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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第一部『継承編』:第二章
8/90

二ノ参

 くそっ……四時間目の授業が長引いて今日は少しだけ遅めの昼食だ。

 その少しだけっていうのが命取りで食券自販機の前には長蛇の列が出来ており、空腹の中じゃあ拷問に近い光景。

 それでもここの料理は美味しいので我慢我慢。

 腹の虫は文句という名の空腹音を鳴らしているがだからといって長蛇の列が解消されるわけもなく。

 そんな時だ。

「悪ぃな、急いでてよ」

 所謂横入りってやつ。

 一人なら文句を言ったところだけど相手は二人、芽生えた敵意が消沈していく自分に情けなさを感じつつ小さく溜息。

「待てよ」

 すると後方から渋い声がした後にて手が伸びて二人の男子生徒の裏襟が掴まれる。

 そのまま横に投げられて男子生徒は列から弾かれ、僕の前は空きが生じた。

「お、おい! 何だよ」

 僕じゃないよ、本当だよ。

 僕の後ろに並んでた人だと思うからそんな敵意で固めた視線を向けるのは止めて欲しいな。

「横入りはよくねえ」

 正論である。

 僕の後ろにいる人はとってもいい人と認識して振り返るとそこには、

「服部……君?」

 クラスメイトの服部新蔵がいた。

 改めてみると背が高い。そのために外見からして彼の威圧感と存在感は鈍感な奴でも掴み取れるね。

 当然、横入りした二人の男子生徒は青ざめて危機的状況すら感じて後ずさり。

「わ、悪かったよ……」

 一人が代表して謝罪、逃げるように立ち去る背中を見て僕は少しだけ罪悪感に心をつつかれた。

「ありがとう、服部君」

「別に……」

 視線を逸らしたのはちょっとした照れなのか、そうだとしたら外見と中身が一致しなくてこちらから接したくなる。

 よくあるのはそう……漫画とかで不良が毎日喧嘩三昧なのに雨降りの中、ヒロインがその不良を見かけると捨て猫に餌をやっていて胸がきゅんとするような感じ。

 流石に胸はきゅんとしなかったが、彼に対する外見によって構成された印象は軽く薄まった。

 僕はカレーを注文して、料理が出来ても直ぐには運ばず彼を待つ。

 ちなみに服部君が注文したのは牛丼、漢らしさ溢れるね。

 彼の向かい側に座り、僕はカレーを一口。

 いやあ、ここのカレーも絶品だ。

 僕は中辛を選んだのだけれどもほどよいピリ辛さとコクのある味が口の中で広がって頬っぺたが落っこちるってやつ。

 そんでもって一口を終えた僕は服部君を見て、

「ここの料理って美味しいよね」

 以前とは違って話しかけるに勇気は必要無く、言葉はすんなりと出てくる。

 喉に潤滑油でも塗ったかのようでまだまだ言葉を外へ放ちたい気分だ。

「ああ、確かにな」

 言葉自体、彼は長くは言わず短く終える。

 それが彼の喋り方なのだろう。

「服部君は部活とか入ってるの?」

「――蔵でいい」

「え?」

 ぼそっと一言小声で呟いたので少々騒がしくもある食堂では聞き取りづらいが、彼は頬を指で掻きながら再び口を開いた。

「新蔵でいい、君もいらない」

「あ、うん……し、新蔵」

 彼との親しみゲージなる距離を詰める事大幅一歩。

「部活は特に入ってない」

「そうなんだ。入る予定とかは? 運動神経良さそうだしさ」

「部活はしないつもりだ。バイトする予定だから」

 ふうん、勿体無いなあ。

 彼ならバスケ部なんか特に欲しい人材じゃないかな。

 身長も然り期待できる体力も然り。

「珍しい面子ね」

 するとそこへ柳生さんが通りかかった。

 いつもは髪を束ねてはいないが今日は頭の左右に髪だんご一つずつ。

 彼女の整った顔立ちもあってどんな髪型でも容姿に優劣が生じない。

 彼女は当然のように僕の隣へ着席。

 未だに会話という会話もした事は無く彼女がどういった性格だとかはまったく知らないが、この機会に彼女を知るのもいいかもしれない。

 先ずは彼女の昼食を、と横目で覗いてみるとシチューのようだ。

 着席してシチューに手を伸ばすかと思いきや、彼女の視線はシチューではなく新蔵に向けられていた。

 下から上へ、舐め回すように見て、

「前にあんたにガンつけてた不良じゃなかったっけ」

 唐突かつ直球な言葉を豪快に投げ込んだ。

 僕がキャッチャーだとしたらその配球は絶対にさせなかったよ。

 記憶を思い返すこと一週間前かな。

 ガンつけ……まあ意味深な視線を投げ掛けてはきてたけど。

「あれは……いいなあ、って思って、だな」

「「いい?」」

 柳生さんと言葉が重なった。

「ノート借りて、会話してた、のが……よ」

「あんた可愛い、なかなか可愛い、すっごく可愛い」

「可愛い……?」

 訝しげに彼は柳生さんを見る。

 可愛いに関しては僕も同意。

 あれはおそらく数秒はあったと思われる間だった。

 柳生さんからノートを借りて写し終って返した後の話だったな。

 彼は僕をじっと見て静止、そんでもって特に何かをする事も無くそのまま教室へ出て行ったが、何気にその時の僕は心臓の鼓動が激しくてちょっとした恐怖を抱いていたね。

「北の鬼とか言われてたのに」

 北の鬼?

 新蔵のあだ名とかそういうのだろうか、随分と迫力があるが。

「それは勝手に周りが呼んでるだけでそう呼ばれるのは好きじゃない」

「てかヤクザとやりあったのは本当?」

「ヤクザとは流石に……」

「じゃあ他校の番長を倒して回ったってのは?」

 随分と貪欲さでも抱いてたかのように君は聞きますな。

「あっちから来たから正当防衛を行ったのは何回か」

 かなり苦労しているようで、可哀想にすら思えてくる。

 きっと大柄な体躯と強面を利用して彼に噂を貼り付けて面白がっていた輩がいたに違いない。

 よくそんな環境に置かれて無事に生きていけたね、僕なら病院で看護婦を見て平和だと呟いてると思う。

「そっかあ。ならこっくりさんと対決したとかってのも誰かが面白半分で広めただけね」

「「こっくりさん?」」

 今度は新蔵と言葉が重なる。

「知らないの? 知らないの? ……本当に知らないの?」

 新蔵は微笑しつつ口を開いた。

「対決って、こっくりさんはそういうもんなのか? あの幽霊みたいなの……だろ?」

 やや呆れているような微笑に見られるが無理も無い。

 大抵の人がこっくりさんと聞けば先ずひらがながびっしりとあいうえお順で書かれた紙の上に十円玉を置いて儀式的なものを行うのを想像する。

「違う違う。前から噂になってるのがいるの。こっくりさんって呼ばれてる奴がいてお願いをすると何でも一つだけ叶えてくれるけど、その代わりこっくりさんからいつかお願いをされたら絶対に叶えなきゃ駄目らしいわよ」

「ふうん」

「へえ」

 僕と新蔵は特に興味が沸くわけでもなくその話を信じたわけでもなくとりあえず今の話はきちんと聞いていたよと言わんばかりの気の抜けた返事を返す。

「ふん、信じなくてもいいけどね!」

 ちょっと不貞腐れた様子。

 こうして話してみると柳生さんて結構喋る人だ。

 最初は一言のみの会話で、会話を終えるとすぐ帰っちゃうし、ここ一週間は会話という会話もしてない。

 僕が彪光に振り回されてよく考え事もしたのもあるけどね。

 これから少しずつ会話に挑戦してみよう、そんな目標を自分でも忘れてた。

 けれどもこれからの昼食は特に確証なんて無いけれどもこの面子で昼食を共にするのが当たり前になりそうな気がする。

 そうして三人で会話しながら昼食を終えて午後の授業。

 そういえば彪光はいつも誰と昼食を共にしてるのかな、とか考えながらの授業は右手に持つシャープペンシルが中々働かず、教師の発する説明は眠気を誘う呪文のように聞こえてくる。

 眠っちゃおうよとここは耐えろとの境界線をなんとか僕は耐えろのほうへ踏みとどまって午後の授業は何とか終了。

 アンナも最近は授業をきちんと受けているようだし、僕も居眠りぐらいには耐えないとね。

「お兄様、イキマしょう」

 振り向かずとも声で誰かは把握できる、声っていうよりも喋り方のほうがすぐ把握できるかも。

 今度はお兄様かよ……。

 前までは兄貴って呼んでたのに、とりあえず呼び方は統一してほしいものだ。

 どこからそんな呼び方の知識を得たのかは知らないが、彼女にはきちんとした日本の文化から学ばせる必要があるね。

 というわけで廊下を出て直ぐに僕は腕を掴まれて連れ出されるというか拉致というか、まあそんな感じでサークルへ。


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