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いつかの君とどこかの僕  作者: 密室天使
第二章  壊れゆく世界
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最終話

 幕切れ。

 まず、その言葉が脳裏に浮かんだ。

 麗らかな日差しが病室に入り込んでいる。

 ベットから上体を起こした。

 体の節々が痛い。特にお腹の辺りが痛い。それと頭痛もする。 

「起きたかよ、紅花よぉー」

 聞き覚えのある声が近くからした。

 相原庵。

「ったく、いつまで寝てやがる。下手したらよぉー、パイプ椅子の角っこの辺りでてめーの腹を殴ってたところだぜ。いい加減起きやがれ」

「……おまえ、なんで」

「見舞いに決まってんだろ。なんだ、不知火から電話をもらってよぉー、ここまで駆けつけてやったんだよ。ですよね?」と相原庵、後半がやけに丁寧だ。

 相原は窓の辺りで腰を落ち着けている桜サンに視線を投じた。桜サンは静々と笑い、「そうよ」とだけ言った。

「にしても災難だったなぁ、通り魔だって? わざわざ伊豆くんだりまで出張って通り魔に遭うなんざ、呪われてるな、おまえ。ま、彼女かばってどてッ腹に風穴開けたんだ。誇っていいぜ、その傷はよぉー」  

 相原はいつもどおりの笑みを浮かべる。からかいの混じった、苦笑ともつかぬ笑顔だ。

「……そっか。僕は」

「丸一日だっ。不知火も半狂乱になって心配してるぜ。今は別室ですやすや寝てるけどよぉー、それはもうすごかった。メチャクチャだった」

 その様子が瞼の裏に浮かぶ。

 罪悪感と言うか、ちょっとあきれると言うか……。

「それに、葵チャンもだぜぇー。葵チャンも別室にいるけどよぉー、後で会ってやれよ。いろいろ気にかけてたしな」

「…………」

「ともかくも、神様って奴に感謝することだ。下手したらおまえ、渡っちゃいけない川を渡るとこだったからな」

 相原はパイプ椅子から立ち上がった。「んじゃ」と言って、退室していく。相変わらず淡白な奴だった。

 静かになる。

「桜サン」

「何かしら」

「ありがとうございます」

「何が、ありがとうございますなの?」

「相原にうまく説明してくれたみたいで……」

「そう言うしかほかになかったからよ。感謝されるいわれもないわ」桜サンは不意に笑った。「それに、相原君。なんとなく、気付いてたのかもしれないしね。聞くところによるとあなたたち、竹馬の友だと言うじゃない。だから、ひょっとしたら……」

 かぶりをふった。「どうでしょう。あいつ、勘は鋭いですけど、いざ、色恋沙汰となると……めっぽう弱いですから」

「と言うと?」

「あいつ、女は胸が命だとか、ミニスカートは至高だとか言ってるくせに、自分に向けての好意には鈍感なんですよ」

「それはあなたも一緒ね」

 さっと赤面した顔を伏せた。

 窓の外から川岸に群生する青葦が、涼風にそよいでいた。

 少し、落ち着く。

 もう、夏休みなのだろう。

 病室にかけられた日めくりカレンダーは、七月二十二日になっている。

 妙に名残惜しい、と思った。

 妹との生活。相原とのバカげた毎日。初めてできた彼女との日々。

 一夏の思い出。

 目から熱いものが吹き零れていくのを感じた。

 何も言わず、桜サンは部屋から退室した。




   ○○○




 病院の外に、こじんまりとした庭がある。池があって、深緑の木立に囲まれてる。空気は清浄。心が洗われる。

 そんなことを思いながら、僕は散歩にいそしむ。清澄な昼の日差し。散策。白衣に身を包み、小枝に止まる鳥だちであるとか、揺れる紅の柘榴(ざくろ)を目で楽しむ。

 僕は待ち合わせをしている。

 無沙汰をしているわけでもないのに、胸底で懐かしさを覚えた。じんわりと胸のしこりが溶けていくような感覚。会えると思うと、体が、心が、弾むんだ。

 可憐に咲く睡蓮(すいれん)を両側にすえた小道。

 その奥に、彼女がいる。

 彼女は清純な白のワンピースを着ていた。ベンチの上でおくゆかしく膝を揃え、背筋を伸ばしている。綺麗な白の髪は花簪でとめてあって、長いポニーテールになっていた。

 近づく僕に気づいたのか、静かに笑んだ。小さく手をふっている。

 歩幅を早めるわけでもなく、ゆっくりと彼女に近づいていった。

「いいところだね。こんな病院、あったんだ」

「お母さんの古いお友達がやってるとこ」

「優しい雰囲気がする」

「患者さんたちにも定評があるよ」

「ずいぶんとお金、かかってるんじゃない?」

「庭?」

「うん」

「かかってると思う。けど、この優しい雰囲気はお金では作れない」

「そうだね」

「患者さんも幸せそう」

「知ってるかい? 幸せはお金で買えるんだよ」 

「ワタシはいつも買い損ねる」

「僕も、よくて三割引きくらいかな」

 顔を見合わせて、笑った。

 生暖かい夏の花の香が鼻腔をくすぐる。庭には色取りどりの花が植えられていた。それに準じて、生き物の香りが充溢している。

「お母さん、久しぶりに旧友と会ったから、しばらくここに滞留するって」

「それがいいよ。彼方は?」

「ワタシも……しばらくは」

「あんな男とは付き合うなって?」

「少し、一人にしてあげたほうがいいって」

「桜サンに気を使わせちゃったかな……」

「そういうわけじゃない。ただ、よほど深い事情があるらしいからあなたも深入りしちゃダメよ、なんて」

「常識的だ」

「ワタシは別に、構わない」

「逗留しなよ。親子水入らずだ」

「……うん」

「僕は大丈夫だからさ、もう心配しなくていい。後は僕が片をつける」

 そう意気込んで、ベンチから立ち上がった。

 ちらりと彼方を瞥見する。

 彼方は少し悲しそうな顔をしていたけど、多分、大丈夫だ。僕のことを信頼してくれている。

 僕は一昔前の海の日みたいに、振り返りもせずにここから去った。

 右へ切れ込み、植樹された松の木々の通りを進む。

 と。

「お兄ちゃん……」

 心配そうな、不安そうな、葵の声。それは前方から聞こえてきた。

 葵は普段着の青のワンピースを着ていた。襟の辺りの鎖骨が艶かしく、唇は濡れている。 

 特に立ち止まることもなく、「帰るぞ」とただそれだけを言った。葵の頭に手を置いて、癖のない髪をくしゃくしゃにしてやる。

 葵は声にならない悲鳴を上げて、静かに頷いた。華奢な手を僕の手に絡めた。

 程よい熱。

 前とは少し、違うなと思った。

 葵はどこか伏せ目がちだったけれども、どこか吹っ切れた感じがあった。つき物が落ちたような、爽やかな顔つきになっている。

 もう間違わない。

 間違えたくない。

 間違える必要もない。

 彼方を悲しませることも、葵を傷つけることも。 

 我が畢生(ひっせい)の目標が、いっきに二つもできてしまった。本当に守り抜けるか、どうか、正直分からない。

「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」

「はは、後で説教だからな」

 僕は葵の手を引いて、清爽な木立の中を抜けていった。




   ○○○




 強いて言うなら、僕のほうが道化師だった。

 色々なものに翻弄されて、様々な感情に振り回されて、数々の出来事に右往左往した。

 釈迦の掌で踊るつもりなんてなかったのに、まさにそこが、僕の舞台になっていた。

 台本通り、と言うわけでもない。

 シナリオ通り、なんてこともなかった。

 あるいは。

 僕たちは偶然のような必然、必然のような偶然の手玉に取られていたわけでもないのだ。各々、自分の信念、理念に従って、行動しただけだ。

 それが結果的に、それっぽい予定調和になってしまった。

 ありきたりな結末に収斂(しゅうれん)してしまった。

 結構人は死んだし、傷ついた人もいた。何かしようと奮起した人も、何もできないと悔悟する人もいた。たくさんいた。

 交錯する人生が、一つの絵を作り上げていく。

 この物語も、何かを破綻させた人々が紡いできた、一つの歴史、解だった。己の存在証明だった。

 紅花禊や不知火彼方、紅花葵、相原庵、入江浴衣、不知火桜なんかが創生した曖昧模糊な物語。

 勿論この物語は幕を閉じる。好むと好まざるとに関わらず、実にあっけなく、収束していく。

 物語とは、概してそう言うものだ。

 さしずめ、そんなところなんだろうけど。


◆キャスト



紅花禊(べにばなみそぎ)

 十六歳。男。存命。

 行動方針――「君のためなら」

 地球最後の日に食べたいもの――カップラーメン。



不知火彼方(しらぬいかなた)

 十六歳。女。存命。

 趣味――家事、勉学、運動、自己鍛錬。

 地球最後の日にしたいこと――禊に死ぬまで手料理を食べさせること。



紅花葵(べにばなあおい)

 十五歳。女。存命。

 趣味――バスケ。料理。欲情。

 日頃の素懐――海の見える教会で、(兄と)式を挙げること。



相原庵(あいはらいおり)

 十六歳。男。存命。

 座右の銘――志と野心は、似ているようで違う。

 自負していること――オレが世界で一番強い。




まず、感無量。

こんな駄作に付き合ってくださってありがとうございます。


紛れもない駄文でした。でも、キャラクターの思い入れはかなり強かった、ように思う。

特に紅花禊と紅花葵の兄妹には、幸せな結末を用意したいと思ってはいても、ボクの破綻した性格上、そんなことは不可能で、だからこのような不完全燃焼な結果になってしまった。深く詫びます。陳謝。

また、個人的に好きだったのが、相原庵。彼の存在は大きかった。緩衝材。作品に尽くしてくれました。

不知火彼方にいたっては……いわずもがな。



いつかの君とどこかの僕は、これにて終了です。

機会があれば、続編が書きたい……なんて。どうでしょう。書くかどうか、分かりません。


それでは、またどこかで会いましょう。

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