4章の4 追いかけますか? 追いかけませんか?
「だがな、肝心な部分の説明がつかない」
鶯崎ソラがすこし冷め始めたお茶を優雅な様子で飲み干した。
「肝心な部分? ……僕の、男子から好かれる力の事か」
「そうだ。お前から出ていると思われるエネルギーそのものは、男共が貴様に好意を寄せる原動力だとは思えない」
「そうか。確かにそうだよ」
もし、僕が何かの謎パワーを振りまいているなら、周囲の男子全員に影響があるはずだ。
けれど僕を好きだと言って来たのは、美波に鶯崎、それと鬼頭先輩、あとはラブレターを下駄箱に入れてくれた何人かだ。
「気が付いたか? お前の男子モテパワーの効果は、影響が限定されているんだ」
シロがくれた印が何かのパワーを放っている事はわかる。だけどそれは、男子に直接作用するわけじゃないってことか。
「つまり何かを『媒介』して効果を発揮するってことか?」
僕の思案顔を見て、鶯崎が愉快そうに眺める。
「……神社で売っている『お札』や『御守り』の効果は何だかわかるか?」
鶯崎が図書館の中をゆっくり歩きながら尋ねた。
「えと、厄除け、家内安全……健康祈願?」あと何があったっけ?
「そうだ。厄除は何かの災いを避ける。家内安全は怪我を避ける。同じく健康祈願は病気を避ける。すべては避ける力なんだ」
鶯崎が眼鏡を指先で直し、知的な眼差しを僕に向ける。
「つまり貴様の、男の心を『引き寄せる』力だけが特別なのだ」
「他のは全て離す力で、僕のは……引き寄せる力!」
「他人との関係を自在に結ぶ力があるとすれば、欲しがる奴がいても不思議じゃないだろう?」
「た……確かに」
「そこでもう一つ問題だ。お前とそのユウナとかいう邪魔なクソ女……いや、ご友人を引き剥がして、一体誰が得をする?」
「お前が一番得するんだな?」
僕は思いきり鶯崎を睨みつけた。殴ってもいいんだよなここは?
「ちがうわこの俗物めが!」
鶯崎の嫉妬まみれの渋面がみるみると朱に染まる。図星……なのか。
とりあえず、僕は腕を組み、静かな図書館の机に寄りかかり、ひと呼吸して思案する。
――僕の力を狙う奴が、優菜を遠ざけて得をする事?
今の置かれた状況と、判ってきた条件を頭のなかで整理してみる。
男子を魅了する謎の力。これはシロがくれたお礼で悪意はない。だけどシロには申し訳ないけれど、力が欲しいのなら喜んで譲ってあげてもいいくらいだ。
もしこのまま一七歳の誕生日を迎えると、力が僕に固定化してタイムアップ。時間切れ。そうなれば僕は一生男子にモテモテの生活だ。そんなのまっぴらごめんだ。
「固定……化?」
自分の口を突いて出てきた言葉にはっとする。
このままだと確実に、男子モテの力が僕の個性に『設定保存』されてしまう。
「そうだ。安定的に取り出せる確実な能力になれば、貴様の利用価値は格段に高くなる」
鶯崎ソラが嫌な笑みを浮かべた。西日の逆光で影になった表情はよく伺えない。
今の僕は、使い方も効果も、何もわからないまま謎の力を宿している。
鶯崎ソラや親父が言ったように、女の子とキスすることで解除しようとしても、そのハードルは限りなく高い。
「貴様はそのユウナ嬢と仲が良いようではないか? ……私の方が魅力的だと思うがな」
「う、うるさいよ! 後半余計だよ」
「天乃羽晶の力を狙う敵ならば、邪魔者を最初に排除するだろうな」
「そういうことか」
確かに僕は、優菜と一緒に居ることが多い。勘違いされても仕方がない。
男子縁結びの力を利用しようとする敵ならば、解除する鍵、すなわちキスするかもしれない相手を排除して、確実に時間切れを狙うだろう。
――僕が……優菜をこんな危険でバカげたことに巻き込んでしまったんだ。
だけど、これを仕掛けている奴は誰だ? 怪しげな御守りを持たせた八尋なのか?
「くそっ……!」
僕は叫び、図書館を飛び出した。
後ろから鶯崎の声が聞こえたけれど、湧き上がってくる怒りと悔しさとがごちゃ混ぜになって、どうしていいかわからず、駆け出さずにはいられなかった。
廊下を駆け抜けざまに眺めたサッカーグラウンドには誰も居なかった。
――だとすれば優菜は教室だ。カバンを取りに来るはずだから。
◇
「おかえりなさい、晶くん」
教室に駆け込んだ僕を待ち受けていたのは、優菜ではなく弥花里さんだった。
沈みかけた夕陽が僅かに差し込む教室で、弥花里さんは優菜の机に軽く腰かけたまま、ゆっくりと僕に声をかけた。先日と同じ状況がデジャブする。
首を少し傾けると綺麗な黒髪がさらりと流れ落ちた。静まり返った教室内は他に誰も見当たらない。昨日と同じ……他を寄せ付けない「結界」の気配がする。
「優菜ちゃんなら、いませんよ。八尋兄様が……神社に連れて帰りましたから」
弥花里さん口角がほんの僅か持ち上がる。
「な、なんだって?」
大声を出しそうになるのを何とか堪える。悪寒が背筋を這い胸が張り裂けそうになる。
「……優菜をどうするつもりなのさ? 教えてよ、弥花里さん!」
「八尋兄さまはウチの神社で宮司長をしてるんです。誰よりも凄いんです。明後日の祭りでは、八尋兄さまと二人で神楽を奉納するんですよ」
質問の答えになっていない。どこか恍惚とした視線が彷徨う。
「弥花里さん?」
まさか、優菜と同じような謎アイテムで操られている?
「優菜ちゃんを……追いかけますか? 追いかけませんか?」
弥花里さんが首を傾げ、吸い込まれそうな漆黒の瞳を僕に向ける。
僕はその顔を見て唇を軽く噛んだ。我慢ならなかった。優菜や、おそらくは弥花里さんをも操って、背後でニヤニャしながら蠢いている敵。八尋が見ている気がしたからだ。
「いつから弥花里さん家は怪しい宗教団体になったのさ? 僕は優菜を連れて帰るよ」
踵を返そうとする僕に、弥花里さんが低く沈んだ声で引き留める。
「……追い掛けて八尋兄さまから……奪い返すのですか?」
「僕は行く。追いかける」
僕は振り返り、強く言い切った。
あの時、夕暮れの店先で、優菜が漏らした言葉の意味が、ようやくわかった気がした。
探す――絶対に見つけるって、約束したんだ。
弥花里さんの顔に、悲しそうな、それでいて少しホッとしたような、複雑な表情が浮かんで消えた。眉根を寄せて少し苦しそう首を振り、再び虚ろな視線を向ける。
「……それはダメなのです」
低く静かな声で囁くと、機械的な動作で制服のポケットから黒い護符を取り出した。
その瞬間、僕はまるで石化の魔法でもかけられたかのように全身が硬直した。
「黒い……護符!」
<つづく!>