だいろくわ
仕事行く前に投稿し忘れていたので夜に投稿。
ご意見、ご感想、アドバイスなどいただけましたらうれしいです。
「……マジか」
全てを聞かせ終えた要の第一声は、それだった。
「マジ」
まあ、そうなるだろうな、と予想はしていたから、僕は笑ってシャツをめくった。そこに刻まれた三年間に、要が息を呑む。
「……特殊メイクとかじゃねーよな」
「まさか。触ってみるか?」
「……」
無言で、ぺたぺたと僕の胸からお腹を触っていく要。その顔が戸惑いから深刻なものに変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
「……凄い筋肉のつき方だな。普通に筋トレしてたんじゃこうはならない。まるでお師さんの身体だよ」
「傷じゃなくてそっちかよ」
「そらぁな、俺は一応、武人を自称しているわけだしなぁ」
乾いた笑い声を上げながら、要は言った。
「……信じがたいが、信じるしかねぇなぁ。そらこんな身体見せられたら信じるしかねぇわなぁ」
「往生際が悪いぞ、要。信じるつったのはお前だろうに」
「あのな。高校生に上がるときに卒業したモノが現実にあるなんざ、そうそう信じられる話じゃねーっつーの」
どっかと胡坐をかいて、勝手に淹れてきたコーヒーを口に含む要。
あのあと、『浸食』から解放された五人をその場に寝かせ、警察を呼んでから、僕らは警察が来る前に逃げるように僕の家に帰ってきていた。その場に残れば今度こそ補導は免れなかったし、正直に何を話しても信じてもらえない事は明らかだったからだ。そうして残るのは過剰防衛とも取られかねない体の藤代たち……まあ、逃げても仕方がないと思う。
そうしてそのまま就寝、と行きたかったのだけど、それは部屋にまで上がり込んできた要に阻止されたというわけだった。
「それで……『浸食』、だったか。お前の言う、あっちの世界の」
「……うん。『闇の軍勢』が使う手段の一つで……というか、基本戦略、……というか、あいつ等はそれしかできないから」
「それしかできない?」
「うん」
頷き、目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶ光景は、あの凄惨なもの。街の一つが全て『浸食』されて、何千人っていう人間を相手に戦うしかなかったあの戦場。
「僕が向こうで戦った『闇の軍勢』は……軍勢、だなんて言われているけど、実質『闇』とソレを統べる魔王だけの存在なんだ。残りの魔将軍は、そこから産まれ出た眷属で……そのさらに下の眷属が、基本の兵隊。だから、トップである魔王や魔将軍を倒せば、その下の眷属は諸共に斃れる、って寸法だったんだ」
「……王道だねぇ」
「茶化すなよ。……それで、その眷属を増やす方法が、『浸食』なんだ」
「……ってことは、あいつらもその眷属とやらになってた、ってことか?」
「うん。あの額の赤い珠がその証拠でさ。……それから、『浸食』は人間にのみ、ってわけでも無くて」
無愛想な賢者から聞かされた内容を、どうにか噛み砕いて話していく。
「草木や……その土地なんかにも、適応されるんだ」
「……まさかあの時、お前が動くなっつったのは……」
「うん。あの空間全体が『浸食』されてて、ちょうど要の立っていた辺りが境界線だったんだ。そこを超えれば、あの『番人』に攻撃されていた可能性があった」
「『番人』?」
「藤代」
ああ、と要は頷いた。
「あいつらが?」
「うん。土地を『浸食』して、その場自体を『闇の軍勢』にする。そしてそこを足掛かりに周囲をさらに『浸食』していく、っていうのが向こうでよく見た……ええと、あいつらの常套手段でさ。その初期の場所には、偶々近くにいた生物を『浸食』して眷属にして、『番人』にするんだ。たぶん、藤代たちはそうされたんだと思う」
「……なるほどなぁ。……それで、藤代たちは大丈夫なのか?」
「たぶん」
確証はないけど、と付け足して、僕は頷いた。
「向こうでは、あの赤い珠を砕けば大抵は元に戻った。今回はそこまで時間も経っていなかったはずだし、『浸食』も初期段階でそこまで身体に影響も及ぼしていなかったし……」
「……あれでか」
「うん、あれで」
一瞬、要の頬がひきつったのを、僕は見逃さなかった。きっと要の脳裏には、いくら木刀での一撃を見舞っても、まるで操り人形のように躍りかかってくるあいつ等の姿がよみがえっているのだろう。
「もっとひどいのになると、人外になるのもあった。身体だって二メートルや三メートルを超えるものもあったし、体躯だって獣や蛇みたいになるのだって珍しくもないよ」
「……よくそんなのと戦ってこれたな、お前」
「……こっちに帰ってきたかったからね。絶対」
力なく、笑う。
そうかよ、と要もつられて笑った。
「まあ、こっちじゃそこまではいかないと思うけど……」
「どういうことだ?」
「こっちには、そこまで成長するための魔力がないんだ。ええっと……そう、餌というか……栄養分、みたいなものが」
「魔力って……あのRPGとかのマジックポイントみたいなものか?」
……まあ、たぶんそっちを思い浮かべるのだろうと思っていたけど。
「ええっと……間違ってはいないよ。確かに魔法とか使うために魔力は必要だけど……」
「あるのかっ、魔法! お前も使えるのか!?」
興奮気味に身を乗り出してくる要に、僕は苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「いや、使えないよ。……向こうでは多少使えてはいたんだけど、ね」
「こっちじゃあ使えないのか?」
「うん。えっと……なんて言えばいいのかな。確かに魔力は、魔法を使うための燃料なんだけど、それは人の身体の中にはないんだ」
「なるほど、周囲から取り込むのか」
「……話が早くて助かるよ。そう、魔力は大気中に漂っている力のことで、魔法使いはソレを体内に取り込んで精神力で方向性付けして魔法として発動するんだ。……でも、この魔力を利用しているのは人間だけじゃなくて、『闇の軍勢』も同じだった」
実際はそれだけじゃない。魔法を使うには確かに魔力が必要だけど、精霊の力を借りる精霊術や奇跡を扱う神術なんかもあった。ただ、それらまで説明すると物凄く長くなりそうなので、割愛する。……目の前で爛々と目を輝かせる要に、そう判断せざるを得なかった。
「……つまり、『浸食』を行うためには大気中の魔力が必要で、こっちにはそれがないから『浸食』ができなくなるってことか」
「そう」
本当に理解が早くて助かる、と内心ほっとしながら、また小さく頷いた。
「何か代用品があれば別だけど、少なくとも向こうで考えればそうだと思う。……判断材料がそれしかないから、そうとしか思えないってのもあるけど……」
「……それは仕方ないわなぁ。正直、俺だっていきなりこんなこと言われりゃ、信じられるかどうかは疑問だよ。さっきの一件とその身体がなけりゃぁ、きっとお前の話でも、ああ、数年遅いはしかにかかったかぁ、なんて思って生温かく見てたぜ?」
「……それはちょっと勘弁してほしいな」
お互いに、小さく笑う。
しばらく笑いあって、ふいに要が顔を引き締めた。
「それで……、お前は一体どうするんだ、これから」
「……」
思わず、押し黙る。それは決して答えられないという物ではなく――答えを、出す以前の問題だった。
「どうしたものか、なぁ」
「なんだ、決めかねてるのか」
「……うん」
頷くと、要は顎に手をやって、僕をじぃとみてきた。
「な、何さ」
「……じゃあ、しばらくお前俺と行動な」
「信用されてないね、僕」
「当然だろうがよ」
笑って、要が立ち上がる。
「何年、ダチやってきてると思ってんだ? 親友」
「……ほんと、頼りになる親友だ」




