表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

 序の1 助けた蛇の恩返し、なの?

 モテ期、という桜色の季節を謳歌(おうか)している人はいるだろうか?

 

 それは人生の中で一度ぐらいは体験できるものらしい。

 僕は、モテ期と聞くと、『女の子たちに次々と告白されて困る』なんて、夢のような状況を想像するぐらいしか出来ない。

 けれど、その筋(?)に詳しい友人が言うところによると、一言でモテ期といってもいろいろあるのだとか。


「お婆さんによく道を聞かれるし、親戚のお家で従姉妹に好かれるし、メス猫が妙に寄ってくるし……。(あきら)はそういう意味じゃ、もう充分にモテ期だよっ!」

「あ、ありがと……」

 幼馴染の優菜の明るい笑顔に、僕は返す言葉もない。

 それは慰めにもならないと思うけど、まんざら的外れではないのかもしれない。


 事実、この僕――天乃羽(あまのは)(あきら)にも遂に(モテキ)がやってきた。


 けれどそれは、斜め方向から全力で。

 僕は、同性(・・)男子(・・)にモテはじめた。


 桜の季節を突き抜けて、薔薇(バラ)色の季節が到来したらしい。


 どうして……こうなった?


 思い返してみると「あの夢」が全ての始まりだった訳だけれど――


 ◇


「おにいちゃん、逢いたかったにょろ!」


 妙な語尾をつけて喋る女の子に僕は突然抱きつかれた。

 ここは夢の中、ということはすぐにわかった。目覚める寸前の夢と(うつつ)が入り混じった、ほんのりと暖かいまどろみの世界。


「やっと見つけたにょろ」

「にょろ?」

 女の子の顔は人形みたいに整っていて、肌は陶器みたいに白い。黒目がちの大きな瞳がくりくりと大きくて、まるで万葉集から抜け出してきた稚児のよう。艶やか長い黒髪が背中で蛇のようにうねり、どこか不思議な存在感を持つ、綺麗な子。夢の中だから存在はおぼろげで、掴みどころのない感じがする。


 ぎゅうっと白い腕が僕の体に絡みつく。華奢な見た目とは裏腹に腕の力が信じられないぐらい強い。苦しくて身をよじると、まるで蛇が獲物を締め付けるように、更に締め付ける力が増す。

「逃がさないにょろよ」

 悪戯っぽく笑う唇の端で、赤い舌先がチロリと動くのを見てしまう。

「ちょっ!?」

 嫌な汗が噴き出した。

 これは、悪夢ではないか?

 焦ってみても身体は既にピクリとも動かない。これは……金縛りだ。


 ――お、おちつけ、目覚めろ……これは夢の中なんだから!


 とりあえず首だけを動かして周囲を見回すと白い霧が僅かに薄らいでいる。


 ぼんやりとした視界の向こうには巨木が見えた。その横には朱塗りの鳥居が建っている。

 幹にはしめ()と白い(ぬさ)が巻かれていて、御神木らしかった。(よわい)は優に百年を超えていそうな太い幹には、蛇のようなツタがぐるぐると巻きついていた。


 しゃり、と玉砂利が足元で渇いた音を立てる。


 ここは神社の境内らしい。何処かで見たことのあるような気もするけれど、知っている神社とも違う気もする。


 自分の腰に視線を戻すと、八重歯を覗かせて「にっ」と微笑む女の子と再び目が合った。

「消えてない……」

「消えないにょろ」


 腰から離れようとしない女の子は、夢とは思えないほどリアルで柔らかい。肩に手をかけてぐいっと押してみてもビクともしない。意地でも離れる気はないみたいだ。


「ボクね、おにいちゃんにお礼を言いに来たにょろよ?」

 そう言って照れくさそうに笑う『にょろ娘』は十歳ぐらいに見えた。ワンピースのような白い服を着て、腰の下まで届く黒髪が背中で波打っている。前髪はパッツンと切り揃えられていて、その下で大きな瞳がぱちくりと瞬いている。


「お、お礼って……何の?」

 僕は首を傾げる。

 お礼を言われるようなことを何かしただろうか?

 それも、見覚えのない女の子に。


 その時、にょろ娘の右足が痛々しく傷ついている事に気が付いた。


「その足、どうしたの!?」

 何かに激しく引き摺られたような傷と、滲んだ赤い血が生々しい。


「怪我してるよ! 大丈夫? 見せてみて」

「あし……? あ……ボクの(あし)? 痛いにょろ」


 にょろ娘は急に痛みを思い出したように顔を歪め、崩れるようにその場に座り込んだ。

 絡みついていた腕がするりと解け落ちる。


 なんとかしなくちゃという一心で、制服のポケットを探りハンカチを掴みだす。


 ――制服?

 

 学校の制服を着ているあたりがいかにも夢っぽい。

 いや、そんな事より。僕は引っ張り出したハンカチで、にょろ娘の右足首を包み込むように軽く縛った。

 今できることはこれくらいしかない。背負って病院に連れていくべきだろうか?


「どう? 少しはいいと思うけど、すぐに病院にいかないと……」


 にょろ娘は自分の足を不思議そうに眺めると、戸惑う様に曖昧な笑顔を見せた。


「ありがとうにょろ。おにいちゃんは……やっぱり優しいにょろ」

「……痛くない? 大丈夫?」


 元気そうな声色に、僕は少しほっとする。


「おにいちゃんのお名前、教えて欲しいにょろ」

「え? ……僕の名前? あきら、天乃羽(あまのは)(あきら)だよ」

「天乃羽の、あきら」

「そうだ、君の名前は?」

「ボクは……シロ。(ほう)(りょう)権現(ごんげん)の、シロ」


「シロ? 白? えと、ホウリョウゴンゲ?」


 僕は首を傾げた。(ほう)(りょう)といえば、この村で一番古くて大きな神社の名前だから。


 シロは神様の遣いとか? まさかね。


「おにいちゃんにまた(・・)助けてもらったにょろ」

「またって? 前に何処かで会ったこと……あったっけ?」


 シロはそれを聞いて少し悲しそうに眼を伏せた。


「ボクが死んじゃいそうだった時に、助けてくれたんだにょろ」

「……え?」


 思い出せない。にょろ語尾で喋る「瀕死の女の子」を助けた覚えなんて無かった。


「凄く痛くて、苦しくて……。でも、人間は誰も助けてくれなかったにょろ」


 沈んだ声色で僅かに眉間を歪める。『人間は』というその言葉が、自分は違うものだと暗に告げている気がした。


「でも、(あきら)おにいちゃんだけが、ボクを助けてくれたにょろ」


 その不思議な爬虫類を思わせる漆黒の瞳を見て、僕はようやく気がついた。


「まさか君、あの時の……(へび)!?」

「そう! そうにょろ! 思い出してくれたにょろ?」


 嬉しそうな顔でにこりと笑うと、白い八重歯が覗いた。

 助けた『蛇』が夢の中に出てきたらしい。まるで昔話みたいだ、と苦笑する。


 だけど僕は別段驚かない。このあたりはへんぴな田舎で、河童(かっぱ)座敷(ざしき)(わらし)を見た、なんて話は小さい頃よく聞かされていた。何よりもここは何でもアリな夢の中なのだ。


「ここは晶お兄ちゃんの夢だけど、半分は現世(うつつよ)にょろ」


 シロは僕の顔を覗きこんだ。


「えーと、わかった。つまり、その姿は蛇の化身(・・)ってやつなのね?」

「化身と言うか、アバターにょろ」

「そこは現代風なんだ!?」


 確かに思い返してみると、先日の学校帰り道で一匹の蛇を助けたことがあった。


 蛇は道路を横切る途中で自動車に踏まれたらしく、無残にも尻尾の部分がプレスされた状態でアスファルトに(はりつけ)になっていた。


 あまり車も通らないような農道で車に轢かれるなんて、不運としか言いようがない。


 都会の人には想像しにくいかもしれないけれど、道路をヘビやキジが横切るのは、ありふれた日常だ。家を出た途端、キツネやタヌキとばったり顔を合わせることもあるくらい。


 アスファルトの上で蛇はぐったりとして動かない。死んでいるのだろうか? と覗き込むと、弱々しく蛇が首を動かした。

 黒目だけの瞳が僕を映している。梅雨明け間近の空の下、じりじりと天日干しにされ、やがて干物になるのは時間の問題だろう。


 放っておくのも可哀そうか……。そう思った僕は、近くにあった棒きれで尻尾を引き剥がしてあげることにした。怪我は大したことがなかったようで、しばらくするとゆるりと這いながら、道端の(ほこら)の裏に滑り込んでいった。


 つまり、あれがシロだった、ということなの?


「晶おにいちゃん! というわけでお礼をしたいにょろ」

「お礼? そんなの要らな――ぃ痛ッ!?」


 かぷり。


 突然シロが僕の右手に噛みついた。暖かく滑った唇の感触と、明確な痛覚が手のひらから電流のように身体を駆け巡った

 シロの八重歯が僕の手に食い込んでいる。


「な、なんで噛むの!?」

「ぷはっ。ボクは今、これくらいしかあげられないにょろ」


 シロは口を離すと、照れ笑いを浮かべて小首を傾げた。


「いてて……、蛇のお礼は噛みつく事なの?」


 痛む手のひらを見ると、噛み跡から血が出ている。

 とんでもない「お礼」だなぁ。

 ていうか、まさか毒蛇じゃないよね?


「それは『しるし』にょろ。権現(ごんげん)の印。役に立つと思うにょろ……多分」


「た、たぶんって?」

「多分は……たぶん」


 自信なさげに目を伏せて、頬に掛かった黒髪をくるくると指先で巻いている。

 これ、お礼のちゅーとかのつもりだったのかな? よくわからないけれど『シロ』と名乗る蛇のアバターは何かの『(しるし)』をくれたらしい。


「うーん? ま、いいか。ありがとね、シロ」


 俯いたままの頭を撫でてやると、シロは、ほにゃっと可愛く微笑んだ。


「喜んでくれたにょろ? その印は女の人はみんな喜ぶ良いものにょろ!」


 えへん、と得意げな顔で口元が弧を描く。


「へぇ……なんだかよくわからないけど、これって……凄いものなの?」

「もちろんにょろ! 凄いにょろよ……多分」

「だめだこりゃ」


 僕は苦笑しながら、立てる? と右手を差し出した。座ったままのシロが細い手を伸ばして僕の手をそっと握る。シロの頬がほんのり朱を帯びた。


 気が付くと辺りが急速に明るくなってきていた。白い靄が徐々に消えてゆく。


「そろそろお別れにょろ。また、いつかどこかで逢えるといいにょろ……」

「シロ?」


 明るくてにぎやかな気配が、頭上から降ってくる。


 見上げると天からの光が眩しくて、思わず目を細める。それは確かな熱量を伴った光だ。

 シロの姿が曖昧になって溶けるように消えてゆく。


 手の中の感触が薄れ、周囲の風景も徐々に失せてゆく。


 光が強まって、僕は明るくて騒がしい世界に投げ出される。


 そこは僕の部屋の、見知った天井――?


「あきら! 起きろ――っ! 遅刻、遅刻っ!」


<つづく>




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ