ぷろろーぐ
年度末の忙しさに全く小説が書けないので、昔書いた小説を小出しにして時間を稼いでみるテスト。ご意見、ご感想などいただけると喜びます。
――ふと。僕は、口元に浮かんでいる笑みに気がついた。
そして思う。笑みを浮かべたのは、一体いつぶりなのだろう、と。
もしかすれば、この世界に召喚されて初めてかもしれない。
『ふん、勇者よ、何を笑っている? 力の差に絶望したわけでもあるまい』
その僕の浮かべた笑みの理由を、正面の玉座に腰掛ける黒ずくめの老人が聞いてくる。
とはいえ、笑みを浮かべたのもまったくの無意識。その理由も当然わからない。
僕は笑みを消して、小さく首を振った。
「わからない」
『ほう。自らの事も理解せぬ矮小な存在が、この私と対になる勇者とは……世界も、随分と舐めた真似をしてくれる』
くつくつと嗤いながら、魔王、そう名乗った老人が玉座から立ち上がる。何処からか蛇がのたくったような杖が現れ、老人の節くれだった手に収まった。
それを見て、僕は静かに剣を抜く。僕の胸から引き抜かれたその剣は、とても美しく、そして儚くもあった。
『希望の剣』。僕を勇者たらしめる元凶である。
「……」
『最早言葉は何もいらぬ。貴様が私の前に一人で立った以上、私か貴様、どちらかが潰える結果が待つのみよ。勇者よ、私のために潰えてみせよ』
老人が杖を振るうと、玉座の間を埋め尽くすほどの獄炎が、杖から迸った。しかしそれは僕を呑みつくす寸前、急激に収縮して老人の手の中に収まる。
刹那の後、老人の手の中には黒々と燃え盛る拳大の火球があった。
『さあ、いくぞ、勇者よ』
老人が、つい、と僕に指を向けた。
火球はその指示に従うように、僕へと飛来する。
「――」
目前へと迫る魂すら消滅させる地獄の火球に対し、しかし僕はただ無感動に剣を振るった。
諦めたわけではない。それだけで十分なのだ。
音もなく火球は真っ二つとなり、僕の両脇を通り過ぎる。直後、僕の背後の壁が爆発。その熱風というには余りにも熱すぎる衝撃の波に乗って、僕は老人へと躍りかかった。
『勇者ァッ!』
「魔王!」
直後、光が玉座の間を埋め尽くした。
「――そうして、勇者様は魔王を打ち倒し、この世界を暗黒の侵攻から守ったのでした、と」
そう、太陽の様な金糸の髪を持つ少女は妹へと語った。
白亜の部屋である。この国で最も優れた技術を結集し造られたその部屋には、現在、少女と妹の二人の人影しか存在していない。
「それで、ゆーしゃさまはどうなったの?」
「本当なら、私と結婚してめでたしめでたし、だったんだけど……」
幼い妹の問いかけに困った様に笑って、少女はため息をつくように言った。
「……元の世界に帰っちゃったのよねぇ」