二ノ肆
連れ出される時に一度溜息を、無事に隠し部屋へ着いた時にもう一度溜息。
モニタを見つめる音々子さんと彪光は不敵な笑みを浮かべた面構えをしており、僕に気づいた彪光は手招き。
いつも通りの彪光で、いつも通りすぎて僕は肩を落とした。
恐る恐る僕は彪光の傍へ寄ると、彼女は一枚の手紙――おそらく目安箱に入れられた投書を手にしていた。
「早速一人投書してたの」
「それでどうして君がそれを持ってるの?」
「盗んだからよ? 当然でしょ?」
当然の基準が少々ずれてるよ。
基準を直すには君の頭にプラスドライバーかマイナスドライバーのどちらを使って螺子を回せばいいのか教えてくれればやってあげる。
「投書は公認サークルではなく園芸部のもの。内容は園芸部の顧問がつけていた指輪が園芸部の管理する花壇のどこかに落としたらしくて見つからないとか、部員も少ないし手伝って欲しいだって」
「ちなみに園芸部は元はサークルだったのですが毎年敷地内や中庭、屋上などの花々等を管理していて学校への貢献が認められて部として認められたところです」
なるほど、そういう制度もあるのね。
まあ、このサークルは部になんかならないだろうが。
「ふうん、それで指輪は僕らで探すの?」
彪光の目的は生徒会の仕事を減らす事、だったはず。
「それもあるけど、ちょっと妨害しましょ」
他には生徒会への妨害もあったけどこれは忘れたままでありたかった。
用意されているのはスコップ二つと小さめのビニールシートがいくつか。
目の前へ並べてきて彪光は僕へ視線を投げ掛けてくるが目を合わせまいと部屋の隅へ僕は視線を放り出した。
がしかし、両頬を掴まれて強引に顔を彪光は自分のほうへと向けさせてくる。
「こっち見なさい」
燃え上がるような双眸、僕は目が合うやおとなしく首を上下に動かして従順の態度を示した。
「アンナ、穴掘りするデ」
スコップを自ら持つアンナ。
ほらあんたも持ちなよ、と顎で支持してくる彪光に僕はしょんぼりと本日二度目の肩を落としてスコップを持った。
「園芸部は現在部員五人、昼休みは屋上に置いてある花々を管理しているので花壇には来ないです。それに監視カメラでも見てますから大丈夫ですよ、花壇は見えづらい場所にありますから十分にやれます」
やれます? 何をやるっていうのか説明してほしいな。
「じゃあ落とし穴作るわよ。時間もまだあるし、アンナがいるなら大丈夫でしょ」
「ガンバるね!」
僕もガンバるね! とはいかないよ。
むしろ溜息という返事を送るってやる。
園芸部の管理している花壇はここから結構近く、いつの間にか用意した無線機を手渡されて僕らは彪光の指示の元で行動した。
『そのまま直進、人は無し』
見つかったらどう言い訳しよう、移動中は上手い言い訳の仕方は無いかと考えていたり。
『あ! どこかに隠れて!』
「ちょ、ちょっともう!」
文句を言うよりも隠れるほうが先。
僕はアンナを引っ張って茂みへ飛び込んだ。
持っているスコップが何気に重くて動きにくいし目立つし、落としたら音も響きやすいわでこいつを持ってて良い事などひとつも無い。
『気のせいだったわ、あはは』
あははじゃないよもう。
気を取り直して僕は茂みから重い足取りで出てきて再び花壇を目指した。
昼休みにわざわざ学校裏の花壇などに用がある生徒なんているわけも無く、辺りには倉庫なども建てられていて意外と死角だらけ。
彪光が監視カメラで見張ってるし気楽に穴を掘れるっていうやつだ。
気楽に穴を掘るのも自分でどうかと思うけどね。
何か植えられているのなら僕は彪光の命令を無視して帰ろうかと思ったけど特に植えられているものは無く、三つの花壇はこげ茶色だけを強調していた。
さわり心地は良く、中々良質の土なのだろうと土に詳しくも無いがそう予想してみる。
『今は良い土を置いてるだけらしいから遠慮せずにやっちゃって。指輪も探しておいてね』
という事であたりを注意してみて、手で触って指輪が無いと確認してから掘る。
スコップがまるで溶けるように土の中へ入っていき、僕とアンナは掘って掘っての繰り返し。
さほど時間は掛からず良い汗を掻いたなと空を仰ぐ事数回。
僕が昼休み中に掘れた穴は二つ。
アンナが掘れた穴は五つ。
僕は一つの花壇に二個ほど掘って終わり、アンナは僕を置いてけぼりにしてどんどん他の花壇で落とし穴を掘ってく始末だ。
圧倒的な身体能力の差を思い知らされる結果に、僕も鍛えようかなと考えてしまう。
その華奢に見える体のどこに筋肉がついているのかを少々調べたいね、レントゲンでも撮れば骨は実は鉄でしたとかいう結果になったりして。そりゃないか。
『近くに園芸部のプレハブ小屋があるから水道とホースもあるはずよ。それで落とし穴に水を流し込んで』
落とし穴に落ちた人にはとりあえず今からごめんなさいと心の中で言っておく。
そう言いつつ彪光に逆らうのも後が怖いので水を流し込むわけなのだけれど。
それからはビニールシートを落とし穴に張って上から土を被せれば落とし穴は見事に設置された。誰にもわからないように凹凸も無くして完成。
いやあ、我ながらいい仕事をしたと思う。
この落とし穴、何気に深いから落ちたらひとたまりも無いだろう。
まあ……素直に喜べないが。
昼休み中に目安箱の中身を回収するらしく、彪光はそれまでにきちんと投書は元に戻していた。
それから残る昼休み中に立候補者達で話し合って今日の活動を決めるんだとか。
彪光が投書を戻した目安箱は三年立候補者が担当、そして目安箱には園芸部の投書以外は無かったという事は放課後、確実に立候補者は花壇へ足を運ぶ。
全ての授業が終わり、放課後なので生徒は帰宅せよと言わんばかりの予鈴は僕らにとってお楽しみの開催花火。
おっと、一つ訂正すべきは僕らではなく、彼女らのほうだったね。
モニタを凝視してにやにやしている三人の背中を見て僕は溜息一つ。
ここ最近、よく溜息をつくのは明らかに彼女達が原因だ。
「結局指輪は見つからなかったけどいいのかい?」
「気にしなくていいわ、園芸部のために指輪を探してもそれほど利害は無いもの」
それもそうだけど、園芸部が顧問のために折角投書までしたのに僕らは指輪も見つけられず、しかも落とし穴を仕掛けたりでもはや生徒会の仕事を減らすというよりも妨害で目的が締め固められてる気がする。
それも恨みからきているような、ね。
これじゃあ園芸部の投書を利用した復讐じゃないの? と言いたいけれども言ったら言ったで怖いので止めておく。
「そろそろかしら」
「あやみちゅー、楽しミねー!」
「わくわくしますねこれ」
彪光は扇子を開いてくくくといった妙な笑い方を溢し始めた。
それくらいにこれから起きる悲劇を楽しみにしているようで、僕は罪悪感に心がさっきからつつかれていた。
「でもこんな売名活動も出来ないような場所に誰か来るんですかね? 補助役員だけ送るのも考えられるのでは?」
「そうね……大いに考えられるけど、今日の投書は一つだけだし誰か必死な立候補者が園芸部の人数分の票欲しさにくるかも」
まあそういう場合も考えられるね。
「人がキタねー」
アンナの言葉で僕はモニタが気になってちょっと寄ってみたり。
「あら、結構な人数ね」
いや、僕の仕掛けた落とし穴がどうなったとか、そういうんじゃないんだよ? 僕はただ誰かが怪我したりしたら嫌だなあとか思ったわけで、それなら見なきゃいいじゃんっていう話になると思うけど、こう眼に焼き付けて自分を戒める、とかそういう、うん……。
「キタキタキタキタキタキタキタ! あれよあれ、御厨夏江! ターゲットはあいつ!」
「そのまま前進ネー」
どうやら生徒会長候補の御厨夏江が来たようで、彪光の高揚っぷりから恨みが相当沈殿していたのではないだろうか。
極道の子が一年の生徒会長選挙に立候補するのは止めろ、そんな言われ方は流石に僕もどうかとは思うがね。
「よし、そのまま行きなさい! 五臓六腑をぶちまけちゃえ!」
流石に落とし穴で五臓六腑はぶちまけられないよ、嫌な想像させないでくれ。
御厨夏江はとりあえず花壇に入って、園芸部と話し合ったりしている様子。
人数の割り振りでもしているのか、彼女が右の花壇を指差せば生徒達の何人かは右へ、彼女が左の花壇を指差せばまた然り。
リーダーシップを発揮しているのはモニタ越しでも解る。
生徒らを指揮する立場というものに慣れてもいる様子であるし、園芸部の顧問の指輪探しなんて投票者達には見えない場所での活動にも関わらずきちんと請け負って全力で行動するその姿には一票を入れたくなる。
そういえば彼女が今立っている花壇は僕が二個ほど落とし穴を掘ったような……。
すると彼女は、
『きゃ――』
声を上げて落とし穴にはまり、
『あわ、わ……!』
そのまま前へ倒れこんで、もう一つの落とし穴に頭から突っ込んだ。
彼女の綺麗な顔が泥の中へ飛び込む映像ってのは僕にとって今年一番の悲劇でしか無い。
「あはははははははは! 見て、見て、あはっ! ねえ! ちょっ、ちょっと! あはっは!」
そう言いながら僕の肩を何度も何度も叩く彪光と続いて笑うアンナと音々子さん。
そして全身の血の気が引いていくのを感じる僕は、言葉を失った。
「泥まみれよあははははは! よくやったわ! あは、く、くる……苦しい! あはははは!」
僕が出来る事、いいやすべき事は神様に懺悔して清き一票を御厨夏江さんに送る事。
もちろん、彪光に知られたら大変な事になるが。
1-1とか第一章の1なのは解っているのわざわざ1-1という表記は必要あるのだろうか、そんな事を考えた結果、そのまま1でいいかなと思ったけど、寂しいから漢数字にしてみました。特に意味を込めたわけでもなく、何か良いサブタイトルつけられるほどのセンスも無いのでこれでこれから表記していきます。サブタイトルって話の内容についてやサブタイトル事態に深い意味を込めたりと単純なようで奥が深いものだと思っていますゆえ、未熟な私は漢数字で誤魔化し、げふんげふんふぅ……。