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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理陀
第三部『生徒会選挙編』:第三章
79/90

三ノ漆

 最近は一人で帰宅するのが多くてちょっと寂しい。

 彪光との会話は楽しいから、退屈な帰路での時間は彼女との会話があれば楽しい帰路となる。

 選挙期間中はお互い時間が合わないのは仕方のない事なので、我慢するとしよう。

 アパート、僕の住む部屋は主が帰宅していないも明かりが灯っている。

 華奈枝さんがいる証だ。

 扉を開けて、

「……ただいま」

 そう言った。

 言い慣れない言葉だ、僕にとっては。

 普通の家庭ならばその四文字は誰もが何度も呟く四文字であっても僕は人生で数える程度しか呟いていない。

 ……反応が無いと寂しいな。

 華奈枝さんは確かにいるはずだが、寝てるのかな?

 僕は上がりこんで上着を脱ぎながら居間へ。

 ――中途半端に脱いでいた動作が止まった。

「か、華奈枝さん!?」

 華奈枝さんはいた、いたけど……床に伏せていた。

 見るからに荒い呼吸、何かを求めて這いずったのか座布団やテーブルが所定の位置からずれていた。

「大丈夫!?」

 反応は無い、明らかに大丈夫じゃない様子に僕の問いは待ったくをもって無駄である。

「バッグ……」

 弱々しくそう呟いた。

 そういえば華奈枝さんが持ってきたバッグがどこかにあったはず。

 えっと、あ、ああ、窓際に追いやったんだっ。

 でも鍵が掛かってる!

「鍵は!?」

 すると華奈枝さんはポケットから財布を取り出す。

 僕に手渡そうとして、財布がその手からこぼれ落ちた。

 財布の中にあるんだね? よし、急がないとやばそうだから了承得ずにお財布開けるよ!

「あったっ!」

 急いでバッグを開けるといくつかの着替えなどが入っていたが、何を求めていた?

 バッグへと這いずった形跡がある、バッグと呟いたから目的のものはこの中なのは確かだ。

 おそらく体調が悪い、それを何とかするとなれば薬。

 僕は薬が入っていそうなポケットに手を突っ込んでみると――ビンゴ。

 その中によく病院で貰う小さな袋を見つけた。

「これか!」

 急いでコップを取って水を入れ、どれを服用すればいいのか分からないので全部取りだして見せた。

 うつ伏せの状態では薬は飲み辛い。

 僕は膝を貸してやって仰向けにして、薬を飲める態勢にした。

 サングラス越しでは、華奈枝さんが涙目になっている瞳が見えた。

 苦しいのか、表情が歪んでいた。

 もしかしてこのサングラスは激痛で涙目になってしまうのを隠すために?

「救急車、呼ぼうか?」

 首を横に振った。

 そして視線はベッドへ。

 横になっていれば落ち着くと? 僕としては心配だから救急車を呼んで病院で診てもらったほうが良さそうなんだが。

 華奈枝さんがそう望むなら一先ずそうしよう。

 僕はベッドまで運んで僕は濡れタオルを額に置いてやり、しばらく様子見するとした。

 携帯電話は握り締めている、少しでも体調が変わったらすぐに救急車を呼ぶつもりだ。

「すまないね」

 どれくらい時間が経っただろう。

 ようやくして華奈枝さんは口を開いた。

 まだ呼吸は荒く、一度上体を起こそうとはしたものの諦めて枕に頭を静めていた。

「病院に行った方がいいと思うよ」

「行くしか、ないか。私としてはおそらく入院させられるから嫌なんだがね」

「入院しなきゃならないくらいの重病ならなお更でしょ」

「タクシー、呼んでくれ」

 救急車じゃなくていいのかな。

「救急車は目立つから嫌なのだよ」

 その希望は叶えてやるとする。

 気持ちは解らなくもないからね。

 華奈枝さんをタクシーに運ぶのも一苦労だったが、何とか乗せる事が出来、病院へ向かう間は彪光にメールで事情を説明しておいた。

 そのうち彼女も病院に駆けつけるだろう。

 病院にも連絡済だ、どのような状態であるか説明しておいたおかげで病院に到着するや看護師が車椅子を用意して待っていてくれていた。

 華奈枝さんは苦いものを噛み潰したような顔をしていたが自分の力で歩けるほどの余裕が無いのは自覚しているために、渋々車椅子を利用。

 車椅子はあまり好きじゃないらしい。

 病院に入るや、華奈枝さんの下へやってきた医師は、

「だから言ったでしょうに、すぐにでも入院だって」

 という発言。

 それは華奈枝さんがいかに今まで無理をしていたのかが解る言葉だ。

「入院はしたくないのだよ」

「子供じゃないんですから。薬は服用しました?」

「ええ、飲んだ」

「ではもう病室も手配したので今日はそこで一日様子見しましょう」

 深いため息。

 看護師に運ばれる華奈枝さんの後姿を見送るも、さて僕はこれからどうしようかといったところ。

 とりあえず彪光を待とうかな。

 あと担当医らしいこの人に話を聞きたい。

「息子さんかな?」

「……いえ」

「そうか、彼女のご家族に知り合いはいるかな? 連絡ができるなら連絡しておいたほうがいい」

「それほど深刻、なんですか……?」

 悪い報告は聞きたくないものだ。

 立ち話も何だし、と医師に連れられて診察室へ。

「早い段階で手術すれば助かる、のだがね……」

「じゃあすぐにでも手術をしては? それとも何か問題でも……?」

 小さなため息を挟んで医者は口を開いた。

「本人がすっかり弱気になってるんだ、前に住んでいた街の病院でも手術が必要だと言われていたが街を離れてこの街に来て、手術を長引かせてしまっている。その結果、体に負担が掛かっていてね」

 ……どうしてそんな行動を?

 まさか、僕に会うためにとか、言わないだろなあの人。

「君から言って欲しい、すぐにでも手術をってね、手遅れになる前に手術はしなくちゃならない」

 荷物は明日届けるとして、今日は病室で夜の八時まではいてもいいらしいので僕は華奈枝さんの病室へ行くとした。

「一人部屋はいいね」

 華奈枝さんは枕に頭を静めたまま、顔だけを向けてそう言う。

「私が倒れた時を考えてここは空けてたらしい」

 こうなる事は予測済みだったとな。

「手術、すぐにでもしたほうがいいって」

「解ってる」

「解ってるならどうして手術せずにこの街に来たんだよ」

「人間、弱気になると駄目だね。誰かを求めて、すがって、紛らわせたくなる」

 その対象が僕、だと?

「会いたいと思ったのがお前だった。また養子にっていうのは、会いたいがためのただの口実だ、忘れてくれ」

 そうだったんだ。

 いきなりうちに来てまたにって話をしてきたからあの時は本当に驚いたよ。

「……どうして僕なのさ」

「旦那とうまくいってないのもあったかな、それ以上に、成長した息子に会いたいという気持ちは、その時止まらなかったのだよ」

 僕は貴方の息子じゃない、もうそれは過去の話だ。

 けれど今ここでそれを言う気分にはなれなかった。

「意外とメンタル弱いね」

「とても弱いよ、今なら誰よりも弱い、と私は思うのだよ」

 そうですか。

「――華奈枝さん!」

 そこへ勢いよく扉を開けてきたのは彪光だった。

「大丈夫なの!?」

「大丈夫」

「見るからに大丈夫じゃなさそうだけど!」

 うん、大丈夫じゃないよ。

「今日からちょっと入院する、ご飯作れなくてすまないね」

「構わないわ、ご飯ならこいつが作ってくれるから!」

 おいこら。

 まったく、もう少し二人きりで話をしたかったがまたの機会にするとしよう。

 華奈枝さんは彪光に心配を掛けたくないのか、上体を起こして会話していた。

 起き上がるのも辛いはずなのに……。

「手術、必要なの?」

「必要だね」

 タクシーで帰ろうかと思ったが、丁度病院前にバスが停まったのでバスに乗るとした。

 アパートに帰ったら華奈枝さんの荷物をまとめて後日病院に運んでやらないとな。

「これからは放課後すぐにでも病院に行きましょう」

「選挙はどうするのさ」

「それはそれ、これはこれ」

「別に面会なんて毎日しなくてもいいんじゃない? 華奈枝さんも最後に言ってたじゃん。暇な時に来てくれればいいってさ」

 ちょっと寂しげに、ね。

「君の分まで僕が足を運んでおくし、今は選挙活動に集中しなよ。大事な時期なんだし華奈枝さんも解ってるよ」

「じゃあほんの少しだけ早めに切り上げて面会する」

 それならいいかもね。

 僕は過ぎていく病院を眺めながら、華奈枝さんのいるあたりの病室を見た。

 光はまだ点いている。

 手術すれば治らない病気じゃない、心配はしなくていいけど……不安だ。

 病気については医者にも詳しくは聞かなかった。

 どんな病気か、聞くのが少し怖かったのかも。

 大丈夫、だよね? 華奈枝さん。

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