5章の4 八尋の野望とアキラの煮汁・特濃生絞り!
『そ。俺っちが八尋だよん。いつも妹が世話になってるっつーか?』
「あ、いえ、こちらこそ……って、違う! 電話するか普通!?」
僕をこんな目に合わせ、優菜を連れ去った張本人。しかもなんか話しているとイラっとしてくる口調。イラ壁パンチを何とか我慢する。
『元気そうじゃね? けどさ……口のきき方気ィつけなよ? あぁン?』
僕の異変に気付いた鶯崎が、固定電話の外部スピーカボタンを押す。
女子に大人気のサッカー部のエースで豊糧神社の若き宮司長、という表の顔とは正反対の下卑た笑い声が室内に響いた。
「優菜はどこだ? ……無事なんだろうな」
僕は怒りで沸騰しそうな気持ちを抑え、辛うじて震える声で問いただす。
『ユウナぁ? あぁ『封印の鍵』な、いま禊してっぞ。みかりと風呂中♪」
「な、な……にぃ!?」
『なんか胸ちいせぇしアレだけどさ、心配スンナって。そこはミカリにも言われてるし、何もしねーって。……明日の神楽が終わるまでは、な』
低く猥雑な声色が僕の心を潰しにかかる。
「……優菜をどうする気だ?」
『お前さぁ、できれば儀式の終わる明日まで大人しく寝てて欲しかったわけよ。それだとこっちも楽だったわけなんだわ……。けど何? 式神放って来たり、こそこそ集まって何の相談よ? ケヘヘ』
見透かしたような高笑いに、使い魔娘が身を固くして鶯崎の腕にしがみ付いた。
「……気づかれていたか」
鶯崎が唇を噛む。
式神? まさか……? 僕ははっとして塚井麻子に顔を向けた。
さっと鶯崎の背後に身を隠す無口娘。
こいつ確かに神出鬼没だし、喋らない。
式神って事は使い魔……つかいま? つかいま……こ。塚井麻子!?
って、今はそれを詮索している場合じゃなかった。
「相談? 祭りだし、みんなで遊ぶ相談だよ」僕は適当に応える。
『お? ヨユーじゃね? 明日は祭りっしょ? ミカリの解呪の神楽で、ユウナちゃんの中にある蛇神の封印を破壊しちゃうかんね?』
「は、破壊? まてよ……破壊って、なんだよ!」
『まぁ、長い付き合いになりそうだし、教えてやんよ』
一瞬の沈黙。僕の後ろで聞き耳を立てる鶯崎や美波や鬼首先輩が息をのむ。
『あの娘はよ、豊糧八分家の血を引く存在そのものが蛇神の力を抑制する、生きた鍵なんだわ。理由? そんなもんは無いさ。そういう血を受け継いでる、因縁。ただそれだっちゅうかさ』
きわめて軽い調子で八尋が言う。
「それを……壊すとどうなるんだ?」嫌な汗が浮き出てくる。
『女の子は幸せになりましたと、さ。あはは! ちょーすごくね? 体内の封印を壊せば俺らは幸せ、お礼にいいものを進呈してやんよ。本人何も損しねーし?」
「幸せに? って意味わかんないよ! 優菜をあんな風にして何考えてんだ!」
『ユウナちゃんはそれ(・・)でオメーを喜ばせる気だったんじゃね?』
「喜ばせる……だから何の事だよ!」
八尋は何をやろうとしている? 弥花里さんも取引するとか言っていた。
僕がヒートアップするのを面白がるように、電話の声が嗜虐の色を帯びる。
『あぁ、それとさ……みかりには言い忘れてたけどよ、封印破壊やると、記憶とか人格とか飛んじゃうかもしんねーんだ。ま、試してみねーとわかんねーけど』
飄々(ひょうひょう)とした声が受話器の向こうから聞こえてきた。
「――――!?」
僕は言葉を失った。……記憶を、破壊される? 体の底から震えが起こる。
「させるかよ……そんな事ッ!」
握った受話器が軋み音をたてる。
『まぁまぁ。アキラに神の力が顕現したら、一生ウチの神社で働いてもらうんだから仲良くしよーぜ? ミカリも気に入ってるみてーだし、万事OKじゃね?』
僕は八尋のヘラヘラとした笑いを無視し、静かに声を絞り出した。
「……明日、行く」
『は? いいからそこ動くなっての。オレん神社に来たら、……マジ殺すよ?』
低く殺気の籠った声。だけどもう怯まない。
「必ず行ってやる。必ずだ。優菜を返してもらう」
『……あ?』
「そして……お前をブッ飛ばす!」
僕は受話器を叩き付けた。
一瞬の静寂。
「……っ、ぷははははははは! よく言ったぞ天乃羽アキラ!」鶯崎が笑う。
「ゴファゴファ! ヌシもなかなか言うの」鬼頭が背中をバシンと叩く。
「晶せんぱい……いきましょう!」美波がぎゅっと手を取る。
心臓が激しく暴れていた。身体の芯が熱い。優菜をまるで道具みたいに扱う八尋が許せなかった。記憶が破壊されるなんて冗談じゃない。何かしたら絶対に許さない。今すぐにでも助けに行きたい。八尋を逆さまにして地面に頭から埋めてやる!
僕は拳を握り締めて、皆に向き直った。
「真正面からいく! 正面突破だ!」
作戦とは呼べないけれど、後には引けない。
僕の顔を真剣に見ていた鶯崎は、やがてニッと口角を吊り上げてそして、フハハと笑い声をたてた。
「安心しろ、作戦なら今考えた。風呂だ! 風呂に入るぞ天乃羽アキラ!」
「ななな、なんでいきなり風呂!?」
「お前の『煮汁』を作る! 敵が使う前にこっちが使うのだ! 風呂一杯分の『特濃生絞り』なホレ薬をな。むふふ」
邪な笑みを浮かべてにじり寄る鶯崎。
――そうか、僕を風呂に入れて惚れ薬を量産する気か!
「けど……風呂なら自分で入れるんだけど……」
「鬼頭! アキラを風呂に連行しろ、美波も手伝え!」ぱちんと指を鳴らす。
「がふっ!」「は、はい!」
言うや否や鬼頭先輩が軽々と僕を抱え上げる。美波は顔を赤らめつつも、既にその手にはお風呂スポンジがしっかりと握られていた。
「ちょぉおおおお!? やめろぉおおおお!」
ジタバタしても全く無駄で、万力のような力で僕は風呂に連れて行かれ、なす術無く裸にひんむかれた。
神社にいる優菜より僕の身が危ないってのはどういうことだよ!?
「こら、暴れるな天乃羽アキラ(ハァハァ)」
「そうですよ、大丈夫ですからねっ(はぁはぁ)」
目の血走ったキャミソール改造美少女と、可愛い顔してけっこう積極的な美少年、二人がかりで僕は全身くまなく洗浄された。
「あひゃっ! ちょっ……そこはだめだってば! ああ! あぁあッー!?」
こ、これもハーレム展開なの?
僕はこの日、新世界の扉を開いた。……かもしれない。
◇