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だいにわ

ヒロイン登場



「やっぱり、夕日はこっちの方が綺麗だな……」


 フェンスに手をかけながら、僕は呟いた。

 要との会話の後、僕は逃げるようにして屋上に上がってきた。時間はもう放課後。つまり午後の授業は全部サボりだ。

 自分なりに色々と整理したかったし、第一授業内容なんかさっぱりわからなくなっていた。中学レベルですら怪しいのだから、まあ今日ばかりは、と自分で言い訳する。


「……ホント、こうしていると、夢だとも思えるよ、まったく」


 小さく息を吐いて、背をフェンスに預ける。

 確かにこうしていると、あの三年間が嘘のように思えるから不思議だ。何せ、あの三年間がこの世界ではたったの一秒。あれだけの体験をしてきたのに、こっちではまったく何も変わっていない。

 だけれども――


「……これが、あったらなぁ」


 ワイシャツの胸元を開き、その下をちらりと見る。

 そこに刻まれているのは、おびただしい数の傷跡だ。比較的軽傷の痕もあれば、あきらかに命にかかわるような大きいものもある。何度も傷ついて、治して、また傷ついて……その結果が、これだ。

 こっちに帰ってくる前、僧侶に頼み込んで一日がかりで治療の奇跡を使ってもらっていたのだけれど、これが精いっぱいだった。というか、僧侶の奇跡がなければ、きっとこっちに帰ってきた時点で、きっと何事かと騒ぎになっていただろう。

 何せ、顔にまで傷跡はあったし、魔王との最終戦で片腕も失っていた上、半身は焼けただれていた。死んでいてもおかしくはない状態だったのだ。位階としては最高位に近い場所にいた僧侶の奇跡と、『奇跡の剣』の加護があったから何とか五体満足でこっちに戻ってこられたけれど、もしそれがなければ帰ってくる決心すら鈍っていたに違いない。

 しかもそんな負傷が珍しいわけでもなく、強敵――特に魔王の側近たちに対しては例外なく似たような状態になっていたのだから、よくもまあ、途中で挫折しなかったものだと自分で自分を手放しでほめてやれる。……まあ、『勇者』という装置に徹していればよかったんだから、楽と言えば楽だったんだけど、と小さく笑って、僕は呟いた。


「……勇者、ねぇ」


 ……そう、勇者、だ。

 端的に言えば、僕は異世界に召喚された。

 それも、『勇者』として、だ。

 まさか高校二年生にもなって、そんな妄想の様な自体に出くわすなんて思ってもみなかったけれど、それは間違いなく真実だった。

 三年前のある日――と言っても、こっちの世界では今日だけど、三限の山形先生の授業を普通に受けている時だった。

 ふと気がつけば椅子が消えて、僕は尻もちをついたのだ。

 慌てて辺りを見渡せば、そこはまるでRPGなんかでよくみられる祭壇の様な場所で、床には幾何学的とも魔術的ともつかないようなな不思議な模様が描かれていた。

 最初は何かのドッキリかとも思ったけれど、そうではないのは外の景色を見れば一目瞭然だった。

 空に浮かんでいる島に、二つある太陽と三つある月。

 極めつけは、わめく僕の目の前で放たれた魔法の炎に、僕は自分が異世界に召喚された事を理解した。

 それから三年。語るには少し長すぎる間、僕は異世界を旅して――そして、『魔王』を倒した。

 その過程で、仲間と呼べる人達もできた。

 王女様なのに拳闘が得意で、鋼鉄のゴーレムすら一撃で砕いてしまった腕白な格闘家。

 裁縫や料理といった家事が得意な、身長が3メートル近い巨人族の気弱な戦士。

 魔物の材料にされてしまった兄の敵を討つために魔王と敵対していたダークエルフの盗賊。

 女好きで、酒好きで、ぐうたらで、もう人としてどうかというぐらい何もしなかった神聖帝国序列三位の聖騎士。

 貴族のお嬢様と結婚するために魔王討伐の旅に同行してきた、人狼族の僧侶。

 そして――僕をこちらに送り返してくれた、無愛想な賢者。

 他にも、旅の間に色々な人に出会って、色々な出来事に出合って、そして色々な命が失われる場面と出くわした。

 三年。その間に、僕は本当に色々な経験をした。魔王を倒し、こっちに帰ると仲間たちに言った時には、賢者以外には何度も引き止められて、お姫様には求婚までされたりして、そしてその言葉にぐらついてしまうぐらいには、あっちの世界に愛着もわいていた。

 ――だけれど。

 僕は、こっちの世界に帰ってきた。腕白だけど、おてんばだったけれど、『希望の剣』が発動していなければ僕よりも断然強かったけれど、可愛いところもあったあのお姫様の求婚すらはねのけて、帰ってきたのだ。

 それは――


「ここに、いたのか」


 ――全ては、このため、この人に会うこのときのために。


「……うん」


 その、三年間ずっと待ちわびて、ずっとずっと夢見てきた女性の声に、僕はゆっくりと身体をそちらに向ける。

 屋上から校内に繋がる鉄扉が僅かに開いていて、ふわりと風に黒髪が舞った。

 そこにいたのは、美少女――というには、少し背が高すぎる女性だった。

 175センチもある僕以上の身長と、腰ほどにまである鴉の濡れ羽色の黒髪。意思の強さを示す光が宿る瞳が、じぃっと僕を見つめていた。

 美少女ではなく――美女。あっちの世界で美男美女も多く見てきたけど、彼女のそれもまったく遜色はない。どころか勝っている。圧倒的に。完全に。完璧に。どうしてあの要と血が繋がっているのか不思議なほどにだ。


「まったく……要から聞いて驚いたぞ。まさか君が、午後の授業を全て休むとは、ね。想像すら、していなかった」

「……うん」


 困った顔をして、けれどどこか面白そうな口ぶりで僕の方へと歩み寄ってくる女性。僕は高鳴る胸をどうにか鎮めようと努力して挫折しながら、じっと彼女を待った。


「……何か、あったのかな?」


 あと一歩。あと一歩で僕と触れ合える場所まで来て、彼女は止まった。

 優しげな光をたたえながら、彼女の眼が僕を見ている。


「うん……色々、あったんだ」

「そうか」


 微笑んで、彼女が手を伸ばす。僕の胸の前に向けられた掌が、じぃっと僕を見つめている。


「……」


 僕は自分の掌の汗をズボンで拭って、それと重ね合わせる。そうすると、彼女はほぅっと息を吐いた。


「……ああ、やっぱり君だ。うん。要に聞いていて、知っていたけど……やっぱり、だいぶ雰囲気が変わっているね。……驚いた」

「そんなに、変わっているかな?」

「ああ、変わっているさ。目がよく見えていない私だから、よくわかる」


 彼女は――津嶋絆。津嶋要の実姉である彼女は、生まれつき目が不自由だった。全盲というわけではなく、残存視覚を有するいわゆる弱視というやつだ。

 見えないわけではない、だけど、人より視えない。そんな彼女だからか、絆さんには昔から人が見えないモノを視る力があった。

 それは人の雰囲気だったり、感情の色だったり、第六感のような感覚が発達していたのだ。

 ……そんな人だから、きっと隠し通せはしないと思っていた。だから、彼女の言葉に僕は驚きはしなかった。


「……そっか」

「まるで、何年間も君を見ていなかったみたいだ。……うん、そう、そうだね、久しぶりに、君を見た感覚だよ」

「……うん」


 ぐっ、と、鼻の奥が熱くなる。

 絆さんの言葉に、せき止められていた物全てが溢れだしそうになる。

 ……でも、今はまだ、駄目だ。

 だから僕は、絆さんと掌を合わせたまま、彼女の肩に額を乗せた。そして、小さくつぶやく。


「――ただいま、絆さん」

「……」


 僕の突然の言葉に、けれど彼女は戸惑う様子もなかった。そしてまるで僕の心中全てを知っているかのように、まるで母親が子供をあやすかのように、僕の背を優しく撫でてくれる。


「お帰り」


 それきり、絆さんは何も言わなかった。

 何も聞こうともせず、ただただ、泣くのをこらえていた僕をあやしてくれていた。






 やがて全てをせき止めていた堤防がその役目を果たして、心地のいい温かさは僕から離れて行った。


「……まったく。やっぱり、君は君だな」


 苦笑を浮かべて、絆さんが言った。

 また困らせてしまったのだろう。僕は逃げ出したくなるのをこらえて、小さく頭を下げた。


「……ごめん」

「まったく」


 だけど彼女は笑ったままで、僕の頭を軽くはたく。


「こういう時は、お礼を言うものだよ」

「うん……ありがとう」

「うん」


 僕の言葉に、絆さんが嬉しそうにうなずく。

 そして、その手が僕のほほに触れた。


「苦労してきたみたいだね」


 確信のこもった声に、僕はまた小さく頷く。


「うん……」

「話せない?」

「……うん。ごめん……」


 また、頷く。

 頬に灯っていたぬくもりが移動して、僕の頭をなでる。


「謝る必要なないよ。人は誰しも秘密をもつものだから」


 さほども気にしていないように、彼女は言った。


「でも、少しでも苦しくて、そして少しでも私が力になれるのなら……話してくれると、嬉しいな」


 だから僕は、また、頷くことしかできなかった。


「……うん。いつか、きっと……話す。だから、待っていてほしい……ん、だけど……」


 ……何を、待てと言うのか。その当然の思考が脳裏をよぎって、尻すぼみになっていく僕の言葉に、だけど絆さんはただ頷くだけだった。

 そして、彼女は言った。


「ああ、待っている」


 その言葉で、僕がどれだけ救われたのだろうか。

 それを彼女はきっと知らない。





 だから、きっと――その言葉でまた、僕がどれだけ追い詰められたのかも、きっと彼女は知らないのだ。




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