苦労人の日曜日
「司野ぉおおおおおおおおおおお!!!!」
いつものことだけれど、崇弥はめんどくさい。
「今日はなんなん?」
用心屋?陽季君?
ま、9割で陽季君だろうけど……。
「陽季がぁ、陽季がぁあああああああああああ!!!!!!」
やっぱり。
「陽季君がどないしたん?」
午前6時、日曜の朝から俺の部屋にやって来た崇弥は俺の腰にしがみつき、大号泣。もう2時間は経っている。
さすがに出そうにも出なくなり、泣き止みはしたが、朝ごはんを崇弥の分まで作ることになった。それも、崇弥を腰にくっ付けたまま。
崇弥の話は8時半から朝ごはんを食べつつ、約1時間半掛かり、現在10時。おやつタイムで市販のマフィンを食べたところになる。
でだ。
とても長い崇弥の話によると、崇弥は昨日の土曜日から陽季君とデートしていたらしい。
午前中は多摩川の河川敷を歩きながらアザラシを探し、午後は多摩川付近の花火大会に行った。
で、二人でホテルに泊まった。
そこで“あった”らしい。
「俺が夜な夜な起きたら陽季がいなくて……一人ぼっちは寂しくて陽季探しに部屋出て……そしたら――」
陽季君がホテルのバーで女の人と飲んでいた。
「陽季が浮気してたぁあああああああああああああああ!!!!!!!!」
「って、崇弥が怒ってるで。事情あるんやろ?」
崇弥が喚き散らした次の週の日曜日、崇弥が最近つれないとやって来た陽季君に、俺は崇弥の代わりに全部言った。
俺が崇弥の悩みを陽季君に言うのは筋違いかもしれないが、崇弥は陽季君に気付いてもらうまで何も言わないタイプだ。愛の力とやらで感じて欲しいのだろう。
だけど、今回のことは言わないと陽季君は一生分からない。陽季君は崇弥にホテルで見られていたとは知らないだろうし、酒の席だから酔って忘れている可能性もある。
俺が言わないと、崇弥は拗ね続けて、用心屋の皆も仕事が進まずに迷惑するだろう。
義理でも父親として、崇弥のことは考えてあげないと。
折角の俺の日曜日だけど!!!!!
「はぁ!?花火大会で俺がトイレ行ってたら、洸祈が知らない男と一緒に楽しく話してたんだよ!!!!」
俺は陽季君に逆ギレされた。
「え?崇弥が花火大会で知らない人と?」
「俺の知らない男と!!!!」
がたっ。ごとっ。
ローテーブル上の本を蹴散らしてそこに片膝を突いた陽季君は、ソファーに腰かけた俺の襟首を掴んだ。そして、恐ろしい形相で俺を至近距離から睨んでくる。
「そ、それは見間違いやったんとちゃう……?ほら、花火大会は人が多いから、こう、陽季君が見た位置が悪くて……それっぽく……」
「真正面からだよ!」
それは見間違えなさそうだ。
「せやかて…………お、女の人と飲んでたのは?」
「憂さ晴らし。最近、『抱いて』とか言い寄って来る男がいるから、女の人なら安心して愚痴聞いてくれるかなって。てか、既婚者のバーテンダーさんだから」
待て待て、“『抱いて』って言い寄ってくる男”って……それって、崇弥みたいな女役の人達にモテモテってこと?
崇弥……陽季君の話が本当だとすると、かなりヤバい展開のような気がするで。
「崇弥の勘違い?」
「俺は洸祈が浮気した理由が聞きたいね。多摩川で某アザラシを今更のように探すのを手伝ってあげた仲ってのに、それがこの仕打ち。花火大会の最中、頑張って手を繋ごうとしていた俺が馬鹿みたい」
むっつりした陽季君は俺を解放すると、オレンジジュースをがぶ飲みしてそっぽを向いた。
「そのこと聞きたかったのに、洸祈は俺のこと無視するし…………」
しゅんとした陽季君。
これは疑いようもなく、崇弥の責任だ。そもそも、崇弥が花火大会で陽季君のいない時に知らない男の人と談笑していたことがなければ、陽季君も夜中に崇弥を置いてベッドを抜け出し、バーで女の人に愚痴を溢すことはなかったのだから。
「今日もカタログを渡すだけ渡してみたのに、反応ないし……」
「カタログ?」
一体全体、なぜカタログなのだろう。
「俺は洸祈を楽しませられるよって意味を込めて、ソフトプレイからハードプレイまでのグッズのカタログを…………」
陽季君の愛情がひん曲がってきているみたいだ。早いとこ誤解を解かないといけない気が――
ピピピピピピピピピピピンポーン。
『司野、司野ぉおおおおおおおおおお!!!!』
ほら来た。
「え?洸祈?何で?」
「決まってんやろ。カタログや」
恋人と不仲な時に、その恋人からアッチのカタログが贈られるというのだから、叫びたくはなる。だけど、俺の家の前では叫ばないで欲しい……。
「カタログ?……まさか、司野さんと洸祈は…………洸祈は一体何人と浮気してるわけ!!!?」
妄想が飛躍し過ぎだと思う。恋は盲目と言うけれど、そんなレベルではない。
好き過ぎるって……恐ろしい。
と、俺は陽季君に再び襟首掴まれて前後に振り子のように動かされながら考えるのだ。
「司野、聞いてよ!陽季がこんなもの渡してきたんだよ!これはもう、『俺、これぐらいのプレイができないお前とは別れるよ』って意味だよね!!!?俺、陽季に捨てられたぁああああああああ!!!!」
耳が痛い。
ガクガクとぶれる視界の中で、開いていたドアから入って来た崇弥が1冊の雑誌を持って喚いていた。
「あう……陽季君……頭がグラグラで…………」
もう、二人ともどうにでもなれや。
俺の日曜日はかっくんかっくんと頭を揺らしながら黒に染まった。
「司野、おはー」
「…………………………おは……」
「……司野?どうした?元気なさそうだな」
「そうやな……原田のツンツン見てたら元気失せるわ……」
「返事すんのもめんどくさいからって、俺に奴当たりすんなよ!」
せやったら話しかけんでくれ……とすら、言うのもめんどくさい。
俺はツンツン頭の原田に頭を下げ、鞄を机に放り投げて席に着いた。
「司野、今日、監査だからな。覚えてんだろうな」
「はーい……財閥系子会社ですよね…………」
瑞牧さんの低音ボイスは少し安らぐ。
けど……――
ごつっ。
「瑞牧さん……痛いです」
「動け。せめて働け」
「“せめて動け”の方がええです」
俺は目の前のノートパソコンを起動させた。
最近になってやっと、48階の監査部にもノートパソコンが支給された。今までA4紙にせっせとペンを滑らせていたのが終わったのはとても嬉しい……が、俺はパソコンが苦手だ。講習にも参加してみたが、カタカナがわけ分からない。百均で買ったパソコン用辞書を傍らに置いてるが、調べたらカタカナ、調べたらカタカナ、調べたらカタカナの連続で結局分からない。
この前なんか、間違えて全削除。午後の4時間分がパーだ。お陰様で残業。
「ホントにお疲れだな、司野。それで監査なんて大丈夫か?」
「うーん。誤解に誤解を生んだ修羅場に巻き込まれたんや…………」
原田は首を傾げて俺をパソコン越しに見てくる。ああ、画面がチカチカして辛い。
やっぱり紙がいい。
瑞牧さんは……紙だ。それも、月曜の朝刊。
「誤解?修羅場?面白そうだな!」
全然面白くない。俺の休みは消えるどころか、滅茶苦茶疲れが溜まった。
俺は陽季君に散々揺さぶられ、崇弥が楽しく話していた相手はその場限りの話相手だったという終わりになる。
つまり、
『俺は多摩川の某アザラシ探してるって言ったら、その人が見たことあるよって言うから、話聞いてたの!』
らしい。
『待ってよ。まず何であの男と話してるわけ?』
『え?話しかけられたからだけど。今、一人?って。恋人待ち?って』
『はぁ!?それ、狙われてんじゃん』
『狙われてる?え、何に?』
崇弥は色恋に疎い。天然さんだ。
そのせいで俺は酷い目に遭ったのだが。
『洸祈は俺が傍にいないとダメだ!』
『俺、お守りが必要な餓鬼じゃないんだけど』
『洸祈、外出禁止。仕事以外で外出んな』
そこまで言わなくてもいいものを……。
で、そこからは修羅場だ。
喧嘩に喧嘩。取っ組み合いやら殴り合いやら。『馬鹿陽季!』と『馬鹿洸祈!』の嵐だ。
『もういい加減にしてや!!!!俺、寝るから!お休みな!!!!!!』
俺もキレた。滅多に怒鳴らないのに、怒鳴って寝室に逃げようとしたのだ。
そしたら、崇弥が泣いた。いつかの大号泣以上の大声で。
俺はそれからずっと、拗ねた陽季君と騒がしい崇弥のお守をしていた。
結論は二人ともお守りが必要な餓鬼だったということだ。
「で?何があったんだよ?」
「原田、静かにしてや。俺、睡眠不足なんや。寝る。もう誰も起こさんでくれ……」
寝かせてくれや。
ごつっ。
「瑞牧……さん…………」
「仕事しろ。せめてロボットのように単純作業こなしてろ」
「せめて仕事しろ……でいいです……」
俺の職場は今日もハードプレイや。