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だいいちわ




「っ」


 召喚された時と同じように、それは一瞬のことだった。

 目を開けば、そこはあまりにも懐かしい学校の教室で、今の今までいた賢者の洞穴の名残はどこにもない。

 県立明宝高校。とある地方都市の、それなりに進学校である高校であり、僕が通っていた高校だ。

 周りからは、シャーペンがノートをこする音が響いている。誰も僕を不思議がってはいない。

 あの無愛想な賢者の話では、この世界では僕が召喚されてから一秒もたっていないとのことだった。誰かが僕をずっと見ていたのだとしても、一瞬消えてまた現れたようにしか見えなかったはず……なのだそうだ。そんなの、どう考えても見間違いとしか思わないだろう。

 もっとも、僕の席は教室でも一番後ろの窓際で、後ろには誰もおらず、また生徒の人数の関係で、僕の席だけまるで出島の様な形で出っ張っているため、横にも誰もいないから、後ろにでも向いていない限り、一人の例外を除いて僕が召喚されて帰ってきた瞬間を見る事はできないだろう。

 その一人の例外である先生も、黒板に板書をしているため、その視界に僕が映ることはなかったはずだ。

 制服だって、裁縫が得意な戦士に頼み込んでほぼ元通りに直してもらっていたので、よくよく見ない限りこの学校の制服としか見る事ができない。この学校に入学すると決めた当時は、女子のそれと比べてあまりに地味なこの制服を見た時は思わず顔をしかめてしまったものだけど、今は物凄くありがたく感じるのだから面白いものだった。

 唯一の心配と言えば、三年間も戦い続けてきた結果、格闘家もびっくりな体つきになってしまった僕の傷だらけな身体だけど……まあ、成長期を見越して制服は大きめの物を買っていたから、上着を着ているならよほど注意深く見なければその中身はわからないだろうし、それにこれからちょうど寒くなる時期だ。着替えの時さえ気をつけていれば、どうにかなると思う。来年になって、半袖に変わればまあばれるかもしれないけど……これからもたぶん、この三年で日課になってしまったトレーニングは続けるだろうから、もし注目されても何人かの例外を除いて、誤魔化せるはず。……というかそうであってほしい。

 これからしばらくの周りの目を誤魔化す日々を想像して、思わず頭痛を感じ、少しだけうつむく。


「おい、本郷」


 そんな名前が僕の耳朶を売ったのは、そんな時だった。


「本郷? どうした、聞こえんか、本郷総司!」

「……ぁ」


 ……しまった。そうだ、本郷総司は……僕の名字と名前じゃないか。向こうでは専ら名前で呼ばれていたから、自分の名字だと気づくのに遅れてしまった。

 慌てて顔を上げると、教壇の上から、若い男の教師が僕を見下ろしていた。男性教師にしては珍しい、首の後ろ辺りで纏めている長い黒髪がゆらゆらと揺れている。

 彼もまた、懐かしい人だった。高校に入学してから一年と半年。ずっと僕の担任だった教師だ。名前は、確か……山形先生、だったと思う。


「どうした、変な顔をして」

「ああっと……イエ――いえ……」


 思わず返事に向こうの言葉を使いそうになって、慌てて首を振る。


「ちょっと、あ、あはは」


 良い言い訳が思い浮かばず、笑って誤魔化してみる。自然に笑えているかどうかあまり自信はなかったけど、山形先生はちょっと呆れた表情で腕を組んだ。

 どうやら、誤魔化されてくれたらしい。


「はぁ……たるんでるぞー、本郷。集中しろー、集中」

「す、すいません」

「まったく……って、ぁん?」


 と、その顔が怪訝そうに歪んだ。

 教卓から身を乗り出して、じぃっと僕を見る山形先生。


「え、えと……な、なんですか?」

「お前……本当に本郷か?」

「え?」


 ぐるり、と、教室内のクラスメイト全員が僕を見た。そのどれもが、何事かと僕を見ている。どれもみんな、懐かしい顔ばかりだけど、この状況じゃあ懐かしめるはずもない。

 慌てて、笑顔を作る。


「あ、あはは、いやだな、先生、何言ってるんですか。僕が僕じゃなかったら、一体誰なんですか?」

「ああ、いや……そうなんだが……あれ? なんか、朝に見たお前と違って見えてなぁ」


 腕を組んで首をひねる山形先生に、クラスのみんながどっと沸いた。


「ちょっ、先生ー」

「ボケるには早すぎませんかー?」

「う、うるせぇな! それにお前ら、昔の人は『男子三日会わざれば刮目してみるべし』って言ってだな……!」


 ばんばんと教卓を叩きながら、生徒をなだめず言い合う山形先生。

 それに呼応するかのように湧き上がる教室に、僕は一人胸をなでおろした。

 山形先生は若いにもかかわらず、生徒をよく見ていると評判で、生徒の間でも人気のある先生だった。クラスでも……いや、生徒の中でも浮いていた僕のこともよく気にかけてくれた数少ない人で、何度か相談にも乗ってくれたことがある。

 そんな先生だからか。僕の違和感に気付いてしまったのは。

 ……山形先生でこれなんだから、他の友人とも呼べる人と会う時は覚悟しておく必要があるだろう、と小さく息を吐く。幸いだったのは、両親は五年――向こうに行っていた時間を含めると八年――も前から海外に出張していて、家には僕一人であるということぐらい、ということだ。これでまあ、最も僕を見ている相手、ということでトップ5に入る二人が脱落したことになる。

 問題は、そのトップ5に入っているあの姉弟だけど……。


「……誤魔化されて、くれるかなぁ」


 ようやく沈静化してきた教室の喧騒に紛れて、僕はまた一つため息を吐くのだった。





「まあ、ガタさんの言い分もわかるわな、こうして見れば」

「あ、あははは……」


 じぃっと、僕の顔を覗き込む男子生徒。僕はのけぞり気味に体重を背凭れに預けながら、鞄の中から弁当箱を取り出した。

 時刻は既に昼休みに突入している。僕の目の前にいる男子生徒は、津嶋要。俗にいう幼なじみというやつで、こいつの姉含めて、子どものころからいつも一緒だった……親友、と呼べる男だ。

 180センチを超える大柄な体格に、引き締まった筋肉を搭載した高校生離れした体躯。容姿は少し暑苦しい、なんて形容詞がつきそうな顔つきをしているけど、それも愛嬌のある笑顔が打ち消している。

 部活は剣道部に在籍していて、その道では結構知られているらしい。大会でも何度も入賞しているらしく、朝礼で校長から賞状を受け取っている。

 性格だっていい。困った人を見ると助けずにはいられない熱血漢で、他校の不良に絡まれていた生徒を助けている場面も昔から何度も目撃していた。

 もしこいつが僕の代わりに勇者として召喚されていれば、僕の様に『装置』に徹するわけでもなく、それこそ本当に物語のような勇者となっていただろうな、なんて……召喚されてまだ間もない頃何度想像したかもわからない。

 そんな男は、購買で買ってきたサンドイッチを豪快に口に含みながら、びしっと僕を指差した。


「ふぁんはは、おふぁへ、ふぁんふぇんふぁんふぉふぇんふぉうへいっふぇふぁふぉうなふんひひふぁひふぇふふぁふぁふぉ……」

「呑みこんでから喋りなよ。どこぞの宇宙人みたいになってるよ」

「あん……んぐ」


 僕の指摘に顔をしかめて、紙パックの牛乳で口の中のものを流し込む要。


「……ぷぁっ、と。これもなぁ、違和感だよなぁ。朝のお前なら、今のもわかってただろ?」

「無茶言わないでよ」


 内心冷や汗をかきながら、答える僕。

 でも、確かに三年前ならわかっていたかもしれない。というか、確実にわかっていただろう。何せ、指摘されたから冷や汗をかいたのではなく、わからない自分に冷や汗をかいているのだから。


「無茶……ねぇ。ま、なぁんかな、お前さん、お師さんみたいな雰囲気がでてるんだよな。なんつーか……そう、まるで命の取り合いを何度もやったような雰囲気っつーか……」


 鋭さを増す要の視線に耐えながら、僕は弁当を開ける。三年間夢見ていたこっちの世界の食事だ。

 向こうの食事は確かに美味しかったけど、こっちの世界の様な料理は殆ど無かった。しかも三年間の殆どが旅の空だったから、大体が保存食や味の薄いスープばかりで、本当に食事の大切さを痛感させられた三年間だったよ……。


「い、いただきます!」


 僕は要の追及を振り切るように手を合わせて、弁当を平らげにかかった。

 そんな僕の様子に、要は肩をすくめてみせる。


「……正直、今お前の前いるのも、結構緊張しているんだぜ、俺。ま、こうして気楽そうにしてられんのも、相手がお前だからで……もしお前じゃなかったら、きっと今頃こいつを抜いてるさ」


 くつくつと喉を鳴らしながら、要は足元に寝かしてある棒状の袋を足の先でつついた。

 中身は鉄芯入りの木刀であり、これで徒党を組んで報復に来た不良たちを何度も地に沈めている曰くつきの逸品だ。


「つっても、朝の時点じゃあそんなことなかった。たった四時間かそこらでどうしてそんなに雰囲気が変わるっつーのでね、俺も戸惑ってんのさ。ガタさんもな」


 ちなみにガタさんというのは山形先生のことだ。先生は何度も先生と呼べと指導しているのだけど、自分が先生と呼ぶのはお師さんだけだ、と豪語する要の前ではのれんに腕押し。剣道部顧問ということもあって、立ち合いに勝てば先生と呼ぶという条件の下、何度か勝負しているのだけれど、その結果は未だ先生と呼ばない要が証明している。


「……そんなに、変わってるかい?」

「おう、変わってる。根本の部分は変わってないような気はするから、まあ親しくないヤツにはわからんだろうがなぁ」


 半分以上も残っていたサンドウィッチを一口で食べて、要はにやりと笑った。


「何があった? おじさんに言ってみろよ、今なら大概信じられるぜ?」

「……」


 思わず、僕は悩んでしまった。

 こいつは嘘はつかない。信じると言ったら信じてしまうだろう。だから、きっと、自分でも荒唐無稽としか思えないこの話も、信じてしまうのだろう。

 だから。


「……終わった話。ちょっと、意識の持ちようが変わっただけ、かな」


 僕は、喋らないという選択肢をとった。

 そうだ。こいつはこういうやつだ。だから、きっと全部話せば、自分がその場に居られなかったことに罪悪感を持つに違いない。

 少なくとも今、そんな顔をされれば……きっと、僕も平静ではいられないだろうから。


「そうかい」


 要は、肩をすくめて背凭れに体重を乗せた。90キロを超える体重に、ぎしりとイスがなった。


「なあ、総司」

「何?」

「俺ら、ダチだな?」

「っ……」


 笑おうとして、要の真剣なまなざしに口をつぐむ。そして僕は、何も言わずにゆっくりと頷いた。


「……そうかい」


 それを見て、要はおかしそうに肩を震わせた。


「ならいいぜ。……整理ついたらよ、話せよ」


 その言葉に、また僕は、頷くことしかできなかった。





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