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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第三部『生徒会選挙編』:第四章
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四ノ伍

「お腹、空いたわ」

「昼飯食べてないもんね。何か食べに行く?」

 心底腹ペコだ。

「私はいい、華奈枝さんに会って話をしたいわ」

「解った。僕もそうするよ」

 手術室の前で待つのと、こうしてホールで待つのとでは今や心情が違う。安心して待っていられる。

 おかげで彪光は歩き回らないし、何も喉を通す気分になれなかったのに今は空腹を感じていられている。

 自販機で僕はアイスココアを二人分購入して彪光に手渡した。

「ありがと」

 自販機のココアはどうしてこうも飲みやすくて美味しいのだろう。

「華奈枝さんとは、どうするつもりなの?」

「……どうって?」

「養子だったんでしょう?」

 大体は察していたようだ、説明をはぶけていいね。

「今更お互い元には戻れないよ」

「もう元に戻ってるとは思うけど」

「えっ?」

「はたから見たら家族に見えるわよあんた達」

 ……そう、かなあ?

「反抗期の息子そのまんま」

「……」

 僕は言葉を返さなかった。

 そうだね、思い返してみれば反抗期の息子を演じてくださいと台本を渡されてやったかのようなくらいに、僕はそうだった。

 まったく、僕って奴は誰かに言われてから気づくくらいに馬鹿だったかな。

 そうさせたのは、華奈枝さんが絡んでいるからであろうがね。

「今後の事を考えれば、一緒に暮らすのもありなんじゃない?」

「……さあね」

「あんたが一言言えば住む話じゃない」

「かもしれない」

 ――ずっとここに居ていい。

 ただそれだけだ、その数文字を聞かせてやればいい。

 難しい事じゃない。

 けれど、そうしてもいい反面、そうしたら僕の中にある大切なものが徐々に溶けて消えてしまいそうで、怖い。

 素直には、なれないかも。

 その数文字は、言えないかも。

 僕はココアを飲み干して、深いため息をついた。

 それから一時間ほど経過したあたりか、華奈枝さんへの面会が許可されて僕達は病室へ向かった。

 目を覚まして体調は良好、検査もいい結果が出ている。

 起き上がるのは無理だが話はできる。

 だって。

 さて。

 何を話そうか。

 ノックをして、返事を待つも反応が無い。

 僕と彪光は顔を見合わせて、またすぐに眠ってしまったのかと思いそっと扉を開けた。

「……か、華奈枝、さん?」

 ベッドには華奈枝さんがいた――がその顔には白い布がかぶせられていた。

 ピー。

 室内に響くその単調な音。

「華奈枝、さん?」

 近づいてみる。

 ぴくりとも動かない。

「ちょ、ちょっと……」

 彪光は駆け寄った。

 僕も遅れて、駆け寄って、停止しかけている思考を何とか維持した。

「な、何してるんだよ……」

 声が震える。

 華奈枝さんの肩に触れて、なんて言っていいのかわからず、酸素を欲する金魚のように口をぱくぱくとさせた。

「華奈枝さん!!」

 どうしていいのかわからず、思わず大声でそう読んだ。


「いや、まさかこうなるとは」


 ……その時。

 その時、華奈枝さんは動き出した。

 ……動き出した、のだ。

 その手で布を取り、僕達へ華奈枝さんは笑みを浮かべた。

「……おい」

「ちょっとした悪戯を仕掛けてみて、君達の反応を伺いたかったのだよ。誰かが一度はやってみたい悪戯、と私は思うのだがね」

「……その悪戯は心臓に悪いわ」

 本当だよ。

「すまなかったね、あはは」

「あははじゃないよ! なんだよもう!」

 すっごく心配して、手術が成功してほっとした矢先にこんな悪戯とかさ、何を考えてるんだよこの人は!

「馬鹿っ」

「悪かったよあやみっちゃん」

「……手術した部分をおもいっきり殴っていい?」

「やめてくれ死んでしまう」

 次にこんな悪戯をしたら二度とアパートに入れないからな。

「具合はどう?」

 良好だとは聞いていたが、本人の口から聞きたい。

「大丈夫だ、まだぼんやりとするが徐々に引けている。どこか、体が軽くなった気分で最近はまったく湧かなかった食欲が湧いてきて何か食べたくて仕方がない」

「そりゃよかった。とりあえず退院するまでは病院食で我慢しなよ」

「我慢できずにアパートに帰るかも」

 そうなったら病院に連れ戻さないといけないからやめてほしいな。

「入院中は暇でしょうから、本か雑誌でも今度持ってくるわね」

「助かるよ」

「家族に連絡は?」

「ああ、しなくてもいい。動けるようになったら私から連絡するさ」

 顔色もいい、動けるようになるのはすぐな気がする。

「どうせ連絡してもあの人は来ない」

「そう……」

「君達は私のそばにいる、それだけで私は幸せで幸福者だと実感できる」

 あの人――夏雄さんがどんな人だったか、憶えているのは実に冷たいってだけ。

 それだけでも十分だ、僕の感じたその印象は正しくて、今も変わらないからあの人は連絡しても来ない。

「夏雄の事は考えなくていいよ」

「……解った」

「それより退院したらお前の作るチャーハン、楽しみにしてるからな」

「そんなのよりもっと豪華なものを食べに行こうよ」

「お前が心を込めて作る料理、それこそ豪華なものだ、と私は思うのだよ」

「そうそう。心を込めて作りなさいよ!」

 はいはい解りましたよっ。

 僕はため息で返答した。

「期待しないでね、普通のチャーハンだから」

「期待してしまう、普通のチャーハンでもお前が作ってくれるのなら」

「私は焼き豚チャーハンがいいわ」

「焼き豚チャーハンか、美味そうだ。それにしよう」

 華奈枝さんがそれでいいなら作るけど。

 彪光は暴食が心配だからあまり脂っこいものは食べさせたくないな。

「まだまだ先なんだ、退院の日も明確になったら話をしようよ」

「それもそうだな」

「それまでは体、きちんと全快にしてね」

「任せておきなさい」

「忙しいのも今週で終わりだから、来週は毎日会いにくるわね」

「嬉しいね、娘ができたかのようだ」

 僕もできる限りは会いに行こう。

 できる限りっていうのは僕の場合、スーパーへ行って食料調達をしなくちゃならないし何より狐狗狸としての活動もある。

 彪光も毎日会いにと言ってるが裏サークルの事があるんだ、毎日は難しくないかな?

 選挙が終わっても襲撃については裏サークルで調べたほうがとも、僕は思うしさ。

「僕は気が向いたら来るよ」

「あんたは私と一緒に行くんだから気が向かなくても強制よ」

「買出しとか家事があるんだ、毎日は行けないからね」

 僕ならまだしも、彪光……君の分も家事をしなくちゃならないんだよ僕は。

 君も少しは自分の部屋を掃除するなり洗物を溜め込まないなりして女子力を上げてほしいね。

「そんなのちゃちゃっと終わらせれば済むでしょ」

「ちゃちゃっと終わらせられるのなら苦労しなかったよ」

 スーパーは近くに来ないしスーパーに来る客は僕が行く時だけ誰もいなくなってスムーズに買い物できるくらいの奇跡が起きてくれたらいいのに。

「お前は主婦みたいだね」

「まあね」

 それからはたわい無い話で時間を過ごし、流石に夕方間近となると僕達の胃袋は限界だと大絶叫。

 手術を終えてまだ少ししか経っていないのにあの様子なら回復は早そうだ。

 二週間も経たずに退院できるんじゃないかな。

 手術成功祝いとして、華奈枝さんは不在ではあるが僕達は帰りにファミレスでハンバーグをほおばってお祝いした。

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