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モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~  作者: たまり
◇六章 君と僕と、世界の半分と
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 6章の1 打ち砕け、豊糧八尋の百式結界

 豊糧神社の最上階、山の頂上に位置する「本殿」に僕は辿りついた。


 本殿に併設された神楽舞台には明かりが灯されていた。


 御神体を祀る本殿と一体化するような造りの神楽の舞台は、神様に舞を奉納する舞台があるだけの、拍子抜けするほど質素なものだった。


 周囲はただひたすらの闇だ。樹齢は数百年かと思えるほどに太く壮大な木々が、外界の光を完全に遮断している。ここはまるで、暗黒の閉鎖空間だ。、


 そのなかで唯一、神楽の舞台だけは、(かがり)()が四方に焚かれ、まるで宙に浮かんでいるように照らされていた。火の粉が天に昇ってゆく。


 そして――神楽舞台の中央で幻想的に舞う、美しい巫女に目を奪われる。炎の灯りで照らされた顔は赤く上気している天女のような少女――弥花里(みかり)さんだ。


 意外な事にそこには観客たちが居た。舞台の上で舞う巫女に、まるで魅入られたかのように身じろぎもしない人々。それは十名ほどの村の古老たちだ。

 彼らの視線の先には、巫女姿で舞子を務める()花里(かり)さんの姿があった。


 御神体と対話をする神楽、それは毎年聞いていたはずの音色とは少し違っていた。どこか悲しげで、久遠の時間を感じさせるようなゆるやかな旋律が響き渡り、(みやび)な笛と銚子の音色が空間を満たしてゆく。


 弥花里さんが、優美にひらひらと花のように舞う。


 赤と白の巫女装束が揺らめき、美しい黒髪が蛇のようにそれを追う。


 シャリン、と鈴の音が響く。


「凄い……」


 綺麗、と僕は思った。


 神楽は『封印の破壊』を行う儀式で、僕と優菜にとっては致命的なもののはずだ。それでも僕は、その美しさに思わず足を止め、見とれてしまっていた。


 神楽舞台の奥にはご神体が収められている格子状の襖があった。と、僕の視線はそこに釘付けになった。


 正座したまま朦朧とした瞳で舞に魅入る白装束の――少女。


「優菜ぁああああああ――――――――――――――ッ!」


 その姿を見つけた途端、僕は湧き上がる叫びを抑えられなかった。


 僕は足元の砂利を蹴散らして駆け出していた。


 弥花里さんが驚きの表情を浮かべ、舞を乱す。


 突然の乱入者の叫びに、観客席に座る亡者のような老人達から驚きとも嘆きともつかない淀んだ悲鳴が漏れた。


 優菜が僅かに眉を動かした、うつろな瞳が声の主を探すように漂った。


 その瞬間、僕の足元に泥沼のようなモノが絡みついた。粘着質な――闇の気配が。


「これは――結界ッ!?」


 脚の筋肉が足元から痙攣してゆく。強烈な敵意とと拒絶が混ざり合い、まるで生き物のように蠢きながら、足元からゾワリと這い登ってきた。


「くっ!」


 下半身が鉄の鎖のような、冷たく重いものに縛られ、急速に体温が奪われてゆく。

 完全に足は止まり、息をすることすら辛いほどだ。


「どうだ? 結界呪法の最上級の詰め合わせ『百式結界』味わいは格別だろ? あぁン?」


 神楽舞台の袖に蒼然と現れたのは、漆黒の法衣を纏う若き宮司、八尋だった。鋭い眼光を宿した顔を篝火が赤黒く照らす。

 

 それは僕を視殺せんばかりに睨む邪眼の光だ。


「豊糧……八尋ッ!」


 嘲笑を口元に浮かべる八尋を、僕はかろうじて睨み返す。


「マジでここまで来るとは思わなかったぜ? 本気でバカだろオメェ?」


 暗い憎しみと蔑みの言葉を僕にたたきつける。


「あと十分もすりゃ儀式は終わる。蛇神は数百年の束縛から解放され、現世に顕現する」


 舞台の最前で大仰に語る八尋の口元に、邪で歪んだ笑みが広がってゆく。


 弥花里さんと観客達は、突然の乱入者に困惑の表情を浮かべつつも、どこか虚ろで目の焦点が定まっていない。おそらく黒い護符で弥花里さんやこの人達は操られているに違いなかった。


「オメーはお仕置きが必要だな。蛇神の憑代(よりしろ)として家畜以下の生涯を送らせてやっからよ?」

「く…………ッ!」


「最後に何か言い残す事はあるかぁぁ?」


 完全に勝利を確信した八尋が印を結ぶ。結界で身動きを完全に封じ、目の前で「優菜の封印」を破壊するつもりなのだ。破壊されれば僕の負け。この男を操るアホな力を見に宿したまま残念な人生が始まる。

 ん? 残念なのだろうか。

 美波や鶯崎、そして鬼首先輩。そしてクラスの男子たち。

 彼らは皆、この力があったからこそ僕に協力してくれたんじゃないのか?

 そして、優菜とは縁遠い存在になって行き、友達じゃなくなってしまう。けれどミカリさんだけは、僕を好きになれるという矛盾した存在で――


 そんなことがまるで走馬灯のように一気に頭の中を駆け巡った。気がつくと、冷たく黒い気配が一気に首まで這い上がってきていた。


 ……苦しい。マジで……ヤバイ。歪む視界の隅に、白装束姿の優菜を捉える。僕の途絶えた声を探すように、力なく立ち上がろうとしていた。


 アキラ!

 

 そんな風に微笑む優菜の顔が、不意に見えた気がした。


「まだだ……」


 ――ここまで来て……このまま、終われるかッ!


 僕は奥歯を噛みしめ、喉の奥からかすれた声を絞り出す。力を、全身に残った全ての力を込めて手を動かす。


「あン? デッドエンドさ」


 八尋が眉間に皺を寄せ、僕を一瞥する。視線が激しくぶつかりあう。


「嫌だ……絶対に……諦めない!」


 全身の感覚が薄れてゆく中で、シロがくれた印だけが、燃えるように熱くなっていることに気が付いた。そして、右手を通じて握ったままの釘バットの感触が、僕にかろうじて正気を保たせてくれていた。


 握りしめたそれは優菜母から託された『聖なる剣』。


 そうだ。これは、このための力なんだ!


 僕は全身の力と精神を右手に集中する。邪気を浄化する力を持つという、聖なる釘バットに向けて、巻きついた黒い結界の気配を流し込むイメージを励起する。


「お願いだ……シロ。力を……、僕に力を貸して!」


 ――ドクンと、握りしめた釘バットが脈動した。


 災いを払い穢れを清めるその剣は、僕に巻きついていたドス黒い気配をまるで掃除機のように猛烈に吸い込みはじめた。それは浄化され今度は逆に、聖剣に急速に蓄積されてゆくのが判った。

 いや「感じ取れた」といったほうがいいかもしれない。


 僕の周囲の大気がビリビリと震えはじめた。


「な……に?」


 八尋の顔に初めて焦りが浮かんだ。殺気と怒りの混じった目を剥き、次々と指先の印を組みかえるが、大気を震わせる波動は止まらない。


 僕の手に握った聖なる剣が輝きを放ち始めた。それは幻視かもしれない。けれど、徐々に増大する輝きに呼応するかのように、キィン、と小さな硬い金属音が響いた。


 それはバットに刺さっていた釘が次々と抜け落ちてゆく音だった。


「これは……釘バットが?」


 僕は握ったものの本当の意味を理解する。


「晶、てめぇええッ! その手にしている物は……まさか!? そんな!」


 釘は封印の為の金気(かなけ)、あまりにも強い法力を封じるための拘束具(・・・)なんだ--! それを直感で理解した時、全ての釘は抜け落ちて本来の『聖なる剣』へと姿を変えていた。


 濃縮された清らかな光と、熱く燃えるような感覚が右手から逆流し僕を包んだ。そして次の瞬間、全身を縛っていた黒い気配が内側からはじけるように吹き飛んだ。


 ――動くッ!


 全身に自由が戻った。僕は両足を肩の幅で開き、腰を捻りそのまま大きく振りかぶった。そして叫ぶ。


「いッ……けぇえええ! 『獲苦棲過璃刃亜(エクスカリバア)』アアアアァ――ッ!」


 僕は渾身の力と法力のすべてを込めて『聖剣』を横一文字に振り抜いた。


 一閃。

 眩い光彩が飛び散るイメージがその場の全てを薙ぎ払う。暗闇を切り裂く光の刃が、本殿と周囲の空間を撫で斬りにした。


 それは爆発的な、浄化の光だった。


「なにぃいいいいいいっ!?」


 八尋の叫びと同時に、全方位で――黒い護符が砕け散った。


 優菜の胸にぶら下げられた黒いお守り袋も、観客席の護符も、周囲の木々にびっしりと貼り付けられていた護符も、百枚全てが粉々に砕けてゆく。


「ば、ばかな! ばかな、ばかなぁぁああああッ!? 俺の、俺様(・・)百式結界(・・・・)が破られた……だとぉおおおッ!?」


<つづく!>

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