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 序の2 幼馴染と僕の朝

「アキラ! 起きろ――――――――――っ!」

「ほげっ!?」


 ぐばっと布団ごとめくり返された僕はベットから転がり落ちた。視界がぐるぐると回り、打ち付けた尻の痛みと、朝の眩しい光に思わず悲鳴をあげる。


「起きて! いつまで寝てるのよ、遅刻しちゃうよっ!」


「いてて、ゆ……優菜(ユウナ)?」

「大丈夫? なんだかうなされてたよ。毛布が首に巻きついてたし」

「も、毛布? あれ、シロは……?」

「は? 何、まだ寝ぼけてるの?」


 ベットから引きずりおろした張本人、制服姿の矢筒(やづつ)優菜(ユウナ)が、剥ぎ取った毛布を僕に投げつけて朝日みたいにまぶしく笑う。


 ここは6畳一間の僕の部屋だ。優菜は制服姿で身支度を終えて、僕を起こしに来てくれたらしい。

 田舎だから施錠しない事もあり、僕の部屋までの入室は基本フリーとなっている。微妙なお年頃だってのにプライバシーなんて無いらしい。逆に年頃の優菜の部屋に入ったら殺されるらしいけど。


「ゆ……夢か」

 平凡な台詞を溜息と共に吐き出す。夢は妙に生々しかった。

「どうせエロい夢でも見てたんでしょ? もう、さっさと着替えてよ!」

 輝く鳶色の瞳を細め、ツインテールをふわりと振り払う。

 僕はその笑顔を見上げ、間の抜けた顔で頭を掻く。


「エロくは無いけど、変な夢を見ていたんだよ」

「じゃ感謝しなさいよね。悪夢から救ってあげたんだし」

 片手を腰に当てて、ふん、と胸を張る。大きな態度に反して胸はとても謙虚だ。


 優菜は「幼馴染(おさななじみ)」という関係で今は同じ高校に通う二年生。

 一番古い友人なのだけど、物心ついたときから一緒にいるし、友達というよりは兄妹みたいな感じがする。田んぼと山に囲まれた集落の隣同士で、お互いの()も幼馴染だったという二代続けての「腐れ縁」らしい。


「せめて床に落とさないで優しく起こしてよ……」

 腰をさすりながら立ち上がる。


「あれ? アキラ、その手どうしたの?」

「ん、あれっ?」

 右手を見て思わず声を上げる。

 そこには、ドラキュラに噛まれたみたいな二つの赤い痕があった。二つの赤い点は赤く変色し血が僅かに滲んでいる。


 昨日までは無かったはず。これって……夢の中で噛まれた『(しるし)』?


 夢の中で「シロ」と名乗る不思議な女の子に噛まれた時の唇の感触を思い出す。


「やだ、これ……何かに噛まれたの?」


 優菜が心配そうに僕の右手をばっと掴んだ。

 裏表を眺めては首を傾げる。瞳を大きくしたり細くしたりと忙しい。形の良い唇をとがらせて「むー?」とか言っている。顔が近い、近い。


「だ、大丈夫だってば。それより時間……」

「わわっ!? やばい! 三十秒で支度して!」

 天空の城を目指す空賊みたいな口調で命令されて、僕は急いで支度を始めた。


 ◇


「それ、最近じゃアニメでも見ない光景よね」

「好きでやってるわけじゃないぞ」

「食パンを咥えて走る男子高校生って……」


 優菜が、くっと笑いを堪えている。ほっとけ。

 駆け足のまま味気ない食パンを咀嚼する。ジャムぐらい塗ってくれば良かったな。


 六月も終わりに近づいた見慣れた通学路。


 ぽつぽつと散在する民家の向こうには、水彩画みたいに鮮やかな緑の山々が横たわっている。見渡す限り広がる田園風景は若々しい稲が朝日を照り返しきらきら輝いている。


 僕達の住んでいる綾織(あやおり)村は『遠野物語』で有名な町の隣にある小さな村で、買い物は隣町のジャスコまで行かなきゃなんない。コンビニも無い不便なところだ。


「そういや親父、どうして起こしてくれなかったんだろ」

「おじさんなら朝早く出かけるのを見たよ。今頃フルマラソン中じゃないの?」


 優菜が肩を軽く竦める。


「いい年なのによくやるよ」

 親父は古武術道場の師範をやっていて、元気だけが取り柄な筋肉質のオッサンだ。

 早朝に起き出して生卵十個を飲み干し、そのまま走りに行ったらしい。最後は神社の石段を駆け上がり何かを叫ぶのがルールだとか。元ネタは古いボクシング映画らしいけど僕はよく知らない。


 しばらく進むと小高い丘の向こうに、僕らの通う県立綾織(あやおり)高校が見えてきた。

 辺鄙(へんぴ)な場所にあるけれど一応は進学校。


 残った食パンの耳を口の中にほうり込んで、右手を眺める。そこには噛み跡の赤い痕が残ったままだった。


『いいもの、にょろ』というシロの不思議な声が、思い出された。


 もしかして、これって何か特殊能力が宿ったとか? 


 僕は足を止める。そのままぐっと腰に力を込め、拳を胸の前で交差させる。

 試しに両腕に精神を集中し、気を集めるイメージを描く。気を練って練って、練り上げる。


「はぁ……ぁあああああ!」

「あ……アキラ?」


 異変に気が付いた優菜が少し先で立ち止まり振り返る。口をぽかんと開けて、気を溜めている僕を見る。


 優菜、見せてやるよ、これが僕の新しい力。


「ちょっ!? だ、大丈夫!?」


「炎殺ッ! エンチャンドラ・シュヴァルツシルトァアアアアア――――――ッ!」


 裂帛の気合いと共に放たれる適当で謎のエネルギーを思い描き、右手を突き出す。


 拳の先から光の奔流様が迸る! ……なんてことがあるわけもなく。

 必殺の叫びだけが空しく朝の静かな風景に吸い込まれていった。


 ちゅちゅん、とスズメが木々の間を飛んでゆく。


「なに、してんの?」


 優菜の冷たいジト目が僕を刺す。


「いや、何か出るかな……と」

「出るの!? バカやってないで急ぐわよ!」


 ぼこん、と優菜のカバンで尻を叩かれ、弾かれたように駆け出す。


 これ、ほんとに役立つ『印』なの? 僕は首をひねる。ちょっとがっかりだ。


 ペースを上げた優菜を慌てて追いかける。

 中学時代は女子サッカー部で鍛えた脚力について来いとか、そもそも無茶だ。

 制服のスカートを翻しながら走る後ろ姿に、僕は追いつけない。

 遅いよっ! と優菜が余裕の笑みで振り返る。栗色の髪がふわりと舞って、その光が眩しくて、僕は目が離せなかった。


 普通の友達以上の、幼なじみ。

 けれど僕にとっては、とても大切な、ただ一人の女の子。


 曖昧ではっきりしない僕は、本当(・・)気持(・・)ちを優菜に伝えることが出来ないまま、今日まで同じ毎日を繰り返してきた。


 けれど、ずっとこんな毎日が続くなら、僕はそれでもいいのだけれど――。


 ◇


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