。


「あぁ……、そうか……僕は」


 僕の中で彼女の存在は、とてもとても大きなものだ。


 失いたくないと思ったし、守りたいと本気で思った。だから、戦えた。それは……多分。いや、疑いようもなく、


 ――『好き』という気持ちそのものなんだ。


「顔に書いてありますです」

「それ、よく言われるよ」


 二人で思わずくすりと笑う。

 どうやら弥花里さんは、最初からお見通しのようだった。


 けれど、僕の目の前に立つ黒髪の巫女の瞳の奥で、何かが蠢いた気がした。


「でも、天乃羽くんの中には、まだ蛇神様の力が残ったままなのです」


 弥花里さんの声が俄かに低まる。


「結局……何も、解決していないんだね」


 弥花里さんが静かに頷く。


 目前に迫る『一七歳の誕生日までに』というタイムリミット。


 それを過ぎれば僕はこの先、男からしか愛されない。そんな事は分かっている。そして、解除する方法はただ一つだ。


「でも、晶くんと優菜ちゃんが両想いなら、すぐにでも解けちゃいますよ?」

「そ、それって」


 教室で否定していた方法をするりと口にする。弥花里さんは知っていたんだ。やっぱりあの時は、護符の力で答えを封じられていただけなのか。


 祭りが終わりに近づこうとしていた。気がつくと、遠くで祭りの最後を告げる祭囃子の笛の音が聞えていた。


 この力を解除する方法、それは想う人と唇を……。僕はそこで赤面し言葉に詰まる。


「けれど、力を失えば晶くんに引き寄せられていたお友達(・・)は去ってゆきます。みんな最初の他人に戻ってしまいます」


 さらりと発せられた、去ってゆく、という一言が鋭く心に突き刺さった。


「……美波や、鶯崎が……僕から、いなくなる?」


 僕の確かめるような問いかけに、弥花里さんは僅かに頷き、言葉を続ける。


「好きだという気持ちが、消えてしまうのですから」


 鬼首先輩の照れたような笑いや、鶯崎ソラのツンとした横顔、美波の可愛らしい人懐っこい笑顔が次々と思い浮かんで消えた。


 相手がだれであれ、好きだと言われる戸惑いと、その嬉しい気持ち。


 一瞬だけでもクラスの中心になれたあの日の、何とも言えない高揚感。


 一緒に走って戦って、ここまで来た仲間たちも所詮は蛇神の力で強引に引き寄せられただけなんだ……。

 僕らはやがてただのクラスメイトや他人に戻ってゆく。それが、道理だから。


 嫌だ、という思いが心の片隅で燻りはじめていた。胃の内側が痺れ、寒気にも似た不安が湧き上がってくる。


 何故、何を迷っているんだ? ここまできて僕は一体、どうしたいんだ?


 迷い始めた僕は、弥花里さんに視線を這わせたとき、思わず息をのんだ。


 その瞳には、仄暗い光が宿っていた。


 篝火の炎が急速に光を失ってゆく。カサリ、と乾いた音を立てて灰が舞った。


「もし、望むなら……その力と共に生きる、という道もあるのですよ?」


 弥花里さんが静かに言葉を漏らす。それは甘く、蠱惑するような囁きに聞えた。


「ど、どういう……意味?」


 吸い込まれそうな程に黒く、深淵の向こうまで続いているような闇色の瞳が、しっかりと僕を捉えて離さない。目を逸らせなかった。


 僕自身の心の闇を映したかのような瞳に、僕は魅入られていた。


 心臓ががばくばくと鳴っている。


「晶くん。私は、あなたが好きなのです」


「え、えっ?」


 い、今なんて? 僕は上ずった声を漏らした。


 弥花里さんが僕を――好き? 


(つづく)


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