5章の5 奇策、神輿ジャック!
【作者より】
次回連載は土曜日(18日となります)スミマセン!
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六月三十一日土曜日。
その日は朝から村中が祭りの雰囲気に浮かれていた。
初夏を告げる豊糧神社の『豊糧神社大祭・蛇神奉納』通称、蛇神まつり。
村道には長い竹にくくりつけられた幟がたなびき、白い和紙を切った幣が道に沿って風に揺れている。村中がハレの日を祝い、一種独特の雰囲気を醸成してゆく。
神社を中心に出店が何軒か軒を連ね、賑わいを見せているのは毎年の風景だ。子ども会の神輿と伝統の大きな神輿が村中を練り歩き、熱に絆されたような瞳がそれを見つめている。
ただし――僕達を除いては。
『(ザッ……)状況、送れ』
「現在17:00(ヒトナナマルマル)。予定地点A。目標の接近を確認。距離五十」
村の商店街のメインストリート(?)を通り過ぎた神輿が、見物客もまばらな地区へと近づいてきた。僕達の村は役場や商店街のある中心部を少し外れるだけで、家々がまばらに点在する畑と田んぼが多い緑豊かな場所に変わる。
『定刻で予定通りにフェーズ1、状況開始だ。準備はいいな? 天乃羽アキラ』
「大丈夫、目標距離二十……」
鶯崎の正確な作戦指示が耳の付けたレシーバから流れてくる。この「豊糧神社攻略作戦」の立案者である女装エリートは、状況全体を見渡せる場所に潜んでいるらしいが僕もその場所は知らない。
視界の向こうから徐々に近づいてくるのは、威勢の良い神輿の掛け声だ。じっとりとてのひらに汗が滲んでくる。
村の商店街と住宅街を過ぎた威勢のいい掛け声の集団が現れた。村の青年団の担ぐ黒と金色に彩られた神輿が、勇壮なその姿を激しく揺らしながら近づいてくる。
「距離、十、九……」
『よし、作戦開始!』
「晶、行きます!」
自分を鼓舞するように叫び、共に僕は木陰から飛び出した。僕の服装はスニーカーにハーフパンツ、Tシャツという場違いなものだ。
突然の乱入者に、何人かいた周囲の見物人たちの目線が集まる。神輿の進行コースに立ち塞がった僕に、担ぎ手の男たちの殺気立った視線が突き刺さった。
「ゴラァ! あぶねーぞ!」
「オメッ! どけってよ!」
揃いの法被を着た誘導役の男たちが僕を怒鳴りつける。
だけど僕はどかない。
腰から銃を抜き水平に構え、男達に狙いを定める。
「何やって……冷たッ!?」
躊躇うことなく僕は引金を引いた。飛び出した『水』は叫ぶ男の顔を直撃する。間を置かず二射、三射と、前衛の男たちの顔に水を浴びせかける。
突然の水鉄砲テロリストの出現に、担ぎ手と見物客からどよめきが起こる。
「なにしやがる!?」「このガキィ!」「ふざけんな!」
先導係は僕を取り押さえようと駆け寄るが、うまく躱しながら、男達に水鉄砲で水をピチャピチャと命中させる。
命中した途端、男たちはまるで電池が切れたかのように、その場で足を止めた。
沿道の観客は事態を飲み込めない。まるで子供の悪戯だ。
「ママー、あのお兄ちゃん何やってるのー」
「シッ! 見ちゃいけません」という残念な人を憐れむような声が漏れ聞える。
それでも僕は一方的に水を浴びせかける。担ぎ手から「いい加減にしないか!」「やめなさい君!」という怒りの叫びが上がる。
『――制圧!』
その時、インカムからの指示を合図に美波と鬼頭先輩が左右の人垣から飛び出した。
二人とも派手なカラーリングの水鉄砲を脇に抱え、身を屈めて突撃し制圧射撃。
一連の無駄のない動きは、今朝鬼首先輩から即興で教わった戦闘訓練の賜物だ。
「ご、ごめんなさいっ!」
「悪く思うんじゃねぇがぁあ!」
美波と鬼頭先輩が正確な射撃で、神輿の男たちに次々と水を浴びせかける。
三方からの斉射により、担ぎ手の殆ど全員に水を浴びせかけ、僕が飛び出してから一分もたたないうちに神輿は完全に威勢を失い、沈黙した。
「…………?」
神輿の速度が落ち、目の前で完全に停止する。男たちの熱気だけが頬を掠める。
僕は銃を下げ、神輿の前に立った。
「こんにちは。僕は晶といいます。……神社まで連れて行ってほしいんですけど、頼め……ますか?」
僕は恐る恐る、にこりと笑顔でおねだりするように言ってみる。
「…………ぉ」
「……ぉお?」
「君は……アキラ君……か!」
「可愛い(ごくり)」
「嫁に……」
ざわざわと広がる動揺と、何とも言えない背徳の後ろめたい空気。担ぎ手の厳つい男たちの瞳に、熱狂の炎が燃え上がってゆく。
「「「うぅぉぉおおおおおお! アキラきゅん! 喜んで!」」」
響き渡る村の青年団の一致団結したアキラコール。腹の底に響くような歓声。
それは僕のお風呂の残り汁……鶯崎の命名『晶の煮汁』の効果だった。
神力を受け継いだ僕の触れた水は、惚れ薬として作用し、男心を鷲掴みにしてしまう。
ならば直接浸かった風呂の水がどれほどの効果があるか……押して図るべしだ。
ついでに言うと、美波と鶯崎によって全身洗浄された事で更に濃さを増している。もうこれはCWC(化学兵器禁止条約)に違反しているレベルかもしれない。
「さぁさぁ、アキラきゅん! 乗った! 乗ったぁあああ」
アキラきゅんて……。
先頭の男の太い腕が僕を抱きかかえたかと思うと、軽々と神輿の上に担ぎ上げた。
「うわっ! って、ここ、いいの!?」
「いいからいいから! 遠慮すんなって! なぁ? みんな!」
「「「おおおおおおおおおぅ!」」」
もう……こうなりゃこのまま行くしかない! 左右で僕を見上げている美波と、鬼頭先輩に目くばせし、頷く。
「せーーーの! わっしょーーーーーーーーい!」
「「「ワッショーィ!」」」
威勢のいい掛け声が再び村の田舎道に響き渡った。見晴らしのいい神輿の屋根からは、青々とした田んぼと村をぐるりと囲む山々が綺麗に見渡せた。
やがて動き出す神輿に、沿道からもわけもわからず拍手と歓声が巻き起こる。
「なんかもう、すごく気分いいよ!」
『よし、神輿奪取成功だ。作戦は第二段階へ移行。美波は神輿の右舷、鬼頭は左舷に随伴し周囲を警戒監視! 水の残量に気をつけろ、神社関係者が居たら遠慮なく……撃て』
「はいっ!」
「ガウッ!」
沿道に紛れて周囲を監視する鶯崎が、まるで人間AWACS(早期警戒管制機)の様に刻一刻と変化する状況を分析し、情報を僕達にインカムを通じて送り続ける。
――大勢の人間の『気勢』による結界の無効化、それにより「晶に対する人払い」として張り巡らされている結界を突破するのだ。
それが鶯崎の狙いだった。
神輿を僕の力で奪い、そのまま突っ込むという無謀とも言える作戦だ。けれど、僕達はその奇策に乗ったのだ。
美波と鬼頭先輩が神輿の先導をする誘導役達に紛れ左右を警戒する。
「目標、豊糧神社の境内! 進めっ!」
「「「ワッショーィ!」」」
僕は絞り出すように叫んだ。アドレナリン濃度が上昇してくる。
湧き上がる熱狂的な神輿の担ぎ声。激しい揺れに振り落とされそうになるのを僕は必死で堪えながら、人の溢れかえる豊糧神社へと進撃を開始した。
――まってろよ優菜!
興奮と歓声の中、僕達の「祭り」がはじまったのだ。
(つづく!)