四ノ漆
――襲撃がどうであれ、結果的に大胆な宣伝になった。
「ぐぬぬ……」
「……あっ、浜角さん。選挙はどうしたんです?」
いつの間にか隣には裏萩さんへ睨みをきかせる浜角さんがいた。
「こ、これからだ!」
今や裏萩さんは一年生徒会長選挙を独走している。
続く浜角さんや古戦谷君は徐々に出遅れてからその距離は離れている。
今も現在進行形でその差は広がっている。注目は裏萩さんへ、帰宅する生徒は皆が裏萩さんの演説の前で足を止める。
他の立候補者はやりづらい事この上ない。
ならば時間を少しずらそう――彼女が今演説しないのはそういう事だと思う。
古戦谷君は構わずに演説してるだろうが。
「私の陣営も諦めてはおらん!」
「うん、諦めたら駄目だ」
浜角さんの選挙活動も悪くは無かった。
個性的なキャラクターなのも皆の注目を集めたが、裏萩さんが襲撃されてからその注目も奪われてしまった。
となると質を高めて――も、裏萩さんには彪光がいる。
立候補者として十分な高めた質を更にぶつけられてはもはや立会演説会を明日に控えているのにこの大きな差では取り返すのは無理に等しい。
諦めたら駄目だ、とは言ったものの今回ばかりは裏萩さんの独走は誰にも止められまい。
不服ではあるが、たとえどんな手段を用いたとしてもばれなきゃ問題ないってわけだ。
結果からいうと本日の演説は大成功。
裏萩さんは多くの生徒の足を止め、皆に自分の名前を刻ませた。
残り少ない選挙活動では勢いだけでいけるものがある。
今日は軽く話し合いをして切り上げるようで、それほど時間が掛からないのならばならと、僕達はロビーで待つとした。
「いいのか?」
「何が?」
「……襲撃の件、あらかた答えは出てるんだろ?」
新蔵も頭がキレるね。
「答えだけあっても証拠が無ければ、ね」
「ゴーモン?」
ゴーモン? 発音が変だが、待てよ?
ご……ごーもん、拷問?
「――それはやめてっ!」
アンナ、君は度々恐ろしい言葉を使うね。
けど選挙が終わったら、彪光ならやりかねないから困る。
「選挙が終わるまでは何も動かないほうがよさそう」
「そうか」
「ザンネン」
裏萩さんはきっと一年生徒会長になる。
それを彪光は何もせずに許すかどうか。
僕としては黒幕に用があるので裏萩さんは正直どうでもいい。
「いいかしら」
帰宅する生徒の中に、一人だけ存在感の違う生徒が僕らへと歩み寄ってきた。
いやあ、生徒達には申し訳ないがもはやモブくらいに皆がかすんで見えてしまう。
片手には扇子――快活な足取り、
「ちょっと、彼に話があるの」
扇子を開いて、僕を真っ直ぐに見えるその瞳。
「オッケーヨッ」
「ありがとう、窓側の席に移りましょう」
「あ、はいっ」
後ろにいた御厨さんはコーヒーを二人分用意してテーブルへ。
席には着かず離れて、座れと言わんばかりに僕を見てくる。
話をするなら二人きりで、となると何の話かは予想できる。
「襲撃事件の進展については、もう耳に入ったかしら」
「ええ、あれほどに噂されていると嫌でも」
「そう。今回の件なんだけど、選挙が終わったら主犯を三日間の停学、その他は放課後に奉仕活動で収めるつもり」
「そうですか、でもどうしてその話を僕に?」
それに生徒会でもなんでもない僕がその話を聞いていいものやら。
「なんとなく。君なら誰彼構わず話したりはしないという信頼もあってね。ああ、口を滑らせて誰かに話しちゃっても、許すわ」
誰かにっていうのは彪光にって意味で理解してもよろしいですかね?
「不服でしょうが」
「これは仕方がない、ですよね」
「これ以上探っても後の祭り。今回はこっくりさんと主犯の生徒が行った――で終わりになりそうよ。疑問点は多いけど」
泣き寝入りは濃厚。
確定と言っていいかもしれない。
「あれから何かあったりはした?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「よかったわ、何かあったらすぐに生徒会へ知らせなさい」
「はい、けどきっと何も起きないとは思いますがね」
襲撃する理由はもう無いのだから。
この話はお仕舞いという合図か、虎善さんは扇子を閉じてコーヒーを口に運んだ。
「明日の立会演説会は順調?」
「問題ないです、彪光のおかげで」
「あの子が立候補すれば良かったのに、何故他人に譲るのかしらね」
それはですね、裏サークルがあるからでして。
とは言えず。
「生徒会とか、比較的目立つ活動をするものは苦手なんじゃないですかね」
「そう、なのかしら。中学の頃はよく目立ってたけど、そういえば高校に入学してから随分とおとなしく、ひっそりと過ごしてるわね」
裏では暴れまわってますけどね。
「さて、私はそろそろ行くわ、生徒会の見回りがあるの。見回りが終わる前に帰宅するのよ」
僕を通して彪光の様子を伺うための会話、かな?
心配性で素直じゃない人だ、本当にさ。
「時々話をしたい、その時はここでしましょう」
前回もここで話をしましたしね、総生徒会長室で話をするよりは気軽に話ができて良い。
「解りました、お疲れ様です」
虎善さんがその場からはなれると入れ替わりに彪光が現れた。
来るのが解ってたからか、去り際はばっちりなタイミングだよ虎善さん。
あまり顔を合わせなかったり、僕を通して話を流そうとしたり聞いたりな面はものすごくこう、女性らしくて、いいね。
「もっと素直になって、彪光の前でああいう雰囲気出せればなあ」
「何の話?」
「いいや、何でも」
今回の件がどう収まるか、彪光に口を滑らせるとしよう。