だいじゅうわ
みしり、と、木刀がたわむ。要の獲物と違って、この木刀には鉄芯なんていう上等なものは入ってはいないのだ、これ以上の負担はまずい。そう思考が至るや否や、僕は半身を引いて衝撃を逃がす事を選択した。
――だが。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
ふと目の上に影が差す。目線だけ上に向ければ、踵がすさまじい速度で落ちてくる光景が目に入る。
「ぐっ……ちぃぃぃっ!」
既に体はかわし、ひねり、これ以上の駆動は不可能というところまで来ている。首をひねれば直撃は免れるが、この軌道では鎖骨が砕かれてもおかしくはなかった。こんな体勢でそこまでの威力があるものかという考えもよぎるけど――『浸食』された『番人』に常識なんか通じるはずがないと思いなおす。
「させるかァァッ!」
ぎゅおっ、と耳元を木刀の切っ先が通り過ぎる。鉄芯が入ったそれはそのまままっすぐ『番人』のアキレス腱へと突き刺さった。
「ヅがァッ!?」
「ナイス、要!」
その衝撃で、『番人』の体勢が崩れる。いかに『番人』といえども、魔法を使えない以上空中で崩れた体勢を立て直すのは難しい。
「ジッ!!」
踏み込んだ足が、カーペットを突き破ってコンクリの破片を舞いあがらせる。
木刀を放り投げ、それが落下するよりも早く、僕の拳が『番人』の背中に吸い込まれた。
「グがァッ!」
濁声を発し、本棚を巻き込みながら吹き飛んでいく『番人』。埃が視界を覆って、図書室特有の埃っぽい臭いが急激にきつくなる。
「やったか……?」
「いや……まだ珠は砕いていない」
木刀を下段に構えながら、要が僕の隣へと並ぶ。僕はカーペットに落ちた木刀を拾いながら首を振った。
「珠っつってもな……見える範囲には、何処にもなかったぞ」
「服の下にあるか、もしくは身体の中にあるか、ってところだと思うけど……」
「……前者なら楽だがよ、後者ならどうするんだ?」
その答えに、僕は肩をすくめることしかできなかった。
ある意味で、考えたくもない可能性だ。何せ向こうでは、珠の在り処を探る探知魔法があったけど、生憎と僕はソレを習得していないし、第一こちらでは魔法は使えない。
……となれば。
「……もしものときは俺がやるぞ、総司」
最悪の予想に行きついたのか、要が押し殺した声で言った。
僕は笑って首を振る。
「大丈夫。慣れてるから」
「ッ……」
今度は要が押し黙る番だった。歯をかみしめる音が、隣にいた僕にまで聞こえてくる。
「……それに、最悪、手がないわけじゃないよ」
「本当か……?」
「うん……できるかどうかわからないけど、ね」
一縷の『希望』を込めて、胸に手を当てる。その奥に突き刺さっているソレがドクンと震えて、しかし僕の『希望』には反応しないあたり徹底しているなぁと逆に感心してしまう。
「……もしもの時はさ、要」
「おい、やめてくれそんな縁起でもないセリフ」
「大丈夫、そんなに縁起の悪いセリフじゃないから」
「……本当か?」
訝しげに聞いてくる要に笑いかけて、僕は言った。
「ああ、ただ……僕を信じてくれってだけ」
「……今更だ、馬鹿野郎。言ったろう、俺はお前の全部を、ありのままを受け入れてやるんだ、ってな」
要も、つられてにやりと笑う。
「しかしま、妙なことになったな。まさか司書さんが『番人』になっちまったなんて……」
「ほんと……要が時間を潰す事を提案してくれて、助かった」
「はは、だろ」
僕の視界には、荒れに荒れた図書室の光景が広がっている。下校時間をとうに過ぎていなければ、図書室の周囲に他の生徒が殆ど居ないという確信がなければ、こうまで暴れる事は出来なかった。
秋口といっても日没の時刻はまだ夏並みで、校内に生徒はほとんどいない。職員室に行けば教師がいるのだろうけど……図書室と職員室は別棟だし、距離も離れている。そうそう気付かれることはないだろう。
肉弾戦のみとはいえ、派手に戦わざるを得ない以上、この事実は本当にありがたい。日が沈むまで時間を潰そう、と提案してくれた要には本当に頭がさがる。
「だが……妙に思わねぇか、総司」
「……」
その問いにも、僕は肩をすくめて答えずにいた。
妙、そう妙だ。
あの屋上での一件の後、日が沈むのを待って、僕たちは図書室へと入った。そしてそこで待っていたのが……濃密な『闇』の気配と、『浸食』された土地を守る『番人』となった図書室の司書の姿だった。
そして――まるで、僕たちを待ち構えていたかのように、彼は僕たちに襲いかかってきた。
戦況は、どうにか五分、と言ったところだと思う。
相手が女性でないのが唯一の救いではあるけど、それでも何かの武術をたしなんでいたらしく、理性を失った獣の様な動きばかりでなく、先ほどの中国雑技団の様な曲芸モドキの動きまでやってくる。正直、向こうで戦った『番人』と比べてもそん色ない戦闘能力だと思う。
対してこちらの戦力といえば、『勇者』としての力がまったく使えない戦士モドキと……純粋な戦闘能力なら、おそらく今の僕にすら及ばない――言い方は悪いけど、足手纏いの侍モドキ。
状況は不利としか言いようがなかった。
「要、絶対に無茶はするなよ」
「……こういう時に無茶しないで、いつするってんだ?」
そしてソレがわかっているのか、声に緊張と悔しさをにじませて、要が言う。僕は小さくため息をついて、本棚の奥を見据える。
――ダメージが回復したらしい。動きがあった。
「……なら、絶対に僕の前に出ないで。僕の間合いで戦ってくれ」
「おう」
要が頷くと同時に、本棚が持ち上がり、中身ごと僕たちへと向かってくる。
「っ!」
「なんてぇ出鱈目だ、おい!」
瞬時、床を蹴って左右に飛んだ僕たちの間を、本棚が凄まじい速度で通り過ぎた。様々な書籍の案内を張り付けたボードにぶち当たり、轟音を立てて本棚と砕け散る。
そして。
「ぐぅっ!?」
「要ッ!」
僕の耳朶に要の悲鳴が飛び込んだ。
本棚と同時に飛び出した『番人』が、要に襲いかかっていたのだ。
「舐めェ――るなぁァァァァッッ!!」
要の獰猛な咆哮が図書室を劈き、木刀が既に人間のソレとかけ離れた『番人』の腕と激突する。
――しかし。
「な――!?」
鉄芯入りのはずの木刀が、たわむ。半ばにヒビが走り、そして要はその勢いに抗うこともできずに背後の本棚に叩きつけられ、
「が――!」
「要!」
僕の放った木刀の一振りが、『番人』の脇腹に滑り込んだ。めきり、と、掌に人を斬った時とはまた違った生々しい感触が伝わって、番人がそのまま弾き飛ばされる。
「生きてるかッ!?」
「ああ……何とか、な」
立ち上がり――痛みに顔をひきつらせながらもその目に闘志をたぎらせながら、要は立ちが上がった。
そうして思う。本当に――つくづく、思う。こいつが、僕なんかの代わりに召喚されていれば、もっといい結果に終わっていたんじゃないかって。
あの世界にとっても――あの仲間たちにとっても。
「どうするよ、あれ。服脱がして珠の在り処探すのは無理だぜ、あの動きは」
「……僕も難しいかな」
「だよな……すまん」
「気にすんな。昔の――昨日までの恩返しだ」
「……」
僕の言葉に悔しそうに歯噛みする要だけど、それにフォローを入れる余裕はなかった。じりじりと間合いを測るかのように動いていた『番人』が、また飛びかかってきたのだ。
「キシャァァァァァァアアアアアアア―――――!!」
地を蹴って、すでに人間という枠から外れたその膂力をもって僕らを叩き潰さんと飛びかかってくる『番人』。
避けられない。後ろには、未だダメージを引きずる要がいるのだ。あの速度と力では、もう受けられない。次は、確実に死ぬ。
なら――迎え撃つ!
「――ルぁッ!」
僕が選択したのは、木刀の峰を肩に担いだような構えからの、袈裟斬りである。
かぁぁぁん、と、妙に澄んだ音が突き抜ける。競り負けたのは――『番人』の方だった。
「ギグァッッ!!」
床にたたきつけられ、ごろごろと転がっていく『番人』。若干のしびれの残る掌で木刀を握り直しながら、僕は小さく安堵の息をつく。
僕が三年間、ひたすらに振るってきたのはこの型からの一振りだった。大上段からの振り下ろしでは、相手があまりに硬すぎる場合に弾かれる恐れがある。横斬りでは、盾や腕に邪魔されるかもしれない。
だけど斜めの斬撃ならば。そして、そこへ最短距離で加速していく斬撃ならば。
どんな生物でも急所となりえる首から胸部にかけてを斬ることができる。また、肩に担ぐことによって、刃の出先を見難くすることもでき、乱戦では使い辛いけれど、一対一の状況なら素人でもそれなりに使える――捨て身の技だ。
これを教えるにあたって、僕に剣術を教えてくれた気弱な戦士はあまり教えたくない技だけど、といつも前置きしていた。
……当然だ。剣を肩に担ぐということは、防御を捨てる事に等しくて、そして『希望の剣』による身体能力強化があっても、敵の攻撃を生身で受けるのは自殺行為だった。だけど、武術の才能が壊滅的に存在しなかった僕があの三年間を戦いぬくためには、そういった捨て身の技に頼るしか方法がなかった、というだけの事。それがわかっていたからこそ戦士は最後まで僕に戦闘技術を教えるために付き合ってくれたし、あのぐうたらな聖騎士でさえよく修行をつけてくれていた。
おかげでまあ、ただの木刀でも、『剣』の強化がなくてもそれなりには戦えている。
「……だけど」
「総司、それは……」
痛めたのか、脇腹をかばいながら片手で木刀を構える要が、僕の手の中の木刀を見ている。
視線を落とす。そこにあったのは予想通り、半ばでぽっきりと折れた木刀の姿だった。
「……鉄芯入りとかなかったの?」
「……無茶言うなって。学校にそんなのあるかよ。剣道場からそれちょっぱってくるのが精いっぱいだったんだよ」
「そっか……ふぅ……」
また、小さく息をつく。声に出していないつもりだったけれど、少し出ていたらしい。要がまた、顔を歪める。
「……すまん」
「だから、気にすんなって」
できるだけ力を込めずに、要の肩を叩く。だけどそれだけでも十分だったらしく、今度は痛みに要の表情がひきつった。
「くっ……」
「……逃げろ、つっても聞かないよな」
「当然だ」
でも、それでも要は退こうとしない。自分が力不足だと、足手纏いだとわかっていながらも退こうとしない。
何故か――僕がいるから。
……だから、僕も、こいつと一緒に戦えて嬉しいのだ。
「俺の木刀も……くそっ、駄目だな。中身が歪んでる」
自分の木刀に目を落として、要は眉をしかめる。確か、要が道場で一人前と認められた祝いに、おじいさんから贈られたものだったはずだ。……悔しそうに歯噛みするのは、それもあるからだろう。
「……すまん、総司」
「仏の顔も三度まで、ってな」
「いっ!?」
三度目のそれに、今度は力を込めて要の肩をはたく。濁った悲鳴をあげて、要がうずくまった。
「て、てめ、総司……こんな時に……!」
「……ありがとう、要」
「何……?」
自然と、僕の顔に笑みが浮かぶ。
うん……やっぱり、これしかないか。でも、まあ、これも悪くない。
何より――こいつの希望を背負うのも、悪くはない!
「要。僕を信じてくれるよな」
「……当然だろ、何言ってやがる」
要の声には、少しの疑問もない。こんなときに何を、と言われるかとも思ったけど……やっぱり、要は要だった。
「なら、さ」
「……ん?」
拳を握り、胸板に叩きつける。
ドンっ、と肺に衝撃が伝わり、一瞬呼吸が苦しくなり――そして、どくん、と、その奥のモノが震えた。
「『希望』を僕に」
「……希望?」
何も無いはずの拳の中に――物質の感触が、現れる。
僕はそれを握りしめ――
「お前の気持ちはわかってる。僕に期待しない、お前の考えにそぐわないってのはわかってる。でも、ソレを押して頼むよ。……いいや、僕に、じゃなくてもいい。勇者だ。『闇』を倒してほしいと。『番人』を倒してほしいと。『希望』を『勇者』に与えてくれ」
――そして、一気に引き抜いた。
「っ、お前、それ……!」
背後で、要の愕然とした気配が伝わってくる。……無理もない。
僕が自分の胸から引き抜いたソレ――剣の、柄。きらびやかな装飾が施されたそれが、薄暗い図書室を照らし出す。
――だけど、それだけだ。
柄だけの、剣。刀身も鍔も何も無い、ただの柄。
今僕の手の中にあるのは、ソレだった。
「半ば予想はしていたけど……やっぱり、これだけか」
喉奥からこみ上げてくるモノを押し込んで、要を安心させるように、首を後ろにひねってニヤリと笑う。
「大丈夫。この『勇者様』に、『希望』をもちなさい、ってね」
「……わかった。ここまでくれば一蓮托生、だな」
「そういうこと」
くっ、と要が喉を鳴らす。
「グ……ガァ……!」
一瞬、柄から迸った光にひるんだ『番人』は、だけど本当に一瞬ひるんだだけだった。
すぐに敵意を取り戻して、今にも僕らに飛びかかろうと構えている。
「……信じるぜ、親友」
「ああ、信じられた、親友」
だんっ、と、埃を撒き散らしながら『番人』が地を蹴った。
「アァァァ――――ッッ!!」
肩口に柄だけのソレを構える。何万、何億と振るってきたその経験からさらに一拍を置く。
「ギシャアアアアアアアアアアアッッ!!」
ヒトのソレから『闇の軍勢』のソレへと変貌した爪が、目前へと迫っていた。そこで、ようやく、僕はソレを解き放つ。
――瞬間。
「リャァァァッ!!」
まばゆい光が迸り。
「っ、総司!?」
振り抜いたその感触に、ソレが震えた。
「……」
光が収まれば、僕の目の前には倒れ伏す司書さんがいた。身体も服もぼろぼろで、だけど肉体はもうヒトのそれだ。どうにかこうにか、珠を砕けたらしい。
「やった……のか?」
「ああ、間違いなく」
確信を込めて、僕は肩をすくめる。
「総司、それは……さっきの、柄か?」
そして要の視線は、僕の手の中の『剣』にすいこまれていた。
「うん。……『勇者の証』。――『希望の剣』。人々の『希望』を刃とする……『闇の軍勢』に対する最終兵器、らしいん、だけど……」
そう言って、僕は予想通りの体たらくのソレに耐えきれずに笑いだす。
「でも、ま、はは、お前一人の『希望』だから、刀身も殆ど無いな、これ。三センチあるかないかだよ、しかも細ッ、これじゃレイピアどころか、ピックもいいところだよ! あっははは!」
僕の手の中にあるソレ――僕を『勇者』たらしめる元凶、『希望の剣』。
本来なら一メートルほどの刀身をもつそれは、本来のものとはかけ離れた情けない姿をさらしていた。それが、アレだけ僕を苦しめていた元凶のみすぼらしい姿が、妙におかしくて、妙に笑えて仕方がなかった。
……それから笑いが収まるまでしばらくかかって、結局『浸食』の種を破壊して学校から脱出できたのは、見回りの教職員が来る数分前だったりする。




