其ノ終
さて。
僕の右には彪光、左には天生ちゃん。
不穏な空気が包み込む。
「公園では、二人きりで話をしないかい?」
「二人きり? どうして?」
「いや、まあ、その、彼にはもう話をしたのだよ。もう一度同じ話をさせるのも何だし」
別に僕は構わないけど、何だろう、何かあるのかな?
「ふぅん、まあ、いいわ」
公園に到着し、僕は入り口でお留守番となった。
夜の公園は人がいないに加えて薄暗い、ちょっと不気味でもある。
二人は公園に入り、僕からは見えないようにか、死角へと行ってしまった。
仕方ない、黙って待つとしよう。
二人がどんな話をしているのか、気にはなるが覗き見するには些か勇気がいる。
そわそわしながらも僕は十分ほど待ち、
――バチィン!
そんな響きの良い音が聞こえてきた。
何が起こったのか、その音を聞いて想像する限りではよろしい事ではない。
しばらくして二人は戻ってきた。
「さ、帰るわよ」
「……あの、彪光?」
「何?」
二人が行った時と、戻ってきた時では変化があった。
「私に関しては気にしないでくれ」
彼女はそう言う。
彼女――天生ちゃんの頬には真っ赤なもみじが咲いており、それでも天生ちゃんは笑みを見せていた。
「今度裏サークル、お邪魔するよ」
「ええ、歓迎するわ」
「ありがとう」
「けど全て水に流したわけじゃない、それは憶えておいて」
「解っている。謝罪してもしきれないくらいに私は過ちを犯したのだ、これから償えるなら償っていきたい」
彪光のビンタは相当痛かっただろうなぁ。
涙目になってるよ天生ちゃん。
こうなるから、こういう状況が来るから僕には見せたくないと死角に行ったわけか。
こうなる前はさぞかし何かしらあったに違いない、その上で話を終えるためのビンタ。
膝や肘には土がいくつかついていた、それは天生ちゃんが彪光に何をしたのかも想像できる。
日本人が謝罪をするならば、やはりあれだ。
言わずとも、ね。
それくらいのを成したからこそ、彪光は僕らの裏サークル虎わんこへの入会を許したんじゃないかな。
「君にも改めて、謝罪しなければな」
「いや、別にいいよ」
律儀だね。
「謝罪してもしきれない、私にとって君は神様のような存在だ。この場で靴にキスをしても構わない」
「やりなさい」
「それでは」
「いやいやいやいやいやいや! いいから!」
彪光も躊躇無く促さないでよ!
「じゃあまた明日!」
僕はすぐに天生ちゃんの踵を返させて背中を押して強引に帰路へと追いやった。
「では、いずれ」
天生ちゃんの後姿を見送り、僕は隣から送られてくる睨みへの対応を次にするとした。
「ふがいないわね」
「……すみません」
「でもいいわ、戦力的にも申し分なさそうだし音々子と組ませたらさらに私達のサークルは力を増すわね」
「うん、そうだね。天生ちゃんがいれば、百人力だ」
彼女は異餌命でもそのプログラムの作成やパソコンに関するスキルは解っている、そこへ音々子さんのスキルも加われば……って、一体これから何をするつもりなのやら。
「気がかりなのは彼女は信用できないのよね、一応入会は認めるわ。認めるしかない、けどそれによってどうなるか……不安要素は一つ抱えてしまうわね」
「そうなる前に今から手を打っておけば問題ないよね?」
「そうね。問題はそうせざるをえなくなってしまった事」
彪光の言いたい事は分かる。
「ごめんなさい」
先に謝っておく。
「とりあえず」
彪光は扇子を開き、
「帰って準備して、華奈枝さんに会いに行くわよ」
「そうだね」
これにて。
……これにて、ようやく全てが終わった。
と、思う。
あれから二週間が経過した。
裏サークル虎ワンコは新たなメンバーが加わり、室内はやや狭く感じてきたが問題は無い。
新メンバー・生天目天生、彼女は僕の隣に座り、音々子さんのお茶をべた褒めして早速音々子さんのハートを掴んでいた。
メンバーには選挙中自分のやった事を皆に正直に話し、虎わんこは偶然知って、注目を得るためにやったという事にして入会――ちょっと理由を考えるにも思いつかず強引にという感じである。
そして天生ちゃんはアンナにバックドロップをかまされ、それで彪光に怪我を負わせた件はチャラにしてもらっていた。
何かと痛い目に遭うね。
それもまあ、自分の行いが呼び込んだ罰だ。仕方が無い。
天生ちゃんが加わってこれから裏サークル虎わんこはまた妙な躍進をしそうだ。
裏萩さんにもちょっとしたコネが生きる、一年生徒会長に恩を売っている面と、弱みを握っている面から僕達は他のサークルよりも一歩上をいっている。
それにしても今回は選挙ばかりで他の裏サークルはまったく探さなかったが、それはいいのかなあ?
探したら探したで荒事に巻き込まれそうなので僕としては虎わんこは身内でわいわいな感じをやってもらいたいが。
裏サークルの話は一先ずここらで終えておこう。
今日はこれから、華奈枝さんの退院祝いをしなくちゃね。
「美味い、チャーハンを作らせたら日本一かもしれないな」
「また……大袈裟な」
「けどいつものより断然美味しいわよ?」
「そう? それはよかった」
退院祝いに三人でチャーハンを頬張るのも妙な光景だ。
といっても食卓の中央にはから揚げやら豪華なおかずもあるが、そんなのはおまけだと言わんばかりに二人はチャーハンをパクパクと食べていた。
僕としては気合入れて作ったから嬉しい。
「こんな日が来るとは思わなかった、嬉しいよ」
「こんな日って?」
「息子の手料理を食べられる日、さ」
「最高ね」
「本当に最高」
「そう」
僕はこれといった反応は見せなかった。
「痛いっ」
解ってはいたが、彪光の扇子が僕の頬にめりこんできた。
「もうちょっと何か言いなさいよ」
「はあ――痛いっ」
再び扇子の襲来。
「そう、はあ、ふう、ひい、ほおとか続けるつもり?」
「まあまあ、照れてるんだよこの子は」
「て、照れてなんか!」
「あっ、照れてるの?」
「照れてる」
「照れ」
「照れ」
「「照れてる」」
「二人とも打ち合わせでもしたの!?」
何その息の合い方。
お祝いも終えて後片付けをし終えて軽くデザート。
買ってきたケーキだがね。
「美味しいな」
「そうそう、華奈枝はずっとここにいられるの?」
それは気になる質問だ。
「ずっといたいのだがね、二十分後にはここを出るつもりだ」
「三十分後!?」
月とか日とか時間じゃなく、分単位かよっ。
「聞いてないんだけどっ」
「すまないね」
ケーキを食べ終えるや、支度――といっても済ませていたようでそれほど時間は掛からず。
僕達もすぐに見送るべく支度をした。
八時三十分の新幹線で帰るらしい、タクシーを拾って向かえば十分に間に合う。
どうしてこんなにもすぐ出て行こうとするんだか。
折角だから。
……折角だからゆっくりしていけばいいのに。
自分の口から言えない。
かすかな勇気が足りなくて。
新幹線はすでに到着済みだった。
少し渋滞に引っかかったが出発まではまだ余裕があるな。
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「帰りたくなくなってしまうからね、色々迷惑も掛けたし地元で一先ず体調の様子見さ」
「それなら、仕方ないわね」
「……」
何を言おう。
こういう時、どうしていいかも解らない。
刻一刻と新幹線の発車時間は近づいていく。
「あんたからも何か言いなさいよ」
「え? 僕? いや、うーんと……」
「体には気をつけるんだよ」
すると華奈枝さんから口を開いた。
「それは華奈枝さんに僕が言うべき言葉なんだけど」
「それもそうだね。元気でやるんだよ、これからの人生色々とある、お前はお前のやりたい事をして悔いの無い日々を過ごしなさい」
「……ああ」
「いつかまた会いに来ていいかい?」
華奈枝さんはサングラスを外して、僕を真っ直ぐに見てそう言った。
「……いいよ。いつでも来て」
「嬉しいね、ものすごく、とてつもなく嬉しい」
彪光が僕の背中を軽く叩いた。
やるじゃん――そんな感じで。
そろそろ発車らしく、発車メロディーが流れ始めると華奈枝さんは新幹線へ乗り込んだ。
自分の席にはいかず、しばらくは扉の前に立つようだ。
「またいつか。あやみっちゃんも元気で」
「ええ、是非また」
扉が閉まる前に鳴る音。
その時に僕は――
「またね。母さん」
華奈枝さんに、言った。
扉がゆっくりと閉まる。
華奈枝さんは、涙を流しながら、僕を見て笑顔を見せていた。
「愛してる、我が息子よ」
発車メロディーやらで聞き取りづらかったが、口の動きから言っていたのは把握できた。
こうして、華奈枝さんは行ってしまった。
「もっと早くにその言葉を伝えてあげればよかったのに」
「……まあ、うん」
「帰りましょうか」
「そうだね」
華奈枝さんの乗った新幹線ももう見えないところまで行ってしまった。
「あんたさ」
「何?」
「ちゃんと言う時は言えるじゃん」
それほどでも。
僕の額へ彪光は、優しく扇子で叩いて笑みを見せた。
華奈枝さんは次いつ来るかな。
少しだけ。
いや、結構……楽しみかもしれない。
僕は……失った家族の温もりを今日感じた気がした。
気がした?
いいや、感じたのだ、確実に。
僕は空を仰いで、小さなため息を空へ溶かしながら笑みを浮かべた。
「さっ、明日からまた裏サークル虎わんこ! バリバリ活動するわよ!」
「……はい」
また明日から、怒涛の学校生活が始まるんだなあ……。
頑張るとしますか。




