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モテ期な僕の呪いが解けないっ!? ~幼馴染告白奇譚~  作者: たまり
◇五章 強襲! 豊糧神社攻略作戦
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 5章の1 遠い日の約束と、見知った天井

 ◇


 僕は夢を見ていた。

 これは小学生の頃の帰り道、海馬の奥に押し込められていた遠い記憶の再生だ。


 やんちゃなクラスの男子に泣かされていた僕を、優菜はいつも体当たりで助けてくれた。あの頃はあいつのほうが頭一つ大きかったし、実際強かった。


 悪ガキを文字通り蹴散らした後、腰に手を当てふんぞり返りながら優菜は言った。


『アキラは泣き虫だし弱いねー」

『ぇぐ……うるせ、負けて……ないし』

『泣いたら負けなんだよ? ケンカしなきゃいいのに』


 ――だって、あいつらが優菜を凶暴(キョーボー)女、なんてバカにしたから。


『大きく……なったら、ユウよりも、強くなるし』


『へー? そうしたら強いひとが、弱いひとを守るんだよ。できるの?』


 ふふん、と馬鹿にしたように笑う。


『その時になったら、できる』

『そっかー。できるといいね』


 黒く日焼けした顔に二つ結い分けた髪。丸い目をぱちくりさせながら笑うと、白い歯が覗いた。


 ――僕がいつか優菜を助けるんだ。


『やくそくする』

『やくそく、ね』


 指切りをした夕暮れの帰り道。田んぼを渡る風の心地よさと、湿った肥沃な土の匂い。

 家路を急ぐカラスと、僕達の長く伸びる影――。


 すごく遠い記憶なのに、その全てを僕は鮮やかに思い出せる。


 変な汗がにじむ。

 これは赤面の黒歴史というやつか。こんなの……誰かに聞かれたら笑われるよね。


 でも……あの時の僕は真剣だったんだ。


 さっきだって本気で全力だった。なのに――届かなかった。まるで歯が立たなかった。


 ただただ悔しくて、自分の無力さと無念さが、熱い塊になって頬を伝う。


 ……熱い?


 ていうか、暑い? 変な汗が出てくるのは……暑いから?

 

  それに重い……なんだか、苦しい。これ……まさか金縛り?


「ぅぁああっ! (あつ)いいい――――――!?」


 両耳の鼓膜を震わせたのは、自分の叫び声だった。

 目が覚めても、暑さと息苦しさは続いている。はぁはぁと荒い息が聞こえた。


 ぼやける視界には、見知った……天井。ここは自分の部屋?


「せ、せんぱいっ!」

「目が覚めたか! 天乃羽アキラ」


「――えっ!?」


 両側から声がした。それも耳元と言ってもいい距離で。


 聞き覚えのあるその声は、甘ったるい鶯崎ソラの声と、鈴の()を思わせる美波の声。

 身体は金縛り継続中で、相変わらず動かない。


 嫌な予感しかしない。


 僕は首だけが動く事に気がついて、ぎりぎり……と右に動かしてみる。


 おでこがぶつかりそうな距離に、涙で濡れた美波の顔があった。

 首を左に回すと、ねっとりとした表情の鶯崎ソラと目が合う。


「な……な……なっ!」

「よかった! せんぱいっ!」美波が僕の首にぎゅっと腕を回す。

「ちっ……目覚めおったか、このままでもよかったのだが」と鶯崎が顔を寄せる。


「おっ!? お、お、おまえら!?」


 ぎゅむぅ、と両側からのつよい抱擁。まるで蛇のごとく僕に絡みつく二人分の手足が重くて暑苦しかったのだ。


「な、な、なんだこりゃぁああああああああ!? は、離れろぉおおおっ!」


 僕は跳ねるように起き上がり、勢いベッドの反対側にごろごろと転がった。後頭部がゴツンと壁で鈍い音を立てる。

 これは悪夢の続きかと思ったけれど、紛れもない現実と痛みが教えてくれた。


 両手に花、ならぬ、可愛い系男子と女装イケメンエリートという……悲しい現実。


「大丈夫ですか!? どこか痛くないですか?」


 今ぶつけた頭が痛いよ、と頭を抱えると、心配そうに美波が寄ってきた。


「意外と元気そうだな? もう目を覚まさないかと思ったが」


 つん、と横を向く鶯崎の瞳は何故か真っ赤だった。


「ソラさん! 何酷い事言ってるんですか!」

「なんだ美波とやら? 貴様もまんざらでは無かったようだが? 天乃羽が意識不明なのをいいことに、身体中スリスリと撫で回していただろう? あ~(いや)らしい」


 鶯崎ソラがジト目を美波に投げかける。


「晶せんぱいの身体が氷みたいに冷たくて……『低体温症状には人肌が一番いい』とかいって、最初に布団に潜り込んだのはソラさんじゃないですかっ!」


 美波が顔を真っ赤にして指差し反論する。


 僕は頭を抱えた。どんな状況なのこれ?


 美波が心配そうに僕の額に手を伸ばす。細い指先がひんやりと心地よい。


 目の前にいる美波は、タンクトップの重ね着にホットパンツとラフな姿で、寝起きの髪がすこし乱れている。綺麗な鎖骨と胸元がチラリと見えていて……って、そこは男なんだから別にいいだろ! と僕はぶんぶんと首を振る。


 鶯崎ソラは相変わらず女装娘モードのままだ。長い金色のウィックと、薄桃色のフリフリキャミソールを着用し、無駄毛の無い脚が綺麗だ。

 全体的にスケスケなので本気で目のやり場に困るんだけど、男だ。


「美波に、鶯崎ソラ……。どうして……僕の部屋に? ていうか僕は」


 あの時――


 僕は八尋の放った黒い護符に一撃で敗れ去った。もう、自分でも感心するぐらいのやられっぷりだったと思う。それは一瞬の事で、後の事は覚えていない。


 けれど『アキラ!』と僕の手を掴んで呼ぶ優菜の声は覚えていた。


「あの時、助けられなかったんだ……」


 僕は右手を握りしめ、唇をかむ。涙が拳に零れ落ちた。


「晶せんぱい……」


 ぼやけた視界の隅で窓の外が夕焼け色に染まっていた。……ん?


「いま何時!?」

「――午後六時五十五分だ。六月二十九日、金曜日だが」

「き、金曜日? あれから丸一日寝てたってのか!」


「黒い護符の直撃で気を失っていたのだ。まるで魔法のような深い眠りだったぞ」


 鶯崎はいつもの調子で言ったけれど、その声はかすかに震えていた。

 僕の全力疾走を目撃した美波と、追いかけてきた鶯崎ソラが、神社の手前で倒れている僕を見つけて救ってくれた、ということらしい。


 弥花里さんも駆けつけてくれたけれど、そのまま神社の宮司(・・)たちに連れられて行ってしまったとのことだった。


 勢い走り出しただけの無策な僕が、八尋に勝てるはずが無かったんだ。


 下手をすれば僕は祭りが終わるまで昏倒し、八尋の思い通りの「蛇神の器」として使われるだけの存在に変わっていたかもしれない。


 そう考えると心底恐ろしくなった。

 暑かった身体が急速に冷え、ベットの端で僕は膝を抱えて丸くなった。


「……無理しないでください」


 美波が背中をさすりながら毛布をかけてくれた。ありがとう美波。


「時に天乃羽よ。……こんなものが出てきたのだが?」


 鶯崎ソラが氷のような目つきで、妙に肌色の多い雑誌を差し出す――って!


「おま! なに勝手に(あさ)ってんだよっ!?」


 僕は全力でその秘蔵コレクションを奪い返した。


「なにが『珍撃の巨乳』だ? 一言相談してくれれば……手伝ってやったのに」


 鶯崎が頬を染め、太もものあたりをもじもじとさせる。


「手伝うって何を!?」

「言わすな、ばかっ」


 絶対に要らんわ!


「せんぱい……巨乳とか、好きなんですか」


 美波が悲しそうに形の良い唇をとがらせる。


「え? むしろこれ男子なら健全な本だよね!?」


 何なの……この、僕が間違ってるみたいな空気。


「ぼ、ぼくも読んで勉強します」

「いや、勉強しなくていいから! 美波はそのままでいいから!」


 僕から本を奪おうとする美波を巧みにかわし、お宝本をベットの下の収納ボックスに押し込む。ふぅ、と溜息をつく。


「時に天乃羽よ、こんなものも出回っているのだが」

「今度はなんだよ!?」


 叫びつつ振り返る。もう怪しげなものは持ってないはずだけど?


 鶯崎ソラはごく普通の「回覧版」を目の前に突き出した。


 それは見慣れた回覧板。TVや新聞よりも確実に全世帯に情報が伝わる、古めかしいけど確実な情報伝達媒体。週に一回ぐらいの割合で()優菜(・・)()から回覧されてくる。


 中身は大抵「大型ごみの回収日」だの「ネコ探してます」とか「日本舞踊教室募集」みたいに割とどうでもいい話題が挟まっている場合がほとんどだ。


「ちょっと、まて鶯崎。これ……う、受け取ったのか?」


「あぁ。貴様をここに運び込んだ後だったな。二軒隣だとか言う老婆が来られてな。貴様は留守という事にしておいたがな」


「……まさかその格好で応対してないよな?」


 ピンクのフリル付きキャミソールを視界に入れないように一応確認する。


「当り前だろう! 発想が卑猥だぞ天乃羽アキラ。ちゃんと制服を着ていたぞ」


 指さす先には乱雑に脱ぎ捨てられた女子制服とニーソックスがあった。


「ぁあ……だよね」


 目眩がした。なんだかもう、いろいろとダメだ。


 力無く回覧板を受け取って二つ折りの厚紙を開く。最初のページの『回覧板を見た』という印を付けるチェック欄で僕は「あ……」と落胆の声を漏らす。


 優菜の家の欄に『木曜日~土曜日は仕事で不在』と優菜母の筆跡で付箋紙が張り付けてあるのを見つけたからだ。


 回覧板が優菜の家をスルーして、二軒となりのおばあちゃんが来た、という事は優菜は不在……家に帰っていないのだ。

 それどろこか頼りの『優菜母』も居ないということか。


 あの優菜母ならば、娘が帰ってこないと判った時点で黙っているはずがない。


 僕が気を失っていようが、往復ビンタで叩き起こして、事情を聴くだろう。

 湧き上がる不安と焦りに、回覧板の文面が追い打ちをかけた。


 ***************************************


 ――六月三十日(土)開催の豊糧神社、(へび)(がみ)御霊(みたま)鎮魂(ちんこん)大祭(たいさい)に置ける連絡事項。


 以下の者を、本年の大厄(たいやく)、『穢れ』(ケガレ)と認定します。


 ●天乃羽 晶(あまのは アキラ 綾織高校二年 男子)


 1・ケガレ認定者は祭り期間中外出禁止となります。

  清めの神楽(蛇神御霊鎮魂)の奉納が終わるまでは自宅待機してください。


 2・万が一ケガレ認定者を見かけたらすぐ豊糧神社へご連絡ください。

 (協力して下さった方には粗品を進呈いたします)


 3・ケガレ認定者は『男色の呪い』に穢れており、近づくと大変危険です。

  特に思春期の男子は危険ですから決して近づかないでください!


 4・噛まれたり、触られたり、何かをされた場合は、すぐに豊糧神社へお越しください。除染の儀を無料にて執り行います。


  豊糧神社宮司長代理 豊糧 八尋(やひろ)

  事務局 電話 XXX-XXXX-XXXX


 ***************************************


「だぁああああああああああああああああ―――――――――――っ!?」


 僕は回覧板を思い切り床に叩き付けた。


 なんだよこれ!?


<つづく>

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