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いつかの君とどこかの僕  作者: 密室天使
第二章  壊れゆく世界
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第二十九話

 中学校に入学したくらいかな。前にも言ったよね。ワタシのお母さん、茶道教室の先生してる。色々な人が来る。老若男女、主に女の人だけど、若い人からお年を召した人まで様々。そんな中、ワタシは時雨さんと会った。時雨さんはお母さんの茶道教室の生徒だったの。

 時雨さんは前まで教えてもらってた先生が他界したらしくて、しばらくの間お母さんを師事することにしたの。そのときに時雨さんと顔を合わせた。ワタシ、人見知りで人間嫌いだけど、不思議と馬が合った。いっぱい話し込んで、色々なことを語った。

 三ヶ月経てば、ワタシと時雨さんは管鮑(かんぽう)の交わり。時雨さんはワタシより二つ年上だったけど、関係ない。そこら辺の人間よりもずっと賢くて、気高くて、今でもワタシの憧れ。

 そして、七月の下旬に時雨さんは死んだ。あなたも知ってると思う。弟の氷雨さんと一緒に死んじゃった……。

 そのお葬式。お母さんと斎場に行って、喪に服してたら、あなたと出会った。あなたとは前に美作(みまさか)神社で何回か会ってた。勿論、あなたの妹さんにも相原君にも。

 初めは少し気になる、くらいだった。けど、斎場で会って、その想いが強くなった。お葬式って言う特異な環境だったからかな。あなたの打ちひしがれた姿が強烈に頭に残ってた。ずっと、ずっと、残ってた。そして、欲しいと思った。あなたに笑顔を取り戻してあげたいと思った。

 その後のことは、その……ずっと変態みたいなことしてた。ワタシ、どういう風に恋愛したらいいか、分からなかったから。これまでしたこともなかった。前に何度も付きまとわれたり、誘われたりした。だからかな。メチャクチャイヤだった。男の人との恋愛なんて、気持ち悪くてできなかった。男の人なんて、嫌い。意地汚くて、卑猥で、気色悪い。そう思ってた。

 一方で知らなかった。好きな人とどう恋愛したらいいのか、全然分からなかった。私は一方的に与えられ、一方的に愛されるだけの存在。こっちから与えたり、愛したりすることはなかった。だって、嫌い。これまでの男の人は卑しくて、愚劣で、付き合いたくない。そんなことをずっと思ってたから、いざ恋愛しようと思うと、困った。ワタシ、真剣に恋愛したことないって。

 何度も考えて、思い至ったの。まずあなたのことを知るべきって。お母さんに聞いたら、まずストーキングから始めるのが恋愛の常套手段。お母さんもそうしてお父さんと会って、お父さんをゲットしたんだって。

 だから、まず、つけた。学校に行くあなたとか、スーパーに赴くあなたの跡を尾行した。ほかにも、体育中にあなたのカバン漁ったり、脱いだ制服のにおい嗅いだり、こっそり合鍵作ったりしてた。後ね……前に庭の前までって言ったけど、ワタシ、あなたの部屋に何回か入ったことある。あなたも妹さんもいないときに。

 そこでゴミ箱の中のゴミとか、レシートとか、拾ったりした。ついでに掃除もしてあげたよ。あなたって意外に整頓下手。ちゃんと元あったところに戻した方がいい。それと無くしてたらしい漫画の五巻、本棚の隅に埋もれてたよ。三ヶ月くらい前かな。早く採掘してあげて。それとシャープペンも。埃だらけだったよ。一応机の二番目の引き出しに入れておいたから。後、すっかりすり減った消しゴムも。あなたは物使いが荒い。もっと丁寧に使ってあげて。

 結果、大体、あなたの部屋の見取りは気がつけば頭に入ってた。どこに何があるとか、机の中には何が入ってるとか……。

 話戻すね。ゴミとかレシートとかって、その人の実生活が結構分かるんだよね。それで禊君の生活日記つけたり、ばれないよう隠し撮りした写真を日記の横に貼ったりしてた。五年分あるよ。あなたに一目ぼれしてからずっと、つけてる。毎日欠かさず、書いて、貼って、過去につけた日記見て、悦に浸ってたりした。だって、好きだから。もう止まらなかったから。あなたのこと好きすぎで、おかしくなりそうだから。こうでもしないと発散できない。恋心とか、せ、性欲とか……そう言うの。

 同時に始めたの。自分磨き。禊君に嫌われないように、好きでいてくれるようにがんばった。料理とか家事とか。体も鍛えた。ワタシ、それなりに容姿には自信ある。体型も。けど、不安で不安で……。あなた以外の男の人に受けても、意味ない。あなたが好きになってくれないと、本当に意味がない。だからあなたの女の好みとか、性癖とか、調べた。あの手この手。相原君にも協力してもらった。ほかの人にも、入江(いりえ)さんにも。彼女も茶道教室の生徒。たまに会う。入江さんもあなたのこと知ってたから、貴重な情報を教えてもらった。

 それで大体のあなたのパーソナリティー情報を収集して、女の自分を磨いていって、それが今年の七月に完成した。もう大丈夫だって思った。誰がどう見ても魅力的な女だって思った。実際、いっぱい来たよ。お茶しませんかとか、ワタシと付き合いたいとか、そう言うの。どうでもいいのにね。ワタシ、あなた以外はどうでもいい。あなたさえいればワタシは幸せ。ずっと幸せのまま暮らせる。それにほかの男の人とか、女の人とか、いらない。邪魔。

 その論理でいくと、あなたの妹さんはワタシの恋敵になる。あなたの妹なのに、恋敵。変だよ。絶対変。根本的におかしい。まぁ、あなたは魅力的で素敵な男性だから、惚れるのも分かる。あなたのこと好きって子、結構いるから。だけど、あなたはワタシのもので、ワタシはあなたのもの。その間に不純物はいらない。

 あなたみたいな素敵な人を独占して悪いけど、しかたがない。だってあなたと釣り合う女はワタシしかいないから。あなたを幸せにできる女はワタシしかいないから。だから、しょうがない。逆にワタシを幸せにできる男の人もあなたしかいない。あなただけがワタシを幸せにしてくれる。末永くワタシを幸福と真実の愛で満たしてくれる。そんな、ただ一人の男性。そんな人、ほかの人に渡せない。ずっとワタシのもの。手放せるはずない。

 これがワタシ。紅花禊に恋した女だよ。ワタシも変かな。あなたの妹さん以上に変かな。ちょっと独占欲が強くて、ちょっと嫉妬深くて、ちょっと変態で……。けど、あなたのこと好きなのは本当。好きで好きでいつも恋焦がれてる。こうして恋人同士になって、今、最高に幸せ。これ以上の幸福はない。好きな人と隣にいると、本当に幸せ。永遠にこうしてたい。

 こういう話、知ってる? 男女はね初恋の相手と結ばれるのが遺伝子的にも最良らしいの。それも一目惚れだとなおのこといい。それは出会った瞬間に、最高のパートナーだって体が察知する。本能的にこの人と結ばれるのが一番いい。そう出てる。科学的にも証明されてる。だから、正しい。あなたとの恋は初恋で、しかも一目惚れ。運命。まさに運命。ワタシは出会うべきしてあなたに会った。あなたも出会うべくしてワタシと会った。必然。そういう運命だったの。ワタシとあなた。

 



 日光が雲間から漏れ出ている。

 傍目からでも、僕の顔が引きつっているのが分かると思う。不知火サンの話は、いささか衝撃的過ぎた。そんな経緯、推移があったのか。身がすくむ思い。と言うか、不知火サンの行為はれっきとした犯罪なんじゃ……。

 そんな思い、露知らず。

 不知火サンは朴訥とした語りを終え、静かに日輪の日差しを仰いでいた。どこか満足そうに見える。そして僕の手を改めて握り締めた。

 どうやら不知火サンは極端な男性嫌いだったらしかった。口吻から窺える。一方で僕を神聖視しているようでもある。

 僕だけは特別。

 僕だけが真実。

 そういった節が垣間見える。

 不知火サンの努力も研鑽(けんさん)も、全て僕のため。そうして綺麗な女になれるよう腐心して、専心して、理想の自分を作り上げた。今の美しい不知火サン。それがあるのは、そうした真剣な取り組みの末の所産だったのか。

 覚悟が重いなぁ。

 頭をかきむしる。不知火サンの話が嘘とは到底思えない。ともなれば、紛れもない真実。不知火サンの話は本当のことなのか。 

「ワタシの想い、分かってくれた? 嘘じゃないよ。本当のこと。ワタシは本気であなたのことが好き。あなたと一生添い遂げたいって思ってる」

 僕の思念を読み取ったのか。

 不知火サンは更なる補強を推し進めた。自分の想いは一途に紅花禊と言う人間に向いてるって。一意にあなたのことが好きだって。

「一度あなたのことを想うと止まらない。ずーっとあなたのこと考えてる。恋が成就すると周りの風景が華やぐって本当かも。あなたのそばで見る景色はいつも華やいでたから。綺麗な桜色。幸福感。恋っていいね。いーっぱい幸せ。あなたに恋してよかった」 

 身を摺り寄せて、ぴったりと体を引っ付ける。ぎゅーっと僕の上腕に腕を絡めて、僕の肩に頬擦りした。生地の薄い夏服だから、しっとりとした肌の感触が艶かしい。不知火サンのほっぺ、柔らかすぎ。

 表裏をなして、怖気。不知火サンの想いは普通の恋愛感情と比べても、ちょーっとだけ強かったりして。少し、わずかに、少々、いや、おおいに、行き過ぎてるような……。

 少なくとも高校生でこれほど思いつめることのできる人はめったにいないんじゃないかな。

 果報者、と言うことにする。

 綺麗な女の人に見初められて、多分、僕は果報者だ。世紀稀に見る幸せ者なのだ。

 そう言うことにする。

「不知火サン」 

「なに?」

「君のこと、名前で呼んでいい?」

 不知火サンは驚いた様子だった。あわあわと目に見えて慌てている。落ち着きがない。

 僕が突拍子もないことを言ったからか。

 それとも。

「……いいよ。呼んで」

「彼方」

「もっと」

「彼方」

「もっと」

「彼方」

「好き」

 首に手を回して、唇を合わせる彼方。それは貪欲な接吻ではなく、小鳥がついばむような優しい接吻だった。 

 けれど。

 我慢できなかったのか。

「……ん」

 彼方は方針を転換して、意地汚く舌を入れてきた。唾液がこぼれるのにもお構いなし。僕のズボンや彼方のシャツに水滴が落ちる。

 気にする様子もない。

 仕方ないから、控えめに絡めてみる。彼方はすごく嬉しそうに笑って、僕の口腔に潜水してきた。

 くちゅくちゅと淫らな音。ねっとりと吸い付くような接吻。付き合ったばかりの恋人同士がするには、あまりに淫猥で姦濫(かんらん)。幼い子供に悪影響を与えるような愚挙、愚行。

 雰囲気なんかメチャクチャで、ここは学校なのにこんなことして、僕たちはなんなのか。

「ねぇ」

 甘えるような声。

「今日、ワタシの家に来て。夏休みの課題、配られたよね。一緒に勉強しよ」 

 どうせ勉強だけじゃないんだろうなぁ、とおぼろげな意識の中で思う。

 一線を越えてしまった。

 そうも思う。




   ○○○




「あら、いらっしゃい」

 ドアを開けた先には彼方のお母さんがいた。玄関に生けてある花の手入れをしていたところなのだろうか。

「ただいま」

「おじゃまします」

「仲睦まじいわねぇ。手ぇ繋いじゃって」

 口元を緩ませる。(さくら)サンは花瓶の水を取り替えながら、ふふふと手を当てて笑った。

 あたふたと慌てるのは僕だけ。彼方は平然と自分の母親を、そして僕を見ている。何がおかしいの。そんな表情。むしろ、さらに強く手を握って意思表示をした。

「彼方……」

「文句、言わない。前から禊君とこうしたかったの」

「あらら、ついに名前で呼び合う関係になったのね。彼方も禊君を見る目が変態っぽくていい感じよ。もっと変態アピールしなさい」

「分かった」

「分かった、じゃないだろ。さっきからずっと手を握り合ってたから、手が痛くて痛くて……。どれくらい握力が強いんだか」

「もっと舐めるように、舐めずるように、相手を見るのよ。相手が赤面するくらいに……。私もそれでお父さんをゲットしたわ。今でもそれすると、相手の方からキスしてくれるわよ」

「……お得情報。メモしなきゃ」

「しなくていいから。桜サンも実の娘を唆さないでください」

「その気になるから?」

「なりません」

「娘の方がその気になると思うわ。私の血筋は代々性欲強いから」

 小悪魔のように笑う。妖美な艶姿。確かに桜サンの家系の女性はすべからく綺麗な容姿をしている。男をたやすく耽溺するような色香を持ち合わせているのだ。

 一方で桜サンを射止めたと言うお父さんの顔も見てみたい。その人はきっと、危機管理能力が希薄な人だと思う。

 解語(かいご)の花、と言えば聞こえはいいように思う。器量もよくて家事も得意そうだ。

 けれど。

 花は花でも、人を惑乱させる妖花のほうなのでは。

 彼方の方を向く。目が合うとこくこくと頷いて、頬を赤く染めた。

「ほら」

「ほら、じゃないでしょう。僕の前でそんなことを言わないでください」

 正論を申し立ててもなんのその。柳のようにかわされる。桜サンは紛れもない悪女だった。

「けど禊君だって、彼女が淫乱な方がいいでしょう? その点、彼方はほどよく淫乱、あなたの望むことなら何でもするわ」

「……何でもする。禊君が望むなら」

 そっと僕を盗み見て、もじもじと体をゆする。しばらくの間目線を下げて、時折僕に視線を投じて、また視線を下げる。花も恥らう乙女。熟れた林檎のように顔を赤くして、そわそわと落ち着かない。庇護欲に駆られる姿態だった。

「あのねぇ」

 呆れる。親子揃ってメチャクチャだった。

 彼方は僕の手を引いて、すいすいと階段を上がっていった。それでも一向に手を離すことはしない。その姿を微笑ましげに見る桜サン。

「ごめん。お母さん、ワタシに恋人ができて喜んでるの。ワタシ、一回も恋人作ったことないから」

「そっか。けど、何でそんなに男を毛嫌いするの?」

「ちっちゃい頃、男の子にいじめられてた。ひどいことされて、今でもトラウマ」

 さらっと言うが、その表情は硬い。

 そのそっけなさにかえってことの重大さを感じる。身勝手な義憤、自分勝手な罪悪感に駆られる。

 怒ったところで不知火彼方の過去が変わるわけではない。辛い心の傷が癒されるわけでもない。

 同情したところでどうにもならない。憐憫は何の力にもならない。

 人生は行動だ。

 ちゃんと彼方のために行動して、その傷をゆっくりでもいいから癒してあげるべきだ。彼方が辛くなったら、いつでも駆けつけて上げれるようにすべきなのだ。

 過去は覆らない。けれど少なくとも、かさぶたで覆ってやることはできる。未熟な僕にはそれしかできない。もっともらしい上塗り。それしかできない。

 僕は彼方の手を強く握り返すことしかできなかった。

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